南極点まであと180キロで引き返した4人の男が、帰路で食料を切らした。36時間、口に入れたのはココアと、コカインとカフェインを固めた錠剤だけ。凍傷で手足の感覚はなく、歩きながら意識が遠のく。1909年、探検隊の医療箱に「強行軍」と書かれた瓶が普通に入っていた時代の話である。
※注:当時のコカインは違法な薬物ではなく、局所麻酔薬・強壮薬として薬局で売られていた。歯科の麻酔や目薬にも使われ、探検隊や軍隊向けの製品も各社が出していた。
今日の知ってた?
📏 シャクルトンの南極遠征隊は、飢えながらの帰路で「フォースト・マーチ(強行軍)」錠剤を使っていた。成分はコカインとコーラの実由来のカフェイン。「空腹を紛らわせ、持久力を長引かせる」という触れ込みで市販されていた製品で、隊員たちは36時間食べ物なしのまま、この錠剤とココアだけで歩き続けた。
背景:南極点まで180キロで引き返した遠征
アーネスト・シャクルトンは1907年から1909年にかけて、ニムロド号による南極遠征を率いた。1909年1月9日、隊は南緯88度23分に到達する。南極点まで残り約180キロ。人類がそれまで到達したどの地点よりも南だった。しかしそこで彼は引き返す判断を下した。食料の残量から計算して、これ以上進めば全員が帰れなくなると分かったからである。
問題は帰り道だった。往路で設置した食料の置き場までの距離が長く、赤痢と凍傷が隊を襲った。数日にわたって食べる量が足りず、最後の区間では文字どおり何も残っていない時間帯があった。そこで使われたのが、当時の製薬会社が探検隊や軍隊向けに売っていた「強行軍」錠剤である。
もう少し詳しく
錠剤の中身。1粒あたりごく微量のコカインと、コーラの実から取ったカフェインを固めたもの。宣伝文句は「空腹感を抑え、持久力を長く保つ」。今の感覚では信じがたいが、当時は登山家、兵士、長距離の郵便配達人まで、疲労が命に関わる職業の人々に向けて堂々と売られていた。
もうひとつの使い道。コカインは雪盲の手当てにも使われた。強い反射光で角膜を焼かれると、目を開けているだけで激しい痛みが出る。そこで痛みを止める局所麻酔として点眼したのである。治すためではなく、歩き続けられるようにするための処置だった。
よく混同される二つの遠征。シャクルトンの名前で真っ先に思い浮かぶのは、船が氷に押し潰され、全員がエレファント島に取り残され、彼が小舟で1,300キロ先の島まで救援を求めに行ったという話だろう。ただしそちらは1914年から始まるエンデュアランス号の遠征で、この錠剤の話はその6年前、南極点を目指した遠征の帰路にあたる。別の出来事だが、どちらも「一人も死なせずに連れて帰った」という点で共通している。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
途中で眠り込んでしまうよりはマシだろうな。氷の上で座り込んだ時点で終わるわけだから、選択肢としては錠剤しかなかったんだと思う。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
結果が全部を物語ってると思う。それでも一人も死んでいないのが、何度読んでも信じられない。氷から脱出するときも、救助を待って島にいた間も、誰一人欠けていない。
3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
フランクリン隊との落差がすさまじいんだよな。あちらは北西航路を目指して129人が出て、一人も帰ってこなかった。準備の量でも装備の新しさでもフランクリン隊のほうが上だったのに。
4. 海外の名無しさん(>>2への返信)
細かいけど、島の話と錠剤の話は別の遠征だからね。錠剤を飲みながら歩いたのは南極点を目指した1909年のほうで、島に取り残されたのはその6年後のエンデュアランス号の遠征。
ついでに言うと、あの島を「あの島」で済ませてはいけない。海から突き出た巨大な岩の塊で、北側にほんのわずかな砂利の浜がある。本当に狭い。都市の小さな砂浜くらいの幅しかない場所に全員でしがみついていた。しかもあの緯度は暴風がほぼ常時吹いている。鳥とアザラシで食いつないで4、5か月そこにいたわけで、どう考えても正気の沙汰じゃない。
5. 海外の名無しさん
コカインとカフェインを入れているのに眠気に勝てない、という疲れ方は絶対に経験したくない。想像するだけで背筋が寒くなる。
6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
あれは本当に奇妙な感覚だよ。体のほうは完全に停止に入ろうとしているのに、脳だけが切れてくれない。筋肉が「寝ている間に暴れないよう、脳との接続を切っておこう」という段階に入っていくのが分かる。それを意識的に引き戻さないといけない。呼吸もゆっくりになりすぎて怖くなる。
7. 海外の名無しさん(>>5への返信)
「目がひどく痛む。スポーツドリンクのためなら人を殺せる。洗面所に目薬なかったっけ。もうコカインはやめよう。明日一日ずっと最悪の気分になるのは分かってる。何か腹に入れたら少しは落ち着くかな……。
そもそもなんで俺たちはブラッドに乗せられて、南極点なんかに来てるんだ」
史上最悪のキメ方。
8. 海外の名無しさん
新しいエナジードリンクを思いついた。信頼のおける方々による、非常に過酷な条件下での実地試験を済ませてある。
9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
あなたの考えに大変興味があります。ぜひ会報を定期購読させてください。
10. 海外の名無しさん
それでも全員が生きて帰ってきているんだよな。アイルランド人が率いた、薬で底上げされた英国精神。
11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
興奮剤は究極の裏技だよ。副作用を脇に置けばだけど。理性で考える限界のはるか先まで、生きたまま体を押していけるのが毎回衝撃的だ。1976年のデヴィッド・ボウイの写真を見てほしい。何年も食料なしで北極を歩いてきた人の顔をしてる。
12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
しかもボウイはあの時期に録音したアルバムのことを、本人がほとんど覚えていないらしい。それであの完成度なのが理解できない。
13. 海外の名無しさん
遭難していて、飢えていて、凍傷が始まっているところに、隣で誰かが自分の書いてる脚本の構想について延々と語り出す図を想像してみてくれ。
14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
その隊は二度と強行軍の錠剤を配らないだろうな。
15. 海外の名無しさん
ココアを添えてるところがいい。あの状況で温かい甘い飲み物が回ってくると、たぶん体より先に気持ちのほうが立ち直る。
16. 海外の名無しさん
コカインが入ってるならカフェインは要らなくない?重ねる意味があるのかな。
17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
二つ合わせると効き方が変わるんだよ。片方だけのときより、覚醒が続く時間が伸びる。当時の製品はその組み合わせを売りにしていた。
18. 海外の名無しさん(>>16への返信)
あの状況で、さらにカフェインの離脱による頭痛まで乗ってくる図を想像してほしい。凍傷と飢えと赤痢と、締めに頭痛。
19. 海外の名無しさん
シャクルトン本人の記録には、この錠剤の話は出てこなかった気がするんだよな。隊の医師の記録のほうに残っていたはずで、そのあたりの温度差も気になる。
20. 海外の名無しさん
「雪盲を治すためにコカインを目に点した」って何だそれは。
21. 海外の名無しさん(>>20への返信)
治すためではなく、痛みを止めるためだよ。局所麻酔として点眼した。雪面の反射で角膜をやられると、まぶたを動かすだけで砂が入ったような激痛が走る。放っておけば数日で治るけど、南極では数日動けないほうが死に直結する。だから痛覚だけ黙らせて歩かせた。乱暴だけど当時としては合理的な判断だったんだと思う。
22. 海外の名無しさん
アルフレッド・ランシングの『エンデュアランス号漂流』は、人生で読んだ中でいちばん常軌を逸した本だった。あれだけの状況をくぐり抜けて、記録がこんなに細かく残っていること自体がまずおかしい。
23. 海外の名無しさん(>>22への返信)
人にすすめるとき、いつも同じ言い方をしてる。「これが小説だったら、あり得なさすぎて途中で読むのをやめてた。事実だと知ってるから、ページをめくる手が止まらない」って。
まとめ
南極点を目前で諦めて引き返した隊が、帰路の最終盤で頼ったのはコカインとカフェインの錠剤とココアだった。当時のコカインは薬局で買える強壮薬であり、雪盲の痛みを止める点眼薬でもあった。倫理の問題として語られる話ではなく、当時利用できた手段の中で最も現実的な選択だった、という部分がこの記録の面白いところだと思う。
コメント欄で目立ったのは、薬の話そのものよりも「それでも一人も死んでいない」という点への驚きだった。129人全員が帰らなかったフランクリン隊との対比を挙げる声も多い。装備でも準備でも上だったはずの隊が全滅し、食料を切らして薬で歩いた隊が全員生還する。何が生死を分けたのかという問いが、100年以上経った今も残り続けている。

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