「人類で唯一、120歳を超えたと公式に認定された人物」と聞いて、誰の顔が浮かぶだろうか。フランス南部アルル出身のジャンヌ・ルイーズ・カルマンは、1875年2月に生まれ、1997年8月4日に122歳と164日で世を去った。電球が普及する前に生まれ、インターネットが世界中に広がるのを見届けた一人の女性の話を、海外コメ欄の声と一緒に追いかけてみたい。
※注:アルル(Arles)はフランス南部プロヴァンス地方の街。画家ゴッホが晩年を過ごしたことで知られる。
今日の知ってた?
📏 ジャンヌ・カルマンは「120歳超え」を公式に認められた唯一の人物。1875年2月21日生まれ、1997年8月4日没。享年122歳164日。記録上、二番目に長生きしたサラ・ナウス(119歳97日)にも約3年差をつけている。
背景:ジャンヌ・カルマンとは
カルマンが生まれたのは1875年、まだ電球も自動車も普及していない時代のアルル。実家は裕福な商家で、21歳で従兄のフェルナンと結婚し、夫の家業(呉服店)の上階で何不自由ない暮らしを送った。彼女は生涯働くことなく、フェンシング・自転車・テニス・水泳・ローラースケート・ピアノなどを趣味とする上流階級の生活を続けたという。
1888年、13歳のときに彼女は叔父の生地店で一人の画家と出会った。それがフィンセント・ファン・ゴッホだった。後にジャンヌは記者にこう語っている。「彼は私のことを見下すように見て、感じが悪く、無作法で、ひどく不愉快な人だった。それに、お酒のにおいが酷かった」。
もう少し詳しく
85歳でフェンシング、110歳までひとり暮らし。カルマンの長寿エピソードは数えきれない。85歳でフェンシングを始め、100歳までは自転車に乗り続け、110歳までアパートで一人暮らしを続けていた。タバコをやめたのは117歳のとき。「自分でライターの火がつけられなくなったから」というのが本人の弁だった。長寿の秘訣を聞かれると「毎日のコニャックとチョコレートケーキ」と答えたという話も残っている。
「人生で一番割の悪い契約」――公証人との家売買。1965年、90歳になったカルマンは、跡継ぎがいないことから自分のアパートを公証人アンドレ=フランソワ・ラフレに「終身年金契約」で売却した。条件は、毎月2,500フランをカルマンが死ぬまで支払い続けるかわりに、彼女の死後にラフレがアパートを取得する、というもの。当時90歳の女性が相手なら数年で決着がつく――そう踏んだはずのラフレは1995年に先立ち、結果として彼の遺族が払い続けるはめになった。総支払額はアパートの価値の2倍を超えたとされる。カルマン本人はこの件についてこう言ったらしい。「人生では、たまにハズレを引くこともあるのよ」。
「実は娘とすり替わった説」。2018年、ロシアの数学者ニコライ・ザクが「亡くなったのはジャンヌ本人ではなく、娘のイヴォンヌが母になりすましていたのでは」という説を発表し、論争になった。ただしその後の検証で、イヴォンヌは結核でスイスで長期入院していた写真記録などが提示され、また身長差(ジャンヌは小柄、イヴォンヌは中背)からも入れ替わりは難しいと結論づけられている。現在のところ、122歳の記録はおおむね「本物」とみなされている。
彼女が見届けた120年。カルマンが生まれた1875年は、ライト兄弟初飛行(1903)の28年前。彼女は52歳でリンドバーグの大西洋単独横断、72歳で音速突破、82歳でスプートニク、94歳でアポロ11号の月面着陸を見届け、101歳で火星地表の写真を、114歳でボイジャー2号によるネプチューン接近を目撃した。1995年、120歳のときには史上初の系外惑星発見のニュースも耳にしていた可能性が高い。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
13歳のときにゴッホに会って「酒くさい嫌な男だった」って酷評してるの好きすぎる。普通そこは「天才の若き日に出会った」って盛るところでしょ。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
死後100年以上経ってもまだゴッホに星1レビュー入れ続けてるの草。
3. 海外の名無しさん(>>1への返信)
ゴッホの伝記読んだ感じだとだいたい合ってる気がする。酒場と女と借金から逃げてた人だし、15歳前後の少女に対して感じよく振る舞える人ではなさそう。
4. 海外の名無しさん
80歳の時点で「あと40年人生残ってます」って状況、想像つかないんだが。普通その年齢って人生の店じまい始める頃でしょ。
5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
第二次大戦終わった時点で70歳、でもそこからスパイス・ガールズ聴くまで生きてるんだぜ。スケールがバグってる。
6. 海外の名無しさん(>>4への返信)
61歳でようやく折り返し地点ってこと? 中年の定義変わるじゃん。
7. 海外の名無しさん
このおばあちゃん、生粋のツワモノだよ。長寿の秘訣を聞かれて「毎日コニャック1杯とチョコケーキ1切れ」って答えてたんだぜ。健康本のアドバイスを片っ端からひっくり返してて笑う。
8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
本当の秘訣は「両親も兄弟もみんな90代まで生きた」っていう遺伝ガチャの大当たりと、金持ちの家に生まれて金持ちと結婚して一度も働かなかったことだと思う。テニス・水泳・ピアノで毎日を過ごす生活、そりゃ長生きするわ。
9. 海外の名無しさん(>>7への返信)
117歳まで吸ってたタバコをやめた理由が「自分でライターつけられなくなったから」って、もう人類の常識に喧嘩売ってる。
10. 海外の名無しさん
90歳でアパートを終身年金契約で売って、買い手の公証人と公証人の遺族が30年以上支払い続けるはめになった話、何度聞いても面白い。「人生ではたまにハズレを引くこともある」って本人がコメントしてるのが一番強い。
11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
90歳の女性相手の契約で32年生存される側になるの、確率論を超えてて気の毒すぎる。普通そんなシナリオ計算に入れないって。
12. 海外の名無しさん(>>10への返信)
TCボイル※がこの取引をラフレ視点で短編にしてるんだよね。読むと公証人にちょっと同情してしまう。
※注:T・C・ボイル(T.C. Boyle)はアメリカの作家。実話を題材にした短編小説で知られる。
13. 海外の名無しさん
ロシアの数学者が「本物のジャンヌは早くに死んでて、娘のイヴォンヌがすり替わってた」って説を出してたよね。あれって決着ついたの?
14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
かなり詳細に検証されて、いまは「すり替わり説のほうが無理がある」って結論に落ち着いてる。決定的な証拠はないけど、状況証拠は本物寄り。
15. 海外の名無しさん(>>13への返信)
そのロシアの研究者、もともと「120歳を超えて生きる人間なんていない」って前提から出発してる人だから、結論ありきの調査だったのよね。学会から猛反発食らってその後しぼんでた。
16. 海外の名無しさん
彼女が生きてる間に起きたこと、改めて並べると頭がクラクラする。電球の普及、自動車、飛行機、ラジオ、テレビ、原爆、月面着陸、インターネット。一人の人生に詰めこむ量じゃないでしょこれ。
17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
航空オタクとして補足させてくれ。彼女は15歳のときにクレマン・アデルが原始的な飛行機でジャンプし、28歳でライト兄弟が初飛行、52歳でリンドバーグ、72歳で音速突破、82歳でスプートニク、94歳で月面着陸、101歳でバイキングの火星写真、114歳でボイジャー2号のネプチューン接近を見届けてる。1995年の系外惑星発見も生きてた間の出来事だよ。
18. 海外の名無しさん
これだけ長生きするって、家族や友人を全員看取るってことなんだよな。一族の最後の一人になって、自分のことを子どもの頃から知ってる人間がこの世にいない状態。それを想像すると、長寿は無条件で羨ましいわけじゃないなって思う。
19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
うちの祖母が100歳超で亡くなったんだけど、90歳の誕生日のときに「どんな気分?」って聞いたら、ただ一言「友達がみんな死んじゃった」って返ってきたよ。あの一言で長寿の見え方が変わった。
20. 海外の名無しさん
個人的に一番ぐっと来たのは「85歳でフェンシング始めた」のところ。普通その年齢で新しいスポーツ始めないでしょ。「人生まだ折り返し」感がすごい。
21. 海外の名無しさん
1875年生まれってよく考えるとすごくて、彼女が子どもだった頃のフランスはまだ馬車が主役で、街灯はガス灯。それが亡くなる頃にはネット黎明期。同じ国の同じ街で起きた変化として体験してるんだよな。
22. 海外の名無しさん
タイタニックが沈んだとき彼女は37歳。ジェームズ・キャメロン版の映画『タイタニック』が公開された1997年に亡くなった。物語の事件と映画化を両方リアルタイムで体験した数少ない人。
23. 海外の名無しさん
あと2年と少し生きていれば「19世紀・20世紀・21世紀の3つの世紀を生きた人」になれたんだよな。本人もきっと狙ってたと思う。
24. 海外の名無しさん(>>23への返信)
うちのひいおばあちゃんは1897年生まれで1999年のクリスマスに亡くなった。本人が「2000年代は私の世代のものじゃない」って言ってて、ほぼ意地で2000年を回避した感じだった。亡くなる前日に家族全員と握手して回ってたらしい。あれは別れの挨拶だったんだなって今になって思う。
25. 海外の名無しさん
こういう人がいたという事実そのものが、人類の可能性の上限を1ピクセルだけ広げてくれる気がする。120歳まで生きられた人間がいる――その前例があるかないかで、医療や老化研究の景色は結構変わるんじゃないかと思う。
まとめ
ジャンヌ・カルマンは、1875年から1997年までの122年164日を生き抜いた、公式記録上ただ一人の「120歳超え」の人物。13歳でゴッホに会い、85歳でフェンシングを始め、110歳までひとり暮らし、117歳でタバコをやめ、90歳で結んだ家の終身年金契約では買い手のほうが先に亡くなる――エピソードのどれを取っても規格外だ。海外コメ欄も「ゴッホへの星1レビュー」や「コニャックとチョコケーキの長寿説」で盛り上がる一方、「家族や友人を全員看取るとはどういうことか」という静かな感想も並んでいた。長寿の風景は、明るさと寂しさが半分ずつ同居しているらしい。


コメント
フリーレンじゃん