「ガラスの向こうから僕を見ると、あいつらは決まって騒ぎ出すんだ」。そう語っているのは、NBAで4度優勝したシャキール・オニールである。動物園めぐりが趣味の彼がゴリラの展示の前に立つと、毎回のように同じことが起きたという。そしてこの話には、動物園の側から「そのとおりだ」と裏づける証言がついている。
※注:シャキール・オニールは1992年から2011年までNBAでプレーしたセンター。公称身長216センチ、現役時代の公称体重は147キロ前後で、リーグ全体を見渡しても群を抜いた体格だった。引退後はテレビの解説者としても知られている。
今日の知ってた?
🦍 動物園めぐりを趣味にしていたシャキール・オニールは、ガラス越しにゴリラと向き合うと決まって相手が興奮した、と話している。この証言を裏づけているのが、マイアミの動物園で長年広報を務める動物の専門家ロン・マギルである。オスのゴリラはオニールの体格と存在感に威圧されることが多かった、というのが彼の説明だ。ゴリラの側からすれば、それまで見てきたどの人間の枠にも収まらない相手が、ある日突然ガラスの前に立ったことになる。
背景:ゴリラにとって「人間」はほぼ一定のサイズだった
動物園で暮らすゴリラは、毎日おそろしい数の人間を見ている。開園から閉園まで、ガラスの前には途切れずに客が立つ。背の高い人も低い人も、細い人も太い人もいる。それでも全体としては、ある幅の中にきれいに収まっている。ゴリラにとって「人間」とは、その幅そのものだったはずである。
そこへ、幅から完全にはみ出した個体が現れる。公称216センチ、体重147キロ前後。現役時代のオニールは、身長188センチのステフィン・カリーが小柄に見えるNBAの中でさえ、ひとりだけ縮尺が違って見える選手だった。1993年には、ダンクの勢いでゴール板どころか支柱ごと引き倒したことが二度あり、その後NBAはゴールの構造を補強することになったとされる。人間の物差しでも規格外なのだから、ゴリラの物差しではなおさらである。
証言しているロン・マギルは、マイアミの動物園で数十年にわたり広報と教育を担当してきた人物で、アメリカでは野生動物の解説者としてよく知られている。彼が「オスのゴリラはオニールに威圧されていた」と言うとき、それは飼育の現場で日々ゴリラの反応を見てきた側からの言葉になる。つまりこの話の核心は、「規格外に大きい人間が現れると、ゴリラの側の身構え方が変わる」という一点にある。
もう少し詳しく
ゴリラの社会は、体の大きさを軸に回っている。成熟したオスは背中の毛が銀白色に変わることから「シルバーバック」と呼ばれ、群れを率いる立場になる。野生のオスは体重150キロを超えることもあり、直立すればちょうど大柄な人間ほどの高さになる。若いオスが群れを離れて自分の群れを持つまでの過程でも、他のオスとの力関係が繰り返し測り直される。相手がどれくらい大きいかは、彼らにとって日々の実務上の情報である。
そのため、体格を相手に伝える手段も発達している。胸を両手で打ち鳴らすドラミングは、単なる怒りの表現ではなく、自分の大きさや状態を音で知らせる信号だと考えられている。体の大きな個体ほど低い音が出るという研究もあり、離れた場所にいる相手にも「どの程度の相手か」が伝わる仕組みになっているとされる。姿を見せる前から、音だけで交渉が始まっているわけである。
視線もまた、彼らのあいだでは意味を持つ。正面からじっと見つめる行為は挑戦の合図と受け取られやすく、動物園でも来園者に「目を合わせないでください」と案内することがある。ガラス一枚を隔てているとはいえ、相手からすれば見知らぬ大型の個体が真正面に立っている状況に変わりはない。
元スレッドでは、この点に触れた逸話も紹介されていた。白いシルバーバックのいる展示の前を通るとき、案内役から「絶対に目を合わせないように」と念を押されたにもかかわらず、オニールだけが立ち止まって真正面から視線を返した——というものである。ただしこれはポッドキャストで語られた思い出話がもとになっており、細部までそのまま受け取れる種類の話ではない。裏が取れているのは、専門家が「威圧されることが多かった」と認めているところまでである。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
言われてみれば当たり前の話だと思う。動物園のゴリラは毎日何百人、何千人という人間を見ていて、背の高い低いはあってもだいたい同じ範囲に収まっている。そこにある日、今まで見たどの人間よりはるかに大きいのが来たら、そりゃ落ち着かなくもなる。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
オスたちが一斉に顔を見合わせて「おい、あれ見たか」ってやってる画が浮かんだ。群れの中で情報がすごい速さで回ってそうだし、その日の話題は完全にそれ一色だったと思う。
3. 海外の名無しさん(>>1への返信)
人間だって同じことをやってるよ。街で明らかに規格外に大きい人とすれ違ったら、全員が一度は視線で追ってる。ただこっちは、じろじろ見るのは失礼だと躾けられているから顔に出さないだけで、中身の反応はゴリラとほぼ変わらない。
4. 海外の名無しさん
向こうからしたら「人間の王様が視察に来た」くらいの感覚なのかもしれない。毎日同じような客が流れてくる中で、一人だけ明らかに扱いの違う個体が現れたら、こちらも姿勢を正してしまう気がする。
5. 海外の名無しさん
子供のころ、オーランドで本人に会ったことがある。高校に上がったばかりの頃だったと思う。とにかくあの人は、背が高いという言葉で片づく大きさじゃない。縦も横も厚みも全部が想定の外にあって、しばらく言葉が出なかった。
6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
遠くから見ているうちは「ちょっと大きい人だな」くらいにしか思わないんだよな。ところが隣に誰か一人立った瞬間、こっちの距離感が丸ごと壊れる。あれは大きさというより、周りの物のサイズを狂わせる能力に近い。
7. 海外の名無しさん(>>5への返信)
飲食店で働いていたときに来店したことがある。数字で大きいと知っているのと、実際に目の前に立たれるのとでは、まったく別の体験だった。頭では分かっているのに体のほうが納得しない、というのが一番近い。
8. 海外の名無しさん
音楽フェスの最前列で押し合いになっていたら、急に壁みたいなものにぶつかった。壁だと思ったのが本人だった。二十人くらいで押しているのに一センチも動かず、そのまま数曲を一緒に楽しんだあと、柵を乗り越えてステージへ上がり、今度はDJとして自分の出番をこなしていた。あの日のことは一生忘れない。
9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
二十人がかりで押しても微動だにしないって、もう人間の話として聞ける範囲を超えている。その光景を想像するだけで笑ってしまうんだけど、どこのフェスの話なのか教えてほしい。
10. 海外の名無しさん
あの人の大きさは本当に想像しづらい。188センチのステフィン・カリーが小柄に見えるようなリーグにいて、それでもなお一人だけ違う競技をやっているように見えた。大学生が中学生の中に混ざっている絵にいちばん近い。
11. 海外の名無しさん
話としては面白いんだけど、出典がだいぶ弱くないか。ネットに転がっている記事一本が根拠で、そこから先をたどっても検証できるものが何も出てこない。こういう「気持ちよく信じられる話」ほど、一度立ち止まったほうがいいと思っている。
12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
元をたどればポッドキャストで語られた思い出話なので、細部が盛られている可能性は普通にある。ただ、動物園側の専門家が別の場で同じ方向の証言をしているので、丸ごと作り話と切って捨てるのも違う気がする。信じる範囲を「大きい人間が来るとゴリラの反応が変わる」までに絞れば無理がない。
13. 海外の名無しさん
正直、都市伝説の匂いが少しする。有名人が動物園に行って動物が特別な反応をした、という形の話は昔から量産されていて、たいてい後から尾ひれがついている。今回は証言者がいるぶんまだましだけど、話の骨格自体はその系統だと思う。
14. 海外の名無しさん
で、そのゴリラたちはフリースローを決められたのか。そこが一番肝心なところだと思うんだけど、記事にはどこにも書いていない。体格で張り合えるなら、次は技術の話をしてほしい。
15. 海外の名無しさん(>>14への返信)
たぶん本人と大差ない成功率になると思う。現役時代の通算成功率は五割をわずかに超える程度で、終盤にわざとファウルして彼にフリースローを打たせる作戦が定番になっていたくらいだから、そこは勝負にならない。
16. 海外の名無しさん(>>14への返信)
真面目に答えると、まず無理だと思う。離れた的に物を正確に投げる能力は人間だけが特別に発達させたもので、腕力なら圧倒的に上のゴリラでも、狙って投げるとなるとまるで別の話になる。力と精度は同じ筋肉から出てこない。
17. 海外の名無しさん
シルバーバックのほうが自分に身構えていると本気で思えるの、人生でいちばん自尊心に効く出来事なのでは。普通の人間なら一生かかっても手に入らない種類の自信で、しかもそれを本人が動物園に行くたびに味わっていたことになる。
18. 海外の名無しさん
二十年くらい前、まだ付き合っていた頃に妻と動物園へ行った。暑くて上着を肩にかけていたので、下に着ていた真っ黄色のシャツが丸出しになっていた。ゴリラの前まで来たら明らかに様子がおかしくなって、飼育員に「挑発もしていない相手にあんな反応をするのは見たことがない」と言われた。
19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
その飼育員のひと言が一番こわい。日常的に見ている人が「見たことがない」と言うのは、こちらが思っているよりずっと重い意味だと思う。ガラスがあってよかったね、としか言いようがない。
20. 海外の名無しさん
自分はこれ、ゴリラの知能の高さを示す話として読んだ。目の前の情報を処理した結果として驚いているわけで、そもそも「今まで見てきた人間の平均」みたいなものを持っていないと、驚きようがないはずだから。
21. 海外の名無しさん(>>20への返信)
知能というほどのものかな。見慣れないサイズのものが出てきて反応しているだけなら、飼い主が変な被り物をしただけで大騒ぎする猫と同じ水準の話になる。ゴリラは本当に賢い動物だと思うけど、その根拠にこの逸話を持ってくるのは少し弱い。
22. 海外の名無しさん
自分たちはすぐ忘れるけれど、人間も毛の薄い類人猿の一種でしかない。ボノボは幼児並みの理解力を示すことがあると言われていて、彼らを別世界の生き物として眺めているこちらの感覚のほうが、実はだいぶ雑なんだと思う。
23. 海外の名無しさん
現役時代にゴールを支柱ごと引き倒した人が相手なんだから、ゴリラのほうも「ガラス一枚で本当に大丈夫なのか」と考えていたかもしれない。あの展示で一番安心していたのは、たぶん来園者だけだったんじゃないか。
24. 海外の名無しさん
この話を知ってから、動物園の楽しみ方が一つ増えた気がする。こちらが見ているつもりでいるだけで、向こうも同じくらい真剣に、こちらの大きさや動き方を測っている。次に行ったら、まず自分がどう見られているかを考えてしまいそうだ。
まとめ
ゴリラの社会では、相手の体の大きさがそのまま日常の判断材料になっている。ドラミングで自分の大きさを音にして伝え、正面からの視線を挑戦と受け取る。その物差しが常に働いている場所へ、公称216センチというそれまで見たことのない範囲の人間が現れれば、反応が変わるのは自然な話だった。専門家ロン・マギルの証言も、そこまでは確かなものとして残っている。コメント欄で目立ったのは、実際に本人と対面した人たちが口を揃えて語る「距離感が壊れる」という感覚だった。その一方で「出典が弱い」「有名人と動物の逸話には尾ひれがつきやすい」と冷静に線を引く人もいて、話を面白がりながらどこまで信じるかを各自で決めている雰囲気があった。動物園でこちらが見物しているあいだ、向こうもこちらを測っている——そこだけは間違いなさそうである。

コメント