テレビのコマーシャルがうるさい。この不満は、テレビとほぼ同い年である。1955年、アメリカの家電メーカーが世に出した最初期のワイヤレスリモコンには、拳銃のような引き金が付いていた。狙う相手はテレビ画面、撃つ対象はコマーシャル。冗談のような仕様に聞こえるが、これはメーカー自身が広告で堂々と謳っていた売り文句だった。
今日の知ってた?
📏 1955年に発売されたテレビ用ワイヤレスリモコン「フラッシュマチック(Flash-Matic)」は、拳銃のような形をしていた。引き金を引くと先端から光が出て、テレビ本体の四隅に仕込まれた受光センサーを狙い撃つと、電源・消音・チャンネル送り・チャンネル戻しがそれぞれ働く。メーカーの広告は「席を立たずに、画面はそのままでわずらわしいコマーシャルを黙らせられる」ことを大きく打ち出していた。
背景:リモコン以前のテレビは、立ち上がって回すものだった
いまでこそテレビのリモコンは、家の中でいちばん行方不明になる物体という地位を確立しているが、テレビが家庭に入ってきた当初、そんなものは存在しなかった。チャンネルを変えたければ立ち上がり、テレビの前まで歩いていって、本体のダイヤルを手で回す。音を消したければ、同じ距離を歩いてつまみをひねる。番組の合間に入るコマーシャルは、原則として全部聞かされるものだった。
この「立ち上がるのが面倒だ」という、きわめて人間らしい動機から最初のリモコンは生まれている。アメリカの家電メーカーであるゼニス(Zenith)が1950年に出した「レイジーボーンズ(Lazy Bones/怠け者の骨)」は、テレビ本体からケーブルを伸ばした有線式だった。名前からして開き直っている。ただしこれには誰でも予想がつく欠点があり、居間の床を横断するコードに家族が次々とつまずいた。次に必要とされたのは、線のないリモコンだった。
※注:日本で本放送が始まったのは1953年(昭和28年)で、フラッシュマチック登場の2年前にあたる。当時の日本では受像機が非常に高価で、街頭に置かれたテレビの前に人だかりができた時代である。家庭に入ってからも、チャンネルを変えるには立ち上がって本体のダイヤルを回すのが当たり前だった。アメリカで「椅子から立たずにコマーシャルを黙らせる道具」が売られていたころ、日本の茶の間ではチャンネル権をめぐる争いが、まだ物理的な距離の問題として存在していたことになる。
もう少し詳しく
引き金は、本当にコマーシャルを撃つためにあった。フラッシュマチックを設計したのは、ゼニスの技術者ユージン・ポリーだと伝えられている。仕組みそのものは単純で、リモコン側は指向性のある光を飛ばすだけ。受け取る側であるテレビの四隅に受光センサーが埋め込まれていて、どの隅に光が当たったかで動作が決まる。左上を撃てば電源、右上を撃てば消音、下の二隅でチャンネルの送りと戻し、という具合だ。チャンネル送りにいたっては本体側のつまみをモーターで回す方式で、押すたびに機械が動く音がした。そして当時の広告は、この機能を「席を立たずにコマーシャルを黙らせられる」という一点で売り込んでいる。つまり、コマーシャルを撃って黙らせるという遊び心のある使い方は、ユーザーが後から見つけた裏技ではなく、最初からメーカーが提案していた使い道だった。
ところが、太陽に勝てなかった。この方式には決定的な弱点がある。センサーは「光が当たったかどうか」しか見ておらず、その光がリモコンから来たものかどうかを区別できない。結果として、窓から差し込む西日や部屋の照明が四隅のどれかを照らすと、誰も何もしていないのにテレビが勝手に反応した。夕方になると番組が切り替わる、電源が落ちる、といった現象が起きたと伝えられている。持ち主にしてみれば、家電が突然自分の意思を持ち始めたようなものである。ワイヤレスという発想自体は正しかったが、飛ばすものの選択が早すぎた。
翌年の後継機は「カチッ」と鳴った。1956年、ゼニスは方式をまるごと変えた後継機「スペースコマンド(Space Command)」を出す。開発したのは同社の技術者ロバート・アドラーだとされる。今度は光ではなく音を使った。といっても電子回路で音を合成するのではない。リモコンの中には小さなハンマーとアルミの棒が入っていて、ボタンを押すと物理的に棒を叩く。棒が出す音は人間の耳には聞こえない高さで、テレビ側だけがそれを聞き分けて動く。電池がまったく要らないという、いま考えると信じがたい設計だった。
※注:英語圏でテレビのリモコンを今でも「クリッカー(clicker)」と呼ぶ人がいるのは、この機種の名残とされている。棒が出す音そのものは聞こえないが、ハンマーが棒を叩く「カチッ」という音は普通に聞こえたためである。日本語でいえば「ピッと押す」に近い、機械の出す音がそのまま道具の呼び名になった例だ。
それでも誤作動はなくならなかった。音を使う方式にも別の弱点があった。ボタンごとに機構を用意する必要があるため、ボタンをたくさん付けられない。さらに、家の中には金属がぶつかる高い音を出すものがいくらでもある。鍵束を落とした音でテレビが反応したという話や、金属バネのおもちゃが階段を転がる音に反応したという逸話が、真偽の定かでない語り草として今も残っている。光でも音でも誤作動する。テレビが人間の指示だけを正しく聞き分けられるようになるには、赤外線を使う方式が普及するのを待つことになる。
そして70年後、我々はまだ引き金を引いている。面白いのは、リモコンという道具が最初に掲げた売り文句がすでに「コマーシャルを黙らせる」だったことだ。テレビが家庭に入ってからほんの数年で、人類は広告を回避する装置を欲しがり、メーカーはそれを商品の目玉として売った。それから70年、我々は動画の広告に5秒のスキップボタンを押し、ブラウザには広告を消す拡張機能を入れ、録画した番組は早送りで見ている。道具の形は光線銃からタップやクリックに変わったが、やっていることは1955年とほとんど変わっていない。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
1955年にこれを手に持ってた人、本気で未来に住んでる気分だったと思う。椅子から立たずにテレビが言うことを聞くって、当時の感覚では魔法に片足を突っ込んでるレベルだろう。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
考えてみると、この100年の変わりようは相当おかしい。1950年以降のどの世代も、その一つ前の10年と比べれば「自分たちは未来に住んでいる」って思えたはずなんだよな。
3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
それはつまり、君がたった今「時間」というものを発見したということでは。おめでとう、人類史でだいたい二番目くらいに大きい発見だ。
4. 海外の名無しさん(>>3への返信)
厳密に言うと、我々は未来どころか過去に住んでいる。目や耳から入った情報を脳が処理し終わるまでには必ず遅れがあるから、自分が「今」だと思っている瞬間は、実際にはほんの少し前の世界なんだ。人はいつまでたっても自分の時刻に追いつけない。
5. 海外の名無しさん
この「未来に住んでる感」って、たぶん1800年代の終わりからずっと続いてる。街に電気が通って自動車が走り出したあたりで、人はもう十分に驚いていたはずだ。もっと遡れば、麻酔が使われ始めたときの衝撃も相当なものだったんじゃないか。痛みを感じないうちに手術が終わっている、なんて当時は完全に魔法の側の出来事だろう。
6. 海外の名無しさん
自分はいわゆるX世代なんだけど、若い頃はこの感覚が本当にあった。家庭用パソコン、CD、インターネット、携帯電話——数年おきに、生活の形そのものを変えるものが降ってきた。ところが2000年代の初めあたりから、体感としては止まっている。技術は今も良くなっているんだが、目に見えない方向に良くなっているんだよな。パソコンは速くなったし回線も太くなった。でも「インターネットが来る前ってどうやってたんだっけ」みたいな断絶は、もう長いこと味わっていない。
7. 海外の名無しさん
これを言うと歳がバレるんだけど、うちの家族が最初に買ったテレビがまさにこれだった。しかも消音だけじゃない。テレビの四隅にそれぞれ受光素子が仕込んであって、隅ごとに機能が違うんだ。電源、消音、チャンネル送り、チャンネル戻し。チャンネルはモーターで回った。あの動く音は今でも耳に残ってる。
ちなみにうちには銃の形をしたやつは付いてこなくて、代わりに普通の懐中電灯で操作してた。あのテレビは最終的にオタワの科学技術博物館に寄贈された。
追記:アポロの月面着陸は、そのテレビで父と一緒に見たよ。
8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
それめちゃくちゃ格好いいな。写真は残ってない? 型番がわかるなら知りたい。四隅で機能が違うテレビなんて、実物を触ったことのある人の話を聞くのは初めてだ。
9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
どこかに写真はあるはずなんだけど、家族のアルバムは自分の手元にないんだ。近いうちにきょうだいの家に行く予定があるから、そのとき探してみる。記憶をたどるかぎり、ゼニスのフラッシュマチックで間違いないと思う。
10. 海外の名無しさん
「黙れ銃」が本当に売っているなら、自分は迷わず買う。値段は言い値でいい。テレビに向かって引き金を引ける生活を、人類は一度手に入れてから手放してしまったわけだろう。もったいない話だ。
11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
それならもう存在してるぞ。ただの銃という名前で普通に売られている。
12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
できれば相手が壊れないやつがいいな。光線銃みたいに、当たっても黙るだけで済むタイプ。テレビを買い直す羽目になるのは、さすがに本末転倒だと思う。
13. 海外の名無しさん(>>12への返信)
そうして生まれたのがダックハントだった、と考えるとつながりが見えてくる。テレビに向けて引き金を引く遊びの原型は、たぶんコマーシャルを黙らせたかった人たちが先に作っていたんだ。
14. 海外の名無しさん
これは要するに、形の違う懐中電灯だ。後に当たり前になる赤外線はまだ使っていない。
面白いのはこの次で、同じ会社が出した後継機は音を使う方式だった。リモコンの中身は小さな楽器みたいなもので、ボタンを押すと機械的に音が鳴り、テレビがそれを聞き分ける。電池がいらないのが利点。欠点は、機構が場所を取るのでボタンをたくさん付けられないことと、金属のバネのおもちゃが階段を転がり落ちる音でテレビが勝手に反応した、という話が残っていること。最後のは本当かどうか怪しいけどね。
15. 海外の名無しさん(>>14への返信)
英語圏で今もリモコンを「クリッカー」と呼ぶのは、その1956年の後継機のせいだ。電池も電子回路も入っていなくて、中では小さなハンマーがアルミの棒を叩いていた。棒が出す音は人間に聞こえない高さだったけど、ハンマーが棒を叩く音のほうは普通に聞こえる。あのカチッという音だけが、名前として今も残っているわけだ。
16. 海外の名無しさん
うちの家族は今でもリモコンのことを「クリッカー」と呼んでる。理由を聞いても誰も知らなくて、昔からそう呼んでいるからとしか言わない。70年前の機械が出していた音が、まだ家の中で生き残ってることになる。
17. 海外の名無しさん
うちの親父はコマーシャルが心底嫌いで、ペンキの缶の蓋にスイッチを取り付けて、そこからテレビのスピーカーまで自分で線を引いていた。それを愛用の椅子の横に置いて、コマーシャルになると音を切る。本人はそれを「黙れボタン」と呼んでいた。高級なリモコンなんて要らなかったんだよ。
18. 海外の名無しさん
次はガソリンスタンドの給油機用のやつを頼む。あそこで待たされている数分間に流れてくるやつを、引き金一発で黙らせたい。切実に。
19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
給油機で広告が流れるの? そんな場所で映像を見せられるという発想自体が、こちらにはまずなかった。
20. 海外の名無しさん(>>19への返信)
アメリカでは流れる。ノズルを差した瞬間に画面が点いて、こちらがその場から動けないのを分かった上で音量が上がる。良心的なスタンドは無効にしてくれているけど、まだまだ少数派だ。自分は毎回すべてのボタンを押して回ってるけど、それで静かになったためしがない。
21. 海外の名無しさん
祖母がよく話してくれるんだけど、彼女の小さな町で最初にテレビを買った人の家には、近所じゅうが集まったらしい。タブレットくらいの大きさの画面をみんなで囲んで、映っていたのはバレエか何かだったそうだ。それでも全員が息を呑んで見ていたという。いまの自分は、同じものを流し見の音源にすることすらしない。
22. 海外の名無しさん(>>21への返信)
音と映像のインフレだね。自分の村の合唱団しか聴いたことがない人にとって、遠い劇場から届く映像と音は文字通り魔法だったはずだ。いまの我々は、注意を引くために作られた派手なものを一日中浴びせられていて、聴きたい音楽は数回タップすれば——声で頼めばそれすら要らずに——出てくる。同じものが同じ価値に見えるはずがない。
23. 海外の名無しさん
結局、人類が最初に手に入れたワイヤレスリモコンの売り文句が「コマーシャルを黙らせられます」だったという事実が、すべてを物語ってると思う。70年経ったいま、我々は動画の広告に5秒のスキップボタンを押し、ブラウザには広告を消す拡張機能を入れている。道具の形は変わったけど、やってることは同じだ。引き金が指先のタップになっただけなんだよな。
まとめ
1955年に登場したテレビ用ワイヤレスリモコン「フラッシュマチック」は拳銃の形をしていて、引き金を引いて光を飛ばし、テレビの四隅にある受光センサーを狙い撃つ方式だった。コマーシャルを撃って黙らせるという使い方は、メーカー自身が広告で掲げていた売り文句である。ただし窓から差し込む日光でも誤作動するという弱点があり、翌年には音を使う方式に置き換わった。コメント欄で最も伸びたのは「実際にこのテレビが家にあった」という当事者の証言で、四隅で機能が違ったこと、チャンネルがモーターで回ったこと、そのテレビで月面着陸を父親と見たことまで語られ、そこに写真を求める声が続いた。もう一つの盛り上がりどころは、リモコンが「コマーシャルを黙らせる道具」として生まれたという事実そのもの。給油機の広告にも同じものが欲しいという嘆きが並び、最後は「70年経ってもやっていることはスキップボタンと同じ」という一言で落ち着いた。

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