海の底から引き上げられたとき、その艇に残っていた呼吸できる空気は、あと12分ぶんだったという。1973年の大西洋で本当に起きた話で、しかもこの救助は50年以上たった今も「人がこれより深いところから生きて助け出された例はない」という記録のまま残っている。
※注:ここで言う「潜水艇」は、母船から吊り下ろされて数時間だけ潜る2〜3人乗りの小さな乗り物のこと。自力で何か月も航行する軍用の潜水艦とは、大きさも仕組みもまったく別のものにあたる。
今日の知ってた?
🌊 1973年8月29日、海底ケーブルの埋設作業をしていた2人乗り潜水艇「パイシーズIII」が、アイルランド沖の大西洋で水深1,575フィート(約480メートル)の海底に沈んだ。英国・米国・カナダが人と機材を出し合った国際的な救助活動により、乗っていたロジャー・チャップマン(当時28歳)とロジャー・マリンソン(同35歳)は76時間後に生きて引き上げられた。後の検証では、そのとき艇に残っていた酸素はおよそ12分ぶんだったとされる。これは今も、人が海中から救出された最も深い記録である。
背景:480メートルという深さ
まず、480メートルがどれくらいの深さなのかを押さえておきたい。東京タワーの高さが333メートル、東京スカイツリーが634メートルなので、ちょうどその中間あたりになる。スカイツリーの上のほうの展望台「天望回廊」が地上450メートルなので、それよりさらに30メートルほど下、と言い換えてもいい。真上を見上げても、当然ながら光は何も届かない。
ただ、この深さで本当に効いてくるのは水圧のほうだ。水深はおよそ10メートルごとに1気圧ずつ増えるので、480メートルでは地上の50倍近い圧力がかかる。人がそのまま行ける環境ではないため、この手の乗り物は「耐圧殻」と呼ばれる分厚い金属の球に人を入れ、球の中は地上と同じ1気圧に保つ。つまり乗員は、深海にいながら地上と同じ空気の中に座っていることになる。裏を返せば、この球が持ちこたえているかぎり、水圧そのものが乗員をどうこうすることはない。先に尽きるのは、球の中の空気のほうである。
※ 耐圧殻=乗員を収めるための、水圧に耐える厚い球状の構造。パイシーズIIIは、乗員が入る球と、機械類を収めた別の球を組み合わせた造りになっていた。
そして2人は、そこで電話のケーブルを埋めていた。1973年当時、大陸をまたぐ通話をつないでいたのは通信衛星と海底ケーブルで、パイシーズIIIは英国とカナダを結ぶ大西洋横断ケーブルの埋設作業に使われていた。ケーブルは海底に置いただけでは漁具や船の錨に引っかかってしまうため、専用の機械で溝を掘って埋めていく。潜水艇の役目は、その作業を人の目で確かめながら進めることだった。現場はアイルランド南西のコーク沖、およそ240キロ(150マイル)の海上である。
もう少し詳しく
事故が起きたのは、潜航が終わった後だった。1973年8月29日の朝、パイシーズIIIは作業を終えて浮上し、母船ヴィッカース・ベンチュラーに回収されようとしていた。ところが曳航用のロープが艇の後部にある機械室の球のハッチに引っかかり、その蓋をこじ開けてしまう。海水が一気に流れ込んで艇は尻のほうから重くなり、そのまま480メートルの海底まで落ちていった。危なかったのは深海にいる時間ではなく、海面に出入りするその一瞬だったことになる。
この艇には、本来なら尾びれのような安定板が付いていた。母船での積み下ろしがやりやすいという理由で、購入後に取り外されていたものだ。後の記録には、その安定板が残っていればロープが機械室の球に絡むことはなかっただろう、と書かれている。安全のために付けられていた装備ではなく、たまたまその形が守りになっていた、という類の話である。
沈んだ時点で、空気は72時間ぶんも残っていなかった。生命維持装置は72時間の運用を想定した設計だったが、その日はすでに8時間ほど潜っていて、そのぶんは使い切っている。残りはおよそ66時間。実際に引き上げられたのは76時間後なので、この時点の計算では10時間ほど足りていない。
その差を埋めたものが、二つあった。一つは、潜る前にロジャー・マリンソンが酸素タンクを新しいものに交換していたことである。規則の上では、半分以上残っているタンクを替える必要はなかった。重くて手間のかかる作業で、本人は後に「規則にないことをして怒られる可能性すらあった。100回のうち99回はやらなかったと思う。ただの勘だった」と語っている。もう一つは、2人が海底で徹底して消費を絞ったことだ。体を動かさず、必要のない会話もせず、暗い中にじっと座っていた。二酸化炭素の濃度についても、苦しくはあっても命に関わらない範囲までは上がるにまかせている。
76時間のあいだ、2人が口にしたのはサンドイッチ1個と缶入りのレモネードだけだったと伝えられている。船内は冷え込み、壁には結露が伝った。二酸化炭素を吸収する薬剤も途中で尽きてしまい、二酸化炭素は空気より重くて足元に溜まるため、2人は球の上のほうに体を寄せてやり過ごしたという。
※ 二酸化炭素吸収装置(スクラバー)=密閉空間で、乗員が吐いた二酸化炭素を薬剤に化学的に吸わせて取り除く仕組み。これがあるおかげで、長時間の潜航で先に足りなくなるのは酸素のほうになる。
海の上では、3か国の機材が集まりつつあった。英国からは同型のパイシーズII、カナダからはパイシーズV、そして米海軍からは、ケーブルで母船とつながれた無人の作業機CURV-III(カーブIII)が空輸されてきた。ただ、荒れた海面と、それぞれの機体が潜っていられる時間の制約で作業は何度も中断する。沈んだ艇の位置を突き止め、引き上げ用のロープを取り付けるまでに、丸2日以上が費やされた。
※ CURV-III=米海軍が運用していた無人の水中作業機。母船からケーブルで電力と操縦の信号を送り、遠隔からアームを動かす。今でいう「ROV(遠隔操作の無人探査機)」の初期型にあたる。
9月1日、艇はようやく海面に姿を現した。パイシーズVとCURV-IIIが取り付けたロープで引き上げられ、ハッチが開けられたのは現地時間の午後1時17分。沈んでから76時間が経っていた。後の検証で、そのとき艇に残っていた酸素は12分ぶんだったとされている。
その後、2人はどうなったか。ロジャー・マリンソンは現場に戻り、さらに1,500時間ぶんのケーブル敷設をこなした。ロジャー・チャップマンは潜水艦の救難を専門にする道へ進み、この分野の第一人者になる。2005年、ロシアの小型潜水艇AS-28がカムチャツカ沖で海底の網に絡まり乗員7人が閉じ込められたとき、現場へ運ばれて艇を切り離した英国の無人作業機は、チャップマンが立ち上げた会社が運用していたものだった。助けられた側が、32年後に助ける側へ回っている。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
3日以上ぶんの空気が積んであったこと自体が意外だった。2人しか乗らない小さな艇なら、せいぜい半日ぶんくらいしか持たないものだと勝手に思い込んでいた。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
生命維持は72時間の運用を想定した設計で、事故の時点ですでに8時間ぶんは使っていたらしい。そこから2人は体を動かさず、必要のない会話もやめて消費を抑えた。二酸化炭素の濃度も、苦しくはあるが死なない範囲までは上がるのを許容している。設計上の72時間を、意識して引き延ばしにいった結果の76時間なんだ。
3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
会話をやめる、というのが地味にきつい。相手が目の前にいるのに、3日間ほとんど黙って暗い中に座っている。助かるかどうかも分からない状態で、その決めごとを最初から最後まで守り切れるのが信じられない。自分なら3時間で喋り出す自信がある。
4. 海外の名無しさん
2人が生き延びた最大の理由は、潜る前にマリンソンが酸素タンクを新しいものに替えていたことらしい。規則の上では替える必要がまったくなかった。半分以上残っていたんだから。
5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
本人の言葉が残っている。「規則では交換の必要はなかったし、半分使ったタンクを替えて怒られる可能性すらあった。重いし手間もかかる。100回のうち99回はやらなかったと思う。ただの勘だった」。この勘がなければ、76時間はどう計算しても持たなかった。
6. 海外の名無しさん(>>4への返信)
替えなかった99回のほうは記事にならないんだよな。勘に従って助かった人の話だけが残って、勘に従ったけれど何も起きなかった人や、従わずに間に合わなかった人の話は誰の記憶にも残らない。虫の知らせの話がやたら当たって聞こえるのは、たぶんこれが理由だ。
7. 海外の名無しさん
素朴な疑問なんだけど、酸素が尽きるというのは具体的にどうなるんだろう。自分が吐いた二酸化炭素をそのまま吸い続けて、それで少しずつ窒息していく感じなんだろうか。
8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
この手の潜水艇には二酸化炭素を吸収する装置が積んである。薬剤が化学的に二酸化炭素を吸ってくれるので、長く潜っていても先に限界が来るのは酸素のほうになる。だからこそ「残り12分」という数え方が成り立つわけだ。
9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
ただし薬剤は無限じゃなくて、この時は引き上げられる前に使い切っている。二酸化炭素は空気より重くて足元に溜まるから、2人は艇の天井近くに体を寄せてやり過ごしたそうだ。あの狭い球の中で、少しでも上に逃げるという発想が出てくること自体が壮絶すぎる。
10. 海外の名無しさん(>>7への返信)
補足すると、人間が肺で直接感じ取れる気体は酸素ではなく二酸化炭素のほうなんだ。息を止めたときのあの苦しさは、酸素が足りないからではなく二酸化炭素が溜まったから起きている。だから濃度の上がった空気の中では、いくら息を吸っても苦しさが引かない。
11. 海外の名無しさん
海軍の潜水課程で二酸化炭素の訓練を受けたことがある。あれで脱落する人がけっこう出るんだ。後で話を聞くと、みんな「頭がまともに働かなくなって、とにかく水から出なきゃという本能に負けた」と言う。根性で我慢できる種類の苦しさじゃない。
12. 海外の名無しさん
狭いところが苦手なので、想像するだけで動悸がしてきた。逃げ場のない球の中で、息が楽にならない不安だけがじわじわ強くなっていく。しかもそれが3日間続くわけで、途中で心臓のほうが先に参ってしまいそうだ。
13. 海外の名無しさん
「残りわずか数分」という書き方は、話を劇的にするために盛ってあるんだろうと思いながら読んでいた。こういう記事にありがちな表現だと決めつけていた。
14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
後の検証では12分ぶんだったと記録されている。盛るどころか「数分」のほうがむしろ控えめな言い方だった。引き上げの手順があと少し手間取っていたら、この話は救出成功の記録としては残っていない。
15. 海外の名無しさん
もともとこの艇には尾びれのような安定板が付いていたのに、扱いやすさを優先して外していたそうだ。そのまま残っていれば曳航用のロープが後部に絡むことはなかっただろう、と後から指摘されている。読んでいて思わず声が出た。
16. 海外の名無しさん(>>15への返信)
ただ、その安定板は安全のために付いていた装備ではなくて、たまたま結果的にロープを防ぐ形をしていただけらしい。後から見れば全部つながって見えるけど、外した時点で誰かが手を抜いたという話とは少し違うと思う。
17. 海外の名無しさん
50年以上たってもこれが最深記録のままだという事実が、この救助の異常さを一番よく表している気がする。技術は当時よりはるかに進んだのに、記録のほうは1973年から動いていない。
18. 海外の名無しさん(>>17への返信)
そもそも、人が乗った潜水艇が海底で助けを待つ状況自体がめったに起きないから、記録を更新する機会がないというのもある。やっていることはロープを掛けて巻き上げるだけなので、必要になればもっと深いところでも同じ手は通用するはずなんだ。
19. 海外の名無しさん
この2人が、その後もう一度あの艇に乗って潜ったなんてことはさすがにないよね。自分ならもう二度と海面から下には行かないと思うんだけど。
20. 海外の名無しさん(>>19への返信)
マリンソンはあっさり現場に戻って、その後さらに1,500時間ぶんのケーブル敷設をこなしている。チャップマンのほうは潜水艦の救難を専門にする道へ進んで、この分野の第一人者になった。2005年にカムチャツカ沖でロシアの小型潜水艇が海底の網に絡まったとき、乗員7人を助け出した無人作業機は彼の会社のものだ。
21. 海外の名無しさん
父がヴィッカース・オーシャニクスで働いていて、パイシーズの母船に乗っていた。事故のちょうど1週間前に会社を辞めていて、そのおかげで海中に閉じ込められる側ではなく、陸から救助を手伝う側に回ったと聞いている。2人のロジャーとは一緒に働いていたそうだ。
22. 海外の名無しさん(>>21への返信)
2000年にロシアの原潜が沈んだときも、うちの父はテレビの前から動かなかった。同じ商売をしていた人間にとって、あれはただの遠い国のニュース映像には見えなかったんだと思う。声もかけられなかった。
23. 海外の名無しさん
国際的に機材をかき集めて、最後は無人機がロープを掛けて間一髪、という筋書きが人形劇の特撮番組そのものすぎる。実話のほうが物語としてよくできている場合が、たまにあるんだよな。
24. 海外の名無しさん
2023年のタイタン号の事故のせいで、この手の話はもう助からないものだと思い込んでいた。ただ、あちらは船体そのものが水圧に負けてしまっていて、救助が間に合う間に合わない以前の話だった。こちらは殻が最後まで持ちこたえたから、時間との勝負に持ち込めている。同じ「深海で潜水艇が行方不明」でも、中で起きていることはまるで違う。
まとめ
1973年、大西洋の水深480メートルに落ちた2人乗り潜水艇から、76時間後に2人が生きて引き上げられた。残っていた酸素は12分ぶん。この記録は50年以上たった今も破られていない。コメント欄で一番伸びていたのは事故の経緯そのものではなく、「規則では替えなくてよかった酸素タンクを、勘で新品にしていた」という一点だった。そこから「替えなかった99回の話は誰も知らない」という冷静な指摘が出て、話は二酸化炭素で人が何を感じるのかという生理の説明へ流れ、最後は「マリンソンは普通に仕事へ戻り、チャップマンは人を助ける側になった」という後日談で静かに落ち着いていた。海底で3日間ほとんど口をきかずに座っていた2人の判断が、そのまま12分の余裕になったのだという読み方をしている人が多かった。

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