「本人は生き続け、棺の担ぎ手のほうが死んでいった」死の12年前から始まったチャーチルの葬儀計画とは?

「本人は生き続け、棺の担ぎ手のほうが死んでいった」死の12年前から始まったチャーチルの葬儀計画とは? 歴史

第二次大戦でイギリスを率いたウィンストン・チャーチル。その葬儀の準備は、本人が亡くなる12年も前から始まっていました。ところが本人はなかなか亡くならず、計画は何度も書き直されることに。関係者の一人は「本人は生き続け、棺の担ぎ手のほうが先に死んでいった」と振り返っています。

※注:イギリスでは国王・女王など王族以外の国葬はきわめて珍しく、20世紀の政治家ではチャーチルがほぼ唯一の例です。

今日の知ってた?

⚰️ チャーチルの国葬計画、暗号名「ホープ・ノット作戦(Operation Hope Not)」は1953年、本人が脳卒中で倒れたのをきっかけに始まった。実際に亡くなったのは1965年1月24日、90歳。その間に計画は何度も改訂され、マウントバッテン卿は「本人は生き続け、棺の担ぎ手のほうが次々に死んでいった」と語ったとされる。

背景:チャーチルと「ホープ・ノット作戦」

チャーチルは第二次大戦中の1940〜45年と、戦後の1951〜55年の2度、首相を務めました。2期目の1953年6月、在任中に脳卒中で倒れます。この事実は当時ほぼ伏せられましたが、戴冠したばかりのエリザベス2世は、チャーチルの葬儀を「歴史上の地位にふさわしい規模で」準備するよう求めました。

取り仕切ったのは、国家行事を担当する世襲職「軍務伯(アール・マーシャル)」のノーフォーク公です。詳細な計画書は1958年、マクミラン首相の時代にまとめられ、その後も改訂が続きました。最終版の書類が関係者に配られたのは、チャーチルが亡くなった2日後の1965年1月26日のことです。

※注:元スレのタイトルは「計画担当の担ぎ手(planner pallbearers)が先に死んだ」と2つの語が混ざっていますが、伝わっているマウントバッテン卿の言葉は「担ぎ手が死んでいった」です。計画担当者が次々亡くなったという話ではありません。

もう少し詳しく

国葬の流れ。遺体はウェストミンスター・ホールに3日間安置され、1日23時間開放された会場を約32万人が弔問しました。1965年1月30日、セント・ポール大聖堂で葬儀が行われ、112か国の代表が参列。当時のフランス大統領シャルル・ド・ゴールも来ていました。エリザベス女王が王族以外の葬儀に参列したことも異例とされています。テレビ中継はイギリス国内で約2500万人、世界全体では約3億5000万人が見たといわれます。

テムズ川のクレーン。棺は大聖堂からランチ(小型船)「ハヴェンゴア号」でテムズ川を上りました。このとき川沿いの港湾労働者たちがクレーンのアームを一斉に下げて弔意を示し、名場面として語り継がれています。当時は自発的な行動と報じられ、会社側も「出たのは手当だけで、行動は自発的だった」と説明しました。一方、2015年のBBCのドキュメンタリーでは元労働者が「金をもらってやった」と証言しており、見方は分かれています。

ウォータールー駅と、ド・ゴールの逸話。船を降りた棺はウォータールー駅から特別列車に載せられ、生家ブレナム宮殿の近くにあるブラドン村の教会墓地に葬られました。列車を引いたのは、彼の名を冠した蒸気機関車「ウィンストン・チャーチル号」です。

この駅の選択には、よく知られた逸話があります。当初はパディントン駅から出す案だったのに、チャーチルは招待客にド・ゴールがいると知ってウォータールー駅に変えさせた、というものです。ウォータールーはイギリスがナポレオンのフランス軍を破った1815年の戦いの地名で、「ド・ゴールに帽子を脱いでウォータールーの門をくぐらせたかったのだ」と語られています。

※ この逸話はノーフォーク公が知人に語った話として伝わるもので、本人の発言を記録した一次史料は確認されていません。「葬儀の計画委員会に本人は加わっておらず、根拠のない作り話だ」とする見方もあります。

「ロンドン橋作戦」への系譜。要人の葬儀を何年も前から暗号名つきで準備しておくやり方は、その後も続きました。2022年のエリザベス女王の葬儀で使われた「ロンドン橋作戦(Operation London Bridge)」がよく知られています。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
煙突みたいに葉巻をふかし、魚みたいに酒を飲み、馬みたいに食べてた人が90歳まで生きたんだから大したもんだよ。

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
HBOのドラマ映画『Into the Storm』にこんな場面がある。モンゴメリー「私は酒もタバコもやらない。だから100パーセント健康だ」チャーチル「私は酒もタバコもやる。だから200パーセント健康だ」

3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
「どうしてそんなに元気なんですか?」「スポーツをしないからだ!」って答えた話もよく聞くよね。

※ 「No sport(スポーツをしないこと)」の返答は有名ですが、チャーチル本人が言った記録は見つかっておらず、国際チャーチル協会も出典不明の俗説としています。

4. 海外の名無しさん(>>1への返信)
ああいう生活の人って、52歳でぽっくり逝くか、105歳まで生きるかのどっちかなんだよな。中間がない。

5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
122歳まで生きたフランスのジャンヌ・カルマンも、117歳ごろまでたばこを吸ってたらしい。毎日ポートワインを1杯、チョコは週に1キロ近く食べてたって話だ。

6. 海外の名無しさん
エリザベス女王にとって最初の首相がチャーチルだったってのが、いまだに信じられない。毎週会って話してたんだから、女王にとっては歴史上の人物じゃなくて、顔なじみのおじいさんだったんだよな。

7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
で、最後の首相がリズ・トラス。任命した2日後に女王が亡くなったんだから、落差がすごすぎる。

8. 海外の名無しさん(>>6への返信)
女王は1920年代と2020年代の両方で『タイム』誌の表紙になってるんだよ。その間に歴史上の人物がどれだけ出ては消えていったか。

9. 海外の名無しさん
12年でしょ?そんな短い間に担ぎ手が何人も死ぬ?誰かが担ぎ手を消して回ってたんじゃないの。

10. 海外の名無しさん(>>9への返信)
担ぎ手の候補に選ばれるのは本人と同世代の大物ばかりだからね。90歳の人の友人を集めたら、12年のうちに欠けていくのは当然だよ。

11. 海外の名無しさん
英国紳士A「ずいぶん鍛えてるな、オリンピックでも出るのか?」英国紳士B「いや、チャーチル氏の体重の8分の1を担ぐ係に選ばれてね。筋トレが欠かせないんだ」

12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
冗談じゃなく、儀礼で棺を担ぐ兵士は本当に鍛えてる。重い棺を持ったまま、息も乱さず表情も変えず、ゆっくり行進しなきゃいけないからね。

13. 海外の名無しさん
知り合いがジミー・カーター元大統領の葬儀の計画担当だった。本人が長生きするたびに友人や要人が先に亡くなっていくから、招待客リストも席順もずっと書き直し。10年以上それをやってたそうだ。

14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
しかもカーターの地元のプレーンズは本当に小さな町だから、打ち合わせで行くと本人夫妻とばったり会うんだって。向こうも何しに来たか分かってるから、気まずいどころの話じゃないらしい。

15. 海外の名無しさん(>>14への返信)
「ジミーの具合はどう?」「元気だよ!」「……そうか。じゃあまた来月」

16. 海外の名無しさん
女王のはもっとすごかった。元同僚が警察の大規模行事の計画部署に移ったんだけど、最優先の計画がロンドン橋作戦、つまり女王の葬儀だった。着任初日に着替えと洗面道具を署に置いておけと言われて、「女王が亡くなったら最低1週間は家に帰れないと思え」だって。

17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
王室にはまったく興味ないけど、あの日は妙な気分だった。パブにいた全員にブランデーをおごって「国王陛下万歳」って乾杯したよ。代替わりを経験したことのある年の人間が、その場に誰もいなかったからさ。

18. 海外の名無しさん
ウィキペディアで読んで笑ったのがウォータールー駅の話。ド・ゴールが招待されると聞いてチャーチルが渋ったあげく、「それなら出発はウォータールー駅にしろ」と言ったとか。宿敵フランスに勝った戦いの名前の駅だよ。

19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
戦時中、ド・ゴールにはさんざん手を焼かされたからね。眠れない夜の仕返しだったのかも。本当の話ならだけど。

20. 海外の名無しさん
ダイアナ妃が亡くなったときは葬儀の計画がなかったから、何年も練り上げてあった皇太后(女王の母)の計画を手直しして使ったんだって。準備しておくことの意味がよく分かる話だ。

21. 海外の名無しさん
チャーチルが亡くなったあと、自宅の電話回線を外しに行ったのがうちの父だった。作業を終えて好奇心に負けて家の中を見て回ったら、トイレの便座がやたら高くて、座ると足が床に届かなかったらしい。チャーチルと聞くと毎回それを思い出す。

22. 海外の名無しさん
うちの祖母は自分の葬儀をすっかり手配して代金も払ってたのに、その葬儀社のほうが先に潰れた。長生きの勝ち。

23. 海外の名無しさん
祖母が90代半ばで亡くなったとき、担ぎ手に指名してあった人たちはみんな70代以上になってて、結局棺は台車で運んだ。叔父がお別れの挨拶で「担ぎ手がこんなに苦労すると分かってたら、本人もここまで長生きしなかったでしょう」って言って会場が笑ってた。

まとめ

国家が12年かけて準備した葬儀より、本人のほうがしぶとかったという話です。コメント欄では「あの生活で90歳」と驚く声のほか、カーター元大統領やエリザベス女王の葬儀計画に関わった人の身内の話が次々に出て、長生きする人を見送る準備の大変さに共感が集まりました。ウォータールー駅の逸話は、本当なら最後まで皮肉が効いていますが、裏付けがはっきりしない点は割り引いて楽しみたいところです。

元ソース: チャーチルの葬儀計画は死の12年前から始まったが、本人が長生きしすぎて担ぎ手のほうが先に亡くなり、何度も書き直された

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