「一匹の巨大な毒虫」は何の虫だったのか…カフカは『変身』で、虫の種類を一度も書いていなかった

「一匹の巨大な毒虫」は何の虫だったのか…カフカは『変身』で、虫の種類を一度も書いていなかった 文化・社会

「ある朝、気がかりな夢から目ざめると、自分が巨大な虫に変わっていた」。フランツ・カフカの『変身』は、文学史に残る有名な書き出しで始まります。英語圏では、主人公のグレゴール・ザムザは「ゴキブリ」になった、と紹介されることがあります。ところがカフカは、作中で虫の種類を一度も書いていません。それどころか、本の表紙に虫を描くことさえ、手紙で断っていました。

今日の知ってた?

🪲 カフカの『変身』(1915年)で、主人公グレゴール・ザムザが何の虫に変わったのかは、作中のどこにも書かれていない。英語圏で語られることのある「ゴキブリになった話」に、本文の裏付けはない。

📖 原文のドイツ語は「ungeheueres Ungeziefer(ウンゲホイエレス・ウンゲツィーファー)」。ウンゲツィーファーは虫にも小さな獣にも使えるあいまいな言葉で、さかのぼると「生け贄にふさわしくない不浄な動物」という意味だった。

✉️ 単行本の表紙を画家が描くと知らされたカフカは、1915年10月25日、版元への手紙で「虫そのものを描いてはいけない。遠くから見せることさえいけない」と頼んだ。

🇯🇵 日本語訳でも、姿は訳者ごとに違う。原田義人訳は「一匹の巨大な毒虫」、2015年の多和田葉子訳は「ウンゲツィーファー(生け贄にできないほど汚れた動物或いは虫)」。

背景:『変身』はどんな話か

『変身』(原題 Die Verwandlung)は、プラハに住み、ドイツ語で小説を書いたフランツ・カフカ(1883〜1924)の中編小説です。1912年に書かれ、1915年10月に文芸誌『ディ・ヴァイセン・ブレッター』に載ったあと、ライプツィヒのクルト・ヴォルフ社から単行本として出ました。

主人公のグレゴール・ザムザは、布地の見本を抱えて各地を回る外回りのセールスマンです。両親が勤め先の店主に借金をしていて、その返済のために、不満だらけの仕事を続けながら一家を一人で養っています。ある朝、目を覚ますと、自分の体が人間ではないものに変わっていました。それでも彼が気にするのは、まず仕事のことです。朝5時の汽車には、もう乗り遅れていました。返事をする声には「ぴいぴい」という音が混じり、様子を見に来た店の支配人は「まるでけものの声だった」と言って、階段のほうへ逃げ出します。

その後、グレゴールは自分の部屋から出られない暮らしになります。17歳の妹グレーテが食べ物を運び、彼は壁や天井をはい回り、天井からぶら下がるのを好むようになります。ある日、父親が逃げ回るグレゴールにリンゴを次々と投げつけ、その一つが背中にめり込みます。リンゴは誰も取り除こうとしないまま、1か月以上も肉に残りました。働き手を失った家族は、それぞれ勤めに出て、下宿人を置き、手伝いの老女を雇います。最後は妹が、これを家から追い出すしかないと言い出し、グレゴールはその夜明け前に、やせ細って息を引き取ります。家族3人は何か月ぶりかでそろって電車で郊外へ出かけ、暖かい日ざしの中で、これからの暮らしの話をするのでした。

作中には、変わった体の様子がかなり細かく書かれています。甲殻のように固い背中、弓形の節に分かれて盛り上がった茶色の腹、もとの体に比べると情けないほど細い、たくさんの脚。頭には触角もあります。ところが、それが何という虫なのか、どれくらいの大きさなのかは、最後まで一度も書かれません。

もう少し詳しく

「ウンゲツィーファー」という、つかみどころのない言葉。書き出しの原文は「Als Gregor Samsa eines Morgens aus unruhigen Träumen erwachte, fand er sich in seinem Bett zu einem ungeheueren Ungeziefer verwandelt.」です。形容詞の ungeheuer は「なじみのある」という意味の geheuer を打ち消した言葉で、「途方もない」から「巨大な」まで幅があります。名詞の Ungeziefer は、中世のドイツ語では「生け贄にふさわしくない不浄な動物」を指し、小さな虫だけでなく、小さな哺乳類まで含みうる言葉です。英語では、1933年に出たミュア夫妻による最初の英訳が「gigantic insect(巨大な昆虫)」と訳しました。その後の英訳は「monstrous vermin(おぞましい害虫)」「giant bug(巨大な虫)」などさまざまで、「monstrous cockroach(おぞましいゴキブリ)」と訳した例もあります。もっとも、カフカ自身も、1913年4月に版元のクルト・ヴォルフにあてた手紙では、グレゴールを「Insekt(昆虫)」と呼んでいます。

表紙に虫を描かせなかった手紙。単行本の表紙は、画家のオットマー・シュタルケが描くことになりました。それを版元から知らされたカフカは、1915年10月25日、プラハから手紙を書いています。「もしかすると彼は、虫そのものを描こうとするのではないか、と思いついたのです。それはいけません、どうかそれだけは!」と書き、「虫そのものを描いてはいけない。遠くから見せることさえいけないのです」と念を押しました。そのうえで、描くなら「閉じたドアの前にいる両親と支配人」か、もっとよいのは「明かりのついた部屋にいる両親と妹、そして真っ暗な隣の部屋へのドアが開いたままになっている場面」ではどうか、と自分から提案しました。実際の表紙に描かれたのは、ドアから出てきて、両手で顔を覆う若い男です。文学研究者のカールハインツ・フィンガーフートは、2017年にミラノ大学の学術誌に載せた論文で、自分では絵を描くのが好きだったカフカが、自分の書いた「ウンゲツィーファー」を絵にされるのは耐えられなかったのだろうと見ています。絵は読者の想像を一つの形に導いてしまうが、カフカは想像を書かれた言葉だけに向けてほしかったのではないか、というのです。そして「カフカの心配は当たった」とも書いています。いまインターネットで『変身』の絵を探すと、甲虫や巨大な虫の絵が山のように出てくるからです。

ナボコフの「ただの大きな甲虫」説。『ロリータ』で知られる作家ウラジーミル・ナボコフは、蝶の研究者でもありました。1948年から58年までアメリカのコーネル大学で文学を教え、講義で『変身』を取り上げています。ナボコフは本文の描写から、グレゴールはゴキブリではなく、背中の固い殻の下に羽を持ち、飛ぶこともできた甲虫だと結論しました。手伝いの老女がグレゴールを「Mistkäfer(ミストケーファー、直訳すると「糞の甲虫」)」と呼ぶ場面にも触れたうえで、「厳密に言えば糞虫ではない。ただの大きな甲虫だ」と述べています。授業で使った英訳本の最初のページには虫のスケッチを描き、「3フィート(約90センチ)ちょっと」と大きさまで書き込みました。ただし、作中のグレゴールが飛ぼうとする場面は一度もありません。

日本語では「毒虫」から「ウンゲツィーファー」まで。日本では「巨大な毒虫」という言い方で、この作品を覚えている人も多いはずです。たとえば青空文庫で読める原田義人訳(底本は1960年の筑摩書房『世界文学大系58 カフカ』)は、「自分がベッドの上で一匹の巨大な毒虫に変ってしまっているのに気づいた」と訳しています。ただ、原語のウンゲツィーファーに「毒」の意味はありません。手伝いの老女の呼びかけも、原田訳では「こっちへおいで、かぶと虫のじいさん!」です。2015年には、作家の多和田葉子が新訳「変身(かわりみ)」(集英社文庫『ポケットマスターピース01 カフカ』所収)で、この語をカタカナのまま「ウンゲツィーファー(生け贄にできないほど汚れた動物或いは虫)」としました。東京大学の現代文芸論研究室の論集『れにくさ』に載った書評(齋藤由美子、2016年)は、動物か虫かという二つの選択肢を示されるせいで、かえって具体的な生き物を思い描きにくくなり、「ウンゲツィーファー」という音だけが記憶に刻まれる、と評しています。2024年には、早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)が没後100年の企画展「『変身』するカフカ」を開き、訳者ごとに違う訳文や装丁画から、ウンゲツィーファーのイメージを探りました。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
何の虫なのか書かれてないって話、昔からずっと気になってたんだよ。おかげで読み返すたびに、こっちの“虫の居所”が悪い。

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
お父さん、そういうのはいいから。ネットはそのへんにして早く寝て。

3. 海外の名無しさん
英訳だと「vermin(害虫・害獣)」とされることもあるよね。厄介者、お荷物って意味も重なるから。働けなくなったあとの、家族にとってのグレゴールそのものなんだよ。

4. 海外の名無しさん(>>3への返信)
とはいえ、ゴキブリを思い浮かべる人が多いのも分かる。甲殻みたいに固い背中、節に分かれた茶色い腹、細い脚がたくさん。しかも、しゃべろうとすると声に「ぴいぴい」って音が混じる。

5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
その特徴なら、どっちかというとダンゴムシじゃない? ゴキブリの脚は6本だけだし、むしろ太くて長いほうだ。

6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
自分も読んでるあいだ、ずっとダンゴムシで想像してた。大きさはアルマジロくらい。

7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
アルマジロ大のダンゴムシって、それもうほぼアルマジロだろ。ダンゴムシに一番似てる動物を挙げろって言われたら、迷わずアルマジロって答える。気持ち悪いどころか、ちょっとかわいい。

8. 海外の名無しさん
英語圏で「insect(昆虫)」のイメージが強いのは、最初の英訳がそう訳したから。カフカが使ったドイツ語の「ウンゲツィーファー」は、それよりずっとぼんやりした言葉だよ。

9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
しかも英語の vermin だと、どうしてもネズミっぽい響きになる。訳すなら「pest(害虫・厄介もの)」のほうが近いと思う。どっちにしろ「嫌われ者の小さい生き物」全般って感じ。

10. 海外の名無しさん
ゴキブリだと思ったことは一度もないな。最初に読んだときからずっと、固い殻のある甲虫のつもりで読んでた。

11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
後半で家に来る手伝いのおばあさんが、グレゴールのことを「糞虫」呼ばわりしてるしね。それも一度じゃない。
※注:原文の Mistkäfer(ミストケーファー)は、直訳すると「糞の甲虫」。原田義人訳では「こっちへおいで、かぶと虫のじいさん!」と訳されている。

12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
本人は親しみをこめて呼んでるつもりらしいのが、また味わい深い。虫の種類を言い当ててるんじゃなくて、近所の子どもを「このクソガキ」って呼ぶのと同じノリだと思う。

13. 海外の名無しさん
ナボコフは大学の講義でこの作品を教えていて、授業用の本に甲虫の絵まで描き込んでる。蝶の研究者としても本格的な人だったから、虫の種類にはうるさいんだよ。ゴキブリ説はばっさり否定してた。

14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
その絵には「3フィートちょっと」って大きさまで書き込んである。90センチあまり。ベッドからはみ出すほどじゃないけど、廊下で出くわしたら悲鳴は出る。

15. 海外の名無しさん
羽があったかどうかで、この話の印象はかなり変わる。羽があって、それに気づきさえすれば窓から飛んでいけた、って読むほうが自分は好きだな。

16. 海外の名無しさん(>>15への返信)
妹がソファの下に隠れたグレゴールを見つける場面に、「飛んで逃げることなんかできなかったのだ」って一文があるんだよね。家族の誰も、彼が飛べるなんて考えてない。たぶん本人も。そこがまたつらい。

17. 海外の名無しさん
初版の表紙に虫が描かれてないのは、カフカ本人の希望なんだよね。表紙の話を聞いて、版元に「虫そのものを描くのだけは、どうかやめてくれ」って手紙を書いてる。結局、表紙はドアから出てきて顔を覆う男の絵になった。

18. 海外の名無しさん(>>17への返信)
でも今「変身」で画像検索すると、出てくるのは甲虫と巨大な虫の絵ばっかり。100年たって、カフカの心配はきっちり当たったわけだ。

19. 海外の名無しさん
虫に変身って、それもう仮面ライダーだろ。支配人も逃げ出さずに「その格好いいね」って言ってれば、話はまったく違ってた。

20. 海外の名無しさん(>>19への返信)
初代のモチーフはバッタだから、ちゃんと虫ではある。ただ、あっちは変身しても元の姿に戻れる。グレゴールには、それがない。

21. 海外の名無しさん
現実寄りの解釈を一つ。グレゴールは何にも変身してなくて、脳卒中か何かで倒れて体が動かなくなった。混乱した頭がそれを「虫になった」と説明してるだけ、とか。本当に家族が虫になったら、反応は“がっかり”くらいじゃ済まないだろうし。

22. 海外の名無しさん(>>21への返信)
脳卒中で倒れた息子に、父親がリンゴを投げつけるのも普通じゃないけどな。しかも背中にめり込んだのを、1か月以上そのままにしてる。

23. 海外の名無しさん
物語の中では文字どおり虫になってる。でも読み終わると、急に病気や障害で働けなくなった人を家族がどう扱うか、って話にしか見えない。一家を一人で養ってた息子が、稼げなくなった途端にお荷物扱いだもの。

24. 海外の名無しさん(>>23への返信)
しかも本人は、自分の体のことより、仕事に遅れるとか、親の借金はどうなるとか、そっちばかり心配してる。変身した朝に汽車の時間を気にしてるのが、読むたびにつらい。

25. 海外の名無しさん(>>23への返信)
一番怖いのは最後。グレゴールが死んだあと、家族3人で電車に乗って郊外に出かけて、日ざしの中で晴れやかに将来の話をして終わる。あの明るさが、どんな場面より怖い。

まとめ

カフカが書いたのは「ウンゲツィーファー」というあいまいな言葉だけで、ゴキブリとも甲虫とも書いていません。表紙に虫を描かせなかったのも、読者の想像を一つの姿に縛らないためだったと見る研究者がいます。

コメント欄ではゴキブリ派、甲虫派、ダンゴムシ派が入り乱れましたが、最後は、働けなくなった息子を家族がどう扱ったかの話として読む声に落ち着きました。

参考資料

元ソース: カフカは『変身』で、グレゴール・ザムザがゴキブリになったとは一度も書いていない。どんな虫に変わったのか、はっきりさせるつもりはなかった

コメント

  1. Reddit名無しさん より:

    手塚治虫の所為で、芋虫だと思っている