「機体から運び出さなければならなかった」64日間空の上にいた2人…日本の航研機の世界記録は62時間、桁違いの有人滞空とは?

トラックからホースで給油を受けるセスナ機 歴史

ひとたび飛び立ったら、次に地面へ車輪を下ろしたのは65日後だった。1958年の冬、ラスベガスの空へ上がった小さなセスナ機は、走るトラックから燃料を受け取り、食事を魔法瓶で引き上げ、狭い機内で寝起きしながら飛び続けた。人が乗った飛行機の滞空記録は、それから67年たった今も破られていない。

今日の知ってた?

✈️ セスナ172で「64日22時間19分」飛び続けた世界記録。ボブ・ティムとジョン・クックの2人が1958年12月4日にラスベガスを離陸し、1959年2月7日に着陸するまで、約24万キロを一度も着陸せずに飛んだ。給油は128回以上、すべて地上を走るトラックから受けた。

背景:カジノの宣伝から始まった挑戦

言い出したのは、ラスベガスのホテル兼カジノ「ハシエンダ」でスロットマシンの修理係をしていたボブ・ティムである。第二次大戦中はパイロットで、飛行機の整備士の資格も持っていた。ハシエンダは1956年に開業した家族向けの宿で、話題を探していた経営者が、機体にホテルの名前を描いて記録に挑むという案に乗った。米CNNによれば、用意された資金は10万ドル。がん研究の募金活動とも結びつけられ、飛行時間を当てる懸賞まで付いた。寄付金を添えて予想を送り、最も近かった人に1万ドルが出るという、いかにもラスベガスらしい仕掛けである。

当時の記録は、すでに途方もない長さになっていた。1935年にアメリカのキー兄弟が653時間を飛び、1949年には軽飛行機の記録が1,124時間、およそ47日まで伸びた。そこへ1958年9月、別のチームが同じセスナ172で1,200時間16分を飛んだ。約50日である。ティムはこの間に3回挑み、いずれも機体の故障で降りた。最長でも約17日しか持たなかった。3回目のエンジンは、メーカーが選んだ新品だったのに排気バルブが焼けてしまい、整備主任のアーブ・キュンジが元の中古エンジンを積み直した。この450時間ほど使ったエンジンが、のちの本番で1,559時間を回り続けることになる。

副操縦士も替えた。折り合いの悪かった最初の相棒に代わって選ばれたのが、33歳の整備士ジョン・クックである。機体も大きく作り替えられた。内装をはがして、副操縦士席の代わりに厚さ10センチほどのマットレスを敷き、小さなステンレスの流し台を付けた。胴体の下に燃料タンクを増設し、右のドアは蛇腹式の折り戸に替えて、外へ張り出す足場を付けた。さらにエンジンを止めずにオイルとフィルターを交換できる配管を、防火壁越しに通している。

もう少し詳しく

給油は、失速ぎりぎりの低空飛行で。2人が飛んだのは主にカリフォルニアとアリゾナの州境の砂漠の上で、給油はカリフォルニア州ブライス近くのまっすぐな道路で行った。米国の操縦士団体AOPAの記事によると、セスナは失速しない程度の速度まで落として、トラックのすぐ上を飛ぶ。ひとりが足場に出てホースを引き上げ、タンクにつなぐ。1回は3分あまりで、原則は1日2回。合計128回を超えた。月のない1月の夜には、クックがフックに懐中電灯をテープで留め、前を走る先導のトラックを目印にして給油したという。

離陸の直後に「不正防止」のペンキを塗った。こっそり着陸していないことを証明する方法も、なかなかのものだった。離陸した機体は、滑走路を疾走するオープンカーのすぐ上まで下り、役員が車輪に白い線を塗る。もし着陸すれば線がこすれて消えるので、最後に確かめられる仕組みだった。食事はハシエンダの厨房で作られ、魔法瓶に入るよう細かく刻んでから引き上げられた。トイレは折りたたみ式の簡易便器で、ビニール袋は砂漠の上で投げ捨てた。体を洗う水は1日おきに約1リットルだけ。1月12日には、ティムが足場の上で体を拭きながら歯を磨いていて、尾根が迫っているから足場をしまえとクックに怒鳴られている。

壊れていく機体と、削られていく2人。操縦は4時間交代だったが、エンジンの音と振動でまともに眠れなかった。36日目にはティムが操縦中に居眠りをして、自動操縦に任せたまま1時間以上飛んだ。目を覚ますと、機体は峡谷の中を南へ向かっていたという。39日目には発電機が壊れ、それまで電動だった燃料の移送が手動になった。自動操縦、暖房、着陸灯、回転計、燃料計も次々に動かなくなった。それでも2人は1月23日に記録を抜き、さらに15日間飛び続けた。だれも追いつけないところまで記録を伸ばすためである。2月に入ると、点火プラグと燃焼室にたまったカーボンで出力が落ち、燃料を満タンにすると上昇が難しくなった。

着陸のあと。2月7日にマッカラン空港へ降りた2人は、自力では機体から出られなかった。航空史家のジャネット・ベドナレク氏はCNNに「64日間座っていたようなもので、体にいいはずがない。機体から運び出さなければならなかった」と語っている。また飛ぶかと記者に聞かれたクックの答えは、こうである。「次に耐久飛行がしたくなったら、掃除機をかけっぱなしのゴミ箱に閉じこもって、ボブに細かく刻んだTボーンステーキを魔法瓶で出してもらうよ。朝になって精神科医が開くまではね」

記録は本当に破られていないのか。人が乗った飛行機に限れば、破られていない。ただし機体そのものの滞空なら話は別で、太陽電池で飛ぶ無人機ゼファーが2022年に64日18時間まで迫り、2025年にはアフリカのケニアを発って67日間飛んだ。英テレグラフ紙によれば機体の重さは75キロしかない。2人が乗り、燃料を積んだセスナとはまるで別の乗り物である。一方、ベドナレク氏は、有人でこの記録に挑むとすれば、新しい推進方式を実証する飛行くらいだろうとみている。

日本の記録と比べると。日本にも、この時代の長距離飛行の記録がある。1938年に東京帝国大学航空研究所の「航研機」が、木更津・銚子・太田・平塚を結ぶ周回コースを62時間22分49秒飛び、1万1651キロの世界記録を作った。乗りものニュースによれば、国際航空連盟に認められた日本機の世界記録はこれが唯一だという。競う種目は違うが、丸2日半の飛行が世界一だった時代から20年後に、2か月を超える飛行が現れたことになる。

その後の機体。ハシエンダの機体はしばらくホテルに飾られたあと、1960年にカナダの持ち主へ売られた。ティムが1978年に亡くなったのち、息子がカナダ・サスカチュワン州の農場で見つけ、1988年にラスベガスへ連れ帰った。今は修復されて、ハリー・リード国際空港(当時のマッカラン空港)の手荷物受取所の天井に吊られている。クックは1995年に70歳で亡くなり、翌1996年にはハシエンダも爆破解体された。跡地には今、マンダレイ・ベイが建っている。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
セスナ172って、要するに子ども用の足こぎカーに羽を付けたようなものだからな。あれに22時間以上乗りたいやつがいないのは納得だよ。

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
22時間じゃなくて、64日と22時間な。そこの差がいちばん大事なところだぞ。

3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
計算すると1,558時間くらいになる。そりゃ誰も挑戦しないよ。何度聞いても頭がおかしい数字だ。

4. 海外の名無しさん
この記録はこのまま残るだろうね。幹線道路の上を飛びながら給油なんて、今やったら間違いなく逮捕される。

5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
道路じゃなくても、砂漠とか平らで開けた場所ならやれるんじゃない?誰が許可を出すのかは知らないけど。

6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
いっそ空中給油のできる飛行機を使えばいい。まあ、この挑戦に軍の予算が下りるとは思えないけどな。

7. 海外の名無しさん
飛びながらエンジンの整備までしてたのか。とんでもないな。飛行機ってそんなことができるものなの?

8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
エンジンを回したままオイル交換できる仕組みを作ったらしい。それ以外の整備は無理で、最後はカーボンがたまって上昇もきつくなった。

9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
整備士の学校で教官に聞いた話。外科医に手術ってどんな感じか聞いたら「エンジンのピストンを交換したことは?」「何度も」「じゃあ、エンジンを回したままでは?」だって。

10. 海外の名無しさん
副操縦士の「掃除機をかけっぱなしのゴミ箱に閉じこもる」って感想が最高。「やってみなきゃ分からない」の真逆で、これはやらなくても分かるやつだ。

11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
しかも「精神科医が開くまで」って締めるのがいい。2か月飛んだ人にしか言えないオチだよ。

12. 海外の名無しさん
燃料ってそんなに積めるものなの?どう考えても2か月分は入らないよね。

13. 海外の名無しさん(>>12への返信)
低く遅く飛んで、トラックが長いホースで渡してたんだよ。写真も残ってる。冗談だと思ったら本当にやってて声が出た。

14. 海外の名無しさん
皆はにおいの話をしてるけど、俺はヘッドホンをしてても騒音で先に気が狂うと思う。2か月ずっとエンジンの真後ろだぞ。

15. 海外の名無しさん(>>14への返信)
いや、においも無理だろ。体を拭く水が1日おきに1リットルで、狭い機内に男2人。想像しただけでつらい。

16. 海外の名無しさん
給油の話ばかりだけど、俺が知りたいのはトイレだよ。そして中身がどこに落ちていったのかのほうが、もっと気になる。

17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
簡易トイレのビニール袋を砂漠に投げてたそうだ。下に誰もいないことを祈るしかない。ある意味で、これも空中投下だな。

18. 海外の名無しさん
内燃機関がどれだけとんでもない発明か、みんな分かってないよな。1,500時間以上止まらずに回り続けたって、中古エンジンの話だぞ。

19. 海外の名無しさん
64日間、立つことも足を伸ばすこともできないのは悪夢だ。血栓にならなかったのが不思議だよ。運び出されたのも当然だと思う。

20. 海外の名無しさん
ラスベガスの空港で見たことある。手荷物受取所に吊ってあるあの飛行機がこれなのか。荷物を待ちながら、ただのセスナだと思ってたよ。

21. 海外の名無しさん
セスナ172って1950年代の機体だったの?見た目はそんなに古くないから、ずっと新しい飛行機だと思ってた。

22. 海外の名無しさん(>>21への返信)
外見は当時からほとんど変わってないんだよ。計器やエンジンは新しくなったけど、壊れてないものは直すなってことで。史上最多の4万機以上も作られてる。

23. 海外の名無しさん
去年、無人のソーラー機ゼファーが67日飛んで抜いたけど、有人は別の話だよな。あれは人も載せない超軽量機だから、2人乗りで食事まで運ばせてたセスナのすごさは色あせない。

まとめ

スロットマシンの修理係が思いつき、カジノが金を出し、走るトラックから128回以上の給油を受けて、2人は64日22時間19分を飛び切った。無人機には抜かれたが、人が乗った飛行機の記録としては今も残る。コメント欄は給油の手際に驚きつつ、トイレやにおいの話へ流れていった。クックのゴミ箱の一言が、誰も再挑戦しない理由を最もよく説明しているのだろう。

参考資料

元ソース: 2人のパイロットが1959年にセスナ172で64日22時間19分飛び続けた。その世界記録は67年間破られていない

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