歯はほとんど抜け、足もおぼつかない。倒産したサーカスから売りに出された年老いたライオンが、カリフォルニアのサファリパークで雌ライオン6頭に受け入れられ、2年足らずで35頭ほどの子の父になりました。州議会から「今年の父親」に選ばれたという、1970年代の実話です。海外掲示板では「世話をしたのは雌なのに、表彰されたのは雄?」というツッコミと、パークの跡地の近くで育った人たちの思い出話が並びました。
今日の知ってた?
🦁 1970年ごろ、倒産したメキシコのサーカスから、推定18〜19歳(人間なら80歳前後)の雄ライオンが、カリフォルニア州のサファリパーク「ライオン・カントリー・サファリ」に買い取られた。歯はほとんどなく、やせ細っていた。名前はフレイザー。
💞 パークの雌ライオン6頭は、それまでに引き合わされた若い雄5頭を、ときに力ずくではねつけていた。ところがフレイザーはひと晩で受け入れられ、2年足らずで約35頭の子の父になった。
🏆 フレイザーはパーク一番の人気者になり、カリフォルニア州議会から「今年の父親(Father of the Year)」に選ばれた。1972年7月、肺炎で死んだ。
背景:ライオン・カントリー・サファリとフレイザー
ライオン・カントリー・サファリは1970年、カリフォルニア州オレンジ郡(いまのアーバイン市の一角)に開園したサファリパークです。客は自分の車に乗ったまま、ライオンやキリン、シマウマ、サイが歩き回る中をゆっくり進みます。窓を閉めておくのが決まりでした。当時は同じ名前のパークを各地に持つチェーンの一つでした。いまも残っているのはフロリダ州の1か所だけで、この話の舞台とは別の施設です。
フレイザーがやって来たのは、開園と同じ1970年でした(1971年とする資料もあります)。売り手は倒産したメキシコのサーカスです。当時のロサンゼルス・タイムズ(LAタイムズ)は、その姿を「弱った足でよろよろと歩き、かつてつやのあった毛並みはぼさぼさで、歯のない口から舌が垂れ下がっていた」と書いています。写真誌のLIFEも「体重が足りず、足が外に開いている。毛皮は防虫剤のにおいが染みついた古いコートのようで、1日19時間眠る。舌の筋肉が衰えきって、よだれまみれの赤じゅうたんのように口から垂れている」と描写しました。パークが特別な食事を与えると、体重は100ポンド(約45kg)増えました。
同じころ、パークは6頭の雌ライオンの群れに合う雄を探しあぐねていました。それまでに若くたくましい雄を5頭引き合わせたものの、雌たちは、ときに力ずくですべてはねつけていたのです。そこで「半ば冗談のつもりで」フレイザーを会わせてみたところ、翌朝の様子をLAタイムズの記者はこう伝えています。「フレイザーが事態を掌握しているのは明らかだった。妻たちは満足していた」。雌の名前は、レフティ、リンダ、ナドゥラ、サリー、ストンピー、ゾナでした。
もう少し詳しく
雌ライオンの「世話」はどこまで本当か。LIFE誌によると、雌たちは「フレイザーを守るように」周りに寝そべり、食事どきには上等な肉を回して、彼が食べ終わるまで自分たちは口をつけなかったそうです。LAタイムズのコラムニスト、ジョン・ホールは、パークを訪ねたときの様子を書いています。レンジャーがジープから肉を投げると、フレイザーはあくびをしてようやく立ち上がり、「その時のお気に入りの妻たちが両脇を歩いて、彼を支えていた」。一方、「歯のない彼の代わりに、雌が肉を噛んでやった」という話もよく語られますが、こちらは出典がはっきりしません。当時のLAタイムズは、フレイザーが「歯ぐきで餌を食べていた」と報じています。
子どもは約35頭。LIFE誌によると、7週間で6頭すべてが妊娠し、最初の16か月で33頭が生まれました。最終的な数は約35頭とされます。ただし当時はDNA鑑定がなく、全部が本当に彼の子かは確かめようがない、とLAタイムズは書き添えています。
なぜ彼だけが受け入れられたのか。当時の獣医たちは、サーカスで暮らしていたため、ほかの雄と争うストレスを受けてこなかったことが一因ではないかと考えました。パークの副社長だったジェリー・コブリンは「彼はいつも誘われる側で、誘う側では決してなかった」と語っています。どちらも当時の関係者の見立てで、雌たちが彼を受け入れた理由が分かっているわけではありません。
ベトナム戦争のさなかの人気者。「官能のライオン、フレイザー(Frasier the Sensuous Lion)」というあだ名を考えたのは、そのコブリンです。Tシャツやバンパーステッカー、腕時計まで作られ、ファンクラブはサンフランシスコからアトランタまで広がりました。オハイオ州デイトンのある高校は、運動部のチーム名を「フレイザー・ライオンズ」に改めています。来園者は1〜2割増え、カリフォルニア州議会(下院)は彼を「今年の父親」に選びました。LAタイムズは後年、「ベトナム戦争に人々がうんざりしていた時代、ただ愛し合いたいだけのフレイザーは、ほっとできる気晴らしだった」と振り返っています。
死んだあとに残ったもの。フレイザーは1972年7月13日、肺炎で死にました。パークの敷地に埋葬され、高さ6フィート(約1.8m)の木の十字架が立てられました。スコットランドのフレイザー氏族(クラン・フレイザー)が彼をマスコットにしていて、キルト姿の氏族の人々が、バグパイプが鳴る中で棺に土をかけたそうです。十字架はのちに火事で焼け、パークは1984年に閉園しました。跡地にはウォーターパークや野外劇場、彼の名を取った子ども向けの夏のデイキャンプ「キャンプ・フレイザー」ができ、いまは集合住宅が建っています。墓の正確な場所ははっきりしませんが、地元紙オレンジ・カウンティ・レジスターの記者が2013年に訪ねた丘のオークの木には、リボンや「大好きだよ、フレイザーの木」と書いたメモが結ばれていました。
1973年には、彼を題材にした映画(原題『Frasier the Sensuous Lion』)も作られました。ただ、主役はよく似た別のライオンで、しかも人間と言葉を交わす筋立てだったため、評判も興行も振るいませんでした。2017年には、米国のテレビドラマ『LEFTOVERS/残された世界』に、フレイザーをあがめる教団が出てくる回があります。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
つまり、雌ライオンたちが介護から子育てまで全部やって、「今年の父親」に選ばれたのは雄のほうってこと? 世話をしたのは雌なのに。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
雌たちがそうしたのは、彼が穏やかで、乱暴なところがなかったからだと思う。交尾も雌のほうから誘うのに任せてたらしいし、雌は世話をしたくてしてたんだよ。人間の男も少しは見習ったほうがいい。
3. 海外の名無しさん(>>1への返信)
いやでも、雌ライオンに「今年の父親」を贈るわけにもいかないでしょ。それは賞の名前の問題だよ。
4. 海外の名無しさん(>>1への返信)
最初は自分もそう思ったけど、もっと好意的に考えることにした。「今年の母親」部門は、候補が6頭もいて競争が激しすぎたんだよ。
5. 海外の名無しさん
当時の新聞コラムの描写が最高なんだよ。仰向けで足を空に投げ出して寝てる。レンジャーがジープから肉を放ると、目がぱちっと開いて、あくびをしてよろよろ立ち上がる。お気に入りの奥さんたちが両脇から支えて歩く。で、肉にかがみ込んだら狙いを外して、舌が15センチずれた地面に垂れる。本人はまったく気にせず、また寝た。
6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
実際に死ぬ2年くらい前に、ひと足先に天国へ送られたみたいな暮らしだな。
7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
子どもが35頭いて、1日19時間寝てる……。自分の人生、どこかで何かを間違えた気がしてきた。
8. 海外の名無しさん
「雌は本能的に、いちばん強くて支配的な雄を選ぶ。ライオンを見ろ!」って言い張ってた人たちに読ませたい。若くて強い雄5頭は追い払われて、選ばれたのは歯がなくて歩くのもやっとのおじいちゃん。狩りができない? 雌が肉を回してくれるから大丈夫。おまけに子ども35頭と州議会のお墨付きだ。
9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
そもそも雄ライオンは、群れのための狩りはほとんどしないよ。狩りは主に雌の仕事で、雄の役目は交尾と、よその雄を縄張りに入れないこと。
10. 海外の名無しさん(>>9への返信)
それはちょっと言い過ぎ。雄も狩りはするし、群れを持たない雄は自分で獲物を取るしかない。群れにいる雄は、けがをして群れを守れなくなると困るから、雌ほど狩りに出ないだけ。
11. 海外の名無しさん
最初は誰かが笑わせるために作ったネタだと思ったけど、調べたら全部本当だった。若い雄5頭がときに力ずくで追い払われてた、って話まで本当。おじいちゃんが余生を楽しめたのはよかったけど、追い払われた若い雄たちは、さぞ面白くなかっただろうな。
12. 海外の名無しさん
自分は雌ライオンたちのほうに興味がある。弱りきった雄を群れに入れるのは大きな賭けだったはず。6対1で襲われたら、けがから回復する体力もなくて、たぶん死んでた。なぜ彼だけは嫌がられなかったのか、飼育員に直接聞いてみたい。
13. 海外の名無しさん(>>12への返信)
読んだ範囲だと、サーカス暮らしでほかの雄と張り合うストレスを受けてこなかったこと、それに交尾を雌のほうから始めさせていたことが理由じゃないか、って話だったよ。
14. 海外の名無しさん
雄ライオンは、ほかの雄の子を殺すことがある。だから雌にとっては、そばにいても安全な雄だったんじゃないかな。弱っているときは雌が支えて、雌は欲しかった子どもを得る。お互いに得をしてる。
15. 海外の名無しさん(>>14への返信)
飼育下だから、よその雄が群れを乗っ取りに来る心配もないしね。野生なら強い雄が要るけど、ここなら穏やかなおじいちゃんで十分だったんだと思う。
16. 海外の名無しさん
いい話だと思って開いたら、コメント欄がほとんど男女論争になってて笑った。予想どおり、みんなライオンに人間の事情を重ねすぎ。相手はライオンだよ。
17. 海外の名無しさん
年寄りだったこと自体が魅力だった、って可能性もありそう。長生きしてるってことは、生き延びる力がある証拠だからね。動物の世界で「なかなか死なないやつ」ほど頼もしいものはない。
18. 海外の名無しさん
表彰するなら、6頭の雌ライオンに「今年の母親」を贈るべきだったと思う。妊娠して、産んで、35頭の面倒を見たのは彼女たちなんだから。
19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
いい父親になろうと毎日がんばってるのに、サファリパークのライオンに負けた。しかも向こうは1日19時間寝てる。
20. 海外の名無しさん
子どもの頃ロサンゼルスに住んでいて、これは大きなニュースだった。大人になってから名前も詳しいことも思い出せなくて、ずっともやもやしてた。インターネットが使えるようになって、たぶん最初に検索したのがこれ。
21. 海外の名無しさん
昔、ライオン・カントリー・サファリの跡地に建ったアパートに住んでた。フレイザーのことを書いた案内板があって、丘の斜面の「フレイザーの木」を指してた。あそこを手つかずで残してくれてよかった。
22. 海外の名無しさん(>>21への返信)
丘の十字架はまだあるのかと思って調べたら、十字架はずっと前に火事で焼けてしまったらしいね。木だけは残ってるのか。
23. 海外の名無しさん
子どもの頃、「キャンプ・フレイザー」に通ってた! ライオン・カントリー・サファリの跡地でやってた夏のデイキャンプ。丘を登って、彼が眠ってるっていう木まで歩いたのを覚えてる。ぬいぐるみのライオンを抱いた自分の写真をラミネートしたのが、いまも手元にある。みんなに愛されたライオンだったんだよ。
24. 海外の名無しさん
ドラマの『LEFTOVERS/残された世界』を見た人ならピンとくるはず。フレイザーをあがめる教団が出てくる回があって、まさか実在のライオンだったとはね。あのドラマ、本当に最高だった。
25. 海外の名無しさん
奥さんたちの名前は、レフティ、リンダ、ナドゥラ、サリー、ストンピー、ゾナ。来世で雌ライオンに生まれ変わったら、私のことはぜひストンピー(ドシドシ歩く子、くらいの意味)と呼んでほしい。
まとめ
サーカスから来た推定18〜19歳のフレイザーは、若い雄をはねつけてきた雌ライオン6頭に受け入れられ、約35頭の子の父として州議会から「今年の父親」に選ばれました。コメント欄では「世話をしたのは雌なのに、表彰は雄」というツッコミと、穏やかな雄だったからではという推測が目立ち、パークの跡地の近くで育った人たちの思い出話も続きました。死後40年がたっても、丘の木にはリボンが結ばれていたそうです。

コメント
サーカスで長い時を過ごし、苦しい時期も経験してきたことで、若い雄達と比べて精神的に成熟していたというか、余裕があったんだと思う。
雌達は肉体的な強さより、成熟度を強さと見做してボスに迎えたということじゃないのかね
「彼、穏やかだし物知りでユーモアもあったのよ」