3万1000年前のボルネオ島で、誰かが子どもの脚を切り落とした。乱暴に折られたのでも、獣に食いちぎられたのでもない。骨は狙った位置できれいに断たれ、傷はふさがり、その子はそこから6年から9年も生きている。片脚を失った子どもが、金属も薬も消毒も存在しない時代に、何年も生き続けた。それはつまり、その子を毎日運び、食べさせ、傷の面倒を見た誰かが、ずっとそばにいたということでもある。
※注:ボルネオ島は東南アジアにある世界で3番目に大きい島で、インドネシア・マレーシア・ブルネイの3か国にまたがっている。今回の発見があったのはインドネシア領の東カリマンタン州。「カリマンタン」はインドネシア側での島の呼び名で、ボルネオと同じ場所を指している。
今日の知ってた?
🦴 約3万1000年前のボルネオ島(インドネシア領・東カリマンタン)の洞窟で、左脚の下の部分を切断された若者の人骨が見つかった。切断面は治癒しており、この人物は手術のあと6〜9年生きたと考えられている。2022年に科学誌『ネイチャー』で報告されたこの例は、現在知られている中で最古の外科手術の証拠とされる。それまで最古とされていたのは約7000年前のフランスで見つかった農耕民の例で、記録は一気に約2万4000年さかのぼった。
背景:「高度な医療は農耕が始まってから」という前提が崩れた
人類の歴史を大づかみに習うとき、だいたいこういう順番で説明される。長い長い狩猟採集の時代があり、約1万年前に農耕と牧畜が始まって人が一か所に定住するようになり、余った食料が専門職を生み、そこからようやく医術のような知識が積み上がっていった——と。
※注:この「農耕が始まって社会の形が変わった」という大きな転換は、教科書では新石器革命(農業革命)と呼ばれる。おおよそ1万年前ごろから、地域ごとに時期をずらしながら起きたとされる。
この見立てには、それなりの理屈がある。手足を切り落とす手術を成功させるには、思いつきでは足りないものが多すぎるからだ。どこで切れば助かるかという解剖の知識。太い血管を止める手立て。骨を断てる鋭い刃。そして何より、傷口を化膿させない衛生の感覚と、寝たきりの患者を何か月も支える手間。移動しながら暮らす集団に、そこまでの余裕はないだろう——というのが、長らく共有されていた前提だった。
ところが今回の骨は、その前提より2万年以上も前のものである。この時期は考古学でいう旧石器時代の後半にあたる。
※注:旧石器時代は、石を打ち欠いて道具を作っていた時代の総称で、日本列島でいえば縄文時代よりさらに前。3万1000年前は氷期のさなかで、当時この地域に暮らしていたのは私たちとまったく同じ種の人類(ホモ・サピエンス)である。
もう少し詳しく
見つかった場所と、骨の様子。骨が出たのは、東カリマンタンの奥地にある「リアン・テボ」と呼ばれる石灰岩の洞窟である。人骨は洞窟の床に丁寧に埋葬された状態で見つかった。年齢は、大人になりきる手前くらいと推定されている。左脚の下の部分が失われており、残った骨の先端はなめらかに丸まって、しっかりふさがっていた。事故で潰れた骨や、動物に噛みちぎられた骨は、こういう治り方をしない。切られたあとに体が骨を作り直した形跡が残っていること、そして骨に大きな感染の跡が見当たらないことから、意図して行われ、そして成功した手術だと判断された。
いちばん驚かれたのは、切ったことではなく、そのあと。骨の治り具合から、この人物は手術のあと6年から9年ほど生きたと見られている。3万1000年前に、片脚のない人間が数年単位で生き延びたということは、その間ずっと誰かが支えていたということでもある。研究チームも、この子が生き延びるには周囲による継続的な世話が欠かせなかったはずだと指摘している。険しい熱帯の森の中で、狩りにも採集にも出られない仲間を、集団が切り捨てなかった。手術の腕前よりも、そちらのほうがよほど珍しい発見かもしれない、という受け取られ方をした。
道具は「原始的」だったのか。3万年前と聞くと粗い石のかたまりを想像しがちだが、この時代の石器はかなり洗練されている。黒曜石(火山ガラス。割ると刃物のように鋭い断面ができる石)を薄く割った刃は、理屈のうえでは現代の手術用メスに迫る鋭さになる。加えて、彼らは日常的に大型の動物を解体して食べていた。どこに関節があり、どこを断てば骨が離れるかという知識は、生活の中にすでにあったことになる。足りなかったのは器用さではなく、感染症という概念のほうだった。
「最古の例」であって「最初の例」ではない。ここは押さえておきたいところで、今回わかったのは「3万1000年前に成功例があった」ということだけである。人骨が3万年も残るには、埋葬されたうえに洞窟のような条件のいい場所に置かれる必要がある。それ以前にも同じことが行われていた可能性は十分にあり、ただ証拠が残らなかっただけかもしれない。実際、この発見自体が、それまでの記録を一気に2万4000年ぶん押し戻したものだった。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
3万年前でこれって、普通にすごくないか。抗生物質もレントゲンもない時代に、切って、血を止めて、しかも患者が何年も生きてるって話でしょ。順番のどこか一つでも欠けたら終わりだと思うんだけど
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
そこなんだよね。「切ったけど死ななかった」ならまだ運の話にできるけど、「切ったうえで6年から9年生きた」となると運では説明がつかない。技術と、そのあとの看護が両方あった証拠になる
3. 海外の名無しさん(>>1への返信)
昔の人=何も知らない人、っていうイメージが自分の中に染みついてたことに気づかされた。脳のできは今の自分たちとまったく同じなんだよな。持ってる道具と、積み上がった知識の量が違うだけで
4. 海外の名無しさん
人類の外科技術が何万年も足踏みしてた原因が、たぶん「消毒という考え方を知らなかった」ほぼそれ一点なんだと思うと、なんとも言えない気持ちになる。あと数千年早く気づいてたら歴史が変わってた
5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
それと刃物の精度もあると思う。古代ローマでは白内障の手術をやってた記録が残ってるくらいで、人間の器用さは昔から大して変わってない。素材と衛生のほうが足を引っぱってた
6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
黒曜石の刃は、理論上は現代のメスと同じくらい鋭くなるらしいよ。原始的な道具だから原始的な使い方しかできない、というのは完全にこっちの思い込みだった
7. 海外の名無しさん
当時の人が「これは切ったほうが助かる」と判断できていたこと自体が一番の驚きだよ。どういう経験の積み重ねがあれば、その結論にたどり着けるんだろうか
8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
おそらく、潰れた足や明らかに治らない折れ方をした腕を、何十例と見てきたんだと思う。放っておくと腫れて、においが出て、黒くなって、そのうち死ぬ。同じ経過を繰り返し見ていれば法則は掴める
9. 海外の名無しさん(>>7への返信)
たぶん今回のが最初の一例ではなくて、その前に失敗した例がいくつもあったんじゃないかな。うまくいったやり方だけが語り継がれて、次の世代の誰かに引き継がれていった、という順番だと思う
10. 海外の名無しさん
「知られている中で最古」であって「人類で最初」とは限らないところが面白い。3万年前の骨が残ること自体が奇跡みたいなものだから、証拠が消えただけの例はいくらでもありそう
11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
この人も洞窟にきちんと埋葬されてなかったら、誰にも知られないままだったわけだしね。埋めてもらえたという事実だけでも、この人が大事にされてたことの裏づけになってる気がする
12. 海外の名無しさん
頭蓋骨に穴を開ける穿頭術(せんとうじゅつ)もかなり古くからあるけど、あれも「よく生き延びたな」案件。人類、昔から頭に穴を開けたがりすぎでは、という気持ちになる
13. 海外の名無しさん(>>12への返信)
片頭痛持ちからすると気持ちはわからんでもない。本気でつらいとき「ここに穴が一つあれば圧が抜けるのでは」と一瞬考えてしまう。考えるだけで実行はしないけど、思いつく人が出る理由はわかる
14. 海外の名無しさん
麻酔をどうしていたのかがずっと気になってる。何かの植物を使っていたのか、それとも本当に何もなかったのか。後者だとすると想像したくないな
15. 海外の名無しさん(>>14への返信)
意識がある状態で長時間の手術は体がもたないから、何かしら痛みを鈍らせる手段は持っていたんじゃないか、とは言われてるみたいだね。ただ植物は骨と違って残らないから、証拠のしようがない
16. 海外の名無しさん
記事を読んで印象が変わったのは、手術そのものより術後のほうだった。片脚で6年から9年って、その間ずっと誰かが運んで、食べさせて、守っていたということでしょう。そっちのほうがよほどすごい
17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
残っていたほうの脚も細くなっていたという指摘を見かけた。つまりあまり動けない時期が長かったということで、松葉杖のような道具もない中で、誰かが本当にずっと支えていたことになる
18. 海外の名無しさん
3万1000年前の集団に「もう働けなくなった子を最後まで面倒みる」という選択があったの、なかなか重い話だと思う。厳しい環境ほど切り捨てそうなものなのに、そうしなかった
19. 海外の名無しさん
これまでの最古より2万4000年も古い、という数字の飛び方がすごい。少し記録を更新した、みたいな話ではなくて、教科書の章立てが一つ動くレベルの発見じゃないか
20. 海外の名無しさん
農耕が始まって定住してから医療が発達した、という順番で習った記憶があるんだけど、あの説明はもう成り立たないということなのかな。だいぶ前提が変わってくる
21. 海外の名無しさん
その場に居合わせた人の気持ちを想像してしまう。3万年前の集落で、目の前でこれが行われているのを見て「うちの村、文明の最先端すぎる」と思った人がいたはず
22. 海外の名無しさん
元の報告が2022年のものだから、今読んでる自分たちからすると正確には3万1004年前なんだよなあ。どうでもいい指摘であることは自覚しているけど、こういうのを一度言わないと気が済まないたちなので許してほしい
23. 海外の名無しさん
昔の人たちは自分たちを「原始人」だとは思っていなかった、というのが一番刺さる。彼らにとってはこれが当時の最先端の医療で、たぶん相当に誇らしい仕事だったはずなんだよね
まとめ
約3万1000年前のボルネオ島の洞窟から、左脚の下の部分を切断され、そのあと6年から9年生きた若者の骨が見つかった。2022年に報告されたこの例は、それまで最古とされていた約7000年前のフランスの記録を、一気に2万4000年ぶん押し戻した。高度な外科手術は農耕が始まってからのもの、という前提が通用しなくなった発見である。コメント欄では、止血や解剖の知識をどうやって得たのか、麻酔はどうしたのか、といった技術面の推理が並んだ一方で、話題はすぐに術後のほうへ移っていった。片脚を失った子どもが何年も生きたということは、狩りにも採集にも出られない仲間を、その集団が最後まで支え続けたということだからだ。石を割った刃で骨を断つ技術より、そちらのほうがよほど驚きに値する——という受け止めが、最後まで通奏低音のように残っていた。

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