「警官が路上で定規を当ててスカートの丈を測る」1970年代の韓国、髪と丈が法律の話だった時代

「警官が路上で定規を当ててスカートの丈を測る」1970年代の韓国、髪と丈が法律の話だった時代 歴史

スカートの丈を、警官が路上で定規を当てて測る。1970年代の韓国では、それが実際に行われていた光景である。取り締まりの対象は女性の服装だけではなく、男性の長髪も同じだった。つかまればその場で髪を刈られることもあったという。髪型と丈が、警察の仕事だった時代の記録である。

※注:ここで出てくる「軽犯罪処罰法」は、日本の軽犯罪法にあたる法律である。罰則は拘留や科料といった軽いもので、重い刑罰ではない。裏を返せば、街頭で警官がその場で処理しやすい枠組みでもあった。

今日の知ってた?

📏 1970年代の韓国では、男性の長髪と丈の短いミニスカートが取り締まりの対象だった。1973年の軽犯罪処罰法改正でこれが明文化され、街頭に立った警官が定規やメジャーでスカートの丈を測り、長髪の男性はその場で髪を刈られることもあったと伝えられている。関連する条項が法律から削除されたのは1980年で、規制はそこで終わった。

背景:「風紀」が法律の話だった時代

1960年代から70年代の韓国は、朴正煕(パク・チョンヒ)政権のもとにあった。1961年の軍事クーデターで権力を握った政権は、経済開発を最優先に掲げる一方で、社会の引き締めを繰り返し進めていく。長髪やミニスカートの取り締まりも、その流れのなかに置かれた施策のひとつである。当局はこれらを「退廃的な風潮」として位置づけ、追放すべきものだと説明していた。

制度としてはっきりした形になるのが1973年である。この年の軽犯罪処罰法改正で、男性の長髪と、露出が過度とされる服装が処罰の対象として書き込まれた。処罰そのものは軽く、拘留や科料の範囲にとどまる。ただし軽いということは、逮捕状も裁判も待たずに街頭で完結できるということでもあった。だからこそ、定規を持った警官が交差点に立つという奇妙な光景が日常になった。

同じ時期、韓国には深夜の外出を禁じる措置も敷かれていた。夜間通行禁止令は第二次世界大戦の終戦直後から続いており、深夜0時から明け方までは原則として外を歩けない。これが解除されるのは1982年である。髪と丈の規制は、そうした生活全体の枠組みの一部として存在していた。

もう少し詳しく

ミニスカートは、当時の韓国にとって新しい輸入品だった。広まったのは1960年代の後半で、歌手の尹福姫(ユン・ボッキ)が1967年にアメリカから帰国した際のミニスカート姿が火付け役になった、という話が繰り返し語り継がれている。つまり、流行が入ってきてから10年も経たないうちに、丈が法律の条文で扱われるところまで行った計算になる。

「17センチ」がどこからの17センチなのかは、はっきりしない。元スレッドでは「投稿タイトルは写し間違いで、実際には膝から17センチ以上短いスカートが対象だった」という指摘が出て、これに納得するコメントが並んだ。ただし、当時の現場では警官が定規を当てて判断していたと報じられており、どこを起点にどう測ったのかは伝え方によって表現が揺れる。数字だけが一人歩きしやすい部分なので、ここでは報じられている言い方をそのまま紹介するにとどめておきたい。

長髪のほうには、そもそも数値の基準がない。耳が隠れる、襟にかかる、といった目安が語られることはあるが、明快な線引きが示された記録は見当たらない。現場の警官の判断に委ねられていたとされ、同じ髪型でも止められる日とそうでない日があった、という証言も残っている。丈のほうは数字で争えるが、髪のほうは争いようがなかったわけである。

終わりは、意外なほどあっさりしていた。1980年の法改正で該当する条項が削除され、長髪とミニスカートの取り締まりはそこで途切れる。10年近く続いた規制が、条文を1行消すだけで終わったことになる。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
街角に定規を持った警官が立っている絵面がすごい。バス停の列で順番に丈を測られるところを想像すると、笑えないコントみたいだ。

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
測るほうもつらかったと思う。しゃがんでメジャーを当てて「2センチ超えてます」と告げる仕事、家に帰って何を考えていたんだろう。

3. 海外の名無しさん
17センチという数字の出どころがずっと気になってた。元の記事だと「膝から17センチ以上短いスカート」で、ここのタイトルは写し間違いだという指摘が出てる。

4. 海外の名無しさん(>>3への返信)
それなら数字の意味が通る。腰から測るのか膝から測るのかで全然違う話になるし、基準の書き方が曖昧なほど現場の裁量は広がる。

5. 海外の名無しさん
長髪の取り締まりのほうがきつい。その場で髪を刈られたら、伸びるまでの数か月はずっと「捕まりました」と顔に書いてあるようなものだ。

6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
たぶんそれが狙いだったんだと思う。罰金なら払って終わりだけど、見た目を変えられると本人だけでなく周りへの見せしめにもなる。

7. 海外の名無しさん
ルーマニアでも似たことがあった。父は70年代生まれで、80年代の終わりごろまで路上でつかまって強制的に髪を刈られた知り合いの話をよくしていた。ロックやメタルが好きな連中はとくに狙われたらしい。

8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
上着に縫い付けたバンドのワッペンを剥がされた、という話も聞いたことがある。髪だけでなく服まで対象になるのがきつい。

9. 海外の名無しさん
シンガポールも一時期そうだったと聞く。長髪の男性は役所や窓口で最後に回されるという扱いで、逮捕はしないかわりに実質的に締め出す形だった。

10. 海外の名無しさん(>>9への返信)
後回しにされるほうが、ある意味たちが悪い。はっきり禁止されていないぶん、どこに文句を言えばいいのかも分からない。

11. 海外の名無しさん
服装や髪型の規制は、取り締まる側からすると成果を数字で出しやすいんだろうな。何人止めた、何センチだった、でそのまま報告書が書ける。

12. 海外の名無しさん
カトリック系の学校に通っていたので、朝礼で膝丈を測られる感覚はよく分かる。ただこっちは注意されて着替えさせられるだけで、通りを歩いていて止められるわけではなかった。

13. 海外の名無しさん
当時の写真を見ると、みんな普通におしゃれをしている。禁止されているはずなのに街にはちゃんと流行があって、そのせめぎ合いがそのまま記録に残っているのが面白い。

14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
規制のある時代のファッション写真には独特の緊張感がある。着ているほうも「今日は測られるかも」と思いながら家を出ているわけで。

15. 海外の名無しさん
ミニスカートが入ってきたのが60年代の後半で、そこから10年もしないうちに法律で数字を決められるところまで行ったのが早い。流行の速度に法律が本気で追いつこうとしている。

16. 海外の名無しさん
髪の長さの基準は結局どこにあったんだろう。耳が隠れたらアウトなのか、襟にかかったらアウトなのか、その線引きが気になる。

17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
現場の警官の目分量だったという話をどこかで読んだ。人によって基準が違うから、同じ髪型でも通る日と止められる日があったらしい。

18. 海外の名無しさん
条項が消えたのが1980年と知って少し驚いた。思っていたよりずっと最近まで残っていたし、終わるときは条文を1行消すだけであっさり終わっている。

19. 海外の名無しさん
深夜0時から明け方まで外に出られない時期があったとも聞いて、生活への影響はむしろそっちが大きそうだと思った。飲み会が何時に終わるかで一日の形が変わる。

20. 海外の名無しさん(>>19への返信)
終電に間に合うかどうか、という話ではないな。門限が国の単位で決まっているようなもので、夜に営業する店の作りまで変わってしまいそうだ。

21. 海外の名無しさん
こういう規則は、当時を生きた人の記憶が残っているうちに聞いておきたい。法律の条文を読むより、実際に止められた人の話のほうがはるかに手触りがある。

22. 海外の名無しさん
髪の長さで人を呼び止められる社会が、たった50年ほど前にあったという事実のほうが効く。今の感覚で笑うのは簡単だけど、当時の人にとってはそれが日常の一部だったはずだ。

まとめ

髪の長さとスカートの丈が、法律の条文と警官の定規で決まっていた。コメント欄でまず伸びたのは、数字そのものではなく「その場で髪を刈られる」という罰の性質のほうである。罰金は払えば終わるが、見た目を変えられた人は数か月それを持ち歩くことになる——そこに気づいた指摘を起点に、ルーマニアやシンガポールなど、同じころ別の場所で行われていた似た話が次々に出てきた。日本の読者だと頭髪検査やスカート丈のチェックを思い出す人も多いはずだが、学校の中で注意されるのと、学校でも職場でもないただの街角で警官に呼び止められるのとでは、話の重さがまるで違う。同じ「風紀」という言葉でも、誰がどこで振りかざすかで意味は変わる。

元ソース: 1970年代の韓国では、男性は長髪にすることができず、女性は膝上の短いミニスカートを穿くことができなかった

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