スケートボードに乗ることが、11年間まるごと違法だった国がある。ノルウェーである。1978年から1989年まで、この国では板の輸入も販売も、公共の場所で滑ることも禁じられていた。理由は「子どもが大怪我をするから」。そしてその判断の材料になったのは、大西洋の向こうから届いた事故の報告だった。
※注:ノルウェーは当時の人口がおよそ400万人。消費者保護や子どもの安全に関わる規制を早い段階で導入することが多く、子ども向けのテレビ広告を禁じている国としても知られている。
今日の知ってた?
🛹 ノルウェーでは1978年から1989年までの11年間、スケートボードが禁止されていた。きっかけは、アメリカから伝わってきた「スケートボードで子どもが重傷を負っている」という事故の報告だった。ところがその数字は実態より大きく見積もられていたとされ、後から振り返れば、禁止の根拠のかなりの部分が誇張の上に乗っていたことになる。
背景:1970年代、板が突然「速く」なった
スケートボードは1970年代に一度、性能が跳ね上がっている。それまでの車輪は金属や硬い樹脂でできていて、路面の小石ひとつで急停止するような代物だった。そこにウレタン製のウィールが登場する。柔らかく、よく転がり、路面をしっかりつかむ。板は一気に速くなり、そして思いどおりに曲がるようになった。乗り物としての完成度が上がった瞬間に、遊びは爆発的に広がっていく。
結果として起きたのが、ブームと事故の同時進行だった。アメリカでは坂道やプールの底、駐車場のスロープに子どもが集まり、それに比例して救急外来に運ばれる件数が目立って増えていく。頭を打つ、腕を折る、前歯を欠く。ヘルメットもパッドもまだ一般的ではない。新聞や雑誌は「危険な流行」としてこれを取り上げ、安全性への懸念が数字とともに繰り返し報じられるようになった。
この空気が、そのままヨーロッパに渡っていく。ノルウェー政府が受け取ったのも、まさに「アメリカでこれだけの子どもが怪我をしている」という報告だった。人口400万人ほどの国が、まだ国内でブームが本格化しきる前の段階で判断を下す。1978年、政府はスケートボードの輸入と販売、そして公共の場所での使用を禁じた。全国規模でスケートボードそのものを禁じた国は、世界的に見てもほぼ例がない。
もう少し詳しく
禁じられたのは「買うこと」と「公道で滑ること」だった。当時を知るノルウェーの人たちの説明によれば、規制がかかったのは板の輸入と、公道や歩道といった公共の場所での使用である。裏返せば、板を持っていること自体や、自分の家の敷地の中で滑ることは、法律の網の外に残っていた。この隙間が、そのまま11年分の抜け道になる。
国内で買えないなら、外から持ち込むしかない。スウェーデン、デンマーク、フィンランド。地続きの隣国では普通に売られていたので、家族旅行に出かけた子が板を抱えて帰ってくる。国境の街の店で買い、旅行鞄の底に入れて持ち帰る。学校でいちばんうらやましがられるのは、成績のいい子でも足の速い子でもなく、外国から板を持ち帰ってきた子だった。国内には、そうやって仕入れた板を個人的に売る人まで現れている。
滑る場所は、森の中に作られた。公共の場所が使えないなら、人目につかないところへ行けばいい。若者たちは林の奥や私有地の空き地へ合板と角材を運び込み、自前のランプ(滑走用の傾斜台)を組み上げた。板そのものを自分で作る人もいた。禁止令が街から消したのはスケートボードではなく、「見える場所で滑るスケートボード」だけだったということになる。
そして、禁じられたことが看板になった。大人が上から取り上げた遊びは、それだけで反抗の記号になる。密輸された一枚の板を持っているかどうかが子どもの序列を決め、森の中の傾斜台は仲間内の合言葉のような場所になった。安全のために取り上げたはずのものが、危険なまま、しかも大人の目の届かない場所で続いていく。
ただし、危ないという指摘そのものは間違っていなかった。スケートボードが怪我をしやすい遊びであることは、いま滑っている人ほど正直に認める。誇張されていたのは「どれくらいの規模で起きているか」であって、「起こりうる」という部分ではない。当時の役所が守ろうとしたもの自体は、現在どの国も子どものスポーツに求めている安全基準と地続きでもある。材料の確かめ方が甘かったことと、動機が不真面目だったことは、分けて考えたほうがいい。
禁止が解けたのは1989年。11年を経て規制は取り払われ、板は普通に店頭に並ぶようになり、公認のスケートパークも作られていった。ただ、失われた時間は戻らない。同世代の他国の子どもが当たり前に積み上げていた練習の年月が、ノルウェーにはまるごと存在しなかったことになる。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
禁止したら一気に「かっこいいもの」になってしまうという、お手本みたいな話だ。実際ノルウェーでは、少人数のグループが板を密輸して持ち込み、自分たちで板を組み立て、森の中にスケートパークまで作っていたらしい。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
森の中の手作りパークって字面が強すぎる。合板を担いで林の奥に入っていって、大人の目が届かない場所に傾斜台を組み上げる十代。これは映画にしてほしい。国の決まりに逆らって滑る子どもたちの話、絶対に画になる。
3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
やるなら80年代の空気で頼む。禁止が解けたのが1989年だから、90年代を舞台にすると全部合法になってしまって、そもそも話が成立しない。
4. 海外の名無しさん
もう少し正確に言うと、禁じられていたのは板の輸入と、公道や歩道で滑ることだった。板を持っていること自体や、私有地の中で使うことは、理屈の上では合法のままだったんだよ。当時を生きていた身としては、そういう感覚だった。
5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
それで思い出したけど、学校でいちばんうらやましがられていたのは、家族と海外旅行に行って板を持ち帰ってこられた子だった。ちなみに自分は、そちら側の人間ではなかった。
6. 海外の名無しさん
1979年に、スウェーデンから板を運んできていた人から一枚買った。反抗したかったわけでも、社会に物申したかったわけでもない。ただ滑りたかっただけだ。今になって振り返っても、動機はそれ以上でも以下でもなかったと思う。
7. 海外の名無しさん
8歳のときにフィンランドから板を持ち帰った。税関で何か言われた記憶はまったくないけれど、そのあとしばらくのあいだ、自分は通りでいちばんかっこいい子どもだった。人生で株がいちばん高かった時期かもしれない。
8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
8歳の密輸業者。響きが最高すぎる。ノルウェーの警官「火に投げ込め、破壊しろ!」/8歳「いやだ」。この構図だけで一本撮れると思う。
※ 映画『ロード・オブ・ザ・リング』で、指輪を火口へ投げ込むよう迫られた人物がそれを拒む場面のもじり。
9. 海外の名無しさん
公平に言えば、雪と氷に覆われた道でスケートボードに乗るのは、そこそこ危ないとは思う。11月から3月まで路面が凍っている国だと、転び方が下手かどうかの問題ではなく、単純に物理の問題になってくる。
10. 海外の名無しさん(>>9への返信)
だったら車輪を外して、板だけ雪の上で使えばよかったんじゃないか。それはもうスキーでは、という気もするけど、座っている時間が長くなるぶんいくらか安全かもしれない。
11. 海外の名無しさん(>>9への返信)
ちなみにノルウェー語の発音に寄せて綴ると「skeitbård」あたりになる。母音に記号がついた瞬間、急に北欧の重々しい響きになってしまうのが面白い。
12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
skeitbård は転倒するとかなり痛いので気をつけられたし。かつて skeitbård が私の妹を噛んだことがある。
※ 映画『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』の冒頭に流れる、ふざけたスウェーデン語風の字幕に紛れ込む「ヘラジカが私の妹を噛んだ」という一文のもじり。英語圏では北欧語風の綴りが出てくると、この定型が返ってくる。
13. 海外の名無しさん
誇張なんてしなくても十分に危ない、というのが正直なところだと思う。自分は20年滑っていたし今も見るのは大好きだけど、怪我をする遊びであること自体は否定できない。
14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
同じことを言おうとしていた。競技としては本当に好きだ。でも前歯は2本折れたし、手首も足首もひととおりひねった。腕は骨折している。病院には行かなかったけれど、明らかに重い脳震盪を起こしたこともある。十代を過ぎると多くの人が離れていくのには、それなりの理由がある。
15. 海外の名無しさん
それでも「怪我をするかもしれないから取り上げる」は違うと思う。スケートボードは物理のパズルみたいなもので、キックフリップひとつ覚えるにも、体重の乗せ方と板の回り方を体で解かないといけない。うまくいかない時間に耐える練習でもある。バランス感覚は、参加しないことからは絶対に育たない。
16. 海外の名無しさん
それに禁じたところで子どもは滑るんだよ。ただ公認の場所がなくなるので、駐車場の裏とか誰も見ていない坂道とか、転んだときに助けを呼べない場所へ移動するだけになる。安全のための規制が、結果的にいちばん危ない条件を作ってしまうのはよくある話だ。
17. 海外の名無しさん
この時代を扱ったノルウェーのドキュメンタリー映画がある。たしか『Brettkontroll』(「板の管理」といった意味)という題で、動画サイトに上がっているんだけど、字幕がないのでノルウェー語が分からないと相当つらい。
18. 海外の名無しさん(>>17への返信)
公共放送に当時のニュース映像も残っている。映画ではないけれど、真面目な顔で板の危険性を伝えるアナウンサーと、隠れて滑る若者の対比が、資料としてかなり面白い。
19. 海外の名無しさん
ちなみにノルウェーの映画監督ヨアキム・トリアーは、少年時代にスケートボードの国内ジュニア王者だったらしい。この題材を撮るのに、これ以上ふさわしい人はいない気がする。さっきのドキュメンタリーを撮ったのは彼の弟だ、という話もこのスレッドに出ていた。
20. 海外の名無しさん
「スケートボードは犯罪じゃない」という有名な標語があるけれど、ノルウェーだけは11年間、本当に犯罪だった。あの一文をいちばん切実な意味で使えた国、ということになる。
21. 海外の名無しさん
隣のスウェーデン側から見ると、国境沿いの店にとってはいい時代だったんじゃないかと思う。板を買いに来るのがノルウェー訛りの家族連ればかりだったら、店員のほうも何が起きているかは薄々察していただろうし。
22. 海外の名無しさん
11年って、子どもにとっては世代がまるごと一つ入れ替わる長さなんだよな。1978年に10歳だった子は、解除される頃には21歳になっている。滑り方を下の世代に手渡す人がいないまま、1989年にいきなりゼロから再開することになる。地下で細々と続けていた人たちがいなかったら、本当に途切れていたと思う。
23. 海外の名無しさん
今の感覚だと笑い話にしたくなるけど、当時の役所は本気で子どもを守ろうとしていたんだと思う。ヘルメットもパッドも普及していない時代に、海の向こうから怪我人の報告だけが届いた。間違っていたのは動機ではなく、数字の確かめ方のほうだった。これは今の自分たちにも普通に起こりうる話だ。
まとめ
ノルウェーは1978年から1989年までの11年間、スケートボードの輸入・販売と、公共の場所での使用を禁じていた。根拠になったのはアメリカから届いた事故の報告で、その規模は実態より大きく見積もられていたとされる。ところが禁止令がスケートボードを消したかというと結果は逆で、隣国から板が密輸され、森の奥に手作りの傾斜台が組まれ、滑ること自体が態度の表明になった。コメント欄には当時を実際に過ごした人が次々に現れ、体験が積み上がっていったが、その中で「反抗したかったわけじゃない、ただ滑りたかっただけ」という一言が静かに刺さっていた。
日本にも近い記憶がある。1980年代に高校生からバイクを遠ざけた「三ない運動」、2020年に香川県が定めた、18歳未満のゲーム時間に目安を設ける条例。どれも「危ないから、まず取り上げる」という同じ形をしている。そして取り上げられた側がそれで諦めたかというと、たいていは見えない場所へ移動しただけだった、というところまでよく似ている。
元ソース: ノルウェーでは1978年から1989年までスケートボードが禁止されていた。アメリカから伝わった誇張された事故報告をもとに、政府が子どもの重傷を恐れたためだった

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