「墓に埋めなくていい、海に沈めてほしい」身長231センチの男性が死ぬ前に整えた手配、その棺には石が詰められていた

「墓に埋めなくていい、海に沈めてほしい」身長231センチの男性が死ぬ前に整えた手配、その棺には石が詰められていた 歴史

「墓に埋めてくれなくていい。海に沈めてほしい」。18世紀のロンドンで、身長およそ231センチのアイルランド人男性チャールズ・バーンは、死期を悟ると友人たちにそう頼んだ。鉛の棺に封じ、船で沖まで運んで落としてくれ、と。理由はひとつだけだった。自分の体が解剖台に乗せられ、標本にされることだけは避けたかったのである。彼のこの心配は、正確すぎるほど当たってしまった。

※注:バーンの高い背丈は、脳の下にある下垂体という小さな器官にできた腫瘍が原因だったと考えられている。この腫瘍が成長ホルモンを過剰に出し続けると、骨の成長が止まる前の年代では背丈が伸び続け(下垂体性巨人症)、成長が止まったあとでは手足や顔の一部が大きくなる(先端巨大症)。いずれも本人の意思や体質と関係なく起こるもので、18世紀には原因も治療法も知られていなかった。

今日の知ってた?

📏 18世紀アイルランド出身のチャールズ・バーンは、身長7フィート7インチ(およそ231センチ)という体格で見世物興行に立ち、ロンドンで生計を立てていた。彼は死後に外科医へ遺体を奪われることを極度に恐れ、鉛の棺に封じて海に沈めてもらう手はずを整えてから世を去った。しかし外科医ジョン・ハンターは葬儀の関係者を買収して遺体を手に入れ、骨だけにしたうえで自分の標本室に加えた。その骨格は、のちにロンドンの博物館でおよそ200年にわたって展示され続けることになる。

背景:解剖する遺体が、決定的に足りなかった時代

18世紀のイギリスで、外科医が合法的に解剖できる遺体は、ごく限られていた。基本的には絞首刑になった重罪人のものだけで、しかも解剖は刑罰に上乗せされる罰の一部という扱いだった。「死後に切り刻まれる」ことは、当時の人々にとって医学への貢献ではなく、罪人に科される不名誉そのものだったのである。

一方で、外科を学びたい人間の数は増え続けていた。需要と供給の差を埋めたのが、夜のうちに墓を掘り返して遺体を運び出し、解剖学校に売る者たちである。英語では「復活させる者」を意味する呼び名で呼ばれていた。狙われるのはたいてい、見張りを雇う余裕のない貧しい人の墓だった。当時の貧困層が墓の上に鉄の格子を渡したり、埋葬後しばらく交代で墓を見張ったりしたのは、迷信のためではなく実害があったからである。

※ 復活屋(レザレクショニスト):墓を掘り返して遺体を解剖学校に売っていた者たちの通称。当時の法律では遺体そのものに所有権が認められていなかったため、遺体を持ち去っても窃盗罪には問いにくかったとされる。

この時代のロンドンには、珍しい身体的特徴を持つ人が自らを見せることで収入を得る興行が広く成立していた。働き口が限られ、公的な支援もない時代に、それは数少ない現実的な選択肢のひとつでもあった。アイルランドから海を渡ったバーンも、ロンドンに部屋を借り、訪ねてきた客から入場料を取る形で暮らしていた。話題の人物として新聞に取り上げられ、当時としては相当な額を稼いだ記録が残っている。

そして彼の周りには、その体格に別の意味で強い関心を寄せる人々がいた。中心にいたのがスコットランド出身の外科医ジョン・ハンターである。ハンターは、権威ある書物の引き写しではなく自分の目で観察し実験することを重んじた人物で、近代外科学の土台を築いたと評価されている。同時に、標本を集めることに関しては手段を選ばないところがあった。生涯に集めた標本は1万点を超えるとされ、そのコレクションはのちに王立外科医師会に引き取られ、ハンテリアン博物館の中核となった。

もう少し詳しく

死の2か月前、全財産を盗まれていた。元スレッドで真っ先に整理されたのが、この話に付随するいくつもの不運だった。バーンは晩年、当時の金額で700ポンドという全財産をすりに奪われている。コメント欄では現在の20万ドル超に相当するという試算が出ていた。日本円にすればおよそ3000万円である。彼は体格に由来する不調も抱えており、金があれば療養にあてることもできたはずだった。盗難のわずか2か月後に、彼は亡くなっている。

ハンターは、生きているうちに「体を売ってくれ」と持ちかけていた。これも元スレッドで指摘された点である。ハンターは本人が存命のうちから、死後の遺体を譲る対価として金銭を支払うと申し出ていた。つまりバーンには、金を受け取って治療にあてるという道が一応は示されていた。それを断り、なけなしの費用をかけてまで海に沈めてもらう手配をしたところに、彼が何を恐れていたかがはっきり表れている。

買収されたのは、友人ではなく葬儀の関係者だった。元スレッドのタイトルは「外科医が友人たちを買収した」と書いていたが、コメント欄では複数の人が資料を確認して訂正を入れていた。計画では、遺体を鉛の棺に納めて封をし、船で海まで運ぶことになっていた。ハンターが金を渡したのはその葬送を請け負った側で、中身を石とすり替えさせたのだという。500ポンドという具体的な金額を挙げる書き込みもあった。棺は封じられていたため、運んでいた友人たちは最後まで気づかず、彼らは彼らなりに遺志を果たしたつもりで海に棺を沈めている。彼の望みを裏切ったのは、彼の友人ではなかった。

骨は、しばらく隠されていた。手に入れた遺体は煮て骨だけにされたが、ハンターはそれをすぐには公表しなかった。数年のあいだ伏せておき、ほとぼりが冷めてから自分の手元にあることを明らかにしたとされる。奪った側にも、それが公然と誇れる行いではないという自覚はあったということになる。骨格はその後、ハンターの標本群とともに博物館へ移り、ガラスケースの中に立てられた姿でおよそ200年ものあいだ来館者に見られ続けた。生きて過ごした年月の何倍もの時間である。

その骨から、分かったこともある。1909年、アメリカの脳外科医ハーヴェイ・クッシングがこの頭蓋骨を調べ、下垂体が収まる窪みが異常に広がっていることを確認した。背丈の原因がその小さな器官の腫瘍にあることを示す所見で、当時まだ体系化されていなかった内分泌の医学にとって重要な手がかりになった。さらに2011年には骨から採取したDNAが解析され、成長ホルモンを出す腫瘍のできやすさに関わる遺伝子の変異が見つかっている。同じ変異は北アイルランドに暮らす複数の家系にも受け継がれていて、バーンと共通の祖先にさかのぼると考えられた。この結果を受けて、変異を持つ人が早い段階で検査を受けられる道が開けたと報告されている。博物館が骨格を手放さない理由として挙げてきたのが、この種の研究上の価値だった。

そして、展示は終わった。本人の遺志を尊重すべきだという声は、数十年にわたって上がり続けてきた。医学誌の誌上でも議論になり、一般向けの意見聴取も行われている。それを受けて王立外科医師会は、改装を経て2023年に再開したハンテリアン博物館で、バーンの骨格を展示しないと決めた。ただし骨格そのものは研究目的で保管を続ける、という説明である。海に沈めてほしいという本人の望みが叶えられたわけではない。しかも展示室には、彼の遺体を手に入れた側であるハンターの肖像画が掛かっていて、その絵の中には骨格の一部が描き込まれている。元スレッドでいちばん強い言葉が飛んだのは、この一点についてだった。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
この件、細かく見ていくと妙な話がいくつも重なっている。彼は晩年に全財産の700ポンドをすりに盗まれていて、体格に由来する不調も抱えていた。しかも例の外科医は、生きているうちに遺体の代金を払うと申し出ていた。受け取っていれば療養にあてられたはずの金だ。そして盗難のわずか2か月後に亡くなっている。

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
気になって調べてみたけれど、1700年代の700ポンドは今の20万ドルをゆうに超える価値がある。それをポケットに入れて街を歩いていたことになる。想像するだけで胃が痛くなってきた。

3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
当時は銀行が今ほどありふれていないし、預けたところで保証も保険もない。銀行に入れて祈るか、家に置いて空き巣に怯えるか、身につけて歩くかの三択だった。持ち歩いていれば少なくとも自分の目が届く、と考えた人は多かったと思う。

4. 海外の名無しさん(>>3への返信)
それにしても、身長231センチの人間の懐に手を突っ込もうと考えた人物の度胸がすごい。上着の胸ポケットに入れておけば誰も手が届かなかったのでは、という気がしてならない。

5. 海外の名無しさん
死の床で「あいつらは俺の骨を盗む気だ」と言い残して、実際に骨を盗まれる。こんな筋書きがあるだろうか。しかも本人は防ぐために手配できるかぎりのことをやっていて、それでも防げなかったというのがきつい。

6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
彼の見立ては完全に正しかったわけだよね。妄想でも思い込みでもなく、現実に自分の身に何が起きるかを正確に予測していた。予測が当たった人がいちばん報われていないという結末が、いちばん後味が悪い。

7. 海外の名無しさん
一点だけ訂正しておきたい。買収されたのは友人たちではなく、葬送を請け負った側だ。友人たちはちゃんと棺を用意して、頼まれたとおりに海まで運んでいる。スレッドのタイトルだと彼らが金で寝返ったように読めてしまうけれど、資料を読むかぎりそうではない。

8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
計画では鉛の棺に納めて封をしてから海に沈めることになっていて、外科医は葬送の担当者に500ポンドを渡し、中身を石とすり替えさせたと書かれている。棺は封じられていたので、運んだ友人たちは知りようがなかった。しかも外科医は、しばらく骨を隠しておいてから手元にあることを明かしている。

9. 海外の名無しさん
当時の言い伝えでは、彼の母親が干し草の山の上で彼を身ごもったから、あんなに背が高くなったのだと言われていたらしい。真面目な顔でそう説明されていたと思うと、なんとも言えない気持ちになる。

10. 海外の名無しさん(>>9への返信)
実際には脳の下にある小さな器官の腫瘍が原因だった。ホルモンという仕組みそのものが知られていない時代だから、説明のつかないことは物語で埋めるしかなかったんだと思う。原因が分かるまで、本人はずっと理由のない噂を背負わされていたことになる。

11. 海外の名無しさん
本人が生涯でいちばん望まなかったことを、死んだ瞬間にきっちりやられている。しかも一度きりではなく、その状態が200年続いた。同意という概念が存在しなかった時代の話とはいえ、読んでいて気分が重くなる。

12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
盗んだ行為そのものは全面的に擁護できない。ただ1700年代は、盗まれた遺体でしか解剖を学べなかったのも事実なんだ。自分の体を医学に提供するという制度は、歴史的に見れば本当に最近できたもので、今日の基礎的な医学知識のかなりの部分は、こうして持ち去られた遺体から得られている。

13. 海外の名無しさん(>>12への返信)
当時の外科医の立ち位置も補足しておきたい。彼らは医学の学位を持たず、紳士として扱われてもいなかった。理髪師と同じ肉体労働者の一種と見なされていて、中には手術を見せて見物人から入場料を取る者までいた。収入の乏しい職業だったことを考えると、危ない橋を渡る動機は十分あったことになる。

14. 海外の名無しさん
この手の話は当時ざらにあって、1788年にニューヨークで起きた騒動なんかは、医者が人を雇って貧しい人の墓地から遺体を掘り出させていたことが発覚して暴動になっている。学ぶために必要だったのは分かるけれど、扱いにまるで敬意がなかった例が多すぎる。

15. 海外の名無しさん(>>14への返信)
しかもその多くが自分の遺体は提供せず、きちんと埋葬されることを選んでいるのが引っかかる。掘り返されるのは貧しい人だけでいい、という線引きが当たり前に存在していたわけだ。技術の問題ではなく、誰の体なら軽く扱っていいと思われていたかという問題だと思う。

16. 海外の名無しさん
アイルランド人として書いておくと、こちらには死者にまつわる独特の感覚が今も残っている。自宅に遺体を安置して、友人や家族が集まって飲み食いしながら別れを告げるのがごく普通のことなんだ。子どものころは正直こわかったけれど、大人になった今は意味が分かる。

17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
そこも大きいと思う。当時の解剖は罪人に科される刑罰の一部でもあったから、切り刻まれることには「犯罪者と同じ扱いを受ける」という不名誉が張りついていた。海に沈めてほしいという願いは、単に埋葬の好みの話ではなかったわけだ。

18. 海外の名無しさん
「最善の計画も往々にして狂う」ということわざを、これほど文字どおりに体現した例も珍しい。もとはロバート・バーンズの詩の一節で、スタインベックの『ハツカネズミと人間』という小説の題名も、この同じ詩の言葉から取られている。

19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
あの題名がそこから来ていたとは知らなかった。てっきり作者が考えた言葉だと思い込んでいた。今日はこの記事で二つ知ったことになる。教えてくれてありがとう。

20. 海外の名無しさん
数十年にわたる請願と、一般に向けた意見聴取まで行った結果、博物館側の答えが「展示はやめる、でも骨は手放さない、代わりに遺体を持ち去った本人の肖像画を掛ける」というのはどうなんだ。しかもその絵には、彼の骨格の一部がしっかり描き込まれている。

21. 海外の名無しさん(>>20への返信)
その絵の件は自分もどうかと思う。ただ、保管を続けること自体には理由がなくもない。この骨からは背丈の原因になった腫瘍の手がかりが見つかり、後年のDNA解析では同じ体質を受け継いだ家系まで特定されて、今を生きる人が早めに検査を受けられるようになったと聞いた。

22. 海外の名無しさん(>>21への返信)
そこが難しいところだよね。役に立ったという事実は、盗んでよかったことの証明にはならない。ただ、いま骨を海に返せば分かることが永久に分からなくなるのも確かで、どちらを選んでも本人の意思は二の次になってしまう。せめて経緯を隠さずに説明し続けてほしいと思う。

23. 海外の名無しさん
自分だったら生きているうちに自分で売ると思う。どうせ死後に持っていかれるなら、せめて金は自分で使いたい。そのほうが人生の帳尻は合っている気がする。

24. 海外の名無しさん(>>23への返信)
それがまさに、彼が生前に持ちかけられていた話なんだ。そのうえで断って、逆に費用をかけてまで海に沈めてもらう手配をした。金より優先したいものがあったということで、その一点だけでも意思ははっきりしていたと思う。

まとめ

身長およそ231センチのアイルランド人チャールズ・バーンは、死後に解剖されることを何より恐れ、鉛の棺に封じて海に沈めてもらう段取りを整えてから亡くなった。しかし外科医ジョン・ハンターは葬送を請け負った側に金を渡して中身を石とすり替えさせ、遺体を骨だけにして自分の標本室に加える。骨格はその後、ロンドンの博物館でおよそ200年にわたり展示され続けた。コメント欄では、買収されたのは友人ではなく葬送の担当者で、友人たちは封じられた棺を最後まで本物だと信じて海に運んだ、という訂正が早い段階で入っていた。当時は盗まれた遺体でしか解剖を学べず、その積み重ねが今日の医学を支えているという指摘もあれば、掘り返されるのはいつも貧しい人の墓だったという冷ややかな指摘もある。骨からは背丈の原因となった腫瘍の手がかりが見つかり、後年の解析では同じ体質を受け継いだ家系まで確認された。2023年、博物館はついに展示をやめた。それでも骨は海に還っていない。役に立ったことと、本人が望まなかったことは、いまも同じ場所に並んで置かれたままである。

元ソース: 18世紀アイルランドの身長231センチの男性は、見世物興行で生計を立てながら外科医に遺体を盗まれることを恐れ、水葬を手配していた。それでも遺体は奪われ、骨にされてロンドンの博物館に200年間展示された

コメント

  1. Reddit名無しさん より:

    アインシュタインの脳と同じやね、白人は非白人との約束を守らないが、同じ白人との約束も守ろうとしない。