「5歳で列車に乗り込み、1400キロ先で目を覚ました」25年後にGoogle Earthの衛星写真で生家を見つけた男性の話

「5歳で列車に乗り込み、1400キロ先で目を覚ました」25年後にGoogle Earthの衛星写真で生家を見つけた男性の話 人物・偉人

5歳の男の子がインドで列車に乗り込み、眠っているあいだに家から1400キロ離れた街まで運ばれてしまった。降りた先では言葉が通じず、自分の村の名前もうまく言えない。彼が家に帰り着いたのは、それから25年後のことだ。手がかりになったのは、パソコンの画面に映った衛星写真だった。

※注:インドには公用語だけで20以上の言語があり、州をまたぐと日常的に話される言葉が変わる。「同じ国の中を移動しただけ」でも、周囲の会話がまったく理解できなくなることがある。

今日の知ってた?

🚂 サルー・ブライアリー5歳のときインドで列車に乗り込んだまま眠り込み、家から約1400キロ離れた街で目を覚ました。身元が分からないまま孤児院に送られ、オーストラリアの夫婦の養子として育つ。生家と実の母を見つけ出したのは25年後Google Earthの衛星写真で線路沿いをひたすらたどった末のことだった。

背景:兄について駅へ行った日

始まりは、ごく日常的な出来事だったらしい。サルーは兄について、家から離れた駅までついていった。兄はそこで待っているように言い、サルーは待っているあいだに眠り込んでしまう。目を覚ますと兄の姿はなく、目の前に列車が停まっていた。兄はもう乗っているのかもしれない——そう思って乗り込んだのが、すべての分かれ道だった。

本人が大人になってから調べ直しても、どの路線の列車だったのかは特定できていないという。分かっているのは、乗り込んだ車両に他の乗客がいなかったこと、そして扉が開かなかったことだ。途中の駅で誰かが車内をあらためることもなく、彼はただ運ばれ続けた。回送中の列車か貨物列車だったのではないか、というのが本人の推測である。

そして同じ夜、兄は線路の上で命を落としている。遺体が見つかったのは駅から1キロほどの場所だった。母がその知らせを受け取るのは、数週間もあとのことになる。弟が消えたことも、兄が亡くなったことも、家族はしばらく何ひとつ把握できていなかった。

もう少し詳しく

降り立ったのは、言葉の通じない大都市だった。たどり着いたのは、当時カルカッタと呼ばれていたインド東部の巨大都市。家の周りで使われていた言葉は通じず、助けようとする大人たちともまともに意思疎通ができない。そのうえ相手は5歳だ。映画では、刑事に母親の名前を尋ねられた少年が「ママ」とだけ答える場面が出てくる。5歳が答えられるのは、たいていそこまでなのだ。村の名前も口には出せたが発音が正確ではなく、地図の上のどこにも見つからない。結局、身元不明の子どもとして孤児院に送られ、オーストラリアの夫婦の養子として育つことになった。

捜索は、地道な計算と総当たりだった。大人になった彼が持っていた手がかりは、5歳の記憶に残る駅の風景と、列車に揺られていたおおよその時間だけ。そこから走ったであろう距離を見積もり、Google Earthの衛星写真で、可能性のある範囲の線路沿いを端から端までたどっていったという。何年もかけて画面をスクロールし続けた先で、見覚えのある駅と、その周りの地形が現れる。実際に現地を訪ねると、母はまだ生きていた。

映画にも本にもなっている。この話は2016年に映画化され、日本では『LION/ライオン ~25年目のただいま~』の邦題で公開された。原作はサルー本人の手記で、原題は『A Long Way Home』。海外の掲示板では「映画もよかったが手記のほうが面白かった」という声もそれなりに目立つ。

※『LION/ライオン ~25年目のただいま~』(原題 Lion、2016年公開)。成人後のサルーを演じたのはデーヴ・パテール。

そして、再会は物語の終わりではなかった。報道によれば、25年ぶりに顔を合わせたあとも、母子のあいだには簡単には埋まらない距離が残ったという。互いの言葉が通じない。育った環境も、身についた常識も違いすぎる。「感動の再会」の一行では収まらない現実がそのあとに続いたことは、コメント欄でも繰り返し話題になっていた。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
5歳のときの気持ちを想像するとつらい。子どものころ、店の中で親を見失うだけでも十分に怖かった。それが言葉の通じない場所で、しかも家からどんどん遠ざかっていくのが自分でも分かっていて、どうにもできない。

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
自分も生まれた国で同じ経験をした。5歳のとき、買い物中の母とはぐれて人混みの中で泣いていたら、通りがかりの二人組が助けてくれた。住所を言えたから家まで送ってもらえて、母は数時間後に帰ってきた。あの二人がまともな人間で本当に運がよかった。

3. 海外の名無しさん(>>1への返信)
映画の最初の45分は、今まで観た映像の中でもかなりきついほうだった。ずっと胸のあたりが重い。子どもがいる人は覚悟してから観たほうがいい。

4. 海外の名無しさん
とんでもなく熟睡したのか、それともインドの列車が思っていたより速いのか、どっちなんだ。1400キロは寝過ごす距離じゃない。

5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
途中で目は覚めていたけど、列車が停まらなかったんだと思う。8時間か10時間眠って、そこから降りられる駅に着くまでさらに数時間、と考えると距離の説明はつく。

6. 海外の名無しさん(>>4への返信)
本人の話だと、途中の小さな駅では扉そのものが開かなかったらしい。乗ってしまった時点で降りる手段がなかったということになる。

7. 海外の名無しさん
経緯をきちんと説明すると、兄は弟がついてきたことを知っていて、着いた街の駅で待っているように言い残していた。そこで眠ってしまい、起きたら兄がいなくて、目の前の列車に兄が乗っていると思い込んで飛び乗ってしまった。乗った車両には他の乗客がおらず、扉も施錠されていて、はるか遠くまで誰にも気づかれなかった。回送か貨物だったのでは、と本人も言っている。不運が一列に並んだ結果だ。

8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
その兄はどうなったんだ? 話の中で急に出てこなくなるんだけど。

9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
同じ夜に列車にはねられて亡くなっている。遺体は駅から1キロほど離れた線路上で見つかった。弟が行方不明になった、まさにその夜だ。

10. 海外の名無しさん
子ども一人のために通訳を用意することもできなかったのか、というのが正直な感想。何も試さずに諦めたように見えてしまう。

11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
インドは地域ごとの方言が本当に多いから、片言は伝わっても100パーセントは通じない。しかも相手は5歳だ。映画では、刑事が母親の名前を聞いても「ママ」としか返ってこない場面でそれを見せている。5歳が知っている名前なんて、たいていそれだけなんだよ。

12. 海外の名無しさん(>>10への返信)
通訳がいたところで何が引き出せたかは疑問だ。粘って質問すれば兄の名前くらいは出てきたかもしれないが、姓は知らない可能性が高い。出身地についても「兄について駅まで歩いた」以上のことは答えられなかったと思う。

13. 海外の名無しさん
「5歳なら親の名前も住所も言えるはずだ」という前提でこの話を読むと、たぶん何も見えない。西側の話じゃないんだ。家は非常に貧しくて電話番号どころか連絡手段がなく、自分の住む村の名前を知らない5歳はまったく珍しくない。

14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
友人が小学3年生を教えているけど、自分の住所どころか苗字を言えない子は今でも普通にいるらしい。豊かな国の学校の話でこれだ。

15. 海外の名無しさん(>>13への返信)
仮に母親の名前を覚えていたとしても、同じ名前の人が何万人もいる土地だし、姓を日常的に使う習慣もなかった。家に番地もないから「◯◯通り123番地の母を探して」と言うこと自体ができない。当時のあの環境に、個人を追跡できる記録なんて存在しないんだ。

16. 海外の名無しさん
でも列車はでたらめな方向に走る乗り物じゃない。停車駅は決まっているんだから、沿線の警察に片っ端から連絡すれば解決したはずだ。誰も本気でやらなかっただけに見える。

17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
そもそも彼がどの列車に乗ってきたのかが分かっていない。本人も知らない、駅員も知らない。5歳の子が言えるのは「ここは自分がいるべき場所じゃない」ということだけで、出発地も経路も情報がゼロなんだ。

18. 海外の名無しさん
両側から見るとよく分かる。到着した街の側は、この子がどこから来たのかも、どの路線をたどればいいのかも分からない。出発した町の側は、そもそも彼が列車に乗ったのかどうかすら分からない。母親に至っては、兄が家から70キロ離れた場所で亡くなったことを数週間知らされていなかった。

19. 海外の名無しさん
規模の感覚を合わせると、フランスで列車に乗ってハンガリーで目を覚ますようなものだと思う。ただし人口は10倍、使えるお金とインフラは10分の1、そして時代は1980年代。これで探せというほうが無茶だ。

20. 海外の名無しさん(>>19への返信)
インターネットがない時代だというのも忘れちゃいけない。各家庭にテレビがあったかも怪しい。行方不明の子どもの顔を広い範囲に届ける手段が、そもそも存在しなかった。

21. 海外の名無しさん
この映画がきっかけで、うちの5歳に親と祖父母のフルネームと、住んでいる街の名前を言えるように毎日練習させるようになった。効くかどうかは分からないけど、やらないよりはましだと思っている。

22. 海外の名無しさん
本と映画は温かい話にまとまっているけど、現実のその後はもう少し複雑だったらしい。再会がゴールみたいに描かれると、そのあと二人が抱えたものが見えなくなる気がする。

23. 海外の名無しさん(>>22への返信)
映画はずいぶん前に観たきりで細部を忘れていた。25年ぶりに会って、しかも共通の言葉がない状態で関係を作り直すというのは、想像するだけでもかなり過酷だと思う。

24. 海外の名無しさん
この話が有名になったのは、彼が再会できたからだ。同じように列車に乗って、そのまま誰にも見つからなかった子どもが、当時どれだけいたのかを考えると気が重くなる。記録が残っていないから、数えることすらできない。

25. 海外の名無しさん
それでも、何年も衛星写真の線路を目で追い続けたという執念のほうに、自分はいちばん驚いた。手がかりが「駅の風景の記憶」と「乗っていたおおよその時間」だけで、よく折れずに続けられたと思う。

まとめ

5歳で列車に乗り込んだまま1400キロ離れた街で目を覚まし、言葉が通じないまま孤児院からオーストラリアの養子となったサルー・ブライアリーは、大人になってからGoogle Earthの衛星写真で線路沿いをたどり、25年後に生家と母を見つけ出した。コメント欄は「なぜ迷子の子が25年も見つからないのか」という素朴な疑問と、それに対する「1980年代のインドの貧困と言語の壁を前提にしないと話が読めない」という反論で埋まっていた。感動の再会という枠に収まりきらない後日談が繰り返し共有されていたのも印象的だった。

元ソース: 5歳でインドの列車の中で眠り込み、家から1400キロ離れた場所で目を覚ました少年サルー・ブライアリー。25年後、Google Earthの衛星写真で母を見つけ出した

コメント