雨の日に傘をさしただけで、道行く人に嘲笑され、罵声を浴びせられる。18世紀のロンドンでは、それが男性にとって現実だったと伝えられています。商人ジョナス・ハンウェイは、そんな空気のなかで長年にわたって傘をさし続け、「ロンドンに傘を広めた男」として名前を残しました。
※注:当時のロンドンで雨に濡れたくない男性が選んだのは、傘ではなく辻馬車(街で客を拾う貸し馬車)やセダンチェア(人が担ぐ一人乗りの椅子)でした。傘は大陸から来た女性向けの道具、あるいは教会や商店に置かれた共用の備品という位置づけで、男性が個人で持ち歩くものではないと考えられていたのです。
今日の知ってた?
🌂 ジョナス・ハンウェイ(1712〜1786)は、18世紀ロンドンで約30年にわたり傘をさして街を歩き続け、男性が傘を持つ習慣を広めた人物として知られる。「ロンドンで最初に傘をさした男」とも語られるが、この「最初」には後世の誇張が含まれていると指摘されている。
背景:傘は「性格の弱さ」の証拠だった
18世紀のイギリスで、男性が傘をさすことには強い偏見がついて回りました。傘はフランスやイタリアから入ってきた「大陸のもの」であり、日差しよけの日傘とセットで女性の持ち物と見なされていたからです。加えて、雨くらいで身を守ろうとするのは意志が弱い証拠だ、という価値観も語られていました。実際、当時の記述には「傘の使用は性格の弱さの表れであり、とりわけ男性にとってはそうだ」という趣旨の一文が残っています。
当時の傘そのものも、今のイメージとはかけ離れた代物でした。骨には鯨ひげや籐が使われ、生地は油を引いた絹や厚手のキャンバス。重く、たたんでもかさばり、値段も安くありません。持ち歩けば確かに目立ちます。
※注:軽くて丈夫な鋼鉄の骨が広まるのは1852年、サミュエル・フォックスの考案以降のこと。それまでの傘は「片手が完全にふさがる重い荷物」に近いものでした。
ではハンウェイ以前の人々がどう雨をしのいでいたかというと、答えは実にシンプルです。厚手のウールのマント、フード付きのコート、木の下や建物の軒先での雨宿り。そして最後は、濡れて帰る。街なかで急ぐ人は辻馬車を呼びました。
もう少し詳しく:ハンウェイとはどんな人物だったか
本業は貿易商だった。ハンウェイはロシアのサンクトペテルブルクを拠点に商売をし、カスピ海を越えてペルシャまで足を延ばした人物です。帰国後、その旅の記録を著作として発表し、旅行記の書き手としても知られるようになりました。傘の話が有名になったのは、その後のロンドン生活でのことです。
嫌がらせの主役は御者だった、と語られる。ハンウェイへの嫌がらせについては、辻馬車の御者たちがとりわけ執拗だったという通説があります。雨の日は馬車が最もよく売れる稼ぎ時で、誰もが傘を持つようになれば商売が細るから、というのがその理由づけです。ごみを投げつけられた、といった逸話も伝わりますが、いずれも後世に整理された物語であり、どこまでが実際の出来事かは慎重に見る必要があります。
「最初の一人」ではなかった。傘そのものはハンウェイ以前からイギリスに存在していました。彼が亡くなったあとの時代にも、傘を持つ男性が街で野次られた記録は残っています。1770年代には、絹の傘をさして歩いた従僕のジョン・マクドナルドが「フランス人め、辻馬車でも呼べ」と冷やかされたと書き残しています。つまりハンウェイは「最初の一人」というより、嘲笑を浴びながらも続けたことで習慣を定着させた側の人物と見るのが正確なところです。
本当の功績は別のところにあった。ハンウェイは熱心な慈善家でもありました。海に出る少年たちを支援する団体を1756年に立ち上げ、捨て子養育院の運営にも関わり、煙突掃除に使われる子どもたちの境遇改善を訴えています。ロンドンの貧しい乳児の死亡率を下げる法整備にも力を尽くしました。一方で紅茶を害悪と断じる文章を書いて反論を浴び、文人サミュエル・ジョンソンに「外国を旅して名声を得たが、国内を旅してそれを全部失った」と皮肉られたという逸話も残っています。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
「傘を使うのは性格の弱さの表れ、とりわけ男にとってはそうだ」という当時の空気、まったく同じことを言ってる人を今でもネットで見かける。日焼け止めとか、水筒とか。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
自分が何かを怖がってるだけなのに、それを周りの人間の問題にしてくるのがいちばん厄介なんだよな。
3. 海外の名無しさん(>>1への返信)
イングランド北部に住んでいた頃、一部にはまだその空気が残っていた。傘をさす、手袋やマフラーで暖を取る、本を読む。それだけで冷やかしの対象になる世界だった。
4. 海外の名無しさん
「おい見ろよ、あいつ乾いてるぞ!」みたいなヤジが実際に飛んでいたと想像すると、なんとも間抜けで笑ってしまう。
5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
「濡れないなんて、自分は特別だとでも思ってるのか」という絡み方だったんだろうな。理屈が最初から崩壊している。
6. 海外の名無しさん
濡れている側が勝っている、という前提がまず謎すぎる。誰ひとり得をしない競争を、街ぐるみで真剣にやっていたことになる。
7. 海外の名無しさん
傘が普及する前、みんなは雨をどうやってしのいでいたんだろう。ふつうに濡れて帰るしかなかったのかな。
8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
コート、マント、フード、木の下、建物の軒先。あとは腹をくくって濡れる。だいたいこの五択だったはず。
9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
木を持ち歩けるやつこそ本物の男、ということでいいのかな。それはそれで相当な筋力が要求されそうだ。
10. 海外の名無しさん(>>7への返信)
厚手のウールのマントは意外と優秀で、たいていの雨は弾くし乾くのも早い。おまけに寒ければ暖かく、暑ければ丸めてしまえる。傘が本当に便利なのは、乾いた建物から乾いた建物へ街中を短く移動するときだけなんだよね。登山者が傘じゃなくてレインウェアを選ぶのと同じ理屈だと思う。
11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
ただし濡れたウールには、犬みたいな匂いになるという致命的な弱点がある。
12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
18世紀のロンドンでそれなら、むしろ町でいちばん良い匂いの男だった可能性すらあるのでは。
13. 海外の名無しさん
人生で一度だけ傘を笑われたことがあって、いまだに覚えている。後ろから来た男が連れと一緒に、手のひらを上に広げて踊り出した。「もう降ってないぞ」と言いたかったんだと思う。
14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
自分はジャケットを腰ではなく首に巻いていただけで、見知らぬ大人に絡まれた。いい年をした人がわざわざ他人をからかいに来る、その事実のほうが衝撃で、相手が去るまで何が起きているのか理解できなかった。
15. 海外の名無しさん
感染症が広がり始めた頃、初めてマスクをして出社した日の感覚を思い出した。数週間後には全員がつけていたのに、あの日だけは妙に視線が痛かった。
16. 海外の名無しさん
誰ひとり使っていない時代だったなら、笑われるのも少しは分かる気がする。棒の先に布を張って頭の上に掲げるって、冷静に眺めればなかなか奇妙な道具ではある。
17. 海外の名無しさん
「ロンドンで最初に傘をさした男」という話、正直かなり盛られている気がする。傘そのものはもっと前から英国にあったはずだし。
18. 海外の名無しさん(>>17への返信)
そのとおりで、「最初」というより「男性が持つ習慣を広めた人」が実際に近いらしい。彼の時代より後の1770年代にも、傘をさして野次られた従僕の記録が残っている。
19. 海外の名無しさん
新しいものが最初に叩かれるのは、いつの時代も変わらないな。自転車も、電話も、シートベルトも、出てきた頃は「そんなもの必要ない」と笑われた側だった。
20. 海外の名無しさん(>>19への返信)
ただ「昔の人は愚かだった」で片付けるのも雑だと思う。当時の傘は鯨ひげと油引きの布で重くて高価だったし、雨の日に稼ぐ辻馬車の商売を脅かす道具でもあった。笑いの裏にはちゃんと生活がある。
21. 海外の名無しさん
この手の考え方がハリソン大統領を死なせた、という有名な話もあるね。極寒のなかコートも帽子もなしで長い就任演説をやって、就任から1か月で亡くなったアメリカの大統領のこと。もっとも死因については今は諸説あるらしいけど。
22. 海外の名無しさん
「なるほど、傘は性格の弱い人間にだけ害を及ぼすわけだ」と当時の理屈を真顔で言い直してみると、なかなか味わい深いものがある。
23. 海外の名無しさん
孤児や船乗りの少年たちのために働いた人なのに、後世で真っ先に思い出されるのが傘というのは少し気の毒だ。でも今日も濡れずに帰れているので、こちらとしては感謝しかない。
まとめ
ジョナス・ハンウェイは、傘を発明した人でも、ロンドンで最初に傘をさした人でもありません。それでも、嘲笑と嫌がらせが飛んでくる街で30年近く傘をさし続けたことで、男性が傘を持つという習慣を根づかせた人物として名前が残りました。コメント欄では「乾いてるぞ!」というヤジの間抜けさに笑う声と、傘以前のマント生活への素朴な疑問、そして「新しいものが最初に叩かれるのは今も同じ」という一般化が並び、一方で「最初の一人という話は盛られているのでは」という冷静な指摘も出ていました。今日ごく当たり前に開いている一本の傘に、ずいぶん長い前史があったようです。

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