ローマのパラティーノの丘で、19世紀に壁の落書きが見つかりました。描かれていたのは、十字架にかけられたロバの頭の人物と、それに向かって手を挙げる人。下にはギリシャ語で「アレクサメノスは自分の神を拝む」。キリスト教徒だった仲間をからかったものとみられ、イエスの磔を描いた現存最古級の図像とされることの多い一枚です。海外掲示板では「からかい方が今のネットと同じ」と驚く声が上がっていました。
※注:元スレッドのタイトルは「(おそらく)これまでに見つかった最古のイエス・キリストの図像」と紹介していますが、落書きの年代には幅があり、同じくらい古いとされる作例もほかにあります。この記事では「最古級」「最古とされることが多い」と書きます。
※注:当時のローマ帝国では、キリスト教はまだ公認されておらず、信者は少数派でした。公認は313年のミラノ勅令からとされます。また十字架刑は、主に奴隷や重罪人に科された、きわめて不名誉な刑罰でした。
今日の知ってた?
🏛️ 「アレクサメノスの落書き」は、ローマのパラティーノの丘にあった皇帝の宮殿の付属建物の壁から、1857年に見つかった(1856年とする資料もある)。漆喰を引っかいて描かれ、大きさはおよそ33.5×38センチ。現在はパラティーノ博物館にある。
✍️ 描かれているのは、十字架にかけられたロバの頭の人物と、その左で片方の腕を挙げる人物。下にギリシャ語で「アレクサメノスは自分の神を拝む」と読める文が刻まれている。
📅 年代ははっきりしないが、2世紀末〜3世紀初め(西暦200年ごろ)とする見方が広く受け入れられている。
🗣️ アレクサメノスというキリスト教徒をからかった落書きとみるのが通説。当時のローマには、キリスト教徒はロバの頭を拝んでいるという中傷があった。
🔎 イエスの磔を描いた現存最古級の図像とされることが多い。ただし同じくらい古いとされる作例もほかにあり、「最古」と断定はできない。
背景:「アレクサメノスの落書き」とは
落書きが見つかったのは1857年(1856年とする資料もあります)。場所はローマの中心部、歴代の皇帝が宮殿を構えたパラティーノの丘です。宮殿に付属する「パエダゴギウム」と呼ばれる建物(「ドムス・ゲロティアーナ」の名で紹介されることもあります)の一室の壁に、漆喰を引っかいて描かれていました。落書きは発見後に壁から取り外され、現在は同じ丘にあるパラティーノ博物館に展示されています。大きさはおよそ33.5×38センチ。イタリア語では「冒涜の落書き」とも呼ばれ、日本語では「アレクサメノスの掻き絵」の名でも紹介されています。
パエダゴギウムは、1世紀末のドミティアヌス帝の時代に建てられた宮殿の一角にあり、皇帝の一家に仕える奴隷の若者たちが教育や訓練を受けた場所だったと考えられています。建物の壁からはラテン語とギリシャ語の落書きが合わせて369点見つかっていて、その中に「パエダゴギウムを出る」と読める文句がいくつもあることが、建物の呼び名と用途を推定する手がかりになりました。問題の落書きも、ここで暮らしていた誰かが、同じ建物にいたアレクサメノスという人物をからかって描いた、というのが通説です。兵士が描いたとする説もあり、描き手の名前は分かっていません。アレクサメノスがどんな人物だったのかも、確かな手がかりは残っていません。
絵はごく粗い線で描かれています。中央にいるのは、T字形の十字架にかけられた人物。後ろ姿で、袖のない短い衣を着ており、頭はロバの形をしています。その左に、片方の腕を十字架のほうへ挙げた、ひとまわり小さな人物が立っています。下に4行に分けて刻まれたギリシャ語が「ΑΛΕΞΑΜΕΝΟΣ ΣΕΒΕΤΕ ΘΕΟΝ」。直訳すれば「アレクサメノスは神を拝む」で、「自分の」を補って「アレクサメノスは自分の神を拝む」と訳されることが多い一文です。
いつ描かれたのかは、はっきりしません。1世紀末から3世紀後半まで、さまざまな年代が提案されてきました。現在は、壁の構造や同じ部屋の壁画、文字の形などを手がかりに、2世紀末〜3世紀初めとする見方が広く受け入れられています。博物館を管理するコロッセオ考古学公園の解説も「セウェルス朝の時代(2世紀末〜3世紀初め)」としており、「西暦200年ごろ」と紹介されることが多いのはこのためです。
もう少し詳しく
なぜロバの頭なのか。当時のローマには、キリスト教徒はロバを拝んでいる、という中傷がありました。もとはユダヤ人に向けられていたものです。歴史家タキトゥスは『同時代史』に、荒れ野で渇きに苦しんでいたユダヤ人が野生のロバの群れを追って水場を見つけ、その動物の像を聖所に祀った、という話を書いています。ユダヤ人の著述家ヨセフスは『アピオーンへの反論』で、神殿に黄金のロバの頭があったという主張を取り上げ、神殿に入った征服者の誰もそんなものは見ていない、と退けました。ユダヤ教から生まれたキリスト教にも、同じ中傷がそのまま向けられたと考えられています。
2世紀末から3世紀初めに活動したキリスト教の著述家テルトゥリアヌスは、『護教論』で、自分たちの神をロバの頭だと思い込んでいる人々がいると書き、その話を広めたのはタキトゥスだと名指ししています。テルトゥリアヌスはさらに、ロバの耳をもち、片足がひづめで、本を手にトーガ(ローマ市民の正装)を着た姿を描き、ロバにちなんだあだ名つきで「キリスト教徒の神」と題した絵を、人前で見せて回った男がいたことも書き残しています。2〜3世紀のミヌキウス・フェリクスの対話篇『オクタウィウス』にも、キリスト教徒はロバの頭を拝んでいると聞く、という非難の言葉が引かれています。パラティーノの落書きは、文献に残るこの中傷が、実際に壁の上でも使われていたことを示す例といえます。
十字架も侮辱だった。ロバの頭だけでなく、十字架にかけられた姿そのものも、当時のローマ社会では侮辱として通じました。十字架刑は主に奴隷や海賊、国家の敵とされた人々に科された刑で、紀元前1世紀の弁論家キケロは「もっとも残酷で忌まわしい刑罰」と呼んでいます。そんな刑で処刑された人物を神として拝むことは、信者でない人々の目には理解しがたく映ったはずです。落書きは、その感覚をそのまま絵にしたものといえます。
「最古」と言い切れない理由。この落書きは、イエスの磔を描いた現存最古級の図像としてよく紹介されます。キリスト教徒自身は、最初の3世紀ほどのあいだ磔の場面をほとんど描いておらず、主流の教会の作例がはっきり現れるのは5世紀に入ってから。ローマのサンタ・サビーナ聖堂の扉に彫られた場面などが早い例です。それより200年あまり前の磔の絵が、信者の外からのからかいとして残っているわけです。
ただし「最古」と言い切ることはできません。落書きの年代そのものに幅があるうえ、大英博物館には、磔の場面を彫った2〜3世紀ごろの宝石の護符が所蔵されています。どちらが古いのかを決める材料はなく、「最古級」「最古とされることが多い」というのが正確なところです。解釈にも少数ながら異論があります。19世紀にはエジプトの神アヌビスを描いたものだとする説が出され、近年はキリスト教徒自身による自虐的な冗談だったとする論文も発表されています。
綴りの誤りと「Y」の記号。文中の「ΣΕΒΕΤΕ(セベテ)」は、標準的な綴りの「ΣΕΒΕΤΑΙ(セベタイ)」とは違っています。語尾の発音が同じになっていたため、聞こえるとおりに綴った書き誤りとみるのが一般的です。絵の右上には「Y」のような記号もあり、ギリシャ文字なのか、苦痛の叫びを表したものなのか、あるいは元の落書きとは別に刻まれたものなのか、解釈が分かれています。
「アレクサメノスは信心深い」という落書き。近くの部屋の壁からは、別の手で書かれた「アレクサメノス・フィデリス」という落書きも報告されています。「フィデリス」はラテン語で「信心深い」「信徒である」といった意味で、「アレクサメノスは信心深い」あるいは「信徒アレクサメノス」と読めます。からかいに対して本人か仲間が書き返した返事だ、とも解釈されていますが、誰が何のために書いたのかは分かっておらず、推測の域を出ません。この落書きが本当に古代のものかどうかを疑う研究者もいます。
描いた人物は、仲間うちの悪ふざけのつもりだったのかもしれません。けれども結果として、からかった側の名は残らず、からかわれた男の名だけが残ったことになります。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
要するに「これ、お前な(笑)」を壁に刻んだわけだ。1800年たっても、人をからかうときの発想がまったく変わってないことに感心する。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
「お前を間抜けに描いた。だからこっちの勝ち」という論法ね。ネットの口げんかで毎日のように見かけるやつだけど、ローマ時代にはもう完成してたのか。
3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
しかも画像を貼って終わりじゃなくて、漆喰の壁を硬いもので引っかいて描いてるんだよ。悪ふざけひとつにかける手間が違う。今のネットの人たちは楽をしすぎだ。
4. 海外の名無しさん(>>3への返信)
そのうち「わしらの若い頃は、ネタ画像ひとつ作るにもAIに細かい指示文を打ち込んだもんだ。今の子は頭に思い浮かべるだけで出てくるんだろう」って言う時代が来るんだろうな。
5. 海外の名無しさん
リンク先を読まない人のために書いておくと、描かれたのは西暦200年ごろと考えられてるそうだ。ただ年代ははっきりしなくて、1世紀の終わりから3世紀後半まで、いろんな説があるらしい。
6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
見つかった建物は、皇帝の宮殿に仕える若い奴隷たちが教育を受けた場所だったと考えられてるんだってね。だとすると、寮の壁に同じ寮のやつの悪口を書いた、というのに近いのかもしれない。
7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
そう聞くと一気に身近になるな。学校の机に彫られた「〇〇のバーカ」が、たまたま1800年残ってしまった、みたいな話に思えてきた。
8. 海外の名無しさん
どうしてロバなんだろう。イエスがロバに乗ってエルサレムに入った話があるから、それをもじったのかな。
9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
それも考えられなくはないけど、有力なのは別の説明だよ。当時のローマには「ユダヤ人はロバの頭を拝んでいる」という根も葉もない噂があって、ユダヤ教から出てきたキリスト教徒にも、同じ中傷がそのまま向けられたらしい。
10. 海外の名無しさん(>>9への返信)
ロバは昔からずっと損な役回りだよね。馬は王様の乗り物なのに、ロバのほうは英語だと今でも「まぬけ」の意味で使われるくらいだし。
11. 海外の名無しさん
落書きの主、ギリシャ語の綴りも間違えてるらしいね。「拝む」という動詞の語尾が、正しい綴りじゃなくて、耳で聞こえるとおりに書いた形になってるとか。人をからかう前に、まず自分の綴りを見直してほしい。
12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
映画『ライフ・オブ・ブライアン』の場面を思い出した。壁に落書きしている主人公を見つけたローマの百人隊長が、罰するより先にラテン語の文法の間違いを直させて、正しい文を100回書かせるやつ。
13. 海外の名無しさん
「この話、歴史系の動画で見たばかりだ。ネタの使い回しだろ」って言ってる人がいるけど、歴史の豆知識なんて全部どこかで聞いた話でしょ。歴史の授業で教科書を開いて「これ全部、ほかの本の使い回しじゃないか!」と叫ぶようなものだよ。
14. 海外の名無しさん
近くの部屋に「アレクサメノスは信心深い」と読める別の落書きがあった、という話が好きだ。本人が書き返したのか、仲間がかばったのかは分からないそうだけど。
15. 海外の名無しさん(>>14への返信)
そっちは、本当に古代のものなのか疑う研究者もいるみたいだね。それでも、誰かが彼の味方をしたのかもしれないと思うと、少し救われる気がする。
16. 海外の名無しさん
いちばんの皮肉は、からかった側の名前はどこにも残ってないのに、からかわれたアレクサメノスの名前だけが今まで残ったことだと思う。描いた本人は、相手の名を歴史に刻む手伝いをしてるなんて、夢にも思わなかっただろうな。
17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
しかも今はローマの博物館に展示されてるんでしょ。仲間への悪口が、世界中から人が見に来る展示品になるとはね。
18. 海外の名無しさん
落書きは20世紀のニューヨークあたりで生まれた文化だと思ってる人も多そうだけど、人類は大昔からやってるんだよ。エジプトのアブ・シンベル神殿には、紀元前6世紀のギリシャ人傭兵が巨大なラムセス2世像の脚に刻んだ落書きが残ってる。
19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
ポンペイの遺跡にも山ほどあるよ。「壁よ、これだけ大勢の書き手のつまらない落書きを背負って、よく崩れ落ちないものだと感心する」というのが何か所も見つかってる。落書きにあきれる落書きまであったわけだ。
※ ポンペイのバシリカ(公会堂)や劇場など、複数の場所から見つかっているラテン語の落書き(『ラテン碑文集成』第4巻1904番ほか)。
20. 海外の名無しさん(>>19への返信)
記録に残る最古のジョークとされるのも、紀元前1900年ごろのシュメールのおならネタらしいからね。人類の笑いのツボは、4000年近くほとんど動いてない。
※ 2008年に英ウルヴァーハンプトン大学の研究チームが、記録に残る最古のジョークとして挙げたシュメールのことわざのこと。
21. 海外の名無しさん
これ、資料としても貴重なんだよね。キリスト教徒が自分たちで磔の場面をはっきり描くようになるのはずっと後で、教会の作例は5世紀ごろからだそうだ。それより前の絵が、よりによって外からのからかいとして残ってる。
22. 海外の名無しさん(>>21への返信)
当時の十字架刑は、奴隷や重罪人に科されるいちばん不名誉な刑だったからね。いまの「十字架=信仰のしるし」という感覚とは、見え方がまるで違ったはずだよ。
23. 海外の名無しさん(>>21への返信)
描いたのは敵意のある側だから、絵そのものが正確なわけじゃない。でも「周りからこう見られていた」ことの記録としては本物なんだよな。本や説教じゃなくて、同じ建物で暮らしてた誰かの目線がそのまま残ってる。
24. 海外の名無しさん
「最古」とは言い切れないらしいよ。大英博物館には、磔の場面を彫った2〜3世紀ごろの小さな宝石のお守りがあって、どっちが古いかは決め手がないそうだ。スレのタイトルに「おそらく」と付いてるのは正しい。
25. 海外の名無しさん
1800年前の誰かの悪ふざけを、いま世界中の人間が画面越しに眺めて、あれこれ言い合ってる。壁に何か書くときは、後世の人に読まれる覚悟でやったほうがよさそうだ。
まとめ
ローマの宮殿跡で見つかった一枚の落書きは、仲間の信仰をからかった悪ふざけとみられながら、イエスの磔を描いた最古級の図像として博物館に残りました。コメント欄では「からかい方が今のネットと変わらない」という驚きと、ポンペイやエジプトの落書きへの脱線が目立ちました。からかわれたアレクサメノスの名だけが今に伝わった、という歴史の皮肉を面白がる声も多かったです。

コメント
若しかしたら・・・ケモナーだったんじゃ・・・違うか。