「いま流れているこの曲、なんていう曲だろう」。その疑問は、今なら画面を一度触れば片づく。ところがこのサービスが始まった2002年には、まだスマートフォンというものが世の中に存在しなかった。当時のやり方はこうだ。携帯電話である番号にかけ、音楽が鳴っているほうへ受話口を突き出し、30秒黙って待つ。通話は勝手に切れる。しばらくすると、曲名が書かれたショートメッセージが届く。
今日の知ってた?
📻 音楽認識サービスのShazamは2002年にイギリスで始まっており、当時はアプリではなく「電話をかけて使うサービス」だった。携帯電話から短縮番号の2580にダイヤルし、受話口を音楽のほうへ向ける。30秒で通話は自動的に切れ、照合できればしばらくして曲名とアーティスト名がショートメッセージで返ってきた。2580という番号は、電話のキーパッドの真ん中の列を上から下へなぞった並びである。料金は1回ごとの通話課金か、定額の使い放題のどちらか。ただし2004年にアメリカでAT&Tの回線を通じて始まったときだけは、開始当初は無料で使えた。
背景:曲名がわからないまま終わるのが普通だった
2002年ごろ、店やラジオで耳にした曲の名前を知る手段は、驚くほど限られていた。番組表を調べる、店員に聞いてみる、聞き取れた歌詞の断片を紙にメモして後で誰かに尋ねる。そのどれもうまくいかず、結局わからないまま忘れてしまう——というのが、ごく普通の結末だった。
そこに割って入ったのがShazamである。運営していたShazam Entertainmentは1999年設立で、創業者はクリス・バートン、フィリップ・イングルブレクト、エイブリー・ワン、ディラージ・ムカジーの4人。2002年、イギリスで最初のサービスが始まった。
使い方は徹底して単純だった。携帯電話で2580にかけ、音の出ているほうへ本体を突き出して構えるだけ。こちらが何もしなくても、30秒経てば通話は切れる。あとは待つだけで、一致する曲が見つかればショートメッセージが届く。画面を見ながら操作する必要も、アプリを入れる必要もない。ボタンを4つ押せる携帯電話なら、機種を問わず使えた。
もう少し詳しく
仕組みは「音の指紋」。照合の中身は、音をスペクトログラム——時間を横軸、周波数を縦軸に取った音の地図のようなもの——に変換したうえで、その中でとくに強く出ている点だけを拾い出し、点どうしの組み合わせを指紋として登録済みの曲と突き合わせる、というものである。設計したのは創業者の一人で、スタンフォード大学で博士号を取ったエイブリー・ワン。強い点だけを見るという割り切りが効いていて、まわりの話し声やグラスの音は弱い成分なので最初にふるい落とされる。パブの喧騒のただ中でも当たったのは、そのためだ。
だから、歌って聴かせても当たらない。この仕組みが照合しているのは、メロディそのものではなく「その録音の模様」である。同じ曲でも、ライブ音源やカバー、別のミックスは、模様が変わってしまうので別物として扱われる。当時あちこちで起きた「曲が終わってからみんなでサビを歌ってみたが、一度も当たらなかった」という現象は、機械の性能が足りなかったのではなく、そもそもそういう作りだった、という話になる。
料金は取られていた。イギリスでは2006年時点で、1回60ペンス、あるいは月4.50ポンドで使い放題という設定だった。曲名ひとつのために払う額としては軽くない。アメリカに渡ったのは2004年で、AT&Tの回線を使った提携サービスとして始まっている。こちらは開始当初こそ無料だったが、AT&T側は将来的に1回99セントを課金する方針を示していた。
アプリになったのは6年後。Shazamがいま知られている姿になったのは、2008年7月10日、AppleのApp Storeが開いたその日である。iPhone版はこの開店に合わせて登場した。以降は電話をかける必要がなくなり、ボタンひとつで完結するようになる。2017年12月にはAppleが買収を発表し、2018年9月24日に手続きが完了した。電話番号から始まったサービスが、最終的に端末を作っている会社のものになったことになる。
日本の携帯電話は、少し事情が違った。「番号にかけると、ショートメッセージで返ってくる」というこの形は、SMSがどの携帯にも同じように届く、という土台があって初めて成り立つ。日本ではその土台が整うのが遅く、通信会社をまたいでSMSを送受信できるようになったのは2011年7月13日のことである。それまでは、iモードのメールのように各社が独自に用意したメールが連絡の中心だった。ちなみに2002年の日本のケータイといえば着信メロディの時代で、auが「着うた」を始めたのは、Shazamがイギリスで動き出したのと同じ2002年の12月だった。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
覚えてる。ノキアの安いやつを持ってパブに行って、スピーカーのほうへ携帯を突き出して構えていると、しばらくしてちゃんと曲名が返ってくるんだ。あれは本当に驚いた。かける番号もまだ覚えているよ、2580。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
2580という番号の選び方がうまいんだよな。電話のキーパッドの真ん中の列を、上から下へ順になぞるだけ。酔っていても押し間違えないように決めたとしか思えない。
3. 海外の名無しさん(>>1への返信)
そのあと必ず、みんなで曲のサビを歌って聴かせてみるんだよ。で、一度も当たったことがない。毎回全員でやって毎回外すから、外れることまで含めて遊びになっていた気がする。
4. 海外の名無しさん
当時は完全に魔法だった。中で何が起きているのか誰も説明できなかったし、想像してみても「電話の向こうに耳のいい人が座っている」くらいのところで止まっていた。
5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
仕組みを知ったあとのほうが感心すると思う。音を時間と周波数のグラフに直して、その中で強く出ている点だけを拾って照合しているらしい。まわりのざわつきは弱い成分だから、最初の段階でふるい落とされる。だから騒がしい店でも当たる。
6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
そう、だから人が歌っても当たらないんだよ。照合しているのはメロディじゃなくて、その録音そのものの模様だから。同じ曲でもライブ版だと別物として扱われる。上で誰かが言ってた「歌うと必ず外す」は、故障じゃなくて仕様だった。
7. 海外の名無しさん
自分は結局一度も使わなかった側。1回かけるたびに料金がかかると聞いた時点で、曲名ひとつのために払う気にはならなかった。友達がかけているのを横で見ているだけで十分だったよ。
8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
今の感覚だと高く見えるけど、当時はショートメッセージ1通にも金がかかっていたからね。あのころの携帯電話って、何をしても少しずつ課金されていく乗り物だった。
9. 海外の名無しさん
初期のネットと携帯は、今とは完全に別の世界だよ。パソコンに電話をかけさせて別のパソコンにつなぐのがインターネットで、途中で家の電話が鳴ると切れてしまうから、頭に*70をつけて着信を止めておく。メッセージは1通10セント。今の送信量で同じ料金を払ったらいくらになるんだ。
10. 海外の名無しさん(>>9への返信)
いちばん理不尽だったのは、受け取るほうにも課金されたことだと思う。自分ではどうにもできないものに金を取られるわけだから。知らない番号から広告が届いただけで残高が減っていく。
11. 海外の名無しさん(>>9への返信)
1000通ぶんのプリペイドカードを10ドルで買ってもらって、彼女とのやりとりで1日で使い切ったことがある。そのあと月20ドルの送り放題に変えてもらった。あれは親のほうが先に折れた。
12. 海外の名無しさん
うちが携帯を持たされた理由は「友達の家から帰るときに連絡するため」だった。家が見える距離の友達の家から律儀にかけたら、母がネットを見ている最中で接続が切れて、最初のページからやり直しになって怒られた。当時はページを開くたびに課金されていたはずだ。
13. 海外の名無しさん
自分がいちばん知りたかった曲は、結局最後まで教えてもらえなかった。服屋で流れていた、たぶん誰かが勝手に作ったリミックスで、何度かけても「一致しません」しか返ってこない。あの曲のことは今でもたまに思い出す。
14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
それは仕様どおりの動きなんだよな。店でかかっているのが誰かの手作りのリミックスだったら、元の録音と模様が違うから照合しようがない。悔しいけど、当ててもらえないことにもちゃんと理由がある。
15. 海外の名無しさん
もっと前の時代の話をすると、CDnowという、アマゾンがCDを扱い始めるより前から通販でCDを売っていたサイトがあった。あそこにメールで「テレビでこういう感じの曲が流れていた」と説明を書いて送ると、返事が来るんだ。あれで何曲か見つけたよ。好きなサイトだった。
16. 海外の名無しさん
イギリスにはもっとすごいのがあって、ある番号にメッセージで質問を送ると、人間の調査員が調べて答えを返してくれるサービスがあった。「ヨークのレッドライオンというパブで、いま暖炉のそばに立っているのは誰か」という質問が来たときは、実際にその店に電話をかけて確かめてから返したらしい。人力のウィキペディアだった。
17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
自分は2008年から2009年ごろ、アメリカで同じような仕事の答える側をやっていた。来る質問の中身はほとんどが宿題を写そうとしている子ども。あとは道順を聞く人と、本当に人間が読んでいるのか確かめるために意味のない文章を送ってくる人だった。
18. 海外の名無しさん
あの流れを今でも体験できる場所がある。グランド・セフト・オートIVには、車のラジオで曲が流れているあいだにゲーム内の番号へ電話をかけると、あとから曲名がメッセージで届く仕掛けが入っている。当時の遊びがそのまま持ち込まれているわけだ。
19. 海外の名無しさん
2004年に青森の田舎の旅館に泊まったとき、夕方にテレビの音楽チャンネルで妙に静かなシンセの曲が流れていて、窓の外の景色とあわさって完全に意識が飛んでしまった。最後の数秒でMP3レコーダーを引っぱり出して録音した。その短い断片を何年も聴き返しては、何の曲なのかわからないままでいた。答えが出たのは、家にこもっていた時期にスマホのShazamにその録音を聴かせたとき。ティム・ストーリーの「Three Feet From the Moon」だった。日本で少し人気のあった人らしい。
20. 海外の名無しさん(>>19への返信)
いい話なんだけど、今日の記事の内容と並べると少し切ないな。2004年のその時点で、旅館の部屋から番号にかけてさえいれば、その日のうちに曲名が届いていたわけだ。15年以上抱えていた謎の答えが、当時すでに手の中にあったことになる。
21. 海外の名無しさん
正直に言うと、今はアプリを開く回数がめっきり減った。歌詞が一行でも聞き取れれば検索したほうが早いし、動画のコメント欄に誰かが答えを書いていることも多い。曲名がわからないまま何日も過ごす、という状態自体があまり起きなくなった。
22. 海外の名無しさん(>>21への返信)
歌詞のない曲になると今でも頼りきりだよ。店でかかっているインストとか、クラブで一晩に何十曲も流れるやつとか。人の声が入っていない音楽については、あの仕組みの代わりがまだ出てきていない。
23. 海外の名無しさん
それにしても「使い放題」という言葉は、この時代からずっと小さい注釈つきなんだな。月いくらで無制限と大きく書いてあって、下のほうに条件がずらりと並んでいる。20年経って回線は速くなったけど、その書き方だけは何ひとつ変わっていない。
まとめ
Shazamは2002年にイギリスで、電話をかけて使うサービスとして始まった。携帯から2580にダイヤルして音楽のほうへ受話口を向け、30秒で切れるのを待つと、しばらくして曲名がショートメッセージで届く。料金は1回ごとの課金か、定額の使い放題。仕組みは音を時間と周波数の地図に変換し、強く出ている点の組み合わせを指紋として照合するもので、雑音に強い代わりに、人が歌ったメロディには反応しない。コメント欄でいちばん多かったのは、あのころこれが魔法にしか見えなかったという話と、当時の通信料金がいかに高かったかという話の二本だった。一方で「今は歌詞を検索すれば済むのでアプリを開かなくなった」という声もあり、そこには「歌詞のない曲だけは今でも頼っている」という返しがついた。曲名がわからないまま何年も持ち歩く、という時間の使い方そのものが、この20年で静かに消えたらしい。

コメント