「これは番組の仕掛けだ」——ハイジャックされた旅客機の機内で、乗客たちはそう確信した。理由は単純で、同じ便にたまたま乗り合わせていたのが、当時のアメリカでは顔を知らない人がいないほど有名な、ドッキリ番組の司会者だったからである。本人は通路を歩きながら「これは本物だ、番組じゃない」と必死に説明して回った。誰も信じなかった。それどころか、機内では拍手まで起きたという。
※注:この司会者アレン・ファントが長年務めていた『キャンディッド・カメラ』は、街の人や乗客に仕掛けを施し、その反応を隠しカメラで撮って最後に種明かしをする番組である。1940年代に始まり、その後数十年にわたって形を変えながら放送され続けた、いわゆる隠しカメラ系ドッキリ番組の元祖にあたる。日本の「どっきりカメラ」系番組が持つ、仕掛け人が最後に姿を現して「ドッキリ大成功」と告げる、あの構造の先行例だと考えればほぼ間違いない。本文ではこのあと、番組名ではなく「ドッキリ番組の司会者」と書く。
今日の知ってた?
✈️ 隠しカメラ番組の司会者アレン・ファントが乗り合わせた旅客機がキューバへ向けてハイジャックされたとき、機内の乗客は彼の顔を見て「これは番組の仕掛けだ」と思い込んだ。本人が「本物だ」と繰り返しても信じてもらえず、それどころか機内には拍手が起きたと伝えられている。乗客たちは間もなく解放された。
背景:キューバ行きが「よくあること」だった時代
この話が成立する前提として、まず時代のほうを説明しておく必要がある。1960年代から70年代の初めにかけて、アメリカ国内線の旅客機がキューバへ向かわされる事件は、信じがたい頻度で起きていた。ある集計によれば、1968年から72年までの間にアメリカ発の便で行き先として指定された場所は、キューバが90件で突出しており、二番目に多いメキシコの4件と桁がひとつ違う。残りはイタリアが3件、カナダが2件、それ以外は各国1件ずつ、といった具合である。つまりこの数年間、「行き先はキューバ」というのは例外的な出来事ではなく、統計上のほぼ既定路線だった。
頻度だけでなく、当時の扱われ方そのものが今とはまるで違っていた。この時期の事件の大半は負傷者を出さずに終わっており、航空会社側の基本方針は「逆らわない」だった。フロリダ発の便が予定より少し多めに燃料を積んで飛んでいた、という話まで残っている。行き先が変わる可能性を織り込んで運航していたわけである。乗客のほうも、キューバに降ろされたあとしばらく滞在して、そのままアメリカへ送り返されるという流れをある程度知っていた。だから機内で「キューバへ向かう」と告げられても、多くの人がまず思い浮かべたのは、生命の危機というより「明日は会社に行けないな」に近い感覚だったらしい。
※ 念のため書いておくと、これはあくまで結果としてそうなっていたという話である。当時であっても機内の人間にとっては危険な犯罪であり、この時代の空気を「のどかだった」と表現するのは正確ではない。実際この状況は長く続かず、やがて死傷者を伴う事件が起きるようになると、アメリカ・キューバの双方が厳しい取り締まりに転じ、空港での保安検査が常設される流れへとつながっていく。
元スレッドでは、この奇妙な数年間を追ったノンフィクション『The Skies Belong to Us』(未邦訳)を挙げる人が複数いた。その本に出てくる話として紹介されていたのが、当時のアメリカ政府が今の保安検査に近い仕組みを作ろうとしたとき、航空会社側がそれに反対したというくだりである。逆に賛成に回ったのがモーテルチェーンとレンタカー会社で、理由は「空港で長い列に並ばされるのが嫌になった人は、車で移動するようになるはずだから」。人間の利害というのは、だいたいこういう形で表に出てくる。
もう少し詳しく
顔が知られていることが、そのまま不利に働いた。普通、有名人が機内にいれば、その人の言葉には多少の重みがつくものである。ところがこの司会者の場合、知られている理由が「仕掛けを作って人をだます番組をやっている人」だった。機内が異常な状況になっている、そこにこの人がいる——という二つの事実を並べたとき、乗客が導き出した結論は「なるほど、そういうことか」だった。本人が状況を説明しようとすればするほど、それは番組の一部、しかも役者の演技がうまい部分にしか見えなくなる。彼は自分の職業によって、自分の証言をあらかじめ無効化されていた。「オオカミが来た」と叫び続けた少年の話があるが、この人の場合、叫んだのは一度きりで、それも本当のオオカミのほうだった。
そして、拍手が起きた。乗客側の理屈で考えれば、これはむしろ自然な反応である。仕掛けだと分かっているなら、演出には拍手で応えるのが礼儀のようなものだ。伝えられているところでは、機内のざわめきを聞きつけて操縦室のほうから様子をうかがった人物に向かって、乗客たちが拍手を送ったという話まで残っている。ただしこれについては元スレッドでも「多少盛られている可能性はある」と断りが添えられていた。それでも、機内に和やかな空気が流れていたこと自体は複数の証言が一致している。犯行に及んだ側からすれば、脅しているつもりの相手が笑顔で拍手をしてくるという、まったく想定していない事態だったはずである。
その空間で、本人だけが状況を正しく理解していた。この話のいちばん奇妙なところはここだと思う。機内で最も恐怖を感じていたのは、おそらく彼一人だった。他の全員は「これは作り物だ」という誤解によって守られており、その誤解の根拠が自分の存在である。説明しても届かない、届かない理由が自分にある、しかも周りは楽しそうにしている。助けを求める声が笑い声にかき消される種類の孤独で、これは実際にその場にいたら相当に堪える。舞台の上で本当に倒れた芸人が、観客に演出だと思われて笑われ続けるという話が時々あるが、構造としてはそれに近い。
いちばん理不尽なのは、そのあとだった。やがて機はキューバに着き、乗客は降ろされる。ここでようやく、これが番組ではなかったことが全員に分かる。ところが、そこで彼らが向けた怒りの矛先は、この司会者だった。降りていく途中で彼に文句を言い、悪態をついていった人が少なくなかったと伝えられている。彼はその間ずっと「自分は関係ない、本気にしてくれ」と言い続けていたのだから、筋としては完全に言いがかりである。まるで、その気になれば「実はドッキリでした」に切り替えられたのに、彼があえてそうしなかったかのような扱いだった。もっとも、恐怖を我慢していた分の感情がどこかに出口を求めたのだと考えれば、人間としては理解できなくもない。
結局この一件は、彼の番組が毎回やっていたことの、ちょうど裏返しになっている。この番組の快感は「日常だと思っていた風景が、実は全部仕掛けだった」という一点にある。ところがこのとき機内で起きたのは、その正反対だった。仕掛けだと思っていた光景が、実は全部本当だったのである。人はどうやら、目の前の出来事そのものよりも、「この場に誰がいるか」という文脈のほうを先に信じてしまうらしい。皮肉なことに、それは彼の番組が何十年もかけて証明し続けてきたことでもあった。ただ、この日ばかりは実験台になったのが本人だった、というだけの話である。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
乗客が待っていたのは間違いなく「実はドッキリでした、みなさん驚きましたか」の一言だったんだろうな。全員がその瞬間を今か今かと待ち構えている機内、想像すると笑ってしまう。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
機内がやけに騒がしいので操縦室のほうから様子をうかがったら、そこに拍手が起きたという話まで伝わっているらしい。さすがに多少は盛られてる気もするけど、あってほしい光景ではある。
3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
やっている側からすれば悪夢だと思う。脅したつもりなのに歓声が返ってくる、こいつら何かおかしい、怖いから早く終わらせよう、みたいな心境になっていてもまったく不思議じゃない。
4. 海外の名無しさん
本人にとっては地獄でしかない。自分の職業が、自分の証言をあらかじめ無効にしてしまっている。しかも無効にしている理由が「この人は人をだますのが仕事だから」なのがきつすぎる。
5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
必死になればなるほど「演技がうまい」に見えるという構造が本当に救いがない。落ち着いて説明しても信じてもらえないし、取り乱しても信じてもらえない。どっちに転んでも出口がない。
6. 海外の名無しさん
この話でいちばんひどいのは着いたあとだと思う。番組じゃなかったと分かった時点で、乗客の何人かが彼に腹を立てて、降りぎわに文句を言っていったらしい。八つ当たりにも程がある。
7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
その気になれば「実はドッキリでした」に切り替えられたのに、あえてそうしなかった、みたいな扱いだよな。彼にできることは何もなかったし、むしろずっと本当のことを言い続けていた側なのに。
8. 海外の名無しさん
みんな笑って読んでるけど、自分がその場にいたと思うと普通に怖い。周りの全員が「作り物だ」と信じて和んでいて、自分だけが本物だと分かっている状況って、たぶん一番孤独なやつだと思う。
9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
逆に言うと、彼以外の乗客はその誤解のおかげで恐怖を感じずに済んだわけで、そこがまた皮肉なんだよな。一人が全部の不安を肩代わりして、残り全員が快適に過ごしていた形になる。
10. 海外の名無しさん
今の感覚だと信じられないけど、この時代の国内線がキューバへ向かわされる事件は本当に頻繁だった。基本は逆らわない方針で、しばらく滞在してから送り返されるという流れがある程度決まっていたらしい。
11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
気になって調べたら、1968年から72年の集計で行き先に指定されたのはキューバが90件、次がメキシコの4件だった。二位と桁が違いすぎて、これはもう統計というより一本道だろうと思った。
12. 海外の名無しさん
当時は機内で行き先の変更を告げられると、乗客がむしろ盛り上がることさえあったと聞いた。命の危険というより「明日は会社に行かなくていい」のほうが先に来る感覚だったらしい。
13. 海外の名無しさん(>>12への返信)
未遂で終わって地上で解決したとき、乗客のほうが「なんだ、明日は普通に出勤か」とがっかりしていたという記録もあるらしい。当時の空気がどれだけ今と違うか、この一点でよく分かる。
14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
ただ、それが長く続かなかったのも事実で、死傷者の出る事件が起きはじめてから一気に空気が変わった。今の保安検査の面倒くささは、全部この時期の延長線上にあると考えると納得はいく。
15. 海外の名無しさん
保安検査が当たり前になる前は、見送りの家族がそのまま搭乗口まで行けたんだよな。子どもを一人で乗せるとき、機内の入口まで連れていって客室乗務員に直接引き渡すことができた。
16. 海外の名無しさん(>>15への返信)
子どもの頃、通路の先に操縦席が見えていた記憶がある。仕切りがカーテン一枚だった時代で、今そんな写真を見せられても合成だと思ってしまいそうだけど、実際そういう飛行機に乗っていた。
17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
検査の仕組みを導入するかどうかを議論していたとき、航空会社が反対して、モーテルとレンタカー会社が賛成したという話が好き。長い列に嫌気がさした人は車で移動する、という読みだったらしい。
18. 海外の名無しさん
隠しカメラを商売にしていた人が、人生で最も隠しカメラを回しておきたかった場面でカメラを持っていなかった。この一点だけで一本の短編になると思う。もったいなさすぎる。
19. 海外の名無しさん
舞台の上で本当に倒れたコメディアンが、観客に演出だと思われて笑われ続けたという話を思い出した。イギリスのトミー・クーパーがまさにそれで、笑いを仕事にしている人特有の悲劇だと思う。
20. 海外の名無しさん(>>19への返信)
その場にいた人を責められないのがまた重い。ふだんの文脈が強すぎて、目の前で起きている本物のほうが偽物に見えてしまう。人間の認識ってそんなに頑丈にできていないんだよな。
21. 海外の名無しさん
現代版で考えてみたけど、機内でドッキリ番組の司会者を見かけた瞬間、全員が説明を聞かずにスマホを構えるだけになりそう。撮影の準備は完璧なのに、誰も避難しないという地獄が見える。
22. 海外の名無しさん
これがまだ映画になっていないのが不思議でならない。不条理コメディの題材としてほぼ完成しているし、笑いと本物の恐怖が同じ機内に同時にあるという設定がとにかく強い。
23. 海外の名無しさん(>>22への返信)
どうせなら当時の乗客が信じ込んでいたとおり、ドッキリ番組そのままの演出で撮ってほしい。カメラ割りもナレーションも全部あの調子でやって、最後まで種明かしをしないやつが見たい。
24. 海外の名無しさん
結局これ、人は出来事そのものより「その場に誰がいるか」を先に信じるという話なんだよな。彼が何十年もかけて番組で示してきたことを、この日は本人が実験台になって証明してしまった。
まとめ
ドッキリ番組の司会者が乗り合わせていたせいで、本物のハイジャックが番組の仕掛けだと思い込まれ、本人がいくら訴えても信じてもらえず、機内には拍手まで起きた。乗客は間もなく解放されたものの、事実が分かったあとには逆に彼が責められたという。コメント欄は「拍手された犯人の心境」を面白がる声が中心だったが、一方で「その場にいたら一番怖いのは彼だ」という指摘や、当時のキューバ行きがいかに日常的だったかを説明する書き込みも多く、笑いながら時代の遠さに気づかされるスレッドになっていた。
元ソース: 隠しカメラ番組の司会者アレン・ファントが乗った便がキューバへハイジャックされたが、乗客は番組の仕掛けだと思い込み、本人が本物だと訴えても信じなかった。乗客は拍手まで送ったという

コメント