1913年、イングランドの製鋼の街シェフィールドで、ひとりの冶金技師が「銃身の内側が高温のガスに削られていくのを何とかしてほしい」という依頼を受けていた。彼はクロムを混ぜた鋼を片端から試し、そして頼まれていないほうの性質を引き当てる。酢をかけてもレモン汁をかけても変色しない鋼、のちにステンレス鋼と呼ばれることになる材料である。
※注:シェフィールドはイングランド北部の工業都市で、中世から刃物づくりで知られ、19世紀以降は製鋼業の中心地になった街である。「Steel City(鋼鉄の街)」という通り名を今も使っており、市内には刃物・食器メーカーが集まっていた。この記事に出てくる出来事は、その集積があった土地だからこそ、研究室から台所まで一気につながったという側面がある。
今日の知ってた?
🔩 ステンレス鋼は、錆びない金属を作ろうとして生まれたものではない。1913年、シェフィールドのハリー・ブレアリーは、銃身が高温のガスで摩耗するのを防ぐ鋼を探してクロムの配合を変えた試作を重ねていた。摩耗の問題は解決しなかったが、そのうちの一つが異様に錆びにくいことが分かり、彼はそれを「rustless steel(錆びない鋼)」と呼んだ。ところがこの名前は残らなかった。刃物メーカーの担当者が提案した「stainless steel(汚れない鋼)」のほうが定着し、いま世界中で使われている呼び名になっている。
背景:刃物の街と、錆という宿敵
19世紀から20世紀初頭にかけて、シェフィールドは世界の刃物と鋼の集積地だった。ナイフもフォークも剃刀も、ここで作られたものが各国に出ていく。ただし当時の刃物は、切れ味と引き換えに厄介な弱点を抱えていた。よく切れる鋼ほど錆びる。使ったら拭き、しまう前に油を塗り、それでも湿気の多い季節には赤い斑点が浮いてくる。台所の道具は、日々の手入れとセットで存在するものだった。
ハリー・ブレアリーは、その街の製鋼所で働く一家に生まれた人物とされる。少年のころから研究室の下働きとして働きながら、夜学と独学で冶金学を身につけ、やがて分析の専門家として頭角を現した。1908年、地元の二つの製鋼会社が共同で設立した研究所の責任者になっている。つまり彼は、金属を作る専門の研究室で、金属を作ることを職業にしていた。
そこへ持ち込まれたのが、軍需にからむ相談だった。銃を撃つと、銃身の内側は高温高圧のガスに晒される。撃つほどに内側が削られ、精度が落ち、寿命が来る。この摩耗をどうにか減らせないか、という依頼である。ブレアリーが目指したのは「錆びない鋼」ではなく「削られにくい鋼」だった。ここが、この話のすべての出発点になる。
もう少し詳しく
目的と成果がすれ違った。彼はクロムの割合を変えながら試作を重ねた。1913年、クロムをおよそ12〜13パーセント含む鋼を鋳造したあたりで異変に気づく。当時、金属の内部構造を顕微鏡で観察するには、表面を酸で軽く腐食させて結晶の境目を浮き上がらせる必要があった。ところがこの試料は酸が効かない。別の伝わり方では、捨てた試験片の山を眺めていて、一つだけ錆びていないものが混じっているのに気づいた、という話になっている。どちらの場面が本当なのかは今も一つに定まっていないが、結論は同じだった。銃身の摩耗という当初の問題は解決していない。代わりに、まったく別の問題が解けていた。
台所を思いついたのが早かった。ブレアリーはこの鋼を、実験室の試薬ではなく酢とレモン汁で試している。金属としての耐食性を測るというより、食べ物に触れる道具として使えるかを見にいったわけである。錆びない刃物という発想がここで固まり、彼は地元の刃物メーカーであるR・F・モズレー社に持ち込んでナイフを作らせた。売り出す段になって、同社の食器部門の担当者アーネスト・スチュアートが「rustless(錆びない)よりstainless(汚れない)のほうがいい」と提案したと伝えられている。発明者本人が付けた名前ではなく、売る側が付けた名前のほうが世界に残ったことになる。
なぜ錆びないのか。仕組みそのものは、実は「錆びる」の延長線上にある。クロムをおおむね10.5パーセント以上含む鋼は、空気中の酸素と反応して表面にごく薄いクロムの酸化被膜を作る。この膜は目に見えないほど薄いが緻密で、内部まで酸素や水が届くのを妨げる。しかも傷がついても、酸素さえあればその場で作り直される。つまりステンレスは錆から逃げているのではなく、先に薄く錆びておくことで奥まで錆びないようにしている材料である。逆に言えば、この膜が壊れて再生できない環境では普通に腐食する。
※ 日本ではJIS規格の表記としてSUS(ステンレス鋼を表す記号)が使われ、SUS304、SUS316のように呼ばれる。304はクロム18パーセント・ニッケル8パーセント前後のいわゆる十八・八ステンレスで、家庭用の流し台や食器に多い。316はモリブデンを加えて塩分に強くしたもので、海沿いや厨房まわりの過酷な用途で選ばれる。
「発明者は誰か」は、実は決着していない。クロムを加えた鋼が錆びにくくなること自体は、ブレアリー以前にも各国で観測されていた。フランスでは1900年代前半に、現在のステンレス鋼とほぼ同じ組成の合金が作られていたとされる。ドイツでは、クロムの含有量と耐食性の関係を体系的に整理した研究が1910年代初頭に発表され、大手製鋼会社でも並行して合金開発が進んでいた。アメリカにも同時期に別途特許を取得した技術者がおり、のちに権利をめぐる調整が必要になったという。したがって「1913年にシェフィールドで発明された」という言い方は、厳密には少し乱暴である。ブレアリーの特異な点は、最初に作ったことよりも、それを刃物という具体的な商品に結びつけ、量産と販売の側まで持っていったことにあると評価されることが多い。
その後の本人。この材料の権利をめぐっては、勤め先との間に折り合いのつかない時期があり、彼は1915年に研究所を離れたと伝えられている。その後は別の製鋼会社に移り、アメリカ側で特許を持っていた技術者と共同で権利を管理する会社を設立するなど、実務の側で長く関わり続けた。シェフィールドに残る彼の記念プレートは、当然というべきか、ステンレス鋼で作られている。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
経緯を補足すると、彼が探していたのは銃身の内側が高温のガスで削られるのを防ぐ鋼だった。ところが試したクロム鋼のひとつが、削られにくさではなく錆びにくさで飛び抜けていた。すぐに刃物向きだと気づいて、酢やレモン汁をかけて確かめている。本人は「錆びない鋼」と呼んでいたが、刃物メーカーの担当者が「ステンレス鋼」を提案し、そちらの名前が残った。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
デンマーク語では今も rustfrit stål、つまり「錆びない鋼」のままだよ。英語だけが途中で名前を乗り換えた形になっていて、こっちからすると発明者が最初に付けたほうの名前を使い続けている側という気分になる。
3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
ドイツ語だと Edelstahl、直訳すると「高貴な鋼」になる。希ガスを Edelgas と呼ぶのと同じ発想で、まわりのものと反応したがらない性質のほうを「高貴」と表現しているわけだ。錆びないという説明より、性格の描写になっているのが面白い。
4. 海外の名無しさん(>>3への返信)
ドイツの良い刃物にはよく Rostfrei(錆びない)と刻んであるけど、あれと Edelstahl は別の層の話だと聞いた。Rostfrei は売り文句として書かれている性質のほうで、素材そのものの呼び名は昔から Edelstahl のままらしい。
5. 海外の名無しさん(>>2への返信)
ポルトガル語では単に Inox と呼ぶ。酸化しない、という意味の語を短くしたものだ。フランス語やイタリア語も似た言い方で、ヨーロッパの南側はだいたい「酸化しない」路線、北側は「錆びない」路線に分かれているのが地図として面白い。
6. 海外の名無しさん(>>2への返信)
デンマークが何と呼んでいるかは知らん。正しい名前は Rostfritt Stål だ。以上、宿敵スウェーデンより敬意を込めずにお送りしました。
7. 海外の名無しさん
よく考えると「錆びない鋼」のほうが正確なんだよな。鋼を汚しているのは錆なんだから、錆を止めれば汚れないという順番になる。しかもステンレスは条件しだいで普通に変色するので、汚れないという名前のほうが実態から遠い。
8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
それでも stainless steel は音として強い。sの音が重なって口に乗るし、一度聞けば覚えてしまう。正確さで負けて語感で勝ったという意味では、100年前の刃物屋の担当者はかなり優秀な売り手だったと思う。
9. 海外の名無しさん
シェフィールドはポイ捨て防止のキャンペーンに「Stainless Sheffield(汚れのないシェフィールド)」という名前を使っている。ゴミ箱や街灯に貼ってあるポスターを見かけるたび、うまいこと言うなと感心してしまう。
10. 海外の名無しさん
船乗りのあいだでは stainless ではなく「stain less(染みが少ない)」と二語に分けて読むのが定番の冗談だ。海の上では結局あらゆるものが腐食する。錆びない金属という言い方を本気で信じている船員は一人もいない。
11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
塩化物イオンは悪魔の発明だからな。あれが表面の膜に小さな穴を開けて、そこから内側へ食い進んでいく。悪魔の発明といえばフッ素だと思っていたけど、船の上に限れば塩素のほうが確実に上位だ。
12. 海外の名無しさん(>>10への返信)
海水に常時さらすなら等級を上げる必要がある。よく使われる304では厳しくて、モリブデンを入れた316、それでも足りなければ二相ステンレスまで行く。ステンレスを一種類の金属だと思っている人は多いけど、実際は用途ごとに別物と考えたほうがいい。
13. 海外の名無しさん
ノルウェー語には rustfritt stål(錆びない鋼)と syrefast stål(酸に強い鋼)という二つの言葉があって、後者が海向けの等級を指す。英語にはこの区別を一語で言う単語がなくて、代わりに304だの316だのと番号で呼ぶしかないのが少し不便に見える。
14. 海外の名無しさん
新しい金属を作る研究所で、新しい金属を作れと言われた人が、新しい金属を作った。それを「偶然」と呼ぶのはさすがに気前が良すぎないか。うっかり成功してしまいました、という話にはどうしても聞こえない。
15. 海外の名無しさん(>>14への返信)
狙っていたのは高温のガスで削られない鋼で、出てきたのは腐食しない鋼だから、探し物とは別のものが出た形にはなる。頼まれた問題のほうは解けていないのに、はるかに大きい別の市場が開いてしまったという意味では、偶然と呼んでいいと思う。
16. 海外の名無しさん
うちは彼の直系の子孫にあたる。家に伝わっている話では、自宅の鍛冶場でいくつも合金を試していたところ火事で全焼し、焼け跡を片付けていたら一つだけ腐食していない試験片が出てきた、ということになっている。ただし勤め先が権利を主張して裁判になり、最終的に和解した、とも聞かされて育った。
17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
発見の場面の伝わり方は本当にいろいろあるよな。顕微鏡で見るために酸で表面を腐食させようとしたら効かなかった、という話もあれば、捨てた試験片の山を眺めていて一つだけ錆びていないのに気づいた、という話もある。どれが本当かは、たぶんもう確かめようがない。
18. 海外の名無しさん
発明者を一人に決めるのは、実のところかなり難しい話でもある。フランスでは1900年代前半にほぼ同じ組成の合金が作られていたし、ドイツではクロムの量と錆びにくさの関係を整理した研究や、大手製鋼会社の合金開発が並行して進んでいた。アメリカにも別に特許を取った技術者がいる。
19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
そのとおりで、彼の功績は「最初に作った」ことよりも「これは台所で売れる」と気づいて実際に刃物にしたことのほうが大きいと思う。研究室で生まれただけの合金と、家庭の引き出しに入り込んだ材料のあいだには、けっこうな距離がある。
20. 海外の名無しさん
これのおかげで大きな屋敷の使用人の仕事量が激減した、という話をどこかで読んだ。それまでは手すりや金物を延々と磨き続けないと、錆びたり緑青が出たりしていたらしい。磨く必要が消えた瞬間、屋敷に大人数を置いておく理由がひとつ無くなったわけだ。
21. 海外の名無しさん(>>20への返信)
屋敷の金物っていつからステンレスになったんだ。あのへんは真鍮と濃い色の木でできているイメージしかない。使用人が減った理由としては、電気が通ったことと屋内配管が入ったことのほうが桁違いに大きいと思う。灯りの世話も、火の番も、洗濯も一気に軽くなったわけだから。
22. 海外の名無しさん
問題は錆よりも味だった、という話もある。安い刃物やフォークは金属の味が食べ物に移ってしまうので、余裕のある人は味の良い銀の食器を持ち歩いていた。『指輪物語』にスプーンを持ち去っていく親戚が出てくるが、あれも当時の銀食器の値打ちを知っていると納得がいく。ステンレスは、味のしない食器を安く行き渡らせた発明でもあるわけだ。
23. 海外の名無しさん(>>22への返信)
「銀のスプーンをくわえて生まれてくる」という言い回しの出どころもそこなんじゃないかと思ってしまった。由来には諸説あるらしいけど、自前の銀の食器を持てるかどうかが露骨に身分の線だった時代があるなら、話としては筋が通っている。
24. 海外の名無しさん
シェフィールド出身なんだが、昔ロンドンの良いレストランで食事をしていたとき、隣の人に「あそこにもシェフィールドの人がいる」と言われた。なぜ分かるのかと聞いたら「彼も食器の裏を読んでいるから」と返ってきた。実際そのとおりだった。あの癖は本当に抜けない。
まとめ
銃身の摩耗を減らす鋼を探していた研究者が、摩耗ではなく腐食に強い鋼を引き当て、それが台所と工場の景色を変えた。しかも「ステンレス鋼」という名前は本人の命名ではなく、売る側の担当者が付けたものだったという。コメント欄で盛り上がっていたのは意外にも各国語の呼び名の比較で、錆びない鋼と呼ぶ北欧、高貴な鋼と呼ぶドイツ、酸化しないと呼ぶ南欧と並べていくと、同じ材料が土地ごとに違う顔で紹介されてきたことが見えてくる。一方で「新金属の研究所で新金属ができたのを偶然と呼ぶな」という冷めたツッコミや、「そもそも発明者を一人に決められない」という指摘も高い支持を集めていた。海の上では結局錆びる、という船乗りの実感が添えられるあたりも含めて、素直に感心して終わらないところが良いスレッドである。
元ソース: ハリー・ブレアリーは1913年、シェフィールドで銃身を長持ちさせようとしている最中に「錆びない鋼」を偶然作り出した。それはやがて世界で最も広く使われる材料のひとつになった


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