「今まで聞いた中で最悪のアイデアだ」と却下されたスパイダーマン、打ち切り雑誌の最終号に押し込まれるまで

「今まで聞いた中で最悪のアイデアだ」と却下されたスパイダーマン、打ち切り雑誌の最終号に押し込まれるまで 音楽・エンタメ

世界でいちばん名前の知られたヒーローの一人であるスパイダーマン。ところがその企画は、最初に持ち込んだ相手から「今まで聞いた中で最悪のアイデアだ」と突き返されている。クモは気味が悪い、10代の少年は主役ではなく相棒の枠、そして悩みを抱えたヒーローなど誰も読みたがらない。行き場を失ったこのキャラクターがようやく紙面に出たのは、打ち切りが決まっていた雑誌の、最終号だった。

※注:『アメイジング・ファンタジー』=読み切りの短編をいくつも詰め込んだ、当時のアメリカによくあった形式のコミック誌。連載を追いかける雑誌ではなく、毎号ちがう短い話が並ぶ。

今日の知ってた?

🕸️ スパイダーマンの企画は、最初に出版社側から却下された。「今まで聞いた中で最悪のアイデアだ」——スタン・リーが生涯くり返し語っていた話である。理由は、クモは気味が悪い/10代は主役ではなく相棒/悩みを抱えたヒーローは売れないの三つ。結局リーは、すでに打ち切りが決まっていた短編誌『アメイジング・ファンタジー』の最終号(15号)にこの短編をねじ込む形で世に出した。そこで爆発的に売れた。

背景:「最悪のアイデア」と言われた企画の中身

1960年代のはじめ、アメリカのコミックに出てくるヒーローといえば、たいていは完璧な大人だった。強く、正しく、迷わない。私生活で悩む場面があっても、それは話の本筋ではない。そして10代の少年が登場する場合、その役どころは主役の相棒と相場が決まっていた。危ないところを助けられ、驚いてみせ、読者の代わりに主役をすごいと言う係である。

スタン・リーが持ち込んだ企画は、その常識を三つまとめて踏み外していた。主役が高校生で、モチーフがクモで、しかも本人が金と人間関係にずっと困っている。返ってきた言葉が「今まで聞いた中で最悪のアイデアだ」だったという。

ただし、ここは慎重に読んだほうがいい。この場面の描写は、ほぼすべてリー本人の語りに由来している。リーは自分の作品と同じくらい自分の話術で知られた人で、テレビでも講演でも、この逸話を生涯にわたって何度も披露した。そして回を重ねるごとに細部が少しずつ動いていったことも、以前からたびたび指摘されている。実際にその言葉がその通りに飛んだのかどうかは、もう確かめようがない。ここでは「リーが語り続けた話」として読んでほしい。

当時この出版社を所有し、何を出して何を出さないかを決める立場にいたのは、マーティン・グッドマンという出版人だった※ のちのマーベル・コミックスにあたる会社。当時は社名も体制も今とは違う。売れ筋を嗅ぎ分ける勘で会社を回してきた人物で、自分がクモを気持ち悪いと感じるなら読者もそう感じるはずだ、という判断だったのだろう。理屈としては、そこまで乱暴ではない。

もう少し詳しく

引っかかられたのは、クモよりも「悩み」のほうだったらしい。リーが後年に語ったところでは、出版側がいちばん受け付けなかったのは、ヒーローが問題を抱えているという設定そのものだったという。読者は現実から逃げるために漫画を買うのに、そこで家賃や人間関係の話をしてどうするのか、という理屈である。この一点だけ取り出すと、当時の常識としてはむしろまっとうに聞こえてしまう。

そこでリーが取った手が、この話をおかしくしている。ちょうど社内に、売れ行きが振るわず打ち切りが決まっていた短編誌があった。次の号で終わると決まっている雑誌の中身に、細かく口を出す人間はいない。リーはその最終号にあたる15号に、スパイダーマンの短編を押し込んだ。企画を通したのではなく、閉まりかけの扉に足を挟んだ、というほうが近い。

そして売れた。最後の号のはずだったものに読者からの反応が集中し、ほどなくしてこのキャラクターは自分の名前を冠した雑誌を持つことになる。海外のコメント欄で語り継がれているのは、そのあとの一場面だ。売上の数字が届いた頃、あの「最悪のアイデア」と言った当人から電話がかかってきて、こう切り出したという——「例の、悩みを抱えたヒーローっていう我々のすばらしいアイデア、覚えてるか?」。これもリーが好んで語った話であって、裏づけのある記録ではない。ただ、いかにも語りたくなる形をしている。

ここで忘れてはいけないのが、作画のスティーヴ・ディッコである。スパイダーマンの誕生をめぐる経緯には諸説あり、リー一人の手柄ではないという指摘は長く続いている。実際、リーの最初の構想は今の形とはかなり違っていて、私たちが知っているスパイダーマン——赤と青の全身タイツ、目の部分だけが大きく白く抜けたマスク、手首から糸を出す仕掛け——を紙の上に定着させたのはディッコの仕事だった。初期の敵役や脇役の多くも、彼が描いた回で登場している。海外の掲示板では、この話題が出るたびに「今回もディッコの名前が消えている」という声が必ず上がる。

ついでに言えば、その号に載っていたのはスパイダーマンだけではない。同じ15号には、鐘を鳴らす男が出てくる話や、火星人が人間に紛れ込んでいるという話など、いくつもの短編が並んでいた。今から見れば表紙を飾るべき作品は明白だが、当時の誌面ではただの一本にすぎない。打ち切り雑誌の最終号に押し込まれた一本が、六十年以上たっても世界中で読まれている——そうなると気になるのは、あのとき「最悪だ」と言われて、そのまま消えた企画のほうである。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
却下されたこと自体より、打ち切りが決まった雑誌の最終号にねじ込んだという部分がすごい。企画を通したんじゃなくて、閉まりかけの扉に足を挟んだだけなんだよな。

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
むしろ最終号だから通ったんだと思う。来月も続く雑誌だったら「変な冒険をして部数を落とすな」と誰かが止めていた。終わりが決まっている枠は、社内でいちばん誰も見ていない場所なんだよ。

3. 海外の名無しさん
以前スタン・リー本人が話している短い動画を見たけど、「最悪のアイデア」と言われたのはクモの部分じゃなくて「問題を抱えたヒーロー」の部分だったらしい。漫画は現実から逃げるために買うものなのに、なぜ悩みを見せるんだと。

4. 海外の名無しさん(>>3への返信)
そして売上が出たあとに電話がかかってきて、「例の、悩みを抱えたヒーローっていう我々のすばらしいアイデア、覚えてるか?」だからね。一人称が完全に切り替わっている。上に立つ人の話し方って、六十年たっても変わらないんだな。

5. 海外の名無しさん(>>3への返信)
当時のヒーローは完璧な大人と決まっていて、10代の少年は助けられる係だったわけでしょ。宿題と家賃で頭を抱えている高校生が主役、というのは確かに当時の棚では異物だったと思う。今はそっちが標準になっているのが面白い。

6. 海外の名無しさん
クモ恐怖症の人ってかなり多いのに、いちばん人気のあるヒーローがクモの人というのは、冷静に考えるとかなり不思議な状況だよね。

7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
見た目がクモじゃないのが大きいと思う。噛まないし、脚は8本ないし、口から糸を出すわけでもない。怖がられている要素を全部きれいに外したうえで、身軽さと糸だけ持ってきている。

8. 海外の名無しさん(>>6への返信)
コウモリだって嫌われている生き物なのに、バットマンはずっと人気があるからね。怖がられているものを人の形に落とし込むと、なぜか逆に強い看板になるという法則があるのかもしれない。

9. 海外の名無しさん
その発想はなかった。自分は子どもの頃、重度のクモ嫌いだったんだよ。今でも大きいのを見ると背中がぞわっとする。それなのに一度もスパイダーマンを怖いと思ったことがない。……そして私はスパイダーマンの写真がほしい。

10. 海外の名無しさん(>>9への返信)
あの新聞社の編集長がスパイダーマンをあれだけ叩き続ける本当の理由、実はクモ恐怖症なんじゃないかと前から思っている※ J・ジョナ・ジェイムソン。作中の新聞社の編集長で、スパイダーマンを悪者として書き立てる常連キャラ。「スパイダーマンの写真を持ってこい!」と怒鳴るのが口癖で、一つ上の書き込みの締めもこの決め台詞

11. 海外の名無しさん
またスティーヴ・ディッコの名前が消えている。この話題が出るたびに毎回そうなるんだよな。生まれた瞬間の逸話はいつもリーのもので、実際に形にした人の話にはならない。

12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
スタン・リー「こういうのはどうだろう。スパイダー……マン!」/スティーヴ・ディッコ「(それ以外の全部をやる)」。この構図で説明されるの、さすがに気の毒ではあるけど否定もしきれない。

13. 海外の名無しさん(>>11への返信)
そこはもう少し丁寧に見たい。リーは初期の作品を大量に書いていて、あの独特の語り口はまぎれもなく彼のものだった。他人の仕事を自分の手柄のように語る癖があったのは事実だし、批判されて当然だと思う。ただ最近は反動が効きすぎて「あの人は何もしていない」という扱いになりつつある。少なくとも彼は、いつも作画の人間の名前を出していた。ビル・フィンガーの名前を最後まで表に出させなかった人と同じ棚に置くのは違う※ ビル・フィンガー=バットマンの造形に深く関わりながら、長らく作者として名前が載らなかった作家

14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
これは本当にそう。ディッコが一人でやっていたら、ピーターは思想書を朗読するようなキャラクターになっていた可能性が高い。大学に進んだあたりの回にその気配が漏れているし、二人が袂を分かった理由もだいたいそこだと言われている。編集として手綱を引いていた人がいたから、あの親しみやすさが残ったんだと思う。

15. 海外の名無しさん
スパイダーマンを「今まで聞いた中で最悪のアイデア」と呼んでしまった人、その後どんな気持ちで生きていたんだろう。夜中に冷や汗をかいて起きる日が何十年も続いたのでは。

16. 海外の名無しさん(>>15への返信)
残念ながらその人は会社のオーナー本人なので、結局いちばん儲けたのもその人なんだよね。しかも社内では親戚筋という話まである。冷や汗どころか、たぶんぐっすり眠っていたと思う。

17. 海外の名無しさん
まあ企画書の段階だと、この手のヒーローものはだいたい馬鹿げて聞こえるものだよ。「夜な夜な犯罪者を殴りに行く大金持ちの話です。作風は暗く重厚に。あ、格好はコウモリです」とか。

18. 海外の名無しさん
スーツを着た人たちの一言で潰された傑作が、これまでにいくつあったんだろうな。今回はたまたま押し込む隙間があっただけで、普通は消えて終わりなわけで。

19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
『ハリー・ポッターと賢者の石』も、原稿を持ち帰った出版社の重役の娘がたまたま読んで「続きが読みたい」と言ったのが決め手だったと言われている。あの子がその日たまたま別の遊びをしていたら、あれは無かったことになっていたかもしれない。

20. 海外の名無しさん
その15号を手元に持っている人のことを考えてしまう。打ち切り雑誌の最終号だから、当時はたぶん誰も大事に取っておかなかったはずで、いま値段はどのくらいになっているんだろう。

21. 海外の名無しさん(>>20への返信)
調べてみたら、状態が悪くて表紙が破れているようなものでも数千ドルはするらしい。ほとんど新品同様の一冊は2021年に360万ドルで落札されたそうだ。打ち切りの最終号にしては出世しすぎている。

22. 海外の名無しさん(>>20への返信)
昔、部屋ひとつ丸ごとスパイダーマンの収集品という客の家に行ったことがある。当時は価値を知らなかったんだけど、片手ずつに一冊ずつ持たされて「いま君は20万ドルを持っているよ」と言われた。そっと、本当にそっと机に戻した。

23. 海外の名無しさん
面白いのは、当時のテレビドラマにその号が映り込んでいること。ニューヨークの街で実際に撮っていた作品で、背景の売店に売り物として何冊も吊るされているのが残っている※ Naked City=1950年代末から60年代にかけて、ニューヨークの街頭で撮影されていたアメリカのテレビドラマ。同じ棚に別の号も見えるらしくて、当時の売店をそのまま再現しようとしたら今なら小道具代だけで破産する。

24. 海外の名無しさん
同じ15号には、鐘を鳴らす男の話や、火星人が人間に紛れ込んでいるという話も一緒に載っていたんだよね。編集部からすればどれも横並びの短編で、どれが当たるかなんて分からなかったわけだ。鐘つき男が看板になった並行世界のことを、たまに考えてしまう。

25. 海外の名無しさん
1960年代のマーベルの社内を舞台にしたドラマを誰か作ってほしい。個性の強い人たちが狭い部屋で怒鳴り合いながら、後の世界的な看板を片っ端から生み出していたわけで、題材としては十分すぎるほど面白いと思う。

まとめ

スパイダーマンの企画は最初「今まで聞いた中で最悪のアイデアだ」と却下された——これはスタン・リーが生涯くり返し語っていた話で、細部がどこまで正確かは分からない。ただ、行き場を失った短編が打ち切り雑誌『アメイジング・ファンタジー』の最終号に押し込まれ、そこで跳ねたという経緯自体は残っている。コメント欄は「クモ恐怖症だらけの世界で、なぜクモの人がいちばん人気なのか」という素朴な疑問から始まり、途中からは作画のスティーヴ・ディッコの功績をめぐる長い議論になった。リーを持ち上げすぎるのも、反動で全部否定するのも違う——その落としどころを海外の読者が自分たちで探しているのが、いちばん読み応えのある部分だった。

元ソース: スタン・リーが考えたスパイダーマンの企画は、当初「今まで聞いた中で最悪のアイデアだ」と出版社に却下されていた。リーは打ち切り前の最終号である『アメイジング・ファンタジー』15号でしか、このキャラクターを世に出せなかった

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