棚に並んでいるビールの名前が、国境をまたいだ瞬間に入れ替わる——そんなことが実際に起きている銘柄がある。「バドワイザー」だ。この名前をめぐって、チェコの醸造所とアメリカの会社が100年以上争い続けていて、いまも決着していない。ややこしいのは、どちらかが名前を盗んだという単純な話ではないところで、両方にそれなりの言い分がある。そのため世界共通の答えが出ないまま、「Budweiser」を名乗れるのがどちらなのかは、あなたがどこの国にいるかで入れ替わる。
※注:Budweiser は英語だと「バドワイザー」と読まれるが、もとはドイツ語の言葉で、読みは「ブドヴァイザー」に近い。この記事では、アメリカ側の商品を指すときは「バドワイザー」、チェコ側を指すときは「ブドヴァイザー・ブドヴァル」と書き分けている。
今日の知ってた?
🍺 「Budweiser」という名前は、チェコの醸造所とアメリカの会社のあいだで1世紀以上にわたって争われている。チェコ側は南ボヘミアの町チェスケー・ブジェヨヴィツェ(ドイツ語名ブドヴァイス)にある国営醸造所「ブドヴァイザー・ブドヴァル」。アメリカ側は1876年にこの名前を使い始めたアンハイザー・ブッシュ(現アンハイザー・ブッシュ・インベブ)。両者は世界各地で訴訟を重ねてきたが、いまも決着していない。結果として、Budweiser を名乗れるのがどちらなのかは、売られている場所によって入れ替わる。ヨーロッパの多くの国ではチェコ側が Budweiser で、アメリカ側は「Bud」という短い名前で売られている。逆に北米ではアメリカ側が Budweiser で、チェコ側は「Czechvar(チェコヴァー)」という別の名前になる。
背景:「ブドヴァイザー」はもともと商標ではなく地名だった
Budweiser というのは、ドイツ語で「ブドヴァイス産の」という意味の言葉である。ピルスナーが「ピルゼン産の」、ハンブルガーが「ハンブルク産の」であるのとまったく同じ作りで、最初から誰かの商品名だったわけではない。ブドヴァイスは現在のチェコ南部の町チェスケー・ブジェヨヴィツェのドイツ語名で、この地方はもともとドイツ語話者とチェコ語話者が混じって暮らしていた土地だった。
この町の醸造の歴史は古い。1265年、ボヘミア王オタカル2世の時代に、町は醸造の権利を与えられている。ここで造られた酒は宮廷でよく飲まれ、「王の飲むビール」と呼ばれるほど評判が良かったと伝えられる。ただし当時の酒と、いま私たちが「ビール」として思い浮かべる黄金色の飲み物は、まったく別物だと考えたほうがいい。透明で淡い色のラガーが生まれるのは1842年、同じボヘミアの町ピルゼン(チェコ語ではプルゼニ)でのことである。
近代の醸造所としては、まず1795年に「ブドヴァイザー・ビア・ビュルガーブロイ」が出来た。町のドイツ語話者の市民たちが設立した醸造所である。そしてその100年後の1895年、今度はチェコ語話者の市民たちが対抗して自分たちの株式会社の醸造所を立ち上げた。これが現在のブドヴァイザー・ブドヴァル(正式名称は「ブジェヨヴィツキー・ブドヴァル国営企業」)で、いまもチェコ政府が保有している。つまり同じ町のなかに、言語の違う二つの「ブドヴァイス産ビール」が並んでいた時期がある。
もう少し詳しく:1876年と1895年、先に名乗ったのはどちらか
アメリカ側の話は、この二つの醸造所のあいだの時期に入ってくる。1876年、ドイツ移民の実業家アドルフス・ブッシュがミズーリ州セントルイスで、ボヘミア風の淡色ラガーを売り出した。名前は Budweiser。当時のヨーロッパのビールは評価が高く、その土地の名前を冠するのは品質の宣言のようなものだった。ちなみにアメリカ側のキャッチコピー「King of Beers(ビールの王様)」も、ブドヴァイスの酒が「王の飲むビール」と呼ばれていたところから来ているとされる。名前も肩書きも、もとは同じ町から借りている。
ここで年号を並べると、話がねじれているのが分かる。アメリカでバドワイザーが売り出されたのが1876年。チェコでブドヴァルという会社が出来たのが1895年。会社どうしで比べると、アメリカ側のほうが19年早い。一方で「ブドヴァイス」という町とその醸造の歴史は、どちらの会社よりもはるかに古い。「先に名乗ったのはうちだ」と「そもそも、うちの町の名前だ」がまっすぐぶつかっていて、しかもどちらの言い分にも根拠がある。100年経っても終わらない理由はここにある。
もちろん、話し合いが持たれなかったわけではない。1907年には両者のあいだで販売する地域を分ける取り決めが交わされ、アメリカ側は北米で、ボヘミア側はヨーロッパで Budweiser を名乗る、という線引きが一度は成立している。1911年と1939年にも契約が結ばれた。それでも紛争が終わらなかったのは、そのあとに国境も体制も市場も何度も変わったからである。第二次大戦、チェコスロバキアの共産化と醸造所の国有化、1989年以降の市場開放、EUの誕生と商標制度の統一。そのたびに「あの取り決めは今も有効なのか」が問い直され、そのつど裁判所に持ち込まれてきた。
2014年には、アンハイザー・ブッシュ・インベブが同じチェスケー・ブジェヨヴィツェにある醸造所を買収している。1795年創業のビュルガーブロイの流れをくむ、「サムソン」のブランド名で知られる醸造所である。「ブドヴァイスで造っていない者がブドヴァイザーを名乗るな」という指摘に対して、ブドヴァイスの醸造所そのものを手に入れる、という応じ方をしたことになる。
いまはどうなっているのか
現在の大枠はこうなっている。ヨーロッパの多くの国では、Budweiser の商標はチェコのブドヴァルが持っている。だからアンハイザー・ブッシュ・インベブは、ドイツやオーストリアなどでは自社製品を「Bud」という三文字で売っている。逆に北米では商標はアンハイザー・ブッシュ・インベブのもので、チェコ側は「Czechvar」という別名で棚に並ぶ。世界的なブランドが、国境を越えるたびに自分の名前を書き換えている。
例外もある。イギリスでは、裁判所が「どちらも独占はできない」という趣旨の判断を示した。そのため両方が Budweiser の名前で売られていて、チェコ側のラベルには「Budweiser Budvar」と書かれている。同じ棚に、同じ名前を名乗る別の会社のビールが二つ並ぶ。世界的にも珍しい光景である。
訴訟の数は、正確に数えるのが難しいほど多い。2012年の時点で、各国の裁判所に係属中の商標紛争がおよそ40件、そのほかに手続き上の争点が70ほど残っていたとされる。翌2013年1月には、ブドヴァル側が「これまでの124件のうち89件で有利な結論を得た」と発表している。ただしこれはあくまで一方の発表であり、国ごとに結論も条件もばらばらで、勝ち負けを単純な数字で並べられるような争いではない。100年を超えて続いているのに、いまも「どちらが本物のブドヴァイザーか」という問いには、世界共通の答えが存在しない。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
そもそも「ブドヴァイザー」って、もともと「ブドヴァイス産の」って意味の言葉なんだよね。ピルスナーが「ピルゼン産の」なのと同じ作り。つまり最初は商品名ですらなくて、ただの産地表示だったわけで。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
その言葉を大西洋の向こう側で名乗ったのが、揉め事の始まりなんだよ。1876年のセントルイスで、ボヘミア風のラガーを造って、その土地の名前をそのまま持ってきた。当時は地名を誰かの財産だと考える感覚自体が薄かったんだと思う。
3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
ヨーロッパでその理屈が通らないのは、まさにそこ。こっちだとラベルに書いてある地名は「そこで造っています」という意味を持っていて、後からその意味を空っぽにされると本当に困る。シャンパーニュやパルミジャーノで散々やってきた話と地続きなんだよね。
4. 海外の名無しさん
片方は13世紀から続く土地の酒で、片方はアメリカ製。並べた時点で答えは出てる気がするんだけど、法律の世界ではそうならないらしい。
5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
そこは正確にいこうよ。町に醸造の権利が下りたのが1265年で、それは町の歴史。いまのブドヴァルという会社が出来たのは1895年だし、そもそも私たちが飲んでいる淡色ラガーという種類が生まれたのは1842年のピルゼンでのこと。13世紀の人が飲んでいたのは全然別の飲み物だよ。
6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
しかもアメリカのバドワイザーは1876年開始だから、会社としてはチェコのブドヴァルより19年早いんだよね。ここが本当にややこしいところで、「町のほうが先」と「会社のほうが先」が同時に成り立ってしまっている。だから100年経っても終わらない。
7. 海外の名無しさん
毎回思うんだけど、ビールの話になると急にみんな大げさになるよね。アメリカのバドワイザーは世界一のビールじゃないけど、「水」か「小便」かのどちらかだと言われるほどひどくもない。というかその二つ、味の方向としてまったく違うだろ。何度か飲んだことがあるけど、ごく普通のビールだったよ。
8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
インターネットに誇張表現が? そんなまさか。……というのは冗談として、叩き方がテンプレになっている感じはたしかにある。まずいと言うにしても、どうまずいのかを自分の言葉で説明できる人は意外と少ない。
9. 海外の名無しさん
チェコに住んでいるけど、正直ブドヴァルもそこまで持ち上げるほどのものじゃない。よくてまあまあ、という感じ。地元では定番中の定番で、特別扱いされている空気もないよ。名前を取り合っている二つが、どちらも「よくある普通のラガー」だというのが実際のところだと思う。
10. 海外の名無しさん(>>9への返信)
プラハで飲んだけど、たしかに拍子抜けした。まずくはないし、いくらでも飲めるタイプではある。ただ「これが100年争う価値のある味なのか」と言われると、そこは正直よく分からなかった。
11. 海外の名無しさん
イギリスだと両方が売られていて、チェコのほうは「Budweiser Budvar」と書いてある。同じ棚に並んでいるのを初めて見たときは、これ怒られないのかと本気で思った。
12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
イギリスは裁判所が「どちらも独占はできない」という結論を出したから、両方が名乗れる珍しい国なんだよ。世界的には片方に寄せて決着させるのが普通なので、二つ並んで棚に置かれている光景はけっこう特殊。
13. 海外の名無しさん
出張でドイツに行ったとき、アメリカのバドワイザーが「Bud」の三文字になっていて何事かと思った。逆にアメリカでチェコのほうを探すと「Czechvar」になっている。国境をまたぐと名前が変わるビール、他に思いつかないんだが。
14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
世界中どこでも通じるブランドを目指してきた会社が、国境で自分の名前を三文字に縮めなきゃいけないの、なかなか皮肉が効いてるよね。しかも縮めた側が「Bud」で、フルネームを名乗れる側がわざわざ「ブドヴァル」を足しているという。
15. 海外の名無しさん
アメリカ側のキャッチコピー「King of Beers(ビールの王様)」も、もとをたどるとブドヴァイスの酒が宮廷で好まれて「王の飲むビール」と呼ばれていたところから来ているらしい。ついでに言うと、この文句は最初から今の形だったわけでもなくて、当時は瓶売りが中心だったので「瓶ビールの王様」だった。名前も肩書きも借りもの、しかも肩書きのほうは途中で短くしている。
16. 海外の名無しさん
2014年に、アンハイザー・ブッシュ・インベブが同じチェスケー・ブジェヨヴィツェにある古い醸造所を買っているんだよね。1795年創業のビュルガーブロイの流れをくむところ。これで「ブドヴァイスで造っていないだろう」という指摘は使いにくくなった。
17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
「ブドヴァイス産のものだけがブドヴァイザーを名乗れる」と言われたので、ブドヴァイスの醸造所を買いました、という手だよね。理屈としては筋が通っているのが逆に怖い。議論の前提そのものを、お金で買い替えられるという話でもある。
18. 海外の名無しさん
アメリカのビールを一括りにするのはやめてほしいな。大手のマス向け商品が薄いのは事実だけど、この国の小規模醸造所の層の厚さと種類の多さは世界でも上のほうだよ。バドワイザーはアメリカのビールの代表じゃなくて、アメリカで一番売れているビール、というだけの話。
19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
それは本当にそう。ついでに言うと、いまのブドヴァルもチェコの小さな醸造所を代表しているわけじゃなくて国営の大手なんだよね。争っているのは「土地の伝統」対「大量生産」じゃなくて、大手同士。構図をきれいにしすぎない方がいいと思う。
20. 海外の名無しさん
1800年代終わりのアンハイザー・ブッシュのバドワイザーを、一度でいいから飲んでみたい。いまと同じ名前でも中身は全然違ったはずで、たぶんちゃんとうまかったんじゃないかと思っている。
21. 海外の名無しさん(>>20への返信)
昔のレシピを再現したビールを飲んだことがあるけど、必ずしも昔のほうがうまいとは限らないよ。当時の材料と設備で造ると、いまの舌にはかなりクセが強い。「昔はよかった」は、実際に飲んでみると案外あっさり崩れる。
22. 海外の名無しさん(>>21への返信)
味が変わるのは昔話でもなくて、いまも普通に起きているしね。長く飲んでいた銘柄が数年前に「飲みやすく」作り替えられていて、久しぶりに買ったら別物になっていた、というのは自分も経験がある。名前は同じでも、中身のほうは動く。
23. 海外の名無しさん
この由緒正しい話の流れで申し訳ないんだけど、自分はずっと、あの三匹のカエルが名付けたんだと思ってた(アメリカのバドワイザーには、沼のカエルが順番に「バド」「ワイ」「ザー」と鳴くだけのテレビCMがあった)。13世紀のボヘミア王が出てくるとは思わなかった。
24. 海外の名無しさん
結局この揉め事のおかげで、こっちは両方の名前を覚えてしまったんだよな。チェスケー・ブジェヨヴィツェなんて町、この話がなければ一生知らないままだったと思う。100年争った副産物としては、そんなに悪くない気がする。
まとめ
Budweiser はもともと「ブドヴァイス産の」という意味の地名由来の言葉で、ピルスナーが「ピルゼン産の」であるのと同じ成り立ちだった。その名前を1876年にアメリカのアンハイザー・ブッシュが商品名として使い始め、1895年には名前の由来である町チェスケー・ブジェヨヴィツェで、チェコ語話者たちがブドヴァルを立ち上げる。会社としてはアメリカ側が先、町の歴史はチェコ側、という食い違いが解けないまま1世紀が過ぎた。いまもヨーロッパの多くの国ではチェコ側が Budweiser で、アメリカ側は「Bud」。北米では逆で、チェコ側は「Czechvar」を名乗る。コメント欄で目立ったのは、地名を後から商品名にしたことへの違和感と、その一方で「どちらもごく普通のラガーなのに大げさに語られすぎ」という冷めた声だった。「別物として飲めばいいだけでは」という身も蓋もない意見が、案外いちばん納得されていた。
元ソース: 「バドワイザー」という名前は、チェコの会社とアメリカの会社のあいだで1世紀にわたって争われていて、どこにいるかによって、その名前で売れるのはどちらか一方だけになる

コメント