「1本目に聖書と国旗、2本目に桃、そして3本目には黒猫が入っていた」1897年ニューヨーク郵便局の開通式…

「1本目に聖書と国旗、2本目に桃、そして3本目には黒猫が入っていた」1897年ニューヨーク郵便局の開通式… 技術・発明

1897年、ニューヨークの郵便局が新しい配送システムの開通式を行った。地下に張り巡らせた管の中を、空気の圧力で筒が飛んでいく仕組みである。記念すべき最初の筒には、聖書と国旗と合衆国憲法の写しが収められた。二本目には桃が一個、これは本物ではなく作り物である。そして三本目の筒には——生きた黒猫が一匹、詰められていた。

※注:気送管(きそうかん)は、管の中の空気を押したり吸ったりして、中に入れた筒(キャリア)を目的地まで飛ばす仕組み。日本でも昭和の百貨店や銀行で伝票や現金のやりとりに使われ、いまも大きな病院では検体や薬の搬送に現役で動いている。「エアシューター」という呼び名のほうが馴染みがある人もいるかもしれない。

今日の知ってた?

📮 1897年、ニューヨーク市の郵便局は、新設した気送管システムの開通式で筒に生きた黒猫を詰め、約1.6キロ先の局まで撃ち出した。猫は到着後、1〜2分ぼんやりしていたあと走り出し、生きていた。立ち会っていた郵便局員ハワード・コネリーは、のちに自伝にこう書き残している。「あの猛烈な速さで撃ち出され、何度も曲がったあとでどうして生きていられたのか、私には想像もつかない。だが実際に生きていた」

背景:気送管という、消えた都市インフラ

気送管は19世紀後半から20世紀にかけて、世界中の大都市の地下で実際に動いていた設備である。原理はきわめて単純で、金属の管の一方から空気を送り込むか、反対側から吸い出すかして、中に入れた円筒形の容器を押し流す。電気も、レールも、運転手もいらない。空気を動かすポンプさえ回っていれば、荷物は勝手に向こう側へ着く。

用途は「軽くて、急ぐもの」に集中していた。電報の原稿、手紙、書類、そして現金である。日本でも昭和の百貨店では、各売り場のレジで受け取った現金と伝票を筒に入れ、天井裏の管を通して事務所へ送っていた。銀行や大きな工場でも同じ仕組みが使われていた。そして今も、大規模な病院ではこれが現役だ。採血した検体を、人が歩いて運ぶ代わりに数十秒で検査室へ届ける。医療の現場では、いまだにこれより速くて安い手段が見つかっていない。

ニューヨークの郵便気送管は1897年に開通し、最盛期には市内だけで管の総延長がおよそ43キロに達した。管の内径はおよそ20センチ。中を走る筒は長さ60センチほどで、手紙をだいたい600通詰め込める。速度は時速50キロ前後で、馬車が主役だった当時の街路を考えれば、地下を飛ぶ手紙は文字どおり別次元の速さだった。この仕組みは1953年まで使われ、トラック輸送に置き換えられて姿を消している。

もう少し詳しく

開通式は、三本の筒で始まった。アメリカ郵政公社が公開している郵便史の資料には、この日に何が送られたかが順番に記録されている。ニューヨークのシステムを最初に通った筒には、聖書と国旗と合衆国憲法の写しが入っていた。二本目には模造の桃が一個。これは事業の推進役だったチョーンシー・デピューに敬意を表したもので、彼は親しみを込めて「桃(ザ・ピーチ)」と呼ばれていたからである。そして三本目に、黒猫が入っていた。資料の書きぶりが、この一件の異様さをよく伝えている——「三本目の筒には黒猫が入っていた。筆者には理由が分からない」。公式の歴史資料を書いている当人が、途中で理由の説明を放棄しているのである。

猫は生きていた。この話でいちばん気になる点には、当時の記録がはっきり答えている。猫が撃ち出されたのは、プロデュース取引所ビルに置かれた「P局」。そこからブロードウェイとパーク・ロウの局まで、管は途中で何度も向きを変える。到着した筒を開けたときの様子を、コネリーは1931年の自伝でこう書いている。「猫は1、2分ほど呆然としていたようだが、やがて走り出したので、すぐに捕まえて、そのために用意しておいたカゴに入れた」。カゴが用意してあったという一行が、地味に重要である。つまり関係者は、猫が生きて出てくる可能性を織り込んで準備していた。

猫のあとには、背広が一着届いた。コネリーの記述はここで終わらない。猫の次に到着したのは一着のスーツで、それから手紙、新聞、その他の通常の郵便物が流れ始めた、と続く。開通式の余興としての「変わり種」を先に流し、実務の郵便はそのあとから、という順番だったことが分かる。式典で船体にシャンパンの瓶を叩きつけるのと同じ発想の延長線上に、この猫はいたのだろう。

なぜ猫だったのかは、結局わからない。公式資料が「理由は分からない」と書いている以上、そこから先は推測になる。よく語られるのは、直前に通した桃が潰れも傷つきもせずに出てきたので、生き物も通せるのではないかと考えたのではないか、という説明である。ただしこれは当時の記録に書かれていることではなく、後世の想像でしかない。確かなのは、居合わせた人たちが猫の生存を本気で危ぶんでいたことと、それでも実行したことだけである。

当時の目と、今の目。1897年には動物福祉という考え方が、少なくとも今のような形では存在していなかった。見世物としての動物の扱いはもっと荒く、新技術の披露に生き物を使うことに強い抵抗もなかった。だから当時の常識では、これは「面白い余興」だった。同じことを今日どこかの郵便局がやれば、その日のうちに営業どころではなくなる。130年足らずで、この線引きはずいぶん動いたことになる。

人が乗るための気送管も、実在した。「なぜ人間サイズにしなかったのか」は当然の疑問だが、実は試みられている。1870年、ニューヨークのブロードウェイの地下に、アルフレッド・イーリー・ビーチという人物が全長90メートルほどの気送鉄道を作った。客車ごと空気で押す方式で、ニューヨーク初の地下鉄と呼ばれることもある。ただし見世物の域を出ず、路線として広がることはなかった。さらに古く、1864年にはロンドンの水晶宮(クリスタル・パレス)の敷地でも、同じ原理の客車が公開されている。人を運ぶ気送管は、思いつかれなかったのではなく、やってみたうえで、車輪と電気に負けたのである。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
気送管って、実在した技術のなかでいちばんスチームパンクだと思う。街の地下を金属の筒がシュポシュポ飛び交ってるって、想像すると本当にワクワクする。実際に都市規模でこれが動いていた時代があるという事実がまず面白い。

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
にもかかわらず、いまだにこの技術を人間サイズに拡大してくれていないのはどういうことなんだ。子どもの頃は21世紀には管に入って通勤しているものだと本気で思っていた。

3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
それが実は1870年にやってるんだよ。ニューヨークのブロードウェイの地下に、客車を空気で押す90メートルほどの路線が作られていて、これがこの街最初の地下鉄と言われることもある。もっと言うと1864年のロンドンにもっと大がかりなやつがあった。負けた理由は単純で、普通の地下鉄のほうが作るのも動かすのも安かったから。

4. 海外の名無しさん
ミャァァァァァァオオオオオオオオオオオゥゥゥゥゥゥゥ……という音が、遠ざかりながら聞こえてくるところまで完全に想像できてしまった。

5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
ドップラー効果の実演としては歴史上もっとも高価な猫。静かなオフィスでこれを読んでしまって、声を出すのを必死でこらえる羽目になった。責任を取ってほしい。

6. 海外の名無しさん
公式の郵便史の資料に、その日に送られたものが順番で載っている。一本目は聖書と国旗と憲法の写し、二本目は事業の推進役に敬意を表した模造の桃、そして三本目に黒猫。原文はこう締めくくられている。「理由は筆者には分からない」。

7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
歴史を書いている当人が、目の前の史料を前にして言葉を失っているのを見るのはいつだって最高だ。公式文書に「分からない」と書き残す決断をした瞬間の気持ちを想像すると味わい深い。

8. 海外の名無しさん(>>6への返信)
完全な当てずっぽうだけど、直前に通した桃が無傷で出てきたのを見て、じゃあ生き物もいけるんじゃないかと思ってしまったんじゃないかな。それで猫は無事だったけど、たぶん内臓にはそれなりに負担がかかっていて、しかも猛烈に怒っていて、人間に拡張するのは無理という結論になったんだと思う。

9. 海外の名無しさん
かわいそうに、とんでもない乗り心地だっただろうな。暗い金属の筒に詰められて、いきなり撃ち出されて、しかも何度も曲がる。猫の側から見た世界の終わりみたいな数十秒だったはず。

10. 海外の名無しさん(>>9への返信)
私が絶対に嫌なのは受け取り側の役だ。到着口の前に立って、これから開ける筒の中に何が入っているか知っている状態。振ったビールの缶を友達に渡すのと同じで、開けた瞬間に全部こっちに来る。

11. 海外の名無しさん
気になっている人のために書いておくと、記録では猫は生きていた。到着したあと1、2分ほど呆然としていたが、やがて走り出したのですぐに捕まえて、用意しておいたカゴに入れた、と当時立ち会った局員が自伝に書いている。

12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
その文章、裏を返すと「死ぬと思っていた」ってことだよね。速さと曲がりのあとでどうして生きていられたのか想像もつかない、なんて書いているんだから。完全に駄目もとで猫を入れていたのが伝わってきて、ちょっと待てとなる。

13. 海外の名無しさん
昔の人は動物の扱いについて本当に何も考えていなかった。逆に言えば、この100年ちょっとで人間の感覚がどれだけ動いたかということでもある。当時の記録を読んでいると、その落差にいちいち驚かされる。

14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
その少し前の時代には、鉄道があまりに速いので乗客は息ができなくなるとか、女性の体は内臓が持たないとか、大真面目に言われていた。ちなみにそのとき問題になっていた「あまりに速い」は時速25キロくらい。何を怖がって何を怖がらないかは、時代でまるっきり入れ替わる。

15. 海外の名無しさん
これを今どこかの郵便局がやったら、その日の夕方には全国ニュースになって、翌朝には局長が辞任していると思う。同じ行為の意味が時代でここまで変わるのは、考えてみるとかなり不思議だ。

16. 海外の名無しさん
「とりあえず猫を突っ込んで何が起きるか見てみよう」が、当時としては真っ当な品質検査だったわけだ。今なら安全審査に何年もかけるところを、猫一匹で済ませている潔さがすごい。

17. 海外の名無しさん
うちの病院にはこの気送管が現役で入っている。検体を筒に入れて蓋を閉めて、行き先の番号を押すと、シュッという音とともに消えていく。廃れた技術どころか、今のところこれより速くて安い方法が存在しないんだ。

18. 海外の名無しさん(>>17への返信)
銀行のドライブスルーの窓口も同じ仕組みだよ。あの「コトン、シュポーン」という音は何度聞いても妙に気分がいい。あれで猫が飛んでくる可能性を今日はじめて意識してしまった。

19. 海外の名無しさん
祖母が昔デパートの売り場で働いていて、レジのお金を筒に入れて天井裏の管に飛ばしていたと言っていた。あちこちの売り場から現金が事務所へ集まってくるわけだ。子ども心にその話が魔法みたいに聞こえたのを覚えている。

20. 海外の名無しさん
記録によると、猫のあとには背広が一着届いて、そのあとから手紙や新聞といった普通の郵便物が流れ始めたらしい。まず変わり種を全部流してから実務を始めるあたり、完全に開通式のノリで運用されている。

21. 海外の名無しさん
この見出しの構成が好きすぎる。まず新システムにシャンパンの瓶を叩きつけて、次に猫を管の入口に向けて、1.6キロ先まで自分で行ってもらう。文にすると意味が分からないのに、当時は普通に式次第だったわけだ。

22. 海外の名無しさん(>>21への返信)
船の進水式でシャンパンを割るのは、要するに縁起担ぎだからね。生き物を通しても平気でしたという実演のほうが、当時としてはよっぽど分かりやすい宣伝だったんだと思う。猫にとってはたまったものではないけれど。

まとめ

1897年、ニューヨークの郵便局が新しい気送管システムの開通式で、生きた黒猫を筒に詰めて約1.6キロ先へ撃ち出した。一本目は聖書と国旗と憲法の写し、二本目は推進役の愛称にちなんだ模造の桃、そして三本目が猫である。公式の郵便史の資料は、この三本目についてだけ「筆者には理由が分からない」と書き残している。猫は生きていて、1、2分ぼんやりしたあと走り出し、用意されていたカゴに収まった。コメント欄はまず「なぜ人間サイズにしてくれなかったのか」という話で盛り上がり、実は1870年のニューヨークと1864年のロンドンに人間用の気送鉄道が実在したという補足が入り、遠ざかる猫の鳴き声を擬音で書く人が現れ、そこから当時の動物の扱いへと話が移っていった。いっぽうで「うちの病院では今も現役」「祖母がデパートで現金を飛ばしていた」という書き込みも並び、消えた技術かと思えば意外と身近に生き残っていることが分かる。式典の余興として猫を撃ち出した時代と、その一行に思わず声を上げてしまう今との距離が、130年足らずの差だというのが、いちばん奇妙な部分かもしれない。

元ソース: ニューヨークの郵便局は、新設した気送管システムの開通式で、生きた猫を約1.6キロ先まで送った

コメント