「アメリカ」という名前は、アメリゴ・ヴェスプッチ本人がつけたものではない。それどころか、本人はまったく関与していなかった。1507年、ドイツの地図製作者が世界地図を刷るときに、勝手にそう書き込んだのが始まりだとされる。しかも採用されたのは苗字ではなくファーストネームのほうで、ヨーロッパやアジアにならって女性形に変えられている。
※注:アメリゴ・ヴェスプッチはイタリア・フィレンツェ出身の商人・航海者。15世紀末から16世紀初頭にかけて大西洋を渡る航海に加わり、その記録をまとめた文章がヨーロッパ中で読まれた人物とされる。
今日の知ってた?
🗺️ 「アメリカ」という名は、アメリゴ・ヴェスプッチ本人が名乗ったものではない。1507年、ドイツの地図製作者マルティン・ヴァルトゼーミュラーが、ヴェスプッチの関与なしにその呼び名を世界地図の上で提案したとされる。彼はヴェスプッチをたたえるために、苗字ではなくファーストネームのほうを女性形に変えて使った。エウロパ(ヨーロッパ)やアジアといった先例にならった形である。
背景:ヴェスプッチは、結局なにをした人なのか
まず引っかかるのは、「なぜコロンブスではないのか」だと思う。大西洋を最初に渡った人物として名前が挙がるのはコロンブスのほうで、ヴェスプッチはどちらかといえば地味な扱いを受けている。それなのに、大陸の名前になったのは後者だった。
理由としてよく挙げられるのが、文章の力である。ヴェスプッチは自分が加わった航海について読み物として面白い記録を残し、それが当時のヨーロッパで広く出回った。航海した回数そのものはコロンブスよりずっと少なかったとされるのに、「向こうに何があるのか」を知りたかった読者に届いたのは彼の文章のほうだった。
そしてもうひとつ、これが決定的だったと言われる。コロンブスは最後まで、自分が着いたのはアジアの東の端だと考えていたとされる。アジアに着いたつもりの人は、新しい大陸の名前を必要としない。一方でヴェスプッチは、これは既知のどの土地でもない別の大陸らしい、と早い段階で書いた。「新大陸」という枠組みそのものを言葉にした人の名前がその枠につく、というのは、順番としては筋が通っている。
※ ヴェスプッチが実際に何回大西洋を渡ったのかについては研究者のあいだで見解が割れており、確定した数字があるわけではない。
もう少し詳しく
なぜ苗字ではなく、ファーストネームだったのか。ここがこの話のいちばん面白いところである。ラテン語では名詞に性があり、地名や大陸名は女性形をとるのが通例だった。エウロパ(ヨーロッパ)もアジアもアフリカも、形として女性名詞である。ヴァルトゼーミュラーはその慣習に合わせるために、アメリゴをラテン語化した「アメリクス」を女性形にして「アメリカ」とした。もし苗字のヴェスプッチのほうを同じ手順にかけていたら、あの大陸は「ヴェスプティア」と呼ばれていた計算になる。
※ ラテン語では単語ごとに男性・女性・中性の区別があり、語尾の形も変わる。「-us」で終わる男性形を「-a」に変えると女性形になる、というのがここで使われた変換。
名付け親は、もう一人いたかもしれない。この地図には共同で作業していた人物がいて、マティアス・リングマンという名で知られている。実際に「アメリカ」と言い出したのはヴァルトゼーミュラーではなくリングマンのほうだった、という説もあり、どちらが発案者なのかは確定していない。地図に名前が刷られて残った側と、隣で仕事をしていた側。名付けをめぐる話が、名付け親の段階でもう一段ぶれているというのは、なかなか出来過ぎている。
地図そのものの話。「アメリカ」の文字が入ったこの1507年の世界地図は、当時としては驚くほど正確だと言われている。完全な形で現存する一枚は、アメリカ議会図書館が数年前に個人の所蔵から多額を投じて買い取り、展示している。合衆国はこれを、国の「出生証明書」と呼んでいるという。ただし当の地図では、合衆国にあたる一帯はまだおおまかな示唆として描かれている程度で、「アメリカ」の文字が置かれているのは南アメリカのほうである。
一度刷られてしまえば、もう止まらない。この時代は活版印刷が地図を大量に複製しはじめた時期にあたる。手写しの一枚ものなら書き換えも呼び直しもできたが、刷られて配られたものはそうはいかない。誰がなぜそう書いたのかとは無関係に、名前だけが先に世界へ広がっていく。本人の関与なしに決まった呼び名が500年以上そのまま残っているのは、地図製作の技術がちょうど切り替わった瞬間に重なったから、という側面もありそうだ。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
てっきり本人が上陸して旗でも立てて自分の名前をつけた、くらいの話かと思っていた。実際は本人の知らないところで地図に書かれていただけというのが、なんとも締まらなくていい。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
つまり順番が違えば、あの国は「ヴェスプッチ合衆国」を名乗っていた可能性があるわけだ。国歌の歌詞が全部ずれる。
3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
苗字でいくなら女性形にしないと座りが悪い。ヴェスプッチアだな。エウロパもアジアも女性形なんだから、そこだけ男の名前のまま置いておくわけにはいかない。
4. 海外の名無しさん(>>3への返信)
ラテン語化を一段はさむともう少し変わる。アメリゴ・ヴェスプッチはラテン語だとアメリクス・ヴェスプティウス。名前を女性形にすればアメリカで、苗字なら「ヴェスプティア」だ。酒場で叫ぶかけ声も「ヴェスプーチャ!」になっていた。
5. 海外の名無しさん
ヴァルトゼーミュラーという名字、分解すると「森の湖の粉屋」。他人の名前を大陸につけた男が、こんな風景描写みたいな名字だったというのが妙におかしい。
6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
ドイツ語圏の名字はだいたいそういう作りになっている。職業か地形か、その両方。粉屋(ミュラー)ひとつ取っても、城のそばならブルクミュラー、石のそばならシュタインミュラーと枝分かれしていく。
7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
オランダや北欧も同じで、うちの父のフルネームは訳すと「兵士の農夫」みたいな意味になる。名字はもともと全部が説明文だったんだと思う。時間がたって意味を忘れただけで。
8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
現代でも通用するのが強い。シュヴァインシュタイガーなんて意味を考えたら試合を真面目に観られなくなる。
9. 海外の名無しさん
そもそもなぜコロンブスじゃなくヴェスプッチだったのか、というのが個人的にはいちばんの発見だった。ヴェスプッチの航海記のほうが当時よほど読まれていて、要するに文章がうまかったから、という説明を見た。行った回数はずっと少ないのに。
10. 海外の名無しさん(>>9への返信)
コロンブスは最後まで「ここはアジアだ」と言い続けていたわけだから、そもそも新しい大陸の名前を必要としていない。名付けの候補にすら立てなかった、というほうが正確だと思う。
11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
そこなんだよな。ヴェスプッチは早い段階で「これは知られているどの土地でもない、別の大陸だ」と書いた。新大陸という枠を作った人の名前がその枠につくのは、順番として素直だと思う。
12. 海外の名無しさん
ただヴェスプッチの手紙にも、後の研究で「これは盛っているのでは」と疑われている部分があるらしい。宣伝がうまい人が歴史に残る、という身も蓋もない話でもある。
13. 海外の名無しさん(>>12への返信)
仮に盛っていたとしても、「ここはアジアじゃない」と言い切ったこと自体は価値があると思う。当時の常識に真正面から逆らう主張で、外したら物笑いの種になるやつだ。
14. 海外の名無しさん
コロンブスが不憫すぎないか。命がけで海を渡って、大陸の名前は別人のものになって、いま残っているのは記念日を続けるかどうかの論争だけ。
15. 海外の名無しさん(>>14への返信)
候補にはちゃんと挙がっていた。合衆国が「コロンビア」を名乗る案は実際に議論されていて、独立して間もない頃は13の植民地をまとめてコロンビアと呼ぶ言い方もあった。
16. 海外の名無しさん(>>15への返信)
いまコロンブスがあれだけ持ち上げられているのは、19世紀末のイタリア系移民の団体の運動が大きいと聞いた。アイルランド系にとっての聖パトリックの日みたいな、自分たちの祝日がほしかったらしい。
17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
差別されていた側が「自分たちもこの国の一部だ」と示すための運動だった、という前提まで入れるとかなり込み入った話になる。結果としてコロンブス本人の評価に火がついてしまったのは、たぶん誰も望んでいなかった展開だ。
18. 海外の名無しさん
1507年の地図、画像で見ると当時としては本当に驚くほど正確だった。南北の大陸がちゃんと海に囲まれた形で描かれている。太平洋がまだ誰にも見つかっていない時期なのに、なぜそう描けたのか。
19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
完全な形で残っている唯一の一枚は、数年前にアメリカ議会図書館が個人の所蔵から相当な額で買い取って展示している。合衆国はこれを国の「出生証明書」と呼んでいるらしい。
20. 海外の名無しさん(>>19への返信)
ところがその「アメリカ」の文字が置かれているのは南アメリカのほうで、合衆国にあたる一帯はぼんやりした輪郭でしかない。出生証明書に書いてあるのが隣の家の住所、みたいな話になっている。
21. 海外の名無しさん
「エウロパやアジアにならって」というくだりでいちばん笑ってしまった。では古代の大探検家エウロポさんとアジオさんはそれぞれ何を成し遂げた人なのか、そこを詳しく教えてほしい。
22. 海外の名無しさん
本人不在で名前が決まるのは実はよくある。カナダにはフレーザー川があって、これはデイヴィッド・トンプソンがサイモン・フレーザーにちなんで名付けたもの。そして同じ地域にトンプソン川があり、こちらはフレーザーがトンプソンにちなんで名付けている。
23. 海外の名無しさん(>>22への返信)
完全に名付け合いっこじゃないか。自分の名前を自分でつけるのは気恥ずかしいけれど、相手のを先につけてしまえば角が立たない。世界一平和な取引だと思う。
24. 海外の名無しさん
後年の地図では名前を引っ込めたという話も読んだことがある。ただ、そのときにはもう刷られて配られたあとで、手遅れだったと。一度広まった呼び名は本人にも取り消せない、というのは現代のインターネットと変わらない。
25. 海外の名無しさん
19世紀の別の歴史をなぞったアドベンチャーゲームに、アメリカが「ヴェスプッチア」と呼ばれている作品がある。最初に見たときは誤植を疑ったけれど、この由来を知ってから遊ぶと世界の作り込みが一気に効いてくる。
まとめ
「アメリカ」という名は、アメリゴ・ヴェスプッチが名乗ったものではなく、1507年にドイツの地図製作者マルティン・ヴァルトゼーミュラーが本人の関与なしに世界地図へ書き込んだものだとされる。しかも使われたのは苗字ではなくファーストネームで、エウロパやアジアといった先例に合わせてラテン語の女性形に変えられていた。コメント欄は「ヴェスプッチ合衆国だった可能性」の想像で盛り上がりつつ、なぜコロンブスではなかったのか、そもそもコロンブスは最後までアジアに着いたつもりだったのだから名付けの出番がなかった、という整理へ流れていった。名付け親がリングマンだった可能性も残り、地図の「アメリカ」の文字は南アメリカの上に置かれている。世界地図でいちばん有名な地名のひとつが、これだけ揺らいだ足場の上に立っている。

コメント
別にコロンビア特別区で使われてんじゃん
コロンブスの映画では、
コロンブスに対するイヤガラセでアメリゴになった、というになってた。
ことらでも、アメリゴ本人は関与していない。
もしコロンブスが新大陸だったと自覚して諸所の権利や名誉を主張し始めたら
まずいんじゃね?という陰謀から起こったことのようだ。
ペキン・ナンキン・トンキンなんよ^^