「エアロバイクを漕ぎながら1日7行、ウェイト中に14行を復習」1万行の叙事詩を丸ごと覚えた男が使った9年

「エアロバイクを漕ぎながら1日7行、ウェイト中に14行を復習」1万行の叙事詩を丸ごと覚えた男が使った9年 人物・偉人

日本で『失楽園』といえば、まず渡辺淳一の小説を思い浮かべる人が多いと思う。今日の話はそちらではない。17世紀イギリスの詩人ジョン・ミルトンが書いた、1万行を超える長大な叙事詩のほうである。アメリカに、その全12巻を丸ごと頭に入れてしまった男性がいる。そして彼が暗記に使った場所は、書斎でも図書館でもなく、ジムだった。

※注:ここでいう『失楽園』は、ジョン・ミルトンが1667年に発表した英語の叙事詩「Paradise Lost」の邦題。日本では渡辺淳一の同名小説のほうが有名だが、まったく別の作品で、内容にも関係はない。

今日の知ってた?

📖 アメリカのジョン・ベイジンガーは、ジョン・ミルトンの叙事詩『失楽園』の全12巻を丸ごと暗記した、いまのところ唯一知られている人物である。やり方は、エアロバイクを漕ぎながら1日に7行を新しく覚え、ウェイトトレーニング中に、すでに覚えた14行を復習するというもの。完了までにおよそ4000時間、年数にして9年近くかかったとされる。

背景:『失楽園』とはどんな詩なのか

まず、この詩がどれくらいのものなのかを押さえておきたい。ジョン・ミルトンの『失楽園』は1667年に世に出た作品で、初版は10巻構成、1674年の第2版で現在知られる12巻の形に組み直された。全体の長さは1万行を超える。日本語の感覚に置き換えるなら、詩集というより長編小説をまるごと一冊、韻文で書き切ったようなものだと思ってもらえばいい。

内容は、旧約聖書の冒頭にある「人間が楽園を追われるまで」を題材にしている。神に反逆して天から堕とされたサタンが、復讐の手段として、造られたばかりのアダムとイヴをそそのかす。禁じられた実を口にした二人は楽園から追い出され、人間の歴史が始まる——という筋立てだ。面白いのは、物語がサタンの側から始まることである。敗れて地獄に落ちた彼が、それでも屈服を拒んで「天国で仕えるくらいなら、地獄で君臨するほうがましだ」と言い放つ場面は、英文学でもっとも有名な台詞のひとつとして繰り返し引用されてきた。悪役のはずのサタンが妙に堂々としていて格好よく見えてしまうため、「ミルトンは知らないうちに悪魔の味方をしていたのではないか」という議論が、300年以上ずっと続いている。

そして、英語で読むと相当に手強い。『失楽園』は無韻詩と呼ばれる形式で書かれている。行末で韻を踏まず、そのかわり一行が弱と強のリズム五つ分という拍子だけで整えられている形式だ。※ 無韻詩=ブランクヴァース。シェイクスピアの戯曲の台詞も多くがこの形式で書かれている。さらにミルトンはラテン語の語法を英語に持ち込んだため、主語と述語がなかなか出会わない。ひとつの文が20行、30行と続いて、読んでいるうちに何の話だったか見失う。英語圏の学生にとっても「授業で当たると気が重い作品」の代表格である。

もうひとつ、この詩について知っておくと今日の話が何倍か効いてくる事実がある。ミルトンは『失楽園』を書いていた時期、すでにほとんど目が見えなくなっていた。つまり彼はこの1万行を、紙の上ではなく頭の中で組み立て、それを口に出して他人に書き取らせた。この詩はもともと、誰かの記憶の中にだけ存在していた時期があるということになる。

もう少し詳しく

ベイジンガーのやり方は、拍子抜けするほど単純である。特別な記憶術も、語呂合わせも、頭の中に宮殿を建てるような技法も出てこない。エアロバイクを漕ぎながら新しい7行を覚える。ウェイトを上げ下げしながら、すでに覚えた14行を口の中で転がす。これを毎日繰り返す。新規が7行で復習が14行、つまり入れる量の倍を毎日おさらいするという配分になっている。忘れないための時間のほうを多めに取っている、と言い換えてもいい。

数字を並べてみると、この配分の意味が見えてくる。1万行を超える詩を1日7行ずつ覚えるなら、単純計算では4年ほどで終わる。ところが実際には9年近くかかっている。差の5年ぶんは、どこへ消えたのか。おそらくは復習に食われている。先へ進むことより、後ろを崩さないことのほうが大変だった——数字はそう語っているように見える。総時間の4000時間を全体の行数で割ると、1行あたり20分以上を費やした計算になる。9年で4000時間ということは、1日あたりおよそ1時間ちょっと。ちょうど、ジムに行って自転車を漕いで、重りを上げて帰ってくるくらいの長さである。

この「ジムでやる」という部分が、実は方法の核心かもしれない。体を一定のリズムで動かしているとき、口はひまをしている。そこに詩を流し込むと、脚の回転と言葉の拍子が噛み合ってくる。歌詞を覚えるのに苦労しない人が多いのは、メロディとリズムが記憶の手すりになっているからだが、韻文にも同じ働きがある。『失楽園』は脚韻を踏まないぶん歌よりは手がかりが少ないものの、五拍子の刻みだけは全行にわたって一定している。ペダルを踏む足が、そのまま拍子を数えていたことになる。

「唯一知られている人物」という言い方にも、少し味がある。これは「他に誰もいない」という意味ではない。誰にも言わずに達成して、誰にも言わないまま生きている人がいたとしても、記録には残りようがないからだ。同じ詩を暗記していたことで知られる人物は他にもいて、アメリカの高名な文芸批評家ハロルド・ブルームは、その場で行を指定されるとそこから先を諳んじてみせるのを得意にしていたと伝えられる。※ ハロルド・ブルーム=20世紀後半のアメリカを代表する文芸批評家。西洋文学の「正典」をめぐる議論で知られる。ただし、部分ではなく全12巻を通しで、というところまで確認されている例は、いまのところ他に見当たらない。

そして忘れてはいけないのが、これが「暗記したまま終わり」の話ではないことだ。覚えた詩は、声に出すためのものである。目の見えないミルトンが口述したものを、350年後の誰かが、また口で再現している。紙を経由して受け渡されてきた1万行が、一度だけ元の姿——人の頭の中と、人の声——に戻ったと考えると、なかなか妙な気分になる。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
……で、なぜ? 「やった」と言いたかっただけなんだろうか。動機の部分がまったく想像できないんだけど、こういうのは理由を聞くほうが野暮なのかな。

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
人類の偉業のうち相当な割合が「やったと言いたかったから」で達成されている、というのは冗談ではなく本当だと思う。山に登る人も、砂漠を歩く人も、だいたい理由を聞かれると困った顔をする。

3. 海外の名無しさん(>>1への返信)
そもそもジムには行くわけでしょう。多くの人はその時間に音楽を流したりドラマを見たりしている。彼はその枠に『失楽園』を入れただけ、と考えるとそんなに不思議でもない。娯楽の選び方が渋すぎるだけで。

4. 海外の名無しさん
9年間ほぼ毎日エアロバイクとウェイトを続けた人ということでもあるよね。記憶力の話として読み始めたのに、途中から体のほうが心配になってきた。相当仕上がっていたはずだ。

5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
新しく7行、復習で14行という配分は、量としては最後まで一定なんだよね。だから途中でジムにいる時間が延々と伸びていくわけではない。むしろ9年間その一定量を崩さなかったことのほうが人間離れしている。

6. 海外の名無しさん
「知られているかぎり唯一の」という言い回しが引っかかった。つまり黙って達成して、黙ったまま暮らしている人がいる可能性は残っているわけだ。世界のどこかにそういう寡黙な人がいると思うと少し楽しい。

7. 海外の名無しさん
2011年ごろ、彼が『失楽園』を通しで朗誦する公演があると聞いて、友人と車で会場まで行ったことがある。カフェを兼ねた小さなライブハウスで、入ってみたら客席には誰もおらず、彼が暗い中でひとりぶつぶつと台詞を繰っていた。人が来たことをものすごく喜んでくれて、こちらが好きな箇所を挙げるたびに気持ちよく諳んじてくれた。もっと人が来ていればよかったのにと今も思う。まあ、間口の狭い趣味であることは否定できないけれど。

8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
時代が少しだけ早かったんだと思う。今なら誰かが撮って世界中に流れて、コメント欄が知らない人たちで埋まっていたはずだ。

9. 海外の名無しさん(>>7への返信)
誰もいない客席の前で暗誦していた、というところで胸が詰まった。でも二人が来てくれた日のことは、たぶん本人の中では大事件として残っているよ。行ってあげてよかったね。

10. 海外の名無しさん
最初、モンティ・パイソンのコントの説明を読んでいるのかと思った。エアロバイクを漕ぎながら叙事詩を暗記する男、という一行だけで全部あの雰囲気がある。

11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
どちらかというと『華氏451度』だと思う。本の所持が禁じられて焼かれる世界で、人々が一人一冊ずつ暗記して「生きた本」になる、というくだりがある。焼かれない場所に本を隠す方法として、頭の中を選んだ人たちの話だ。

12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
文字が広く行き渡る前は、むしろそれが標準だったんだよね。『イリアス』も『ギルガメシュ叙事詩』も、書き留められるより先に、覚えて語る人たちが何世代も運んでいた。書物というのは記憶の外付けであって、順番としては後発なんだ。

13. 海外の名無しさん
学生のとき、授業で終盤の一節を暗誦させられたことがある。大部分は本当に美しいんだけど、ところどころ拍子に収めるために言葉を無理やり折り曲げている行があって、「自然と涙がこぼれたが、すぐに拭った」みたいな箇所は今でも引っかかっている。

14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
その窮屈さも含めて技法なんじゃないかな。決まった拍子の中に意味を押し込む作業そのものが詩なのであって、そこがなめらかすぎると散文と変わらなくなってしまう気もする。

15. 海外の名無しさん
外出が難しかった時期にフォークソングの歌詞を覚えるのを始めて、気がついたら200曲くらい入っていた。やたらと長い曲もあるのに今でもすらすら出てくる。ふだんの記憶力はひどいものなのに、リズムと節がついた途端に忘れなくなるのが自分でも不思議だ。

16. 海外の名無しさん(>>15への返信)
それはよくわかる。ただ『失楽園』は行末で韻を踏まない形式なので、歌よりも手がかりがずっと少ない。「次はこの音で終わるはず」という助けがないまま1万行というのは、条件としてはかなり厳しいほうだと思う。

17. 海外の名無しさん
批評家のハロルド・ブルームも全部覚えていたことで有名だった。人に好きな行を指定してもらって、そこから先を諳んじてみせるのが十八番だったらしい。宴席での持ちネタがそれというのがすごい。

18. 海外の名無しさん(>>17への返信)
問題は、その「宴席」に二回目以降も人が来たのかどうかだよね。一度見せられたら十分な気もする。

19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
文芸批評家の周りに集まるのは文学が好きな人たちなので、たぶん普通に盛り上がっていたと思う。人はだいたい自分と同じものを面白がる相手と飲むものだよ。

20. 海外の名無しさん
ベイジンガーという名前を見て、まず女優のキム・ベイジンガーが浮かんだ人は自分だけではないはずだ。記事のどこにも関係があるとは書かれていないのに、勝手に頭が結びつけてしまった。

21. 海外の名無しさん
何かを極めるには1万時間が必要、という有名な説があるけれど、この人は4000時間で1万行を仕上げてしまったことになる。説を唱えた側が耳をふさいで「聞こえない、聞こえない」と言っている姿が浮かんだ。

22. 海外の名無しさん
本という大変便利な技術がすでに発明されている件について、誰か彼に教えてあげなかったのだろうか。持ち運べるし、めくれば好きな行がすぐ出てくるらしいですよ。

23. 海外の名無しさん(>>22への返信)
でも本は貸したら返ってこないし、火事になれば消える。頭に入れた分だけは持ち主から離れないので、保管方法としては最強という考え方もできる。運用コストが9年というだけで。

24. 海外の名無しさん
ミルトン自身が目を失ってからこの詩を口述で作らせたことを思うと、話の輪がきれいに閉じている気がする。頭の中で組み立てられた1万行が、350年後に別の人の頭の中に戻ってきたわけだ。紙は途中の乗り物にすぎなかったことになる。

まとめ

ジョン・ベイジンガーは、ジョン・ミルトンの叙事詩『失楽園』全12巻を丸ごと暗記した、いまのところ唯一知られている人物とされる。エアロバイクを漕ぎながら1日7行を覚え、ウェイトを上げながら既習の14行を復習する。それを積み上げておよそ4000時間、9年近く。コメント欄は「で、なぜ?」という素朴な疑問から始まったのに、途中から「どうせジムには行くのだから娯楽の選び方の問題では」「文字が普及する前はそれが記憶の標準だった」と話が広がり、最後は「本という便利な技術があるのに」という軽口と、「ミルトン自身も目が見えないまま頭の中で作った詩だ」という指摘が並んで終わった。紙に書かれる前は誰かの記憶の中にしかなかった1万行が、一度だけ元の場所に戻ったという話でもある。

元ソース: ジョン・ベイジンガーは、ジョン・ミルトンの叙事詩『失楽園』全12巻を暗記した唯一知られている人物。エアロバイクを漕ぎながら毎日7行を覚え、ウェイトトレーニング中に既習の14行を復習した。完了までに4000時間、9年近くを要した

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