「日本語や中国語には今も残ってる」単語の間を空けずに書いた古代ギリシャ・ローマの本…スペースはいつ生まれた?

「日本語や中国語には今も残ってる」単語の間を空けずに書いた古代ギリシャ・ローマの本…スペースはいつ生まれた? 歴史

古代ギリシャ語やラテン語の本は、単語と単語のあいだを空けずに、文字をずらりと続けて書くのがふつうでした。読む人は、どこで単語が切れるのかを自分で見つけながら読んでいたのです。海外の掲示板では「スペースを発明した人は英雄だ」という声が上がる一方で、「日本語や中国語には今も残っている」という指摘も出ていました。

※注:この書き方は、ラテン語で「scriptio continua(スクリプティオ・コンティヌア)」と呼ばれます。「続けて書くこと」という意味です。

今日の知ってた?

📜 古代ギリシャ語の文章や、2世紀ごろ以降のラテン語の本は、単語のあいだにスペースも区切りの印も入れずに書くのがふつうだった。この書き方をスクリプティオ・コンティヌア(続けて書くこと)という。

🔹 ラテン語も、もとは単語のあいだに点(・)を打って区切っていた。ところが2世紀ごろには、ギリシャ語にならって点を打たない書き方が主流になった。

🔠 大文字と小文字の区別もなく、句読点もほとんど使われていなかった。

✍️ 単語のあいだにすき間を空ける書き方は、7〜8世紀ごろ、アイルランドやブリテン島の修道院で書き写された写本で使われ始めた、というのが通説。ヨーロッパ大陸に広まるのは10世紀の終わりごろからとされる。

🈳 日本語や中国語、タイ語などは、今もふつうは単語のあいだを空けずに書いている。

背景:単語を区切らない「続け書き」とは

スクリプティオ・コンティヌアで書かれた文章は、英語にたとえるなら「THEYWROTELIKETHIS」のように見えます。単語のあいだのスペースも、文の終わりを示す印もほとんどありません。読む人は文字を追いながら、どこが単語の切れ目なのかを自分で判断していました。

区切りがないと、読み方が二通りに割れてしまうこともあります。よく例に挙がるのが、古代ローマの詩人ウェルギリウスの叙事詩『アエネーイス』の一節「collectamexiliopubem」です。「collectam exilio pubem」と区切れば「亡命のために集まった若者たち」、「collectam ex Ilio pubem」と区切れば「イリオン(トロイア)から集まった若者たち」と読めます。

なぜ、そんな読みにくい書き方をしていたのか。書く材料が高かったので場所を節約した、という説明はよく見かけます。ただ、写本の歴史を研究するポール・サンガー(シカゴのニューベリー図書館の学芸員)は、著書『Space Between Words: The Origins of Silent Reading』(単語のあいだの空白——黙読の起源、1997年)で、理由を材料の値段より読み方の習慣に求めています。当時、本を読むことは主に声に出して読み上げることで、読み書きを担っていたのも訓練を積んだ一部の人でした。読み手を増やす必要がなく、読みやすさも求められていなかったので、区切りを入れる理由が乏しかった、という見方です。

もう少し詳しく

ローマ人は、一度は点で区切っていた。ラテン語は、最初から続けて書いていたわけではありません。古い時代には、単語と単語のあいだに点(・)を打って区切るのがふつうで、とくに石に刻む碑文でよく使われました。この点は「インターパンクト」と呼ばれます。サンガーによれば、ローマ人はこの区切りをギリシャ人よりずっと長く、数百年にわたって使い続けましたが、2世紀ごろには手放してしまいます。ギリシャ語の書き方にならったものと説明されています。ギリシャ語も、ごく初期の碑文には区切りの印を使ったものがありますが、早いうちに続け書きが主流になっていました。

母音を書く文字だから、続けて書けた?サンガーは、ギリシャ語やラテン語が区切りを省けたのは、母音まで書き表す文字だったからだと考えています。母音が書いてあれば、区切りがなくても読み方を一つに絞りやすいからです。反対に、基本的に子音だけを書くヘブライ文字やアラビア文字では、単語の区切りが母音のない分を補っていたといいます。実際、紀元前8世紀ごろのヘブライ語の碑文(エルサレムのシロアム碑文)は単語を点で区切っていて、のちの死海文書では単語のあいだにすき間を空けています。

すき間を広めたのはアイルランドの修道士?単語のあいだを空ける書き方が現れたのは、7〜8世紀ごろ、アイルランドやブリテン島の修道院で書き写された聖書や福音書の写本から、というのが通説です。ローマ帝国の外にあったアイルランドの人々にとって、ラテン語はふだん話す言葉とはまったく別の言語でした。耳で聞き慣れていない言葉を目で読み解くには、区切りの手がかりが必要だった、と説明されています。サンガーによれば、この書き方がヨーロッパ大陸に広まるのは10世紀の終わりごろからです。13〜14世紀には、ヨーロッパでは単語を区切って書くのが当たり前になっていました。

ちなみに、今のアルファベットの小文字のもとになったのは、8世紀の終わりから9世紀にかけて、カール大帝の教育改革のもとで整えられた「カロリング小文字体」という書体です。古代の本には、大文字と小文字の使い分けもありませんでした。

黙読は珍しかったのか。サンガーの本の副題は「黙読の起源」です。単語のあいだが空いたことで、声に出さずに目だけで速く読む読み方が広まった、というのが彼の説です。古代の人は声に出して読むのが当たり前で、黙読は珍しかった、という話もよく語られます。その証拠としてよく引かれるのが、4〜5世紀の神学者アウグスティヌスが自伝『告白』に書いた場面です。ミラノの司教アンブロシウスが声を出さずに本を読んでいるのを見て、アウグスティヌスはその理由をあれこれ推し量っています。

ただし、この見方には異論もあります。古典学者のバーナード・ノックスは1968年の論文で、古代にも黙読はあったと論じました。1997年には別の2人の研究者が、古代の黙読の例を数多く集め、思われていたより広く行われていたとする論文を出しています(手紙など短い文が中心です)。アウグスティヌスが驚いたのは黙読そのものではなく、人が訪ねてきても声を出さずに読み続けていたことだ、という読み方もあります。「古代には黙読がほとんどなかった」という見方には、今では疑問を示す研究者も少なくありません。

日本語も「続け書き」の仲間。単語のあいだを空けずに書くのは、日本語を読み書きする私たちにはおなじみです。それでも読めるのは、漢字・ひらがな・カタカナが混ざっていて、文字の種類が切り替わるところがだいたい言葉の切れ目になるからだ、と説明されます。ひらがなだけで書くと、そうはいきません。「ここではきものをぬいでください」は、「ここで、はきものを」とも「ここでは、きものを」とも読めてしまう、よく知られた例です。ひらがなの多い小学校低学年の教科書や幼い子ども向けの絵本では、言葉のまとまりごとにすき間を空ける「分かち書き」が使われています。

句読点も、昔から決まっていたわけではありません。打ち方の標準が公に初めて示されたのは、明治39年(1906年)に文部省が国定教科書のために出した「句読法案」だとされています。一方、同じ漢字文化圏でも、ハングルで書く今の韓国語は、言葉のまとまりごとにスペースを空けて書きます。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
単語と単語のあいだにスペースを入れることを、歴史上の誰かが発明したってことだよね。その人は英雄だよ。もっと名前が知られていい。

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
たしか、中世の初めにメロヴィング朝やカロリング朝の修道士たちが、単語の区切りや句読点を広めたんじゃなかったかな。マントを着ていないヒーローもいる。修道服を着たヒーローもいるんだ。

※注:「すべてのヒーローがマントを着ているわけではない(Not all heroes wear capes)」は、身近な人の善い行いをたたえるときの英語の決まり文句です。メロヴィング朝・カロリング朝は、5〜10世紀ごろに今のフランスやドイツのあたりを治めたフランク王国の王朝です。

3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
「Doesthecurrentwayofwritingseemlongandunwieldy?(今の書き方、長ったらしくて読みにくいと思いませんか?)」 そんなあなたに、新しい習慣「スペース」をどうぞ。ただいま好評発売中!

※注:英語の「habit」には「修道服」と「習慣」の両方の意味があります。>>2の「修道服(habits)を着たヒーロー」に引っかけて、通販番組ふうに「新しい習慣(habit)」と言っています。

4. 海外の名無しさん(>>2への返信)
修道士なのは合ってるけど、始めたのはアイルランドの修道士だと言われてるよ。アイルランドはローマ帝国に入ったことがなくて、そこの修道士にとってラテン語は、ふだん話す言葉じゃなく、本を通して目で覚える外国語だった。耳を頼りに区切れないから、単語のあいだにすき間を空けて見分けやすくしたらしい。それがイングランド北部の修道士に受け継がれて、のちにヨーロッパ大陸へ広まったんだ。

5. 海外の名無しさん
実際はもっとひどかった。句読点はほとんどなく、行の終わりでは単語を何の印もなく途中で切って、次の行へ続けていた。略語もやたらと多いし、大文字と小文字の区別もなくて、今でいう大文字のような字だけで書いていたんだ。

6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
そりゃ読み書きできる人が少なかったわけだよ。字を覚えたうえに、どこで切れるかを探すパズルまで解かなきゃいけないんだから。

7. 海外の名無しさん(>>5への返信)
ここまで聞くと、書き写すこと自体が「写字生」という立派な仕事として成り立っていた理由がよく分かる。素人にはとても手に負えないよ。

8. 海外の名無しさん
投稿者がタイトルの一部(likeone、stringofletters)をわざとくっつけて書いたのかは分からないけど、もしわざとなら、なぜ今はこう書かないのかが一発で伝わるいい見本になってる。

9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
え、何のこと? stringofletters(文字の列)は、れっきとした1つの英単語だけど?

10. 海外の名無しさん
何がそんなに読みにくいのか考えてたけど、このコメントをスペースなしで書いてみたらすぐ分かった。暗号を解く鍵のないパズルなんだよ。第二次大戦でドイツ軍が使った暗号機エニグマほどじゃないにしても、人によってはずっと時間がかかるし、単語が次の行にまたがったら、もうどこから始まるのか分からない。

※注:このコメントは原文では、スペースを一つも使わない英語で書かれていました(冒頭は「Iwaswonderingwhyitmightbesohardtoreadanythingthisway」)。

11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
正直、思ったより普通に読めた。自分でもちょっとびっくりしてる。

12. 海外の名無しさん(>>10への返信)
確かに、そこまで難しくはないね。ただ、間違ってなければ昔は全部大文字で書いていたはずだから、本当はこう書くべきだよ。「IFIAMNOTMISTAKENTHEYWOULDWRITEINALLUPPERCASE」

13. 海外の名無しさん
古代のヘブライ語はもっと手ごわくて、母音を書かなかった。旧約聖書の詩編23編の有名な一節(Even though I walk through the valley of the shadow of death…)を、英語で母音を抜いて書くとこうなる。「VN THGH WLK THRGH TH VLLY F TH SHDW F DTH」

※注:ヘブライ文字は基本的に子音だけを書く文字で、母音を示す点や線(ニクード)が付けられるようになったのは6〜10世紀ごろとされます。ただし単語の区切りのほうは、古くから点やすき間で示されていました。

14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
今のヘブライ語も、ふつうは母音の記号を付けずに書くよ。付いているのは、子ども向けの本や学習者向けの教材、それに詩や祈りの本くらい。スペースと句読点はちゃんとあるけど、大文字と小文字の区別はなくて、手書きはみんな筆記体なんだ。

15. 海外の名無しさん
日本語や中国語、それにドイツ語には今も残ってるよね。英語がそうじゃなくて本当によかった。

16. 海外の名無しさん(>>15への返信)
ドイツ語の複合語は、続け書きとは別物だよ。いくつかの単語をつないで新しい1語を作っているだけで、文全体が切れ目なしになるわけじゃない。それに名詞は頭文字を大文字で書くから、文の形もちゃんと見える。

17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
とはいえ、あの長さは別の意味で読む気をなくすけどね。「Donaudampfschifffahrtsgesellschaftskapitän(ドナウ汽船会社の船長)」なんて、途中で息継ぎしたくなる。

18. 海外の名無しさん(>>15への返信)
日本語は、少なくとも自分には少し楽だな。伝統的にスペースはないけど、漢字・ひらがな・カタカナの3種類の文字があって、それが切れ目の目印になるから。漢字は言葉の中心になる部分、ひらがなは漢字で書かない言葉や助詞、カタカナは外来語や外国の名前、目立たせたい商品名なんかに使う。初級の学習者でも、どこで単語が切れるかはわりと見当がつくよ。

19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
自分はかなりつらかったけどな。助詞が区切りの役目をすることはあるけど、同じ字がふつうの単語の中にも出てくるから、ひと目ではそれが区切りなのか単語の一部なのか見分けがつかないんだ。

20. 海外の名無しさん
古代の人は、声に出して読みながら単語の切れ目をつかんでいたって聞いたことがある。アウグスティヌスの『告白』(4世紀の終わりごろに書かれた自伝)に、ミラノの司教アンブロシウスが声を出さずに本を読んでいて驚いた、という場面があるんだ。「目はページの上を走り、心は意味を探っていたが、声と舌は休んでいた」。アウグスティヌスは理由まで推し量っていて、声が枯れやすいので喉を休めていたのかもしれない、とまで書いている。

※注:この場面は「古代は声に出して読むのが当たり前だった」証拠としてよく引かれます。ただ、アウグスティヌスが驚いたのは黙読そのものより、人が訪ねてきても声を出さずに読み続けていたことだ、という読み方もあり、研究者のあいだで議論があります。

21. 海外の名無しさん(>>20への返信)
単語のあいだにスペースができたことが、黙読が当たり前になるきっかけだった、と考える人もいるらしいね。区切りが見えれば、声に出さなくても目だけで意味が取れるから。

22. 海外の名無しさん(>>21への返信)
ただ、逆の見方もあるみたいだよ。古代にも、手紙みたいな短い文を声に出さずに読んでいた例がいくつも見つかっていて、「昔の人はみんな声に出して読んでいた」は言いすぎだ、という研究者もいる。アウグスティヌスの話ひとつで決めつけるのは早いのかも。

23. 海外の名無しさん
羊皮紙やパピルスが高かったから、少しでも場所を節約したかったんだよ。紙が安く手に入るようになったのは、19世紀に木材パルプから作れるようになってからだし。

24. 海外の名無しさん(>>23への返信)
節約のためという説明はよく聞くけど、それだけかな。ローマ人は前は単語を点で区切っていたのに、それもやめてるんだよ。点なんてほとんど場所を取らないのに。

25. 海外の名無しさん
ついでにもう一つ。古代ギリシャの碑文には、左から右へ書いたら次の行は右から左へ、その次はまた左から右へ……と、行ごとに向きを変えて書いたものもある。「牛耕式(ブストロフェドン)」と呼ばれていて、畑を耕す牛が行ったり来たりするように書くからなんだって。

まとめ

古代ギリシャ語やラテン語の本は、単語のあいだを空けない「続け書き」がふつうでした。ラテン語は一度は点で区切っていたのに2世紀ごろにやめ、すき間が現れたのは7〜8世紀ごろ、ラテン語を外国語として学んだアイルランドの修道士たちの写本から、というのが通説です。

コメント欄では、スペースを広めた修道士を「英雄」とたたえる声や、スペースなしの英語で書いてみせる人、ヘブライ語や日本語の書き方と比べる人が集まりました。黙読が珍しかったかどうかには異論もありますが、ふだん単語を区切らずに読み書きしている日本語の読者には、意外と身近な話かもしれません。

元ソース: 古代ギリシャ語やラテン語の文章は、単語の間にスペースを空けずに書かれることが多かった

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