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「オリーブオイルが手に入らなくて本当によかった」ブルスケッタの席にバターが座った日に生まれたパンの話

「オリーブオイルが手に入らなくて本当によかった」ブルスケッタの席にバターが座った日に生まれたパンの話 歴史

ピザ屋やイタリアンレストランでガーリックブレッドを頼むとき、なんとなく「イタリアの味」を注文している気分になっていないだろうか。あの黄金色に焼けた、バターとニンニクがしみたパン。ところが海外の掲示板で話題になっていたのは、あれがイタリアの伝統料理ではなく、20世紀のアメリカで、イタリア系移民の手から生まれたものらしい——という話だった。しかも生まれたきっかけが「オリーブオイルが手に入らなかったから」という、なんとも身も蓋もない事情なのである。

※注:ブルスケッタは、焼いたパンにニンニクの断面をこすりつけ、オリーブオイルと塩をかけて食べるイタリアの前菜のこと。日本ではトマトやバジルを乗せた形でおなじみですが、本来はもっと素朴な、パンとニンニクとオイルだけの食べ方を指します。

今日の知ってた?

📏 ガーリックブレッドは、20世紀のアメリカでイタリア系移民が生み出した料理だと言われている。原型はイタリアのブルスケッタだが、当時のアメリカではオリーブオイルが手に入りにくかったため、代わりに安く豊富にあったバターが使われた——というのが元スレッドで紹介されていた説明だ。ただしこの説には、元スレッドのコメント欄自体からも「アメリカで生まれたのは“アメリカ式の”ガーリックブレッドであって、ニンニクを塗ったパンそのものではない」という但し書きが次々についていた。

背景:ブルスケッタという原型

まず出発点になったとされるブルスケッタから。名前は「炭火であぶる」を意味するイタリア語の動詞に由来すると言われていて、その名の通り、パンを直火であぶるのが本来の作り方だ。焼き上がったパンの表面に、生のニンニクの切り口をこすりつける。そこにオリーブオイルを回しかけ、塩をひとつまみ。それだけである。

もともとは搾りたてのオリーブオイルの味を確かめるための食べ方だった、という説明もよく見かける。オイルが主役で、パンは器に近い。だからオリーブオイルが手に入らなければ、この料理は成立しない

そして19世紀末から20世紀初頭にかけて、大量のイタリア系移民がアメリカに渡る。彼らが直面したのが、まさにその問題だった。当時のアメリカでオリーブオイルは輸入品で、イタリア系の食材店をわざわざ探さなければ手に入らない品だったと言われている。一方、バターは近所の店で普通に、安く売られていた。

足りないものを、そこにあるもので埋める。オリーブオイルの席にバターが座った——ガーリックブレッドの誕生を説明するとき、たいていこの一行に集約される。

もう少し詳しく

「アメリカ生まれ」という言い方には但し書きがつく。この話題が掲示板に立つと、必ず同じツッコミが入る。「パンもニンニクもバターも何千年も前から存在するのに、人類が20世紀までその3つを組み合わせなかったわけがないだろう」と。実際その通りで、元ネタとして参照されている記述をたどると「現代のガーリックブレッド」という限定がついており、さらに引用元の段落見出しは「アメリカ式ガーリックブレッド」だった、という指摘が出ていた。つまり正確には「イタリア料理の顔をした、あの分厚くバターのしみたガーリックブレッド」がアメリカ生まれ、ということになる。ニンニクを塗ったパンの発明者がアメリカにいた、という話ではない。

フランスには、もっと古い“ニンニクパン”が伝わっている。コメント欄で名前が挙がっていたのが、フランス西部ヴァンデ地方のプレフーというパンだ。温度計のないオーブンを使っていた時代、パン職人は窯の温度を測るために、生地の切れ端を熱した床タイルの上に置いて焼き加減を見ていた。その温度確認用の生地を捨てるのはもったいないので、ニンニクと有塩バターを塗って職人同士のおやつにした——というのが、この土地に伝わる由来だ。ほかにも、ガーリックナンは何世紀も前から食べられているという指摘や、「スイス発祥だと聞いていた」という声もあり、起源の話はきれいにひとつにまとまらない

イタリア系アメリカ料理は、丸ごとこの理屈でできている。ガーリックブレッドだけの話ではない。イタリアは半島で魚介が食卓の中心だったが、アメリカでは牛・豚・鶏のほうが安く手に入った。だから肉料理の比重が上がる。ミートボールが日本人の感覚だと驚くほど大きいのは、挽き肉が安かったから遠慮なく大きくできた、という説明をよく聞く。パスタに鶏肉を乗せるのも同じで、安くて巨大な鶏が身近にあったからだ。さらに当時の移民は一軒の家や長屋に何世帯も詰め込まれて暮らし、大半が働きに出て、残った一人二人が全員分を作った。巨大な鍋でまとめて作れる、単純化された料理が生き残ったのには、そういう事情もある。

日本にも、まったく同じ構造の料理が並んでいる。ここまで読んで「うちにもあるな」と思った人は多いはずだ。ケチャップで作るスパゲッティナポリタンは日本生まれで、戦後の横浜のホテルで生まれたと言われている。中華料理店の定番天津飯は、名前の由来になった天津には存在しないとされる日本の料理だ。エビチリも、四川の料理を日本人の口に合うように甘く調整したものが広まったと言われている。海の向こうではカリフォルニアロールが同じ立場にいる。「本場にない、本場料理の顔をした料理」は、移民と食材の都合があるところなら世界中どこにでも生えてくる。ガーリックブレッドは、その中でも特にうまくいった一例、ということになる。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
当時オリーブオイルが手に入りにくかったことに、心から感謝したい。もし普通に売られていたら、我々は今もパンにオイルを垂らして「うん、いい油だね」とやっていたわけで。バターで代用した名も知れぬ誰かに、人類を代表して礼を言いたい。

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
それはいいとして、ピザを頼むときに前菜としてガーリックブレッドまで頼む必要が本当にあるのか、そこを誰か説明してくれないか。炭水化物の上に炭水化物を重ねているだけの気がしてならない。

3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
うまいから。それ以外に理由が要る?炭水化物を炭水化物で挟んで何が悪いのかを、これまで誰一人として理屈で説明できていないんだよ。

4. 海外の名無しさん(>>2への返信)
そもそも自分の経験だと、ガーリックブレッドはピザの前菜じゃなくてパスタの付け合わせなんだけど。ピザ屋が出すのは、単に同じ生地と同じオーブンを使い回せるからで、あれは合理性の産物。

5. 海外の名無しさん
この手の話題になると「アメリカ化された外国料理」を馬鹿にする流れになりがちだけど、実際はほとんどが「手に入る材料が違っただけ」なんだよな。移民が家族を食わせるために工夫した結果でしかない。イタリアは半島で魚介が食卓の中心だったのが、アメリカでは牛や豚や鶏のほうが安かった。それだけの話。

6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
というか世界中どの料理もそうで、だからこそ「正しい作り方」に神経を尖らせるのは本当に馬鹿らしいと思う。手に入る材料と、その土地の技術。この2つが良ければ料理はうまくなる。それ以上の話ではない。

7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
何世紀も前から続く伝統だと信じられている「正統な作り方」を調べてみると、1920年代に生まれていたりするのが本当に面白い。ティラミスは1960〜70年代あたりの発明だし、チャバッタに至っては1982年。自分より若いパンを前に伝統を語られても困る。

8. 海外の名無しさん(>>6への返信)
日本のケチャップで作るスパゲッティなんかまさにそれ。イタリア人に見せると露骨に顔をしかめるやつだけど、日本では戦後からずっと愛されている立派な定番料理なんだよね。誰かの伝統を壊したのではなく、別の場所で別の伝統が始まっただけ。

9. 海外の名無しさん
いや悪いけど、これは信じられない。パンもニンニクもバターも何千年前から存在していると思ってるんだ。その3つが揃っていて、20世紀まで誰一人として組み合わせなかったなんてことがあるか?

10. 海外の名無しさん(>>9への返信)
それは元の記事を読めば簡単に分かる。書かれているのは「現代の」ガーリックブレッドで、しかも引用元の段落の見出しは「アメリカ式ガーリックブレッド」なんだ。同じものじゃない。アメリカで生まれたのはアメリカ式のほう、というのが正確な話。

11. 海外の名無しさん
フランスのヴァンデ地方にプレフーというパンがあって、こっちのほうが先だと思う。温度計のない窯の時代、職人は温度を測るために生地の切れ端を熱いタイルの上で焼いて、その焼け具合で窯の状態を判断していた。その切れ端を捨てるのがもったいないので、ニンニクと有塩バターを塗って自分たちのおやつにしたのが始まりだと伝わっている。

12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
そもそも中世からバターを塗ったパンはあるわけで、フランス人が近代までそこにニンニクを乗せることを思いつかなかったと言われたら、自分は嘘つき呼ばわりする。ただ「イタリア料理ということになっているガーリックブレッド」がイタリア系アメリカ人のものだ、という言い方なら完全に納得できる。

13. 海外の名無しさん
ガーリックナンなんて何世紀も前から食べられているからね。だからこれは「人類が初めてニンニクをパンに塗った」話じゃない。「イタリア料理という顔をしたニンニクパン」がいつどこで生まれたか、という話。そこを取り違えると永遠に噛み合わない。

14. 海外の名無しさん
そもそも誰がイタリア発祥だなんて言ってるんだ?自分はスイス発祥だと聞かされて育ったし、フランスにも地方ごとに似たようなパンがある。この手の起源の話は、主張が出るたびに別の国が「うちが先だ」と名乗り出るので、いつまでも終わらない。

15. 海外の名無しさん
人類史上の名物料理って、物資不足や飢饉のときに生まれたものが本当に多いんだよな。足りないものを別のもので埋めるしかなかった結果、元より旨くなってしまったというパターン。追い詰められた台所は強い。

16. 海外の名無しさん(>>15への返信)
それに加えて、複数の文化が混ざる場所で生まれるパターンもある。持ってきた記憶を新しい環境で再現しようとして、材料も道具も違うから、結局まったく別の料理になってしまうやつ。

17. 海外の名無しさん
正直に言うけど、ブルスケッタよりガーリックブレッドのほうがうまい。オリーブオイルの上品さが勝つ日もあるけど、バターの暴力にしか解決できない空腹というものが確実に存在する。

18. 海外の名無しさん(>>17への返信)
両方好きだから選ばせないでほしい。夏にトマトを乗せて食べる冷たいブルスケッタと、冬にオーブンから出したての熱いガーリックブレッドは、もう完全に別の食べ物として登録されてる。

19. 海外の名無しさん
似た話はいくらでもある。タコス・アル・パストールはメキシコに渡ったレバノン移民の料理が元だし、シンシナティ・チリはギリシャ人がアメリカ人の食べ物を知らないままミートソースを作って、そこに別の移民が「スパゲッティという新しい食べ物があるぞ」と教えたことで生まれたと言われている。

20. 海外の名無しさん(>>19への返信)
海南鶏飯もそう。海南島に行ってもまず食べられない。あれはシンガポールやマレーシアの料理で、作ったのは(お察しの通り)海南出身の移民たちなんだよね。名前だけが故郷に置いてきぼりになっている。

21. 海外の名無しさん(>>19への返信)
シンシナティにはゲッタというのもある。ドイツ移民がソーセージを作ろうとしたら材料が足りなくて、オート麦を突っ込んで水増しした代物。これがどうしようもなく旨い。妥協から生まれた料理を疑ってはいけない。

22. 海外の名無しさん
自分は移民1世で、両親は70年代にイタリアから来た。この話は昔から親に説明されてきた。ミートボールが馬鹿みたいに大きいのは、挽き肉が安いから遠慮する理由がなかったから。パスタに鶏肉?あの巨大で安い鶏が勝手に減ってくれるわけでもないし。父はバナナやオレンジをいつでも買えることに本気で感動していた。村では年に一度の贈り物だったから。

23. 海外の名無しさん(>>22への返信)
当時は一軒の家や連なった長屋に何世帯も住んでいて、ほとんどが働きに出て、家に残った一人か二人が全員分を作っていた。だから巨大な鍋でまとめて作れる、単純化された料理が残ることになる。帰ってきた順に各自でよそって食べる方式。

24. 海外の名無しさん
そもそもピザだって、トマトという新大陸の産物を乗せているわけで。あと最後にもう一度言っておくけど、チーズガーリックブレッドをマリナラソースに浸したものは断じてピザではないので、ピザの前に食べても何ひとつ問題はない。以上、弁論を終わります。

まとめ

焼いたパンにニンニクをこすりつけ、オリーブオイルをかけて食べるブルスケッタ。その席にバターが座ったのが、いま世界中で食べられているガーリックブレッドだと言われている。オイルが手に入らなかったという事情から生まれた代用品が、本家より広く愛されてしまったわけだ。コメント欄は「オリーブオイルが手に入らなくて本当によかった」という感謝と、「ニンニクパン自体はもっと古いだろう」という冷静なツッコミがきれいに二層になり、そのまま各国の“本場にない本場料理”の品評会に流れていった。伝統は、たいてい誰かが困っていたところから始まっている。

元ソース: ガーリックブレッドは20世紀のアメリカでイタリア系移民が生み出した料理。原型はブルスケッタだが、当時はオリーブオイルが手に入りにくく、代わりにバターが使われた

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