「アメリカ大陸に最初に着いたヨーロッパ人は?」と聞かれたら、たいていの人はコロンブスと答えるでしょう。けれどもその約500年前、グリーンランドから船を出した北欧の男レイフ・エリクソンが、すでに北米の土を踏んでいたと考えられています。長いあいだ物語の中の話でしたが、カナダで遺跡が見つかり、いまでは「西暦1021年にそこで木が伐られていた」ことまで分かっています。その年を突き止める手がかりになったのは、日本の研究者が見つけた年輪の目印でした。
※注:ノース人とは、中世の北欧(いまのノルウェー、デンマーク、スウェーデンなど)に住んでいた人々のこと。このうち、8世紀の終わりから11世紀にかけて船で海を渡り、交易や略奪、移住をした人々が、一般に「ヴァイキング」と呼ばれます。
今日の知ってた?
⛵ レイフ・エリクソン(970年ごろ〜1020年ごろ)は、グリーンランドで育ったノース人の航海者。西暦1000年ごろに北米へ渡り、コロンブスの最初の航海(1492年)より約500年早く、北米大陸の本土に足を踏み入れた最初のヨーロッパ人と考えられている。
📜 この航海を伝えるのは、「サガ」と呼ばれるアイスランドの物語。文字に書き留められたのは13世紀で、出来事から200年以上あとのことだった。レイフより先に、商人ビャルニ・ヘルヨルフソンが船の上から陸地を見ていた、とも語られている。
🏕️ 物語だけではない。カナダ・ニューファンドランド島のランス・オ・メドー遺跡(1960年発見、1978年に世界遺産)からは、ノース人の建物8棟の跡が見つかっている。
🌲 2021年の研究は、この遺跡の木片が西暦1021年に伐られたものだと突き止めた。手がかりは、名古屋大学の三宅芙沙氏らが日本のスギの年輪から見つけた、西暦993年の炭素14の急増だった。
背景:レイフ・エリクソンとは
レイフ・エリクソンは970年ごろに生まれ、1020年前後に亡くなったとされるノース人です。生まれた場所ははっきりしませんが、アイスランドだったと推定されています。「エリクソン」は名字ではなく「エイリークの息子」という意味で、父は「赤毛のエイリーク」の名で知られる人物でした。
この一家は、代々、西へ西へと移ってきました。祖父は人を殺した罪でノルウェーを追われ、アイスランドへ移り住みます。父エイリークも982年ごろ、人を殺してアイスランドから3年間の追放を言い渡されました。
エイリークはその3年のあいだに西の大きな島を探検し、985年に入植者を連れて移り住みます。出発した25隻のうち、たどり着いたのは14隻だったと伝えられています。この島を「グリーンランド」と名づけたのもエイリークです。良い名前なら人が行きたがるだろう、と考えたのだといいます。
レイフはこのグリーンランドで育ちました。地図で見ると、グリーンランドはヨーロッパよりも北米のすぐそばにあり、地理のうえでは北米に含まれる島です。つまりノース人は、レイフが船を出す前から、北米大陸の玄関先まで来ていたことになります。
航海を伝えるのは「サガ」です。サガとは、アイスランドで語り継がれ、のちに文字に書き留められた物語のこと。北米行きを伝えるのは『グリーンランド人のサガ』と『赤毛のエイリークのサガ』の2編で、合わせて「ヴィンランド・サガ」とも呼ばれます。
『グリーンランド人のサガ』によると、最初に陸地を見たのはレイフではありません。986年ごろ、商人のビャルニ・ヘルヨルフソンが、父のいるグリーンランドへ向かう途中で風に流され、森に覆われた見知らぬ陸地を船の上から目にしました。乗組員は上陸したがりましたが、ビャルニは聞き入れず、そのままグリーンランドへ急ぎます。のちに彼は、なぜ調べなかったのかと責められたそうです。
それからおよそ15年後、レイフはビャルニの船を買い取り、35人の乗組員を集めて西へ向かいました。父エイリークも誘われましたが、船へ向かう途中で馬から落ち、不吉だとして同行をやめたといいます。一行は、たどり着いた土地に順に名前を付けていきました。平たい岩ばかりの「ヘルランド」、森の広がる「マルクランド」、そしてブドウの実る「ヴィンランド」です。
レイフたちはヴィンランドで冬を越し、翌年の春、ブドウと木材を積んでグリーンランドへ帰りました。帰り道に難破した船の人々を助けたことから、「幸運なるレイフ」と呼ばれるようになったと伝えられています。レイフ自身がふたたびヴィンランドへ行くことはありませんでした。
もう一方の『赤毛のエイリークのサガ』では、筋が違います。こちらにビャルニの話はなく、レイフはノルウェーからグリーンランドへ帰る途中に風で流され、偶然その土地にたどり着いたことになっています。どちらのサガも、文字になったのは13世紀。出来事から200年以上あとなので、細かいところまで史実として受け取ることはできません。
ただ、サガより古い記録もあります。ドイツの聖職者ブレーメンのアダムは、1075年ごろの著作に、デンマーク王から聞いた話として、ブドウが自生する「ヴィンランド」という島のことを書き残しました。これが、ヴィンランドに触れたいちばん古い文献とされています。
ちなみに、幸村誠さんの漫画『ヴィンランド・サガ』(2005年に連載開始、2025年に完結)は、このサガの総称と同じ題名です。作中にはレイフも、主人公トルフィンにヴィンランドの話を聞かせる船乗りとして登場します。主人公のモデルは、のちにヴィンランドへの入植を試みたとサガが伝える商人、ソルフィン・カルルセフニです。
もう少し詳しく
物語を裏づけたのは、1960年に見つかった遺跡でした。ノルウェーの探検家ヘルゲ・イングスタッドが、カナダ東部ニューファンドランド島の北の端、ランス・オ・メドーで、草に覆われた土の盛り上がりに目をとめます。妻で考古学者のアン・スタイン・イングスタッドと国際チームが1961年から1968年にかけて発掘すると、それは11世紀のノース人の建物8棟の壁の跡でした。
建物は、木の骨組みに芝土をかぶせた造りです。鉄を作って加工したときに出るかす、マントを留める青銅のピン、糸を紡ぐためのはずみ車も見つかりました。なかでも鉄のかすは、ここがノース人の遺跡だと判断する大きな決め手になったといいます。1978年には世界遺産に登録されました。
ここが「ヴィンランド」だと決まったわけではありません。ヴィンランドが北米の東海岸のどこを指すのかは、いまもはっきりしていません。ランス・オ・メドーがサガのどの場所にあたるのかも、確かめられていないのです。
手がかりになるのは、遺跡から出たバターナット(クルミの仲間)の実です。ニューファンドランド島には自生せず、生えているのはもっと南のニューブランズウィック州あたり。そのため、ノース人はこの遺跡を足場にして、さらに南まで行っていたと考えられています。
「西暦1021年」と分かった理由。2021年、オランダのフローニンゲン大学などのチームが、科学誌『ネイチャー』に論文を発表しました。調べたのは、遺跡から出た、3本の別々の木に由来する木片です。どれにも金属の刃で切った跡があり、当時この地域の先住民は金属の刃物を作っていなかったため、ノース人(ヴァイキング)が加工したものと判断されました。
目印になったのは、西暦993年の年輪です。このころ、太陽の激しい活動が原因とみられる宇宙線の急増が起き、世界各地の木の年輪に、炭素14(放射性の炭素)の跳ね上がりが刻まれました。3つの木片はどれも、樹皮の端から数えて29本目の年輪にその目印がありました。そこから、木が伐られたのは1021年だと分かったのです。
この年輪の目印を最初に見つけたのは、名古屋大学の三宅芙沙氏らです。2012年に西暦774年から775年にかけての急増を、翌2013年には993年から994年にかけての急増を、日本のスギの年輪から報告しました。こうした急増は、発見者の名から「ミヤケ・イベント」と呼ばれています(くわしくはこちらの記事で紹介しました)。
ただし、この数字が示すのは「西暦1021年、北米でヴァイキングが木を伐っていた」ということです。最初に着いた年でも、レイフ本人がそこにいた証拠でもありません。それでも、ヨーロッパ人が北米にいたと科学的に確かめられるいちばん古い年であり、コロンブスの最初の航海より471年早い年です。
「発見」ではありませんでした。ノース人が着いたとき、北米にはすでに先住民が暮らしていました。ランス・オ・メドーの一帯も、ノース人より何千年も前から先住民が使ってきた場所です。サガにも先住民は登場し、ノース人は彼らを「スクレリング」と呼んでいます。
サガによれば、ノース人ははじめ赤い布と毛皮を交換していましたが、やがて争いになりました。レイフの兄弟ソルヴァルドは矢を受けて命を落とし、ソルフィン・カルルセフニが率いた入植の試みも、数年で引き上げています。2021年の研究を発表したフローニンゲン大学も、ノース人の活動は短いあいだで終わり、北米に残した影響は小さかっただろうとしています。
それでも、行き来がすぐに途絶えたわけではなさそうです。アイスランドの年代記には1347年、マルクランドへ行ったグリーンランドの船が、嵐に流されてアイスランドに着いたという記録があります。グリーンランドの人々が、その後も木材を取りに通っていたのだろうと考えられています。
アメリカには「レイフ・エリクソンの日」があります。毎年10月9日です。1929年にウィスコンシン州が州の記念日にしたのが最初で、1964年には連邦議会が、大統領が毎年この日を記念日として宣言できるように定めました。コロンブス・デー(10月の第2月曜)は連邦の祝日ですが、こちらは休みにはなりません。
レイフが上陸した日付は分かっていないので、10月9日という日はレイフ本人とは関係がありません。1825年、ノルウェーからの移民を乗せた船がニューヨークに着いた日です。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
レイフが上陸するより前の986年に、ビャルニ・ヘルヨルフソンという商人が、船の上からこのあたりの陸地を見てるんだよね。ただ、彼は一度も上陸しなかった。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
冗談かと思って調べたら、本当にサガに書いてあった。父親に会いにグリーンランドへ向かう途中で流されて、乗組員は上陸したがったのに、本人は先を急いだらしい。で、あとになって「なんで調べなかったんだ」と責められる。教訓:上陸しなかった人は、自分の記念日をもらえない。
3. 海外の名無しさん(>>1への返信)
とにかく早く親に会いたかったんだろうな。もし彼があのとき上陸して、見てきたものを報告していたら……と考えると面白い。歴史の分かれ道が、ひとりの男の親孝行だったのかもしれないわけで。
4. 海外の名無しさん
これ、いまの学校ではもう教えてないの? 自分が子どものころは、授業で普通に習った話なんだけど。
5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
教えてるよ。生徒が聞いてるかどうかは別の問題だけどね。出典は自分。歴史の教師をしていて、ちょうど先週この単元をやったところ。
6. 海外の名無しさん(>>4への返信)
自分は90年代に中学で習った記憶がある。ただ教科書では囲み記事ひとつ分くらいで、本文はコロンブスから始まってたな。
7. 海外の名無しさん
ヒンガ・ディンガ・ダーゲン! レイフ・エリクソンの日おめでとう! この挨拶を返してくれる人が、ここには大勢いると信じてる。
※ アメリカのアニメ『スポンジ・ボブ』(日本でもNHK Eテレなどで放送)に、主人公が赤いひげを着けて「今日はレイフ・エリクソンの日だ!」と祝う回がある。「ヒンガ・ディンガ・ダーゲン」はそのときの掛け声。10月9日の「レイフ・エリクソンの日」は、アメリカに実在する記念日。
8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
この話を今日初めて知ったという人は、スポンジ・ボブを見てこなかったの? あんなにためになる番組、最近はもう作られてないのに。
9. 海外の名無しさん
遺跡そのものは60年代にもう見つかってるよ。カナダのニューファンドランド島にあるランス・オ・メドー。物語だけの話じゃなくて、建物の跡がちゃんと出てる。
10. 海外の名無しさん(>>9への返信)
しかも2021年に、そこの木が伐られたのは西暦1021年だと、1年単位で特定されてる。993年に宇宙線が急増した跡が年輪に残っていて、そこから数えたらしい。論文が出たのがちょうど1000年後というのも出来すぎ。
11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
その年輪の目印、見つけたのは日本の研究者で、名前を取って「ミヤケ・イベント」と呼ばれてるんだよね。最初に見つかったのは日本のスギの年輪だったそうで、それがカナダの遺跡の年代を決める手がかりになったというのがいい。
12. 海外の名無しさん
コロンブス以前の接触は、ほかにもある。西暦1200年ごろ、ポリネシアの人々と南米の先住民が出会っていたことが、遺伝子の研究から分かってきた。南米原産のサツマイモがポリネシアに伝わっていたのも、その線で説明がつく。アメリカ大陸は、言われているほど長く孤立していたわけじゃないんだ。
※ 2020年に科学誌『ネイチャー』に載った遺伝子研究は、ポリネシアの人々と南米(現在のコロンビア付近)の先住民が、西暦1200年ごろに接触していたと報告している。どちらが海を渡ったのかは分かっていない。サツマイモがどう伝わったのかについては、研究者のあいだで議論が続いている。
13. 海外の名無しさん(>>12への返信)
正直、元の投稿よりこのコメントのほうがずっと勉強になった。今日知った話がもうひとつ増えたよ。
14. 海外の名無しさん
前から知ってた話だけど、あらためて疑問が湧いた。ノース人はなぜ北米に通うのをやめたんだろう。アイスランドやグリーンランドには住み着いたのに、どうして同じようにならなかったのか。
15. 海外の名無しさん(>>14への返信)
サガの筋書きだと、先住民と争いになって、レイフの兄弟は矢を受けて死んでるし、入植しようとした一団も数年で引き上げてる。そもそも本拠地のグリーンランドからして遠い辺境なわけで、そこからさらに先へ人を送り続ける余力はなかったんじゃないかな。
16. 海外の名無しさん
この一家の経歴がすごい。祖父は人を殺してノルウェーを追われ、父のエイリークも人を殺してアイスランドを追われ、たどり着いた先がグリーンランド。その息子がさらに西へ行くのは、もう家の伝統だと思う。
17. 海外の名無しさん
細かいことを言うと、グリーンランドは地理的には北米側の島なんだよね。だから北米に最初に住んだヨーロッパ人は、父親のエイリークたちということになる。レイフの話に「大陸の本土に」という但し書きが付くのはそのため。
18. 海外の名無しさん
アイスランドの首都レイキャビクの丘の上に、レイフの大きな像が立ってる。アメリカから贈られたもので、台座には「アイスランドの息子、ヴィンランドの発見者」と刻まれてるんだ。
※ アイスランドの議会「アルシング」の創設1000年(1930年)を記念して、アメリカがアイスランドの人々に贈った像。除幕は1932年。
19. 海外の名無しさん
コロンブスだって、最初の航海で着いたのは島で、大陸の本土じゃないからね。「最初に着いた」でも負けて、「本土に着いた」でも負けてる。
※ コロンブスが1492年に上陸したのは、カリブ海のバハマ諸島の島。大陸の本土(南米のベネズエラ)に着いたのは、1498年の3回目の航海のときだった。
20. 海外の名無しさん
それを言うなら、アイルランドの修道士、航海者の聖ブレンダンが、6世紀にもう大西洋を渡ってるんだけどね。
21. 海外の名無しさん(>>20への返信)
そっちは修道士の不思議な航海の物語で、着いた先の証拠は何も出てないでしょ。レイフのほうは、建物の跡と1021年に伐られた木がある。この差は大きいよ。
※ 聖ブレンダン=6世紀のアイルランドの修道士。西の海の果ての島々をめぐったという航海の物語が、中世にラテン語で書き残されている。アメリカに着いたことを示す証拠は見つかっていない。
22. 海外の名無しさん
そのうち、紀元前のローマの漁船が嵐で流されて、マンハッタンのリトル・イタリー(イタリア系の街)あたりに漂着していた、という記録が出てくるのを待ってる。
23. 海外の名無しさん
自分は日本の漫画『ヴィンランド・サガ』でレイフを知った。主人公に海の向こうの土地の話を聞かせてくれる、陽気な船乗りのおじさんとして出てくる。あれで北欧の歴史に興味を持った人は多いと思う。
24. 海外の名無しさん(>>23への返信)
主人公のモデルになったソルフィン・カルルセフニも、サガの中でヴィンランドに入植しようとする人物だしね。漫画の題名そのものが、この話を伝えるサガの呼び名なんだよ。
25. 海外の名無しさん
誰が最初かで盛り上がってるけど、レイフが着いたときも、コロンブスが着いたときも、そこにはもう人が住んでいたんだよね。「最初のヨーロッパ人」という但し書きは、ちゃんと付けておきたい。
まとめ
レイフ・エリクソンは、コロンブスより約500年早く北米大陸に足を踏み入れた、最初のヨーロッパ人と考えられています。航海を伝えるのは出来事から200年以上あとに書かれたサガですが、カナダのランス・オ・メドー遺跡がノース人の滞在を裏づけ、日本の研究者が見つけた年輪の目印が「西暦1021年」という年まで突き止めました。コメント欄では「学校で習ったはず」「スポンジ・ボブで知った」という声に、先に陸地を見ながら上陸しなかった商人ビャルニの話や、ポリネシアと南米の接触の話が重なりました。最後に残ったのは、「どちらが着いたときも、そこにはもう人が住んでいた」という一言です。
元ソース: レイフ・エリクソンは、コロンブスより約500年早くアメリカ大陸に足を踏み入れた最初のヨーロッパ人と考えられている、ノース人の探検家

コメント
普通にバイキング時代にアメリカ大陸の方に流された北欧の人々結構いたと思うぞ
戻って来れなかっただけで