「鈴の音が止んだら、墓を閉じる」生きたまま土の中に入ったと伝わる即身仏、海外の人はどう受け止めた?

「鈴の音が止んだら、墓を閉じる」生きたまま土の中に入ったと伝わる即身仏、海外の人はどう受け止めた? 歴史

生きたまま地中の石室に入り、鈴を鳴らしながら最期を迎える——。そう語り継がれてきた、山形県の湯殿山を中心とする「即身仏」の修行が、海外の掲示板で話題になりました。「千日かけて自らをミイラにし、真の悟りを目指した日本の僧侶たち」という紹介に、海外の人たちは何を思ったのか。日本側の資料で確かめられることと、伝承として語られてきたことを分けながら見ていきます。

今日の知ってた?

🗻 山形県の湯殿山(出羽三山の一つ)を中心に、厳しい修行の末に亡くなり、その身体がミイラの姿で残った行者は「即身仏」と呼ばれ、いまも寺で仏として祀られている。

🌰 修行の中心は「木食行(もくじきぎょう)」。米・麦・豆などの穀物を断ち、木の実や草の根など山の植物だけで暮らして、体から脂肪や水分を落としていく。期間は千日から数千日に及んだと伝わる。

🔔 寺に伝わる話では、最後は「土中入定(どちゅうにゅうじょう)」。生きたまま地中の石室に納めた棺に入り、竹筒で息をしながら鈴や鉦(かね)を鳴らして経を唱え、音が絶えてから3年3か月後に掘り出されたとされる。

🏯 現存する即身仏は全国で18体とされ、そのうち8体が山形県にある。最後の即身仏は、1903年に入定した新潟県村上市・観音寺の仏海上人。

背景:湯殿山の即身仏とは

即身仏とは、厳しい修行の末に亡くなり、その身体がミイラの姿で残された僧や行者のことです。とくに、真言密教の「即身成仏」の考え方を土台にした、湯殿山系の寺に伝わる行者のミイラをこう呼びます。

湯殿山は、山形県庄内地方の出羽三山(羽黒山・月山・湯殿山)の一つです。出羽三山は古くから山岳信仰の霊場で、仏教や修験道、それ以前からの信仰が結びついてきました。なかでも湯殿山は三山の奥の院とされ、そこで見聞きしたことを人に語ってはならない山とされてきました。松尾芭蕉も『おくのほそ道』の旅で「語られぬ湯殿にぬらす袂かな」と詠んでいます。

湯殿山は弘法大師空海が開いたと伝わり、麓には注連寺や大日坊といった真言宗の寺があります。江戸時代、こうした寺を拠点に修行したのが「一世行人(いっせぎょうにん)」と呼ばれる行者たちでした。寺を継いで守る僧とは立場が違う、身分の低い行者で、湯殿山の仙人沢などに長く籠もって修行を重ねました。即身仏の多くは、この一世行人から出ています。

即身仏という考え方の背景には、空海がいまも高野山の奥之院で入定(深い瞑想に入ったままの状態)を続けているという「入定信仰」があり、後の湯殿山の即身仏に影響を与えたとされます。行者たちが即身仏を目指した理由として寺に伝わるのは、飢饉や疫病に苦しむ人々の苦しみを代わりに引き受け、死後も人々を救い続けるため、というものです。大日坊の真如海上人は、20歳のころから70年あまり修行を重ね、天明の大飢饉の年にあたる1783年に96歳で土中入定したと伝わります。注連寺の鉄門海上人(1829年入定)は、各地を回って人々を導き、加茂坂の隧道(トンネル)の開削といった公益事業を手がけたと伝えられています。

もう少し詳しく

「生きたまま土の中に入った」は寺に伝わる話。竹筒で息をしながら鈴を鳴らし、音が絶えてから3年3か月後に掘り出す、という土中入定の様子は、即身仏を守る寺に伝わる伝承です。それをはっきり記した古文書は見つかっていません。1960年代に行われた学術調査では、ほとんどの即身仏に、亡くなったあと人の手で乾燥させるなどの処置が施されていたことが分かっています。

「11世紀から19世紀」はかなり大まかな言い方。現存する日本最古の即身仏は、1363年に亡くなった新潟県長岡市・西生寺の弘智法印です。湯殿山系の即身仏の多くは江戸時代のもので、最後の即身仏である仏海上人が入定したのは1903年、20世紀に入ってからでした。

「千日」も決まった日数ではない。英語圏では「千日」「千日を3回」といった、決まった手順の儀式のように紹介されることが多いのですが、日本側の資料では、木食行の期間は千日から数千日までさまざまです。真如海上人のように、70年あまり修行を続けたと伝わる人もいます。

寺の由来で語られるのは「人を救うこと」。元スレでは「真の悟りを得られると信じていた」と紹介されていますが、寺に伝わる由来で強調されるのは、人々の苦しみを自分が代わりに受ける「代受苦(だいじゅく)」の考え方です。大日坊は真如海上人を、今日も人々のために祈り続ける仏として祀っています。

明治に入り、つくれなくなった。明治に入ると、墳墓の発掘を禁じる法令や新しい刑法が整い、生きたまま土に埋めることは自殺ほう助に、3年後に掘り出すことは墳墓発掘や死体損壊にあたるとされました。仏海上人は、死後3年で掘り出すよう遺言していましたが、この法令のために掘り出すことができず、村上市教育委員会と日本ミイラ研究グループの手で発掘調査されたのは1961年のことです。いまでは、同じことをすれば罪に問われます。

いまも祈りの対象。即身仏は博物館の展示物ではなく、いまも寺で仏として祀られ、手を合わせに訪れる人を迎えています。大日坊では6年に一度、丑年と未年に、真如海上人の衣を新しいものに替える法要が行われています。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
「最後の段階では、行者は生きたまま小さな木の棺に入れられ、石の中に下ろされる。やせ細った体がやっと収まる大きさで、あるのは空気を通す管と鈴だけ。毎日鈴を鳴らしながら瞑想を続け、音がしなくなったら墓を完全に閉じる。3年後に開けて、遺体が保たれていれば即身仏になれた」……って読んで、言えることはひとつだけ。絶対無理。

※ この「土中入定」の様子は、即身仏を守る寺に伝わる伝承。はっきり記した古文書は見つかっていない(本文「もう少し詳しく」参照)。

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
英語圏のお悔やみの決まり文句「彼は好きなことをしながら逝きました」に当てはめると、「狭い箱の中で飢えながら」になる。ここまで似合わない例もなかなかない。

3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
ご飯を食べながら読んでて盛大にむせた。危うく自分も「好きなことをしながら」逝くところだったよ。ネットを見て、笑って、食べながら。

4. 海外の名無しさん(>>1への返信)
そこまでやり遂げたなら、もう墓は開けずに「成功しました」ってことにしてあげてほしい。3年待って開けてみて「はい、だめでした」って判定されるの、自分だったら浮かばれない。

5. 海外の名無しさん
素朴な疑問なんだけど、真っ暗な箱の中で、どうやって「毎日」鈴を鳴らすタイミングが分かったんだろう。朝なのか夜なのかも分からないよね。

6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
外の誰かが一日一回、地面をコンコン叩いて「おーい、まだ生きてますかー?」って確認してたのかもな。チリンと返ってきたら「はい、本日も異常なし」。

7. 海外の名無しさん(>>5への返信)
自分だったら絶対こうなる。「しまった、瞑想に集中しすぎて今日の鈴を鳴らし忘れた」→外の人「音がしないな。よし、閉じよう」。

8. 海外の名無しさん
墓に入る前から、何年もかけて毒みたいなお茶を飲み続けて、体の水分を抜いていくって読んだ。死んだあと体を腐らせないためらしい。準備を始めた時点でもう体はボロボロで、墓に入ろうが入るまいが、あとは死ぬしかなくなるんだとか。

※ 腐敗を防ぐために漆(うるし)の茶を飲むことがあった、という話は伝わっている。ただ全員が行ったとは限らず、飲んだ成分で全身の腐敗を防ぐのはまず無理で、効果は気休め程度だったとする見方が強い。

9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
「墓に入ろうが入るまいが、いずれ死ぬ運命」って、よく考えたらこの世の全員に当てはまるんだよな。急に哲学の話になってきた。

10. 海外の名無しさん
悟りを開くのがとんでもなく難しいのは想像がつく。でも、もうちょっと楽なやり方もあったんじゃないかな。さすがにこれは極端すぎると思う。

11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
意外かもしれないけど、仏教の考え方だと、もしこの方法で本当に悟れるなら、それこそ一番の近道なんだよ。普通は何度も生まれ変わって、ようやくたどり着くものだから。例外は密教(金剛乗)くらい。これはあくまで仏教から見た話で、ヒンドゥー教やジャイナ教、道教(ちなみに自分はこれ)なんかだと、考え方はまた違うけどね。

12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
いいことを聞いた。じゃあ今回の人生は休みにして、来世で本気を出すわ。たぶん前世で一回くらいは達成してる気がするし、そこは未来の自分に任せる。

13. 海外の名無しさん(>>11への返信)
日本の真言宗は、まさにその密教の流れなんだよね。「この身のままで仏になれる」という即身成仏の教えがあって、それが即身仏の考え方の土台になってる。湯殿山の寺も真言宗だし。

14. 海外の名無しさん
日本に伝わった経典って、お釈迦様が苦行をやめて、村の娘がくれたミルク粥をおいしくいただいて、「みんな、自分を痛めつけるのだけは絶対やめとけ」って言い出すくだりまでは届いてなかったの?

※ 苦行で衰弱した釈迦に乳粥を差し出した娘の名はスジャータ。日本ではコーヒーフレッシュの商品名の由来としても知られる。釈迦は極端な苦行を離れ、「中道」を説いた。

15. 海外の名無しさん(>>14への返信)
即身仏になった行者たちは、自分の悟りだけが目的だったわけじゃないらしい。飢饉や疫病が続く時代に、人々の苦しみを代わりに引き受けて救うために身を捧げた、と伝わってる。96歳で土の中に入った人は、ちょうど大飢饉の年だったそうだ。

16. 海外の名無しさん
少し補足させてほしい。即身仏が多いのは、山形県庄内地方の出羽三山、とくに三山の奥の院とされた湯殿山の周り。江戸時代、ここには「一世行人」と呼ばれる行者たちがいて、寺を継ぐ普通の僧侶とは少し立場が違った。山に長く籠もり、穀物を断って木の実や草の根で暮らす木食行を続けた人も多い。ただ山に閉じこもっていたわけじゃなくて、注連寺の鉄門海上人のように、各地を回って教えを説き、道やトンネルの工事に関わったと伝わる人もいる。気をつけたいのは、「全員が遺体を残すつもりで土の中に入った」「全員が死後も人を救うためだった」とまでは、当時の史料で確かめられていないこと。確かなのは、彼らが厳しい修行で生前から信仰を集め、その遺体が後に仏として祀られたことだと思う。

17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
詳しい解説をありがとう。読みながらキリスト教との違いを考えてた。カトリックや正教会にも、遺体が腐らずに残ったとされる聖人がいて崇敬されてるよね。ただ、あっちは「死後に腐らなかったこと」自体が奇跡とされるのに対して、即身仏は生前の修行の結果とされる。そこが一番の違いかもしれない。

18. 海外の名無しさん
一番不思議なのは、どうやってそこまでの精神力を保てたのかってこと。何年も穀物を断って、最後は暗い土の中。自分なら3日で音を上げる自信がある。

19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
信仰と「ここまで来たら引き返せない」という心理の合わせ技なんじゃないかな。本人は本気で、これが悟りや人助けにつながると信じてる。そのうえで、ある段階を越えたら、頭のほうが迷いを受けつけなくなるんだと思う。

20. 海外の名無しさん
何か月か前に、福島で実際に一体拝んできた。人里離れた場所にある小さなお堂で、町の観光の窓口に電話すると、管理の人が軽トラで来て鍵を開けてくれる仕組み。ガラスの向こうに座っていて、顔の横でそっと両手を合わせたような姿だった。たぶん石の棺に収まるためにその形になったんだろうね。入っていた棺もそばに置かれてた。現実離れした体験で、そのあとしばらく落ち着かなかった。

※ 福島県内で即身仏が祀られているのは、浅川町・貫秀寺の「弘智法印宥貞」だけとされる。1683年、疫病に苦しむ人々を救うために入定したと伝わり、拝観には事前に町への連絡が必要。

21. 海外の名無しさん
1877年に明治天皇がこの修行を禁止したって読んだ。それでも最後の一人は、禁止のあとの1903年に土の中に入った人。遺言では3年後に掘り出してほしいと頼んでいたのに、法律のせいで掘り出せず、実際に掘り出されたのは1961年になってからだったとか。

※ 新潟県村上市・観音寺の仏海上人のこと。英語圏では「1877年に明治天皇が禁止した」と紹介されることが多いが、それにあたる法令は確認できなかった。日本側では、明治初年の墳墓発掘禁止令や新しい刑法によって、生きたまま埋めることは自殺ほう助、掘り出すことは墳墓発掘にあたるようになった、と説明されるのが一般的。

22. 海外の名無しさん
ゲームの「真・女神転生」シリーズに出てくる悪魔「だいそうじょう」が小さな鈴を持ってるのは、まさにこれが元ネタ。生きてる合図に鳴らす鈴なんだよね。ついでに言うと、英語版だと大技の名前が「サンサーラ」。仏教で、生と死と生まれ変わりが果てしなく続く「輪廻」のことだよ。

23. 海外の名無しさん(>>22への返信)
待って、だいそうじょうが「輪廻」の技を使うってことは、ミイラ化はうまくいかなくて、まだ輪廻から抜け出せてないってことにならない?

24. 海外の名無しさん
『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』で、祠の奥に座ってるミイラのようなお坊さんたちは、即身仏が元ネタだって言われてるね。仕掛けを解いて会いに行くと「克服の証」をくれて、4つ集めるとハートの器かがんばりの器と交換できるやつ。

25. 海外の名無しさん(>>24への返信)
日本のマンガだと『犬夜叉』の白心上人もそうだよ。自ら即身仏になった高僧で、白霊山の結界の要になってた。あれで即身仏を知った海外のファンも多いと思う。

まとめ

木の実や草の根だけで何千日も暮らし、最後は土の中で鈴を鳴らし続けたと伝わる即身仏の修行。海外のコメント欄は「自分には絶対無理」という本音とブラックジョークであふれる一方、人々を救うためという動機や、行者たちの覚悟に目を向ける声も少なくありませんでした。生きたまま土の中に入ったという話は寺に伝わる伝承ですが、即身仏はいまも寺で仏として祀られ、祈りを受け続けています。

元ソース: 11世紀から19世紀にかけて、日本の仏僧は千日をかけて自らをミイラにする「即身仏」を行っていた。成し遂げれば真の悟りが得られると信じていた

コメント

  1. Reddit名無しさん says:

    掘り出して陰干しにして即身仏の出来上がり、見ても気持ちの良い物じゃ無いけどね。