決闘を申し込まれたら、武器は受けて立つ側が選べる。1842年、33歳のエイブラハム・リンカーンはこの慣例を使い、ピストルではなく「最大サイズの騎兵用の刀」を指定しました。身長約193cmの長い腕を生かすためです。決闘は仲裁が入って取りやめになりました。ただ、海外で話題になった「頭上の木の枝を切り落として見せた」という場面は、裏付けのはっきりしない逸話です。
※注:19世紀前半のアメリカでは、名誉を傷つけられたと感じた人が相手に決闘を申し込む習慣がまだ残っていました。申し込まれて断れば臆病者と見られかねず、政治家にとっては評判にも関わる問題でした。
今日の知ってた?
✉️ 1842年9月、イリノイ州の政治家ジェームズ・シールズが、新聞に偽名の投書を載せて自分を笑いものにした州議会議員エイブラハム・リンカーン(当時33歳)に決闘を申し込んだ。
⚔️ 武器を選ぶ権利は申し込まれた側にある。リンカーンが指定したのは「最大サイズの騎兵用の刀」。身長はリンカーンが約193cm(6フィート4インチ)、シールズは約175cmだった。
📏 さらに、地面に長さ10フィート(約3m)の板を立てて境界線にし、「越えた者は命で償う」という条件まで付けた。この条件を書いたリンカーン直筆の指示書は今も残っている。
🤝 決闘は双方の友人が仲裁に入り、刀を交える前に取りやめになった。
🌳 当日リンカーンが刀を伸ばし、頭上の枝を切り落としてリーチの差を見せつけた、という話がよく知られている。ただしこれは後年の回想などで伝わる逸話で、裏付けははっきりしない(詳しくは後述)。
背景:リンカーンはなぜ決闘を申し込まれたのか
発端はお金の問題でした。1842年のイリノイ州は財政が行き詰まり、州立銀行が発行した紙幣は大きく値下がりしていました。そこで州は、税金の支払いにこの紙幣を受け付けないと決めます。この方針の側に立っていたのが、州の会計監査官だった民主党のシールズで、反対派の格好の標的になっていました。
対立するホイッグ党の州議会議員だったリンカーンは、地元紙『サンガモ・ジャーナル』に「レベッカ」という偽名で投書します。架空の農家の女性の目線で州の方針を批判し、シールズ本人を「嘘つき」「ばか」とこき下ろしました。さらに、女性にもてると思い込んでいるうぬぼれ屋として描き、「お嬢さんたち、残念だが全員とは結婚できないんだよ」とシールズに言わせる場面まで書いています。
そこへ、のちにリンカーンの妻となるメアリー・トッドと友人のジュリア・ジェインが、同じ新聞に追い打ちの投書や詩を載せました。怒ったシールズは新聞社に筆者の名を明かすよう求め、リンカーンが自分だと名乗り出ます。シールズは撤回と謝罪を要求しましたが、リンカーンは要求の書き方が失礼だとして応じず、話はこじれて決闘の申し込みに至りました。
もう少し詳しく
なぜピストルではなく刀だったのか。シールズは射撃の腕が立つことで知られていました。リンカーンは後年、「相手を殺したくはなかったし、刀なら武器をたたき落とせると思った」「ピストルを選んでいたら、たぶん殺されていた」という趣旨のことを語ったと伝えられています。
リンカーン直筆の「決闘の条件」。1842年9月19日付で、リンカーンが自分の付添人エライアス・メリマンに渡した指示書が残っています。武器は「最大サイズの騎兵用の刀で、あらゆる点で同一のもの」。地面に長さ10フィート、幅9〜12インチ(約23〜30cm)の板を縁を上にして固定し、これを越えて足を踏み入れた者は命で償う。板の両側には「刀の長さ+3フィート」離れた位置にも線を引き、自分の側の線より後ろに下がったら降参とみなす。戦いは15分以内。場所は「オールトンから3マイル以内の川の対岸」。踏み込めない板を挟んで刀を振り合う以上、腕の長いほうが圧倒的に有利になる条件でした。
※注:付添人(セコンド)は、決闘する本人の代理として条件を詰めたり、和解の交渉をしたりする役目の人です。オールトンはイリノイ州の町で、ミシシッピ川をはさんだ対岸はミズーリ州側になります。
当日、刀は抜かれなかった。決闘が禁じられていたイリノイ州を避けるため、一行は9月22日、ミシシッピ川の中州に渡りました。ところが、ジョン・J・ハーディンら双方の友人たちが駆けつけて仲裁に入ります。付添人同士の話し合いの末、リンカーンの側が「投書は政治的な効果を狙って書いたもので、シールズ氏の人格を傷つけるつもりはなかった」という趣旨の説明をし、シールズは申し込みを取り下げました。実はこれとほぼ同じ答え方を、リンカーンは指示書の中で「シールズが最初の手紙を引っ込め、紳士的な書き方で申し入れ直すなら、こう答える」とあらかじめ用意していました。
「枝を切り落とした」話はどこから来たのか。待っているあいだにリンカーンが刀を伸ばし、頭上の枝を切り落として見せた、という場面は広く紹介されています。ただ、出どころとして挙がるものの一つは、事件から数十年後に地元紙に載った「その場にいた」という人物の回想で、同時代の記録での裏付けははっきりしません。回想では「自分の頭上の小枝」を切ったことになっていて、「相手の頭上の枝」とする元スレの説明とも細部が違います。紹介する資料によって、交渉の最中だった、待っている間だったと場面もまちまちです。
※ 枝を切り落とした話は広く知られた逸話だが、一次史料での裏付けは確認されていない。
場所は「ブラッディ・アイランド」だったのか。決闘の場所は、セントルイスの向かいにあった中州「ブラッディ・アイランド」と紹介されることがよくあります。ただ、リンカーン自身の指示書は「オールトンから3マイル以内の川の対岸」を指定しており、地元の郷土史では、オールトンの向かいにあった別の中州だったとされています。どちらにしても、州の取り締まりが及びにくいミシシッピ川の中州だった点は変わりません。
その後。決闘騒ぎから約1か月半後の1842年11月4日、リンカーンはメアリー・トッドと結婚しました。10月5日付で親友ジョシュア・スピードに宛てた手紙では、「僕とシールズの決闘の話は聞いているだろうが、この町ではまだ決闘騒ぎが続いている」と書き、シールズが今度はバトラーという人物に決闘を申し込んだこと、双方の付添人同士まで一触即発になったことを伝えています。シールズとの関係はのちに修復され、南北戦争が始まると、大統領になったリンカーンはシールズを北軍の准将に任命しました。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
身長193cmで、しかも腕の立つレスラー。赤痢で人がバタバタ倒れてた時代に、そんな大男と刀でやり合えと言われたら、黙って勝ちを譲るよ。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
シールズは、ピストルを選んでもらえると思ってたんじゃないかな。射撃がうまかったらしいし、銃なら体格の差なんて関係ないから。
3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
むしろピストルなら、リンカーンのほうが不利だったと思う。あの体格じゃ的がでかすぎる。しかも踏み込めない板を挟むルールまで付けてるから、腕の短いほうは刀が届かない。完全に計算ずくだよ。
4. 海外の名無しさん
全米レスリング殿堂のリンカーンの紹介文にこうある。「イリノイ州の村ニューセーラムで店員をしていたころ、雇い主が彼に賭けて、地元の荒くれ者で郡のチャンピオンだったジャック・アームストロングと勝負させた。リンカーンは最初から相手を圧倒し、アームストロングが反則を始めると、持ち上げて地面に叩きつけ、のしてしまった」。リンカーンに腕っぷしの勝負を挑むのは、どう考えても最悪の選択だった。
※ 全米レスリング殿堂は1992年、リンカーンを「傑出したアメリカ人」部門で表彰している。アームストロングとの勝負は村人たちの後年の証言で伝わる話で、勝ち方や結末は証言によって食い違う。
5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
勝ったあと見物人に向かって、「ここの一番は俺だ。やりたいやつは角を研いでかかってこい」みたいな啖呵を切ったって話も好き。牡鹿が角で勝負するのにたとえてるんだよね。
※ 後年の聞き取りで伝わる言葉で、当時の記録で確認できるものではない。
6. 海外の名無しさん(>>4への返信)
リンカーンが体を鍛えててレスリングもやってたのは知ってたけど、ここまで日常的に人をぶちのめしてたとは思わなかった。
7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
何百戦もして、はっきり負けた記録が残ってるのは1回だけ、って話を読んだことがある。本当に強かったんだろうな。
※ 「約300戦」という数字は俗に言われるもので、裏付けははっきりしない。負けた一番としてよく挙がるのは、1832年のブラック・ホーク戦争(先住民との戦争)に民兵として従軍していたとき、野営地の場所をかけて同じ民兵のロレンゾ・ダウ・トンプソンと組んだ勝負。
8. 海外の名無しさん
「エイブラハム・リンカーン:ヴァンパイアハンター」がフルネームみたいな男に、決闘を申し込むのはやめておけ。
※ 2012年の米映画『リンカーン/秘密の書』(原題:Abraham Lincoln: Vampire Hunter)のこと。リンカーンが斧を手に吸血鬼と戦うアクション映画。
9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
1842年の時点ではまだハンターじゃなかったけど、素質はもう十分だった。あの映画、ただのバカ映画だと思ってたのに、急に説得力が出てきたわ。
10. 海外の名無しさん
みんなこの話で「ブロードソード(幅広の剣)」って言うけど、騎兵が使う刀ならサーベルじゃないの? ネットで出回ってる挿絵の刀も、どう見ても反ってるし。
11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
リンカーンが付添人に渡した指示書だと、「ジャクソンビルの騎兵隊がいま使っているような、最大サイズの騎兵用の刀」らしい。要するに当時の騎兵刀だね。まっすぐだったのか反ってたのかまでは分からないけど。
12. 海外の名無しさん(>>10への返信)
「巨大なブロードソード」って聞くと、ベルセルクのガッツが振り回してる鉄塊みたいな剣が頭に浮かぶからな。そりゃ話も盛られるよ。
13. 海外の名無しさん
1800年代で193cmって、今の感覚なら2メートル超えくらいのインパクトだったんじゃないか。いまだにアメリカの歴代大統領で一番背が高いのもリンカーンだし。
14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
要するに、その時代のアンダーテイカー(長身で知られるアメリカのプロレスラー)だな。あの背丈で黒いコートにシルクハットで現れたら、入場の時点で勝負がついてる。
15. 海外の名無しさん
枝を切り落とした話が本当なら、ゲームでいう「威圧」の判定で最高の目を出したようなもんだな。刀を一度振っただけで、戦う前に相手の心を折ってるんだから。
16. 海外の名無しさん
メアリー・トッドも友だちと一緒に、シールズをからかう投書を新聞に送ってたんだよね。なのにシールズが筆者を明かせと迫ったとき、名乗り出たのはリンカーンだった。メアリーたちの分まで自分が引き受けた形だって話もある。そりゃ惚れ直すでしょ。
17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
で、決闘騒ぎから1か月半くらいたった1842年11月に、2人は結婚してる。雨降って地固まる、ってやつかもね。
18. 海外の名無しさん
決闘の舞台はミシシッピ川の中州「ブラッディ・アイランド」。この中州は、陸軍の工兵大尉が設計した堤防で流れが変わって、やがてイリノイ側の岸とくっついて消えた。その大尉の名前は、ロバート・E・リー。
※注:ロバート・E・リーは、のちに南北戦争で南軍を率いた将軍。若いころは陸軍の工兵将校で、1830年代後半にセントルイス港の改修に携わった。
19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
のちの北部の大統領と南軍の名将が、同じ中州でつながってるのか。昔って、歴史を動かしてた人が全部で40人くらいしかいなかったんじゃないかと思うくらい、有名人同士がつながるよな。
20. 海外の名無しさん(>>18への返信)
ちょっと待って、場所には別の説があるみたい。リンカーンの指示書では「オールトンから3マイル以内の川の対岸」になってて、地元の郷土史では、オールトンの向かいにあった別の中州だったとされてる。ブラッディ・アイランドはもっと下流のセントルイスの向かいだから、そもそも別の島かもしれない。
21. 海外の名無しさん
リンカーンは、この件を蒸し返されるのを生涯嫌がってたらしい。大統領になってから軍人に「本当に決闘に行ったんですか」と聞かれて、「否定はしない。だが私と友人でいたいなら、二度とその話はしないでくれ」と返したとか。歴代大統領の武勇伝でもトップクラスなのに、もったいない。
※ この受け答えは後年の回想で伝わるもので、細部は紹介する資料によって異なる。
22. 海外の名無しさん(>>21への返信)
本人にしてみれば、偽名の投書で人をからかった末に決闘沙汰になった黒歴史だもんな。武勇伝じゃなくて若気の至り。メアリーのほうも、夫婦のあいだではこの話に触れないことにしていた、とのちに書き残してるらしい。
23. 海外の名無しさん
アメリカの決闘といえば、建国の父のひとりアレクサンダー・ハミルトンが、現職の副大統領アーロン・バーとの決闘で撃たれて亡くなった話が有名だよね。1804年だから、リンカーンの件の40年足らず前。ピストルを選んでたら、リンカーンも同じ運命だったかもしれない。
※注:ハミルトンは初代の財務長官で、10ドル紙幣に肖像が描かれている人物。
24. 海外の名無しさん(>>23への返信)
アンドリュー・ジャクソン(第7代大統領)なんて、大統領になる前の決闘で相手を撃ち殺してる。自分も胸に弾を受けて、それは生涯体に残ったままだったらしい。当時の政治家にとって決闘は、それくらい身近な話だった。
25. 海外の名無しさん
シールズもただのやられ役じゃないのがいい。アイルランド生まれで、のちにイリノイ、ミネソタ、ミズーリの3州で連邦上院議員を務めた、アメリカ史上ただ一人の人物。南北戦争ではリンカーンに准将に任命されて北軍で戦ってる。決闘しかけた相手と、最後はちゃんと和解してるんだよな。
まとめ
偽名の投書が原因で決闘を申し込まれたリンカーンは、武器を選ぶ権利を使い、大きな騎兵刀と「踏み込めない板」という自分に有利な条件を指定しました。決闘は仲裁で取りやめになり、2人はのちに和解しています。有名な「枝を切り落とした」場面は裏付けのはっきりしない逸話ですが、コメント欄はレスリングの武勇伝や映画ネタで盛り上がりつつ、本人が生涯この話を嫌がっていたことにも目が向いていました。
元ソース: 今日知った話:エイブラハム・リンカーンは決闘を申し込まれたことがある。武器を選べた身長193cmのリンカーンは巨大な騎兵用の刀を指定し、決闘は取りやめになった

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