1604年10月、へびつかい座のあたりに、それまで無かった明るい星が突然現れました。木星よりも明るく輝き、しばらくは昼間の空でも見えたといいます。天文学者ケプラーが1年以上観測したこの星は、星が一生の最後に起こす大爆発「超新星」でした。そしてこの400年あまり、私たちの天の川銀河の中で起きた超新星が肉眼で確実に見えたことは、一度もありません。
今日の知ってた?
📅 1604年10月9日、へびつかい座に新しい星が見つかった。ヨーロッパと中国では同じ日に、朝鮮では10月13日から記録が残っている
✨ いちばん明るいときは木星をしのぐ明るさで、約3週間は昼間でも見えた。夜空から消えたのは1606年3月
🔭 名前の由来になったヨハネス・ケプラーは、プラハで10月17日から観測を始め、1606年に観測をまとめた本を出した
🌌 これ以降、天の川銀河の中の超新星が肉眼で確実に見られたことはない。銀河の外では1987年に、肉眼で見える超新星が現れている
背景:「ケプラーの超新星」とは
超新星は、星がその一生の終わりに起こす大爆発です。爆発すると星は急激に明るくなり、それまで暗くて見えなかった場所に、まるで新しい星が生まれたように輝き出します。望遠鏡の無い時代の人々にとっては、まさに「新しい星」でした。ケプラーの著作の題名も『へびつかい座の足もとの新星について』です。
NASAの解説によると、1604年の星はイタリアの天文学者ロドヴィコ・デッレ・コロンベが10月9日にへびつかい座で見つけたのが最初で、ヨーロッパではケプラーより先に見た人がいました。ちょうどこの頃、空では火星と木星が近づいて見える会合が起きていて、多くの天文学者がその方角を見ていました。天文学者のグリーンとスティーブンソンが歴史上の超新星の記録をまとめた論文によると、10月8日に会合を観測していたヨーロッパの天文学者たちは何も異変に気づいておらず、星が現れたのはその翌日のことでした。プラハにいたケプラーは、新しい星のうわさを聞いていたものの、天気が悪くて10月17日まで観測を始められませんでした。
いちばん明るいときには夜空のどの星よりも明るく、その明るさはマイナス2.5等ほどと見積もられています。夜空でいちばん明るい惑星の一つである木星をしのぐ明るさで、NASAは昼間でも3週間ほど見えたと紹介しています。その後はゆっくり暗くなり、肉眼で見えなくなったのは1606年3月。ケプラーは1年以上にわたって明るさや位置を記録し続け、同じ1606年に観測の成果を本にまとめました。
この30年あまり前の1572年にも、カシオペヤ座に同じような新星が現れ、デンマークの天文学者ティコ・ブラーエが詳しく観測しています。ケプラーはこのティコの仕事に刺激を受けていました。ティコの観測した1572年の星は「ティコの超新星」、ケプラーの1604年の星は「ケプラーの超新星」と呼ばれています。
現在の研究では、ケプラーの超新星は「Ia型」と呼ばれる種類だと考えられています。NASAの解説によれば、白色矮星(燃え尽きた星が小さく縮んだもの)が爆発したもので、この種の爆発はふつう、2つの星がお互いの周りを回る連星の中で起きます。
もう少し詳しく
中国と朝鮮にも詳しい記録がある。この星を見ていたのはヨーロッパの人々だけではありません。グリーンらの論文によると、中国では明の時代の記録『明神宗実録』に3件、正史の『明史』に1件の記録があり、10月9日に見つかって、1605年10月7日に見えなくなるまで追われていました。朝鮮では10月13日になって初めて記録されましたが、その後は大いに注目を集め、朝鮮王朝の公式記録『宣祖実録』には、この「客星」についての観測が100件近く残っています。最初の半年間は、ほぼ毎日のように様子が書き留められていました。客星とは、それまで無かった場所に突然現れて、しばらくすると消えていく星のことで、超新星や彗星がこれにあたります。ヨーロッパの記録と朝鮮の記録を合わせると、星の明るさがどう移り変わったかの手がかりになりますが、論文の著者たちは、当時の明るさの見積もりはおおまかなもので、確実に言えるのは「木星よりかなり明るかった」ことくらいだとも書いています。
距離の数字は資料によって違う。爆発の残骸は今も宇宙にあり、NASAのX線天文衛星チャンドラなどが観測を続けています。2004年のチャンドラの発表では、残骸までの距離は約1万3,000光年、残骸の広がりは差し渡し14光年で、秒速2,000キロメートルで膨らみ続けているとされていました。一方、2024年のNASAの記事では距離を約2万光年としています。遠くの天体の距離を測るのは難しく、研究によって見積もりに幅があるのです。いずれにしても、1604年に地球に届いた光は、その何万年も前に爆発の現場を出発していたことになります。
「確実に」という言葉が付く理由。今日の豆知識で「確実に」と断っているのには理由があります。チャンドラの解説は、ケプラーの超新星を天の川銀河で爆発が目撃された最後の例としたうえで、「カシオペヤ座A」という残骸を例外の可能性として挙げています。1680年ごろにそれらしい目撃の報告があるものの、内容があいまいで、確かに見られたとは言えないのです。また、元の投稿は「肉眼で見えた最後の超新星」と書いていますが、これは正確ではありません。1987年には、天の川銀河のすぐ外にある大マゼラン雲で超新星が起き、南半球では肉眼で見えました。コメント欄でもこの点が指摘されています。銀河の内側に限ると、1604年が最後、ということです。
日本にも超新星を書き残した人がいた。コメント欄で話題になる1054年の超新星は、今の「かに星雲」の元になった爆発です。この星は日本の古い記録にも残っています。鎌倉時代の歌人、藤原定家(1162〜1241年)の自筆の日記『明月記』には、突然現れた星「客星」の記録として、1006年、1054年、1181年に現れた三つの超新星が書き留められています。科学技術振興機構のサイエンスポータルによれば、三つの超新星を記録した古い文献は世界でもこれだけで、明月記は2019年、日本天文学会が新しく設けた「日本天文遺産」の最初の認定を受けました。ケプラーの星より550年も前の出来事を、日本の記録がしっかり伝えていたわけです。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
冷静に考えるとすごい話だよ。2万光年かけて地球まで旅してきた光が、たった数週間だけ昼間の空に見えて、それで終わり。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
もしこれが2万「光年」じゃなくて2万「重年」だったら……と想像してしまった。
※注:英語の light year(光年)の light を「軽い」と読んだダジャレ。
3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
「また”ヘビー”か。なんで未来はそんなに何もかも重いんだ?地球の重力がおかしくなったのか?」
※注:映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で、若者言葉の「ヘビー(ヤバい)」を聞いたドクの台詞のもじり。
4. 海外の名無しさん(>>1への返信)
昼間に見えたのは3週間くらいだけど、夜なら1年半近く見えてたらしいよ。数日でパッと消えたわけじゃない。
5. 海外の名無しさん
あー、一度でいいから超新星を見てみたい。たしかベテルギウスがそのうち爆発するかも、って話があったよな。
6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
理屈の上では、もう爆発してる可能性だってある。光がまだ地球に着いてないだけで。
7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
その理屈で言えば、宇宙全体がいま光の速さで消えつつあっても、俺たちは最後の瞬間まで気づけないってことだな。おやすみ。
8. 海外の名無しさん
妙な偶然の話をひとつ。1054年に昼間でも見える超新星が現れて、歴史の記録に残った。1731年にジョン・ベヴィスが変な形の星雲を見つけて、のちに「かに星雲」と呼ばれる。1758年にはメシエが、天体のカタログを作り始めた。彗星を見つけたと思ったら彗星じゃなかった、というのにうんざりして、「彗星じゃないものリスト」を作ったんだ。その1番目が、かに星雲。で、1920年代になってようやく、これが1054年の超新星の残骸だと結びつけられた。同じ天体が700年をはさんで2回歴史に登場して、そのあと200年近く誰も同じものだと気づかなかったんだよ。
9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
探してもいないものにイライラしすぎて、それを全部整理しにかかる。メシエのその狂い方、ものすごく共感できる。
10. 海外の名無しさん(>>9への返信)
彗星を見つけて有名になろうとしてたのに、彗星じゃないものを見つけ続けて、そっちで歴史に名前が残ったっていうのが最高。
11. 海外の名無しさん(>>8への返信)
果てしない宇宙を見上げて、紙を広げて、「よし、始めるか……M……1」。この場面を想像するとなぜか笑ってしまう。
12. 海外の名無しさん
宇宙には星が多すぎるから、どこかでは毎秒いくつも超新星が起きてる計算になるらしい。規模がでかすぎて頭が追いつかない。
13. 海外の名無しさん(>>12への返信)
ハッブル宇宙望遠鏡が撮ったアンドロメダ銀河の超高解像度の画像を、限界まで拡大してみてほしい。粒に見えるのが全部、星なんだ。銀河ひとつでこれだよ。
14. 海外の名無しさん
細かいけど、タイトルはちょっと不正確だよ。元の説明にも書いてあるとおり、1604年が最後なのは「天の川銀河の中で」の話。銀河の外の超新星はその後いくつも見つかってて、1987年のは肉眼でも見えた。ここにいる人の中にも、見たことがある人がいるかもしれない。
15. 海外の名無しさん
昔のふつうの人がこれを見たらどう思っただろうね。昨日まで無かった星が、昼間の空で光ってるんだから。宗教や占いが生まれたのも分かる気がする。
16. 海外の名無しさん
17世紀は天文学の黄金時代だったと言っていい。この超新星は、その時代の幕開けを告げただけじゃなくて、人々の関心を集めて、時代そのものを動かしたんじゃないかと思う。
17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
その時代の天文学者に宇宙望遠鏡を見せたら大騒ぎだろうな。「なんと!地面より高いところに望遠鏡を打ち上げただと!?」
18. 海外の名無しさん
名前はケプラーのほうが有名だけど、「天は永遠に変わらない」という考えを本当に崩したのは、1572年のティコの星のほうだと思う。何も無いはずの場所に星が現れたんだから。1604年のは、あれが偶然じゃなかったと念を押したアンコールみたいなもの。
19. 海外の名無しさん
朝鮮の記録ではこれを「客星」、お客さんの星と呼んでたんだって。しばらく来て、また帰っていく星。言い得て妙だよね。
20. 海外の名無しさん
いま空にいきなり明るい星が出てきたら、陰謀論の動画がどれだけ量産されるか想像してみてくれ。
21. 海外の名無しさん(>>20への返信)
いや、たぶん明るい星がひとつ増えたようにしか見えないよ。誰かに言われなかったら、ほとんどの人は気づきもしないと思う。
22. 海外の名無しさん
ちょっと待って、世界の反対側からどうやって同じ星が見えたんだ?と一瞬本気で考えた。地球が自転してるのを忘れてた。
23. 海外の名無しさん
で、なんで誰も写真を撮らなかったの?
24. 海外の名無しさん(>>23への返信)
当時の携帯電話にはカメラが付いてなかったからね。その代わりに、ケプラーが1年以上かけて手で記録してくれたわけだ。
まとめ
1604年の「ケプラーの超新星」は昼間でも見えるほど明るく、ヨーロッパ・中国・朝鮮でそれぞれ記録された星でした。天の川銀河の中の超新星が肉眼で確実に見えたのは、これが最後です。コメント欄では、光の旅の長さに驚く声や、かに星雲とメシエのカタログの話、ベテルギウスの爆発を待ちわびる声が目立ちました。次に銀河の中で星が爆発するのがいつかは、まだ誰にも分かりません。
参考資料
- NASA「420年前、天文学者ヨハネス・ケプラーが超新星を観測した」(2024年・英語)
- NASAチャンドラX線観測衛星「ケプラーの超新星残骸」(2004年・英語)
- D. A. グリーン、F. R. スティーブンソン「歴史上の超新星」(arXiv)(2003年・英語)
- 科学技術振興機構 サイエンスポータル「明月記と江戸時代の天文台跡が初めての『日本天文遺産』に」(2019年・日本語)
元ソース: 今日知った話:肉眼で疑いなく見えた最後の超新星は1604年の「ケプラーの超新星」。3週間は昼間でも見えるほど明るく、ヨーロッパ・中国・朝鮮・アラビアの記録に残っている

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