歴史

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「子どもは親と一緒に食事ができない」その決まりを嫌って切符を替えた25歳の父…替えた先はタイタニック、同じ二等には唯一の日本人乗客も

1912年4月、タイタニック号の二等船室に、ハイチ出身の技師ジョセフ・ラロッシュと、身重のフランス人の妻、3歳と1歳の娘の4人家族が乗っていました。一家がもともと予約していたのは、フランスの別の新造客船です。ところがその船では、子どもは親と...
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「飲むと体が熱くなるため、冷たい物を食べ、冷水を浴びなければならなかった」三国志の時代に大流行した鉱物の薬・寒食散(五石散)とは?

『三国志』の時代の中国で、貴族や文人のあいだに大流行した粉薬がありました。鍾乳石や硫黄などの鉱物を砕いて作る「寒食散(かんしょくさん)」、別名「五石散(ごせきさん)」です。病気を治し、体を強くし、心まで晴れやかにする養生の薬として飲まれまし...
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「頭を剃り、辮髪を付けて清の茶産地へ」茶の木を持ち出した英国人フォーチュンは、のちに幕末の江戸で染井の植木屋に驚いていた…

19世紀の半ば、英国からやって来た一人の植物採集家が、頭を剃り、辮髪(べんぱつ)を付け、清の服に着替えて、外国人が入れなかった中国の内陸へ入っていきました。目当ては、英国が清から買うしかなかった「お茶」の木と、その作り方です。道中で主人の素...
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「アメリカ人初のノーベル賞は、日露戦争の講和を仲介した大統領だった」本人はポーツマスの会議に一度も出ていない…?

アメリカ人で最初にノーベル賞を受けたのは、科学者でも作家でもなく、現職の大統領でした。1906年に平和賞を受けたセオドア・ルーズベルトです。授賞の理由は、日露戦争の講和を仲介したこと。日本では教科書でおなじみのポーツマス条約が、アメリカ初の...
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「“よくいた”かどうかは怪しい」「日本の歴史の話は出典が要る」日本の女武者をめぐる豆知識に、海外のコメント欄が自分で待ったをかけた話

「日本の歴史では、女性の戦士はわりとよくいた」——そんな豆知識が海外の掲示板に投稿され、注目を集めました。ところが、コメント欄の上位に並んだのは感心の声ではなく、「“よくいた”かどうかは怪しい」「日本の歴史の話は出典が要る」という指摘。日本...
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「焦げくさくして味ふるに堪えず」1804年に大田南畝が長崎で飲んだコーヒー、記録をさかのぼると15世紀イエメンの修道者の眠気覚ましに行き着くらしい

毎朝のコーヒー、その歴史は思ったより浅いのかもしれません。飲み物としてのコーヒーが確かな記録に現れるのは15世紀、アラビア半島の南西部にあるイエメン。イスラム教の修道者たちが、夜を徹した祈りのあいだ眠気を払うために飲んでいたとされます。海外...
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「重さ19.7キロ、額面10ダレルの銅の板」が硬貨だった17世紀スウェーデンで、ヨーロッパ最初の紙幣が生まれた事情とは?

17世紀のスウェーデンには、重さが20キロ近くある「硬貨」がありました。銅でできた長方形の分厚い板で、額面は10ダレル。あまりに重くて扱いにくいこの銅のお金が、ヨーロッパで最初の紙幣が生まれる背景になったといわれています。海外掲示板では「お...
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「終身禁錮の男が、板を肩に担いで要塞の門から歩いて出た」およそ6年半後に皇帝ナポレオン3世となる囚人は、見張りの前をどう通り抜けたのか…?

1846年5月、フランス北部のアム要塞で、終身禁錮の刑に服していた男が、改修工事の作業員に変装し、顔を隠すための板を肩に担いで、門から歩いて出ていきました。男の名はルイ=ナポレオン・ボナパルト。あのナポレオンの甥で、脱走からおよそ6年半後に...
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「アレクサメノスは自分の神を拝む」仲間をからかったとされる約1800年前のローマの落書きが、最古級のキリスト磔刑図になっていた…?

ローマのパラティーノの丘で、19世紀に壁の落書きが見つかりました。描かれていたのは、十字架にかけられたロバの頭の人物と、それに向かって手を挙げる人。下にはギリシャ語で「アレクサメノスは自分の神を拝む」。キリスト教徒だった仲間をからかったもの...
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「逃げ切ったと思っていたのに」ソ連に情報を渡していたと報じられた87歳の元秘書がもらした一言…英国はなぜ彼女を訴追しなかったのか?

ロンドン郊外で庭いじりとジャム作りをして暮らしていた87歳のひいおばあちゃんが、1999年、ソ連のスパイだったと報じられました。名前はメリタ・ノーウッド。金属の研究機関で秘書として働きながら、およそ40年にわたって、英国の核開発に関わる資料...