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「英国に最初に渡った日本美術は、まさかの春画だった」平戸に商館を開いた商人が辿った末路…?

「英国に最初に渡った日本美術は、まさかの春画だった」平戸に商館を開いた商人が辿った末路…? 歴史

1614年12月、日本からの航海を終えて帰国した一人の英国人商人が、ある「お土産」のせいで人生を狂わせました。彼が持ち帰ったのは香辛料でも陶磁器でもなく、日本の春画——つまりエロティックな美術と書物のコレクションだったのです。それは公衆の面前で焼き払われ、彼は不名誉を背負って表舞台から消えました。

※注:春画(しゅんが)とは、江戸時代を中心に描かれた性風俗をテーマにした浮世絵・版画のこと。当時の日本では祝い事や教養の一部としても受け入れられていた美術ジャンル。

今日の知ってた?

📜 1614年12月、日本への航海から帰国した英国東インド会社の商人ジョン・セーリスが、日本の春画のコレクションを持ち帰っていたことが発覚。それらは会社の名誉を汚すものとして公開の場で焼却され、彼は不名誉を被ってキャリアを終えた。皮肉にも、英国に最初に渡った日本美術のひとつが春画だったとも言われている。

背景:ジョン・セーリスとは

ジョン・セーリス(John Saris)は、17世紀初頭に活動した英国東インド会社の商人・航海士です。彼は会社の遠征隊を率いて、1613年に日本の平戸(現在の長崎県平戸市)に到達しました。そしてこの地に、英国として初めての日本における商館——いわゆる「平戸イギリス商館」を開設した人物として歴史に名を残しています。

当時の日本は徳川家康による江戸幕府が開かれて間もない頃。セーリスは家康に謁見し、貿易の許可状を得るなど、外交的にも一定の成果を上げました。彼を日本国内で案内したのが、後に「三浦按針」として知られる英国人航海士ウィリアム・アダムスだったと伝えられています。つまりセーリスは、本来であれば「日英交流の先駆者」として記憶されてもおかしくない立場にいた人物だったのです。

もう少し詳しく

なぜ春画は焼かれたのか。セーリスが帰国したのは、清教徒(ピューリタン)的な厳格な道徳観が社会に強く根を張りつつあった時代の英国でした。性を題材にした絵画や書物は「みだらで品位を欠くもの」とされ、しかもそれが名門たる東インド会社の関係者の持ち物だったことが、会社の名誉を傷つける一大スキャンダルへと発展してしまったのです。

記録に残る焼却の経緯。会社側の議事録には、1614年12月にセーリスの「みだらな書物と絵」をめぐる非難が持ち上がり、翌1615年1月に総督が公衆の面前でそれらを火に投じ、煙となるまで燃やしたという趣旨の記述が残っているとされます。会社の体面を守るための、いわば見せしめの儀式でした。

美術としての春画。一方の日本では、春画は単なる猥褻物ではなく、人気絵師たちが腕を競った立派な美術ジャンルでした。色彩や構図に高い技巧が凝らされ、嫁入り道具や厄除け、教養の一部として扱われることすらありました。価値観の違う二つの文化が、一冊の本を挟んで真正面からぶつかった——そう考えると、この事件は単なるスキャンダル以上の意味を持って見えてきます。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
町の人に「マンガ」のコレクションを見つかった気分、めちゃくちゃ分かるわ……。400年前にもう同じ目に遭ってる先輩がいたとは。

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
それは「マンガ」じゃなくて立派な美術品だぞ。当時の絵師が本気で描いた芸術作品だからな(震え声)。

3. 海外の名無しさん
英国に最初に渡った日本美術が春画だったって部分、地味にすごくない?陶磁器でも刀でもなく、まさかのソレ。日本の第一印象、大丈夫だったのか心配になる。

4. 海外の名無しさん(>>3への返信)
逆に考えるんだ。それだけ春画の完成度が高くて、思わず持ち帰りたくなるほど魅力的だったってことだろ。日本美術の実力を証明してる。

5. 海外の名無しさん
要するに、彼は時代の400年先を行っていた、ということだな。生まれるのが早すぎた男。今の時代に生きてたら普通に趣味人で終われたのに。

6. 海外の名無しさん
炎上して社会的に抹殺される、っていう現象が現代特有のものだと思ってたけど、人間って数百年前から全然変わってないんだな。ちょっと笑えてくる。

7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
どんな社会も「ここから先はダメ」っていう線をどこかに引くものだからね。その線をどこに引くか、破った者にどんな罰を与えるか——それこそが何百年も続く永遠の議論なんだと思う。

8. 海外の名無しさん
公開の場で本を燃やすって、現代の感覚からするとかなりの大事だよね。会社の体面を守るためにそこまでやるか、というレベル。

9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
当時の東インド会社は国家レベルの巨大組織だったからな。「うちの社員がこんな破廉恥なものを」っていうのは、現代の大企業の不祥事会見みたいなものだったんだろう。

10. 海外の名無しさん
日本側からすれば春画は教養とか嫁入り道具の一部だったわけで、文化が違うと「芸術」が「スキャンダル」に化けるという見本みたいな話だ。

11. 海外の名無しさん
この人、本来なら「日英交流の先駆者」として教科書に載ってもおかしくない経歴なのに、最後の最後で台無しにしてるのが切ない。平戸に商館まで開いたのに。

12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
家康に謁見して貿易許可まで取ってるんだもんな。普通にすごい外交成果なのに、後世に残った話題が春画というのが人間味があってよい。

13. 海外の名無しさん
ドラマの『SHOGUN 将軍』ってこの商人がモデルなのかと思ったけど、違うんだよね?あれはまた別の英国人だった気がする。

14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
違うよ、あのモデルはウィリアム・アダムス(三浦按針)の方。しかもアダムスは実際に日本国内でセーリスを案内した人物だから、二人は面識があったことになる。歴史って繋がってるんだな。

15. 海外の名無しさん
ふと思ったけど、もしルネサンス期のイタリア美術がギリシャ彫刻じゃなくて春画から影響を受けてたら、西洋美術史はまったく別物になってたかもしれない。想像すると面白い。

16. 海外の名無しさん(>>15への返信)
春画ではないけど、ゴッホが日本の浮世絵に強烈な影響を受けたのは有名な話だよね。結局、数世紀かけて日本美術はちゃんと西洋に評価されたわけだ。

17. 海外の名無しさん
17世紀の英国人にとって、日本の春画は完全に「未知との遭遇」だっただろうな。表現の様式も題材も、彼らの常識の外すぎて理解が追いつかなかったんじゃないか。

18. 海外の名無しさん
今でも「自分の価値観に合わない芸術は破壊して、持ち主を晒し者にするのが正義だ」と信じてる人たちがいる。400年前と本質は何も変わってないのが、ちょっと怖いところでもある。

19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
本を燃やす行為って、いつの時代も「正しさ」を掲げて行われるんだよな。当時の総督も自分は秩序を守ってると本気で信じてたはず。それが一番厄介。

20. 海外の名無しさん
実は19世紀のアメリカでも、特定の艶本の輸入が法律で禁じられてた時期があった。性表現に対する社会の許容ラインって、国と時代でこんなに揺れ動くものなんだな。

21. 海外の名無しさん
船を留守にしている間、平戸の商館はリチャード・コックスという別の英国人に任されてたらしい。セーリスが帰国後にスキャンダルでこけても、現地の拠点はちゃんと回ってたわけだ。

22. 海外の名無しさん
似たような話で、自分の祖父も20世紀初頭に日本から「いかがわしい品」を持ち帰ろうとしたけど、帰り着く前に姉に全部処分されたって家族に伝わってる。時代も国も越えて、同じことが繰り返されてるのが妙におかしい。

23. 海外の名無しさん(>>22への返信)
姉に全処分される祖父、400年の時を超えてセーリスとシンクロしてて笑った。男のコレクションは身内に弱いという普遍的な法則かもしれない。

24. 海外の名無しさん
彼が裁判で「これは研究目的だ、文化的に重要な資料なので専門家の鑑定が必要なのです」とか弁明する姿を想像すると、急に親近感が湧いてくる。人間って変わらないな。

25. 海外の名無しさん
結局この事件で一番得をしたのは、後世にこの面白いエピソードを知れた我々かもしれない。会社の議事録にまできっちり記録を残してくれた当時の人たちに感謝したい。

まとめ

平戸に英国商館を開いた商人ジョン・セーリスは、本来なら日英交流の先駆者となるはずでした。しかし彼が持ち帰った日本の春画が時代の道徳観と衝突し、公開の場で焼かれて不名誉のうちにキャリアを終えます。コメント欄では「炎上は現代特有の現象ではない」「文化が違えば芸術がスキャンダルに化ける」といった感想が並び、価値観の違いと、それでも変わらない人間の本質に思いを馳せる声が目立ちました。

元ソース: 今日知った話:日本から帰国した英国商人ジョン・セーリスが、持ち帰った日本の春画コレクションを公開焼却され不名誉を被った件(1614年12月)

コメント

  1. 774 より:

    エロってのは人類普遍で一定の興味を必ず誘うからな。
    異文化交流の第一歩になりやすいってだけだろ。