上映時間が3時間を超えられない。理由は脚本でも、配給会社の意向でも、観客の集中力の限界でもない。フィルムを巻いておく円盤が、それ以上大きくならないからである。クリストファー・ノーラン監督の『オデュッセイア』は、全編をIMAXフィルムのカメラで撮影した。その決断がそのまま、作品の長さの上限になった。
今日の知ってた?
📏 クリストファー・ノーラン監督の『オデュッセイア』(The Odyssey)は、全編をIMAXフィルムのカメラで撮影した長編映画。IMAXフィルムの上映用プリントはプラッターと呼ばれる円盤に巻いて映写機に送り込むが、この円盤の物理的な大きさから、一度に載せられるのはおよそ180分ぶんが限界とされる。ノーラン自身も「映写機に載せられた最長は3時間」「だから3時間より短い」「『オッペンハイマー』(180分)より短い」と語っている。
背景:IMAXフィルムという、世界に数十台しかない上映方式
ふだん映画館で「IMAX」と表示されている上映の大半は、デジタル方式である。映像データを再生機から映写機へ送って投影するだけなので、上映時間が何時間になろうと理屈のうえでは問題にならない。一方、ノーラン監督がこだわっているのはIMAXフィルム、つまり物理的なフィルムを実際に回して映す、昔ながらの方式のほうだ。
※注:IMAXフィルムは、幅70mmのフィルムを縦ではなく横向きに走らせることで、1コマの面積を一般的な35mmフィルムの10倍近くまで広げた規格。1コマぶんに送り穴(パーフォレーション)を15個使うことから「15/70」とも呼ばれる。画面の情報量は桁違いになるが、そのぶん同じ上映時間でも消費するフィルムの長さが跳ね上がる。
そして映写室では、この長大なフィルムをプラッターという装置に載せることになる。
※注:プラッターは、映写機の横に据えられた水平の大きな円盤。フィルムを渦巻き状に巻いた状態で載せ、中心から引き出して映写機に送り、映し終わったぶんを隣の円盤に巻き取っていく。リールを何度もかけ替えずに長い作品を通しで上映するための仕組みで、円盤に巻ける量がそのまま、一度に上映できる長さの上限になる。
つまり尺を決めているのは、円盤の直径である。IMAXフィルムの場合、そこに収まるのがおよそ180分ぶん。配信で何時間でも垂れ流せる時代に、映写室に置かれた金属の円盤の大きさが映画の終わる位置を決めているというのが、この話のいちばん愉快なところだと思う。
もう少し詳しく
3時間ぶんのフィルムは、長さ18kmになる。数字で見ると、円盤の大きさが上限になる理由はすぐ腑に落ちる。同じ全編IMAXフィルム撮影で話題になった『オッペンハイマー』のフィルム版プリントは、長さ約18km、重さ270kgほどと報じられた。3時間の映画で、これである。半端な巻き取り装置に載る量ではないし、そもそも人力で気軽に扱えるものでもない。
カメラのほうにも、似た理由の制限がある。撮影用のIMAXカメラに一度に装填できるフィルムも当然有限で、連続して回せるのは3分前後だと言われている。数分ごとに必ずカットが入るということなので、長回しで芝居を積み上げる作り方とは、そもそも相性が悪い方式ということになる。上映時間だけでなく、1カットの長さまでフィルムの物理量が決めているわけだ。
この形で観られる劇場は、世界で数十館しかない。IMAXフィルムの映写機を備えた劇場は、元スレッドのコメントでは「世界で40館ちょっと」「北米で30館弱」「アメリカ国内は24館」といった数字が挙がっていた。数え方で多少ぶれるようだが、桁としてはその程度である。新しい70mmの映写機はもう何十年も作られていないとも言われており、この方式は増える方向にはない。なお日本国内のIMAXシアターはいずれもデジタル方式で、この15/70フィルムの映写機を備えた劇場は含まれていないとされる。
それでも制約は、全員に効く。ここがこの話の妙なところで、フィルム版を実際に観られる人はごく一部なのに、上限そのものは作品全体にかかっている。世界で数十館ぶんの都合が、すべての観客が観る『オデュッセイア』の長さを決めた、という構図になる。IMAX側もこの上限を延ばす計画に取り組んでいると報じられてはいるが、少なくとも今回の作品には間に合っていない。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
ノーラン本人の説明がそのまま答えになってる。「全編をIMAXフィルムで撮ったから、可能な限りIMAXフィルムで上映したい。そしてこれまで映写機に載せられた最長は3時間だ。だから3時間より短いことは分かっている」と。物語の都合ではなく機材の都合で尺の上限が決まるって、順序が逆で面白い。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
しかもその「載せられる最長」を決めているのが、フィルムを巻いておく円盤の直径だというのがすごい。ソフトウェアの制限でもファイル形式の都合でもなく、単に物が入りきらないから。2020年代の映画がそれで縛られているの、なかなか味わい深いよ。
3. 海外の名無しさん(>>1への返信)
同じ場で「『オッペンハイマー』より短い」とも言ってたよね。あれがちょうど180分だから、要するに上限ぎりぎりではないということになる。ただ「題材が要求する通りの叙事詩ではある」とも付け加えているので、短いといっても2時間台の後半だろうと踏んでいる。
4. 海外の名無しさん
この人、物理的な制限がなかったら平気で5時間の映画を撮ると思う。止めているのがフィルムを巻く円盤の直径だという事実が、いちばんこの監督らしくて笑ってしまった。
5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
そして我々はそれを観に行く。長い、腰が痛い、途中で席を立てないと文句を言いながら、初日いちばんの回のチケットを何か月も前から押さえるんだ。毎回そうしてきたし、次も絶対にそうする。
6. 海外の名無しさん(>>4への返信)
それでいて観終わったあとに「長すぎた」と「駆け足すぎた」が同時に成立するのが、この監督の不思議なところなんだよな。5時間あっても同じ感想になる自信がある。
7. 海外の名無しさん
2つに分けて途中に休憩を1回か2回はさめばいいだけの話では、と思ってしまう。まあ正直に言うと、1本の映画を3時間より長くすること自体に、そもそもあまり意味はないとも思っているけど。
8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
そのフィルムを映写機にかけ直すのに30〜45分かかるらしいよ。休憩というより中入りだ。すでに長い映画の途中で、ロビーに45分立たされる客の顔を想像すると、劇場が首を縦に振るとは思えない。
9. 海外の名無しさん(>>7への返信)
『ロード・オブ・ザ・リング』の完全版が黙ってないと思う。……と書いたものの、あれを一気に観るのがつらいのは自分でも認める。ただ『王の帰還』は劇場公開版でも3時間20分あって、それでも最後まで持っていた。3時間の壁も、作品次第では多少の余地があるんじゃないかな。
10. 海外の名無しさん
休憩を復活させてくれ。90分のラブコメで済んでいた時代はとっくに終わって、ピクサーやディズニーのアニメですら2時間に届こうとしている。トイレに立つ時間と足を伸ばす時間と飲み物を買い足す時間があるだけで、体験は確実に良くなるはずなんだ。
11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
劇場は上映回数が減るのを嫌がると言われるけど、売店の売上まで含めて考えたら休憩がある方が得だと思う。3時間座らされたあとの客ほど、確実に何か買って戻ってくる客はいないよ。
12. 海外の名無しさん
で、その「本物のIMAX」で実際に観られる劇場は世界にいくつあるんだ。話の前提としてそこがいちばん気になるんだけど、この手の記事にはだいたい書いていない。
13. 海外の名無しさん(>>12への返信)
フィルムの映写機を持っている館ということなら、世界で40館ちょっとと言われている。北米で30館弱、アメリカ国内だけなら24館という数字も見た。数え方で少し揺れるけど、桁はだいたい合っているはず。
14. 海外の名無しさん(>>12への返信)
自分にいちばん近い館まで400kmある。しかも途中で、人口200万人を超える都市圏を2つ通り抜ける。そのどちらにも1館もない。これだけ手間をかけたものを味わえる人がこんなに少ないというのは、なんというか不思議な話だよ。
15. 海外の名無しさん
これだけ制約があるなら、同じ画質で制約のない新しいIMAXを作ればいいんじゃないの。技術的にどうしても無理という話には聞こえないんだけど。
16. 海外の名無しさん(>>15への返信)
70mmの映写機はもう何十年も新造されていないんだよ。3時間ぶんのフィルムはそれだけで18kmくらいあって、巨大なリールに巻いて保管する必要がある。この規模のニッチな上映方式に、いまさら新規投資する会社がない。
17. 海外の名無しさん(>>15への返信)
設計と製造に金がかかり、それを劇場に買わせ、スタジオに新しいカメラとフィルムを買わせ、監督に新方式を使わせる必要がある。しかもその全部が「IMAXで撮った3時間超の映画」にしか効かないうえ、観客の大多数はそれをその形では観ない。誰が最初に金を出すんだという話になる。
18. 海外の名無しさん
ついでに言うと撮影側にも似た理由の制限があって、カメラを連続で回せるのは3分前後らしい。長回しで芝居を積み上げるタイプの監督だったら、この方式はそもそも選択肢に入らないことになる。上映時間だけじゃなく、1カットの長さまでフィルムの都合で決まっているわけだ。
19. 海外の名無しさん
正直に言うと、デジタルで十分だと思っている。最近の高解像度のデジタル上映で不満を持ったことがないし、フィルムのほうが良いと言われても、上映中に自分がその違いを意識した記憶がない。こだわった結果として観る側の選択肢が狭くなるなら、それは本末転倒じゃないかと思う。
20. 海外の名無しさん(>>19への返信)
分かる部分もあるけど、あの縦に広い画面で正面から風景を浴びせられる感覚だけは、少なくとも自分の家では再現できない。一度でも体験すると、制約ごと守ろうとする人の気持ちも分かるようになるよ。まあ、そのために400km運転するかと言われたら黙るしかないけど。
21. 海外の名無しさん
この監督が「長いだけの人」だと思われているのは、少し気の毒でもある。『ダンケルク』は106分だし、あれは短いからこそ息が詰まる映画だった。今回も本人が短いと言っている以上、必要な長さまでちゃんと削ってきていると考えるのが自然だと思う。
22. 海外の名無しさん
面白いのは、観客の大多数はデジタル上映で観るのに、そのごく少数のフィルム上映のために作品全体の長さが決まっているという構造だよね。自分は嫌いじゃない。誰も気づかないところで基準がひとつ決まっているというのは、なんとなく信用できる。
23. 海外の名無しさん
好きなだけ長い映像を配信できる時代に、円盤に巻けるフィルムの長さが物語の終わる位置を決めている。効率で考えたらばかげているんだけど、この不便さのおかげで「これ以上は入らない」という線が引かれているとも言える。編集で迷ったとき、その線があるのは案外ありがたいんじゃないかな。
まとめ
クリストファー・ノーラン監督の『オデュッセイア』が3時間を超えられない理由は、脚本でも配給の都合でもなく、フィルムを巻いて回す円盤の直径だった。3時間ぶんのIMAXフィルムはそれだけで18kmに達し、それ以上は物理的に載らない。コメント欄は、この制約そのものを面白がる声と、味わえる劇場が世界に数十館しかないという現実への嘆きに、きれいに割れていた。休憩を復活させろという声、新しい方式を作れという声、デジタルで十分だという声、どれも筋は通っている。それでも「これ以上は入らない」という線が円盤の直径で引かれていること自体を、悪くないと言う人が最後まで残っていたのが印象的だった。
元ソース: クリストファー・ノーラン監督の『オデュッセイア』は全編をIMAXフィルムで撮影したため、フィルムを載せるプラッター(円盤)の物理的な大きさが上限となり、上映時間が3時間を超えられなかった

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