無名の小貴族の四男坊から身一つでのし上がり、500人以上の騎士を捕虜にし、王妃エレノアを救出し、リチャード獅子心王を落馬させ、聖地巡礼までこなして、最後は70歳で先頭に立ってフランス軍を撃退──こんな経歴を持つ実在の騎士がいた。「中世最強の騎士」と呼ばれるウィリアム・マーシャルの生涯を、海外掲示板の反応とともに紹介する。
※注:エレノア(アリエノール)はイングランド王ヘンリー2世の妃で、リチャード獅子心王とジョン王の母。中世フランスとイングランド両方の政治に深く関わった有力な女性。
今日の知ってた?
📏 ウィリアム・マーシャル(1146頃〜1219年)は500回以上の馬上槍試合で勝利し、リチャード獅子心王を一騎打ちで落馬させ、70歳で軍を率いてフランス侵攻軍を撃退した中世イングランドの騎士。晩年はマグナ・カルタの再編集に関わり、若き王ヘンリー3世の摂政も務めた。当時の年代記作家からも「これまでに生きた最高の騎士」と評された人物。
背景:マグナ・カルタの時代を支えた騎士
ウィリアム・マーシャルが生きたのは12世紀後半から13世紀初頭、ちょうどリチャード獅子心王とジョン王、そして若きヘンリー3世が登場する時代。マグナ・カルタが成立したのは1215年で、その3年後にマーシャルは70歳で実戦に出ている計算になる。
家柄は決して高くない。父はジョン・マーシャル、4人兄弟の四男で、長子相続が原則の中世社会ではほぼ何も相続できない立場だった。事実、5歳のとき城の包囲戦で人質に出され、降伏しなかった父が「煮るなり焼くなり好きにしろ、新しい息子はまた作れる」と言い放ったエピソードまで残っている。生き延びたのは、まだ幼かったマーシャルの愛嬌のおかげだったという。
もう少し詳しく
馬上槍試合の伝説。当時の馬上槍試合(トーナメント)は単なるショーではなく、本物の戦いに近い「身代金ビジネス」だった。倒した相手の鎧と馬を奪い、本人を捕虜にして身代金を取る。マーシャルはこのビジネスで500人以上を捕虜にしたとされ、若いうちに大金を稼いでいる。
50歳でも壁を駆け上る。フランスのある城を攻めていたとき、味方の士気が下がっているのを見て、50歳のマーシャルは自らはしごを駆け上って城壁の上に立った。鎧の上から鎖帷子と兜を一刀両断で切り裂き、敵の指揮官を倒したという逸話まで残っている。これに鼓舞された部下がついていき、城は落ちた。
70歳の最後の戦い。1217年のリンカンの戦いでは、ジョン王の死後にイングランドへ侵攻したフランス王太子ルイの軍勢を、70歳のマーシャル自身が先頭で突撃して撃退した。「私はもう年だが、ここで国を守らなければ後悔して死ねない」と部下に語ったとされる。この勝利でイングランドはフランス支配を免れた。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
ヘンリー3世が幼くて王として親政できない間、彼はイングランドの摂政も務めていた。何の人生だよ。一冊の冒険小説が書けるレベルの履歴書。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
おまけにジョージ・ワシントンの先祖の一人でもあるらしい。系譜を辿るとアメリカ初代大統領にもつながる。
3. 海外の名無しさん(>>1への返信)
中世RPGの主人公がそのまま現実に出てきた感じ。ヘンリー3世は毎朝起きるたびに「俺、絶対この爺さんに追いつけないわ」って思ってたんじゃないか。
4. 海外の名無しさん
これこそ映画化すべきネタだろう。スパイダーマンを何回作り直せば気が済むんだ。マーシャルの人生をそのまま脚本にすれば、誰も信じないくらい盛り上がる。
5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
もし作っても観客は「いくら何でも盛りすぎ」って言うだろうな。プロットアーマー(主人公補正)が強すぎて非現実的に見える、っていう実話。
6. 海外の名無しさん
苗字の「マーシャル」って、王の宮廷儀典官(マーシャル)の世襲職に由来するんじゃないか?ご先祖が儀典官をやってて、それが家名になったパターン。
7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
その通り。元の家名はギフォードだったが、祖父か曾祖父の代でイングランド儀典官の世襲職を授かって、家名がマーシャルに切り替わった経緯がある。
8. 海外の名無しさん
13世紀の年代記作家が彼を「これまでに生きた最高の騎士」と評している。当時のヨーロッパ全土で同様の評価で、騎士道のお手本として扱われていた。
9. 海外の名無しさん
50歳ではしごを駆け上って城壁に乗り込み、敵指揮官を兜ごと両断したエピソード、本当だとしたら現代のアクション映画でも嘘くさく感じるレベル。
10. 海外の名無しさん
500回トーナメントで勝ったというのはOPの誤訳で、正確には「500人以上の騎士を捕虜にした」が正しい。1回のトーナメントで複数捕まえることもあるから、参加回数はもっと少ない。
11. 海外の名無しさん
ゲーム・オブ・スローンズのバリスタン・セルミー卿の元ネタって彼じゃないか?年老いても剣の腕で名高くて、エイリス王を救った話なんかマーシャルがエレノア妃を救ったエピソードそっくり。
12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
ほぼ確実に元ネタの一人。ジョージ・R・R・マーティンが中世イングランド史を相当読み込んでるのは公言してる。
13. 海外の名無しさん
彼がヘンリー3世を守るときに言ったとされる名言が好き。「もし全員がこの幼い王を見捨てても、私は彼を背負って島から島へ、国から国へ歩いていく。物乞いしながらでもだ」。中世にこのセリフ吐ける人、何人もいない。
14. 海外の名無しさん
「マウント&ブレイド」っていうPCゲームがあるんだけど、まさにこれをリアルでやってた人。トーナメントで稼いで、装備整えて、有力な領主に取り入り、最後は自分の領地を持つ。中世のキャリアパスの完成形。
15. 海外の名無しさん
妻のイザベラ・ド・クレアは大変な相続人で、彼女の祖父はノルマン人をアイルランドに連れてきたデアマット・マクマローだ。マーシャルはこの結婚でアイルランド南東部の広大な領地を手に入れ、フック岬の灯台などの建設にも関わった。
16. 海外の名無しさん
当時の貴族としては珍しく、結婚生活が安定していて愛妾を持った記録も残ってない。妻に領地経営の実権をかなり任せていたとも伝わる。武勇だけじゃなく家庭人としても優秀。
17. 海外の名無しさん
リチャード獅子心王を一騎打ちで落馬させたエピソードもすごい。当時リチャードは王太子で、後に王として再会したマーシャルは「殺せたんだから感謝しろ」と冗談交じりに言ったそうな。王相手にこの軽口、肝が据わってる。
18. 海外の名無しさん
70歳で先頭に立ってフランス侵攻軍を撃退した話、人生のラストバトルとしてあまりに格好良すぎる。リンカンの戦いで彼が指揮していなければ、イングランドはフランス系の王朝になっていた可能性すらある。
19. 海外の名無しさん
ロンドンのテンプル教会に彼の墓と石像がある。先月行ったけど、小さな路地の奥にひっそりとあって、観光客もそんなに多くない。あの「最高の騎士」がここに眠ってるのかと思うと感慨深かった。
20. 海外の名無しさん
映画「キングダム・オブ・ヘブン」の時代がほぼ彼が活躍した時期と重なる。彼自身は十字軍にも参加して聖地に行っているから、もしかしたらあの作品で描かれた戦場のどこかにいたかもしれない。
21. 海外の名無しさん
詳しい伝記なら『The Greatest Knight』(トマス・アスブリッジ著)が一番おすすめ。原典資料を丁寧に読み解いていて、伝説と史実の境界を慎重に扱っている。
22. 海外の名無しさん
若い頃の容姿描写がやけに具体的で「ローマ皇帝になれそうな顔立ち」とまで書かれてる。当時の年代記でここまで容姿を持ち上げる対象は珍しい。武勇・教養・容姿の三拍子揃った理想像として語られていたのが分かる。
23. 海外の名無しさん
彼の人生を読んでいて途中まで「これ作り話の伝説だろう」と思ってた。でも一次資料の年代記や王室文書にちゃんと記録が残ってる実在の人物。歴史って本当にフィクションより面白いことがある。
24. 海外の名無しさん
映画「A Knight’s Tale」の主人公のモデルじゃないかって聞かれることがあるけど、あれは創作キャラのウィリアム・サッチャーで、マーシャルの方が時代も身分も全然違う。マーシャルは正規の騎士、サッチャーは農民出身という設定。
25. 海外の名無しさん
こういう本物のヒーローこそ、伝記ドラマで6〜8話くらいかけて丁寧に描いてほしい。長い人生の各段階で全部見せ場があるから、ミニシリーズの構造に向いている。
まとめ
四男坊として何も相続できない立場から、500人以上の騎士を捕虜にして名を上げ、最終的にイングランド摂政まで上り詰めたウィリアム・マーシャル。50歳で壁を駆け上り、70歳で軍を率いて国を救うという経歴は、フィクションでも書きにくいレベルだ。コメ欄では「映画化希望」「ゲーム・オブ・スローンズの元ネタ」「マウント&ブレイドのリアル版」など、現代の創作物との比較が次々飛び出していて、彼の物語が900年経っても色褪せていないことを物語っている。
元ソース: 無名の身から500人を捕虜にし、リチャード獅子心王を落馬させ、70歳でフランス軍を撃退した騎士ウィリアム・マーシャル

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