「迷子になったんじゃない、置いていかれたんだ」家族が葬儀の準備をするなか、彼は這ってキャンプに戻ってきた

「迷子になったんじゃない、置いていかれたんだ」家族が葬儀の準備をするなか、彼は這ってキャンプに戻ってきた 人物・偉人

エベレストで行方が分からなくなり、死亡したものと判断された男性がいる。家族はすでに葬儀の準備に入っていた。ところが6日後、彼は自分の力でベースキャンプに戻ってきた。正確には、這って戻ってきた。取り残されていたのは標高7,500メートル。酸素ボンベはなく、食べ物と呼べるものは手元のチョコレートだけ。水は氷を口に含んで溶かした。しかも最後の2日半は、クレバスの底に落ちて閉じ込められていた。

※注:「シェルパ」はもともと、ネパール東部のヒマラヤ山麓に暮らす民族の名前である。高所に強い体質と山の知識を買われて外国人登山隊の案内人や荷役として雇われる人が多かったため、そこから転じて「高所登山のガイド・ポーター」という職業を指す言葉としても使われるようになった。民族名が先で、職業名は後からついた呼び方である。ネパールでは姓としても使われており、この話の当事者も「ダワ・シェルパ」という名で伝えられている。

今日の知ってた?

🏔️ エベレストの標高7,500メートル地点に取り残された一人のシェルパが、死亡したものと見なされた。彼は酸素ボンベも食料もないまま6日間を生き延びた。氷をかじって水分を取り、手持ちのチョコレートで食いつないだ。さらにそのあと2日半をクレバスの中に閉じ込められて過ごし、そこから自力で抜け出すと、ベースキャンプへ向かって這い進んだ。その間、彼の家族は葬儀の準備を進めていた。

背景:標高7,500メートルという場所

エベレストの標高7,500メートルは、富士山の頂上をふたつ積み上げてもまだ届かない高さにある。ここでの空気の薄さは想像しづらいが、目安として、吸い込んだ息に含まれる酸素の量は地上のおよそ4割まで落ちる。健康な人が何の準備もなしにこの高さへ放り出されれば、数分で意識がもうろうとしはじめる。夜間の気温は氷点下20度を下回るのが普通で、風が吹けば体感はさらに下がる。

※ デスゾーン(death zone、死の地帯)=おおむね標高8,000メートルより上の領域を指す登山用語。この高さでは酸素が薄すぎて、休んでいても体が回復せず、ただ滞在しているだけで体が壊れていく。今回の7,500メートルはデスゾーンのすぐ下にあたる。「まだ死の地帯ではない」というだけの話で、人が長く居られる場所でないことに変わりはない。

この高さで人間が生き延びるための道具立ては、ふつう三つある。酸素ボンベ、食料、そしてテントや寝袋といった保温装備だ。今回の男性が持っていたのは、そのどれでもなかった。あったのはポケットのチョコレートと、口に入れて溶かせば水になる氷だけである。

そしてもうひとつ、背景として押さえておきたいことがある。エベレストに登る外国人客のうしろには、必ずといっていいほど現地のガイドやポーターがいる。荷を担ぎ、ロープを張り、はしごを架け、天候の判断をする。標高の高い危険な区間を、客より何度も往復するのは彼らのほうだ。海外のコメント欄でこの話が出るたびに「登山産業で一番危険を引き受けているのは誰なのか」という議論が始まるのは、そのためである。

もう少し詳しく

「迷子になったのではない」。この話でいちばん引っかかるのは、当事者本人の言い分だ。元スレのコメント欄で紹介されていた報道によれば、彼は「下山中に行方不明になった」という説明をはっきり否定し、酸素が尽きたために「後に残らざるを得なかった」のだと語っているという。行方をくらませたのではなく、置いていかれた——本人の側からはそう見えていたことになる。この点について、記事側は深追いしていないという指摘がコメント欄では繰り返されていた。

※ この「置き去り」をめぐる経緯については、当事者の証言として紹介されている内容以上のことは、この記事で確認できていない。隊の側がどう判断したのか、そのとき何が起きていたのかは、少なくともここで参照した範囲では分かっていない。

チョコレートは食べ物ではないのか。元スレのタイトルにある「食料なしで、氷をかじりチョコレートを食べて生き延びた」という書き方には、海外のコメント欄でも大量のツッコミが入った。チョコレートは食べ物である。ただ、擁護する人の言い分にも一理あって、標高7,500メートルで問われるのは栄養バランスではなく、軽くて小さくて、一口あたりのカロリーがとにかく高いかどうかだという。その基準でいえばチョコレートはほとんど理想的な非常食にあたる。氷についても同じで、雪や氷をそのまま口に入れると体温を余計に奪われるため、本来は溶かしてから飲むのが望ましいとされる。それができない状況だったということでもある。

その後。コメント欄で共有されていた続報によると、彼は6月10日の時点で集中治療室を出ており、医師は手足の状態を経過観察していたという。凍傷は高所遭難でもっとも多い後遺症のひとつで、生きて戻れたことと、元どおりの体で戻れたことは別の話になる。「生き延びたのだからもう平気だろう」と考えられがちだが、そこは切り離して見たほうがいい、という指摘はコメント欄でも出ていた。その後の詳しい経過については、伝わっていない。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
死神のほうが、寝る前にベッドの下にこの人がいないか確認してるレベルだと思う。

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
いや、あの二人はもう友達でしょ。たまに山で待ち合わせてお茶を飲むだけの関係になってると思う。「今回もダメでしたね」「いやあ、すみません」みたいな会話をしてる。

3. 海外の名無しさん
話の流れをよく読むと、途中で雪崩が起きたことが結果的に彼を助けている。雪崩に助けられる人生というのがこの世に存在するのか。生きる意志の強さがちょっと常軌を逸してる。

4. 海外の名無しさん(>>3への返信)
「お、雪崩だ。助かった」って感想を持てる人間、世界で何人いるんだろう。自分なら雪崩を見た時点で人生の総集編が始まる。

5. 海外の名無しさん
彼:標高7,500メートルで6日間、酸素なし食料なしで生還する。
自分:寝る向きを間違えて首と腰をやってしまい、ベッドから起き上がるだけで悲鳴をあげている。

6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
茶化すつもりはないんだけど、生き延びたことと、そのあと無事でいることはまったく別だからね。彼が今どれだけ体に負担を抱えているかは分からない。高所に強い体質だとしても、あの環境が体に何もしないわけがない。「生還した=もう元気」と思われがちなのが、実はいちばん怖いところだと思う。

7. 海外の名無しさん
チョコレートは栄養価が高い食品ではないかもしれないけど、それでも食べ物ではあるよね。「食料なしで生き延びた、チョコレートを食べて」という書き方はさすがに盛りすぎだと思う。

8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
ああいう状況で栄養バランスなんて誰も気にしてないよ。求められるのは「軽くて、かさばらなくて、一口のカロリーがやたら高いもの」で、チョコレートはその条件をほぼ完璧に満たしてる。むしろ登山用の非常食として理にかなってる。

9. 海外の名無しさん
チョコレートは食べ物。氷は水。すごい話なのは間違いないんだから、そこは正直に書いたほうがいいと思うんだよな。盛らなくても十分にとんでもない話なので。

10. 海外の名無しさん
本人がけっこう怒ってる感じがしなかった? 「自分は迷子になったんじゃない、置いていかれたんだ」みたいなことを言ってるように読めたんだけど。

11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
記事にもこうあった。「下山中に行方不明になったのではなく、酸素が尽きたために後に残らざるを得なかったのだと、彼は強く主張した」。何が起きたかについて二つのまったく違う説明が並んでいるのに、記事はそこをまったく掘り下げていない。いちばん気になるところなのに。

12. 海外の名無しさん
自分が読んだ話が同じ件なら、彼は「ちょっと休むから先に行っててくれ」と言って、それは隊の中でお互いに普通にやっていたことだったらしい。だとしても、あの高さでその習慣は正直どうかしてると思う。

13. 海外の名無しさん
どの記事も、コメント欄でさえ、彼が置いていかれた部分だけをさらっと流してるのが引っかかる。生還の話としては美しいけど、そこを飛ばしたら別の話になってしまう。

14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
そもそも「彼が遭難したところ」から話を始めるのが良くないと思ってる。自分が読んだ限りでは、彼はもともと下のキャンプの調理担当として雇われた人で、頂上まで登った経験もなかった。それがシーズンの終わりぎわに客の案内役に回されている。遭難する前の段階からすでにおかしい、という見方は成り立つ。

15. 海外の名無しさん
登山では非情な判断をしなければならない場面があるのは分かる。全員を助けようとして全員が死ぬ、というのが山では普通に起こるから。それでも、もし自分がこの隊にいたら、彼を置いてきたことをずっと引きずったと思う。

16. 海外の名無しさん
エベレストの話でいつも気になるのは、ガイドの人たちの扱いだ。毎日いちばん危ない場所を往復して、いちばんの危険を引き受けているのに、見合ったものを受け取っているようには見えない。

17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
現地の人が生活のために命を張らされて、その上澄みだけを外から来た人間が持っていく——という構図に見えてしまうのが、この山のいちばん後味の悪いところだと思ってる。少なくとも自分にはそう見える。

18. 海外の名無しさん(>>17への返信)
そこは単純な話でもないんだよね。登山産業はネパールにとって大きな収入源で、ガイドの仕事は現地では相当な高給にあたる。だから「やめさせろ」で解決する話ではなくて、危険に見合った報酬と保険が付いているかという別の問題になる。搾取だと言い切るのも、逆に何も問題ないと言うのも、どっちも雑だと思う。

19. 海外の名無しさん
彼は運も相当良かったと思う。早い段階で7,500メートルまで降りられていなかったら、シェルパでもあの日数を生き延びるのはまず不可能だった。デスゾーンの中と外では、生存できる時間の桁が変わってくる。

20. 海外の名無しさん(>>19への返信)
シェルパの人たちは本当に体のつくりが違う。何年か前に読んだ話だと、肺と心臓が大きくて、赤血球が多くて、酸素の使い方そのものが違うらしい。細かいところは理解しきれなかったけど、生理的に別枠なんだというのだけははっきり覚えてる。

21. 海外の名無しさん(>>20への返信)
シェルパが高所で酸素ボンベを持つのは、あれがないとタバコに火が点かないからだと聞いた。

22. 海外の名無しさん
エベレストの話っていつもこうなんだよな。「これがジョンの遺体です。回収は物理的に不可能なので、彼はこの先ずっと道しるべです」か、そうでなければ「このシェルパは吹雪で動けなくなった外国人客を何十人も引きずり下ろし、そのあと雪崩に埋まったが、なぜか元気になって帰ってきました」のどちらか。あの人たち、いったい何を食べて育ったんだ。

23. 海外の名無しさん
ジョー・シンプソンの話をちょっと思い出した。アンデスの山で滑落してクレバスに落ちて、ベースキャンプの仲間には死んだと思われて撤収の準備までされていたのに、折れた脚を引きずってクレバスを這い出して、下山してキャンプに転がり込んだという実話。この手の話が信じられないという人は、映画『運命を分けたザイル』を見てほしい。

24. 海外の名無しさん(>>23への返信)
本人が書いた原作で自分がいちばん好きなのは、生還した彼が「服を焼かれていたこと」に本気で腹を立てるところ。九死に一生を得た直後に気にすることがそれなのかと。人間って本当にそういうところがある。

25. 海外の名無しさん
クレバスの底から見上げてロープが見えた瞬間って、たぶん天使を見たようなものだったと思う。自分が見つけた続報では、6月10日に集中治療室を出て、医師が手足の状態を見ているところまでは書かれていた。後遺症が残っていないといいんだけど。

まとめ

標高7,500メートルに取り残された一人のシェルパが、酸素ボンベも食料もないまま6日を生き延び、さらに2日半をクレバスの底で過ごしたあと、ベースキャンプへ這って戻ってきた。その間、家族は葬儀の準備をしていた——という話である。海外のコメント欄は最初こそ「死神のほうが逃げる」といった感嘆で埋まっていたが、途中から話題は二つに割れた。ひとつは「チョコレートは食べ物だろう」という、大真面目なツッコミの連打。もうひとつは、本人が「迷子になったのではなく置いていかれた」と語っているのに、その部分が誰にも掘り下げられていないという指摘だった。生還の物語として消費するのは簡単だが、この人がなぜそこに一人でいたのかという問いは、まだ宙に浮いたままである。あなたなら、この話のどこがいちばん引っかかりますか。

元ソース: エベレストの標高7,500メートル地点に取り残されたシェルパが、死亡したものと見なされた。彼は酸素ボンベも食料もないまま6日間を生き延び、氷をかじりチョコレートで食いつなぎ、さらに2日半クレバスに閉じ込められた。脱出後、家族が葬儀の準備をするなか、ベースキャンプへ向かって這い進んだ

コメント