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「トロイの木馬は『イリアス』に一行も出てこない」あの名場面を書いたのは700年後のローマ詩人だった

「トロイの木馬は『イリアス』に一行も出てこない」あの名場面を書いたのは700年後のローマ詩人だった 歴史

巨大な木馬を城内に引き入れ、夜中に兵士たちが飛び出してトロイアは陥落した——誰もが知っているあの場面。ところが、その名場面はホメロスの『イリアス』には一行も出てこない。『オデュッセイア』でもほんの数回、思い出話として触れられるだけ。私たちが「トロイの木馬」として思い浮かべている光景は、ホメロスから約700年も後のローマ詩人が書いたものだった。

※注:『イリアス』『オデュッセイア』は古代ギリシャの詩人ホメロスの作とされる二大叙事詩。前者はトロイア戦争を、後者は戦後の英雄オデュッセウスの帰郷を描く。

今日の知ってた?

📏 トロイの木馬は『イリアス』に登場せず、『オデュッセイア』でも短く触れられるだけ。今日知られている「トロイア陥落」の描写は、ローマの詩人ウェルギリウスが紀元前1世紀に書いた『アエネイス』第2巻のものである。ホメロスの成立が紀元前8世紀頃とされるので、その差はおよそ700年。日本でいえば、平安時代の出来事を江戸時代の作家が名場面に仕立てたようなものだ。

背景:『イリアス』はトロイア戦争の全部を描いていない

『イリアス』は「トロイア戦争を最初から最後まで語った物語」だと思われがちだが、実際に描かれるのは10年に及んだ包囲戦の最終年、それも50日ほどの出来事にすぎない。主題は戦争そのものではなく、英雄アキレウスが総大将アガメムノンと衝突して戦線を離脱し、親友の死をきっかけに怒り狂って戦場に戻るまでの心の動きだ。物語はヘクトルの葬儀で終わり、木馬どころか、アキレウスの死すら描かれないまま幕を閉じる。

一方の『オデュッセイア』に木馬は出てくるが、あくまで回想として、である。第4巻でメネラオスとヘレネが「あの木馬の中で息を潜めた夜」を語り、第8巻ではオデュッセウス自身が吟遊詩人デモドコスに「木馬の歌を歌ってくれ」とせがむ。合わせても数十行、映画でいえばフラッシュバック程度の扱いだ。木馬を作った経緯も、城門を通す場面も、ここには書かれていない。

もう少し詳しく

失われた6つの叙事詩。古代ギリシャには「叙事詩環(エピック・キュクロス)」と呼ばれる連作群があり、トロイア戦争の発端から英雄たちの後日談までを、複数の詩人が分担して歌い継いでいたと考えられている。順に並べると、『キュプリア』→『イリアス』→『アイティオピス』→『小イリアス』→『イリオス落城』→『ノストイ(帰還譚)』→『オデュッセイア』→『テレゴネイア』。木馬が建造されるのは『小イリアス』、実際に城内へ運び込まれて街が焼かれるのは『イリオス落城』の担当だった。つまり木馬の本編は、最初から『イリアス』の守備範囲ではなかったわけだ。

そして問題は、この8作のうち今日まとまった形で残っているのが『イリアス』と『オデュッセイア』の2作だけだということ。残り6作は散逸し、数行の引用と、後世の学者が作った要約でしか中身を知ることができない。

なぜ2作だけが生き残ったのか。単純に、この2作が「別格に上手い」と評価され続けたからだとされる。アリストテレスは『詩学』の中で、『キュプリア』や『小イリアス』は構成が散漫だと名指しで批判している。評価が高い作品ほど写本が多く作られ、写本が多いほど生き残る確率が上がる。逆に「そこそこの作品」は書き写す人が減り、静かに消えていった。

では散逸作の中身はなぜ分かるのか。最大の手がかりは、『イリアス』の最重要写本とされる「ヴェネトゥスA写本」の冒頭に付されている、叙事詩環の各作品のあらすじ要約だ(『キュプリア』の分は損傷して失われている)。これに加えて、古代の学者や歴史家が引用・言及した断片、そして壺絵などの図像がある。ギリシャの壺には木馬を城内に引き入れる場面が繰り返し描かれており、テキストが消えても絵が証言を残した形になる。

ウェルギリウスの仕事。ローマ帝国初期の詩人ウェルギリウス(紀元前70〜19年)は、皇帝アウグストゥスの時代に叙事詩『アエネイス』を書いた。主人公は敗者側のトロイア王族アエネアス。彼が燃える街を脱出して西へ渡り、イタリアに落ち着くまでを描き、ローマ人の祖先をトロイアに結びつける建国神話になっている。

その第2巻で、アエネアスが自ら陥落の夜を語る。わざと置き去りにされたギリシャ兵シノンが「あの木馬は女神アテナへの奉納品です」と嘘をつき、疑ったラオコオンが海から現れた大蛇に息子もろとも絞め殺される——ここまで含めて、私たちが「トロイの木馬の話」として記憶している場面のほとんどは、この第2巻に由来する。ウェルギリウスは散逸前の叙事詩環を読める立場にあったとみられ、まったくの創作ではなく、既にあった伝承を敗者の視点から一本の名場面に磨き上げた、というのが実情に近い。

※注:コンピュータに無害なふりをして侵入する不正プログラムを「トロイの木馬(トロイアンホース)」と呼ぶのも、この逸話が語源。贈り物を装って中身が敵、という構図がそのまま名前になっている。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
理由はシンプルで、『イリアス』と『オデュッセイア』は「叙事詩環」というもっと大きな連作の一部でしかなくて、たまたまその2つだけが生き残ったんだ。木馬の話は、失われた方の作品でがっつり扱われていた。

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
順番を並べるとこうなる。キュプリア → イリアス → アイティオピス → 小イリアス(ここで木馬を作る) → イリオス落城(ここで木馬が城内に入って街が落ちる) → ノストイ → オデュッセイア → テレゴネイア。木馬担当の2作がまとめて消えてるの、出来すぎてて逆に笑う。

3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
連続ドラマの全8話のうち、クライマックスの第4話と第5話だけ録画に失敗した感じか。しかも残ってるのが第2話と第7話という嫌がらせみたいな配置。

4. 海外の名無しさん
初めて『イリアス』を読んだとき、パリスの審判から始まってヘレネが連れ去られ、ギリシャ軍が集結して、包囲戦があって、木馬で決着…という流れを勝手に期待していた。まさか10年目の途中からいきなり始まって、しかも木馬まで行かずに終わるとは思わなかったよ。

5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
あれは戦争の物語じゃなくて「アキレウスの怒り」の物語だからね。冒頭の一行目でちゃんと「怒りを歌え」って宣言してる。読者が勝手に戦記だと思い込んでるだけという。

6. 海外の名無しさん
『オデュッセイア』で木馬が出てくるのは2回だけ。メネラオスがテレマコスに包囲戦を語る回想と、オデュッセウス自身が吟遊詩人に「木馬の歌をやってくれ」と頼む場面。それも、自分の手柄話をリクエストして泣くという、なかなか味わい深いシーンなんだ。

7. 海外の名無しさん
ウェルギリウス? ダンテ『神曲』で案内役をやってた、あのウェルギリウス? 地獄の観光ガイドとしてしか認識してなかったから、まさか木馬の生みの親だったとは。

8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
そう、そのウェルギリウス。ダンテがガイド役に彼を選んだのは、当時のヨーロッパで「詩人といえばこの人」という別格の存在だったから。案内役の起用自体がダンテの推し表明みたいなものなんだよ。

9. 海外の名無しさん
つまり『アエネイス』は、ローマ人がギリシャ神話に本気でハマった結果生まれた公式スピンオフということか。しかも「うちの先祖はトロイアの王族です」って設定を後付けで足してるあたり、やってることは相当たくましい。

10. 海外の名無しさん(>>9への返信)
ローマ人がギリシャ文化に憧れてたのは本当だけど、あれを単なる二次創作と呼ぶのは気の毒かな。敗者アエネアスの視点から陥落の夜を描き直したのは完全に新しい発明で、だからこそ2000年後の私たちが覚えてるわけで。

11. 海外の名無しさん
散逸したって言うけど、じゃあどうしてあらすじが分かるんだ? 誰も読んだことがない作品の内容を、どうやって知ったのか本気で不思議なんだけど。

12. 海外の名無しさん
本文は消えても、要約は残ったんだよ。『イリアス』の最重要写本には、叙事詩環全作のあらすじが冒頭にまとめて付いている。学校の教材として要約が作られて、原典より要約の方が長生きしたわけだ。授業のまとめプリントだけが後世に残った、みたいな話。

13. 海外の名無しさん
壺の絵も重要な証拠になってる。ギリシャの壺には木馬を城内に運び込む場面が何度も描かれていて、しかも文字テキストが失われた後もその絵は残った。要するに、当時の人が描いた挿絵から本編を逆算してるんだよ。

14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
壺に描いた人は、まさか2000年後に「これが数少ない一次資料です」と扱われるとは夢にも思わなかっただろうな。食器がまさかの学術資料。

15. 海外の名無しさん
なぜ2作だけ残ったかというと、単純にこの2つが飛び抜けて評価が高くて、写本が大量に作られたからだと言われている。アリストテレスなんて『詩学』でわざわざ他の作品を名指しして「構成が甘い」と書いてる。古代の書評が2400年後まで効いてるの、書かれた側からすると災難すぎる。

16. 海外の名無しさん(>>15への返信)
自分の辛口レビューも2400年残ってほしいような、絶対に残ってほしくないような。

17. 海外の名無しさん
ヘルクラネウムで見つかった炭化した巻物に、失われた叙事詩が入ってる可能性はゼロじゃないらしい。ヴェスヴィオ火山の噴火で真っ黒に焼けて開けられなかったやつを、最近の技術で開かずにスキャンして読めるようになったんだ。

18. 海外の名無しさん(>>17への返信)
期待したいけど、正直かなり分が悪いと思う。今のところ読めた分の大半は哲学関係の論考で、詩はほとんど出てきていない。そもそも叙事詩環は評価が低かったから、別荘の書斎に置かれていた確率も低いだろうし。

19. 海外の名無しさん
スキャンの仕組みを調べてみたら本当にすごかった。巻物にX線を当てて、インクの有無で透過の具合が微妙に変わるのを検出して、巻かれたままの層を1枚ずつデジタルで剥がしていく。それを画素単位で地道に組み立て直すんだから、時間がかかるのも当然だ。

20. 海外の名無しさん
木馬は実在の兵器ではなく、地震の比喩だったという説を聞いたことがある。ポセイドンは海の神であると同時に、馬の神であり地震の神でもあった。だから「馬が城壁を破った」は「地震で城壁が崩れた」の詩的な言い換えかもしれない、と。あくまで一説だけど、面白い読み方だと思う。

21. 海外の名無しさん(>>20への返信)
似た系統で、木馬は攻城塔や破城槌のような兵器の呼び名だった、あるいは馬をあしらった船のことだった、という推測もあるね。どれも決定的な証拠はないけど、「兵士が中に隠れた巨大な木彫りの馬」より現実的ではある。

22. 海外の名無しさん
そもそもトロイアが実在の都市だと考えられるようになったのも、そんなに昔の話じゃないと思っていた。神話の中の街だとばかり。

23. 海外の名無しさん(>>22への返信)
遺跡自体は19世紀のうちに見つかっていて、同じ場所に何層も都市が重なっていることまで分かってる。ただ発掘したシュリーマンが層をお構いなしに掘り進めたせいで、貴重な情報がかなり壊れてしまった。見つけた功績と壊した罪が同居してる人物なんだ。

24. 海外の名無しさん
ホメロス自身も、この物語をゼロから作ったわけじゃないという点が個人的には一番驚きだった。アキレウスの名前は聴衆がすでに知っていて、彼はその共有の伝承を素材に、人物の内面へ焦点を絞って語り直した。だから「作者」というより「編曲者」に近い立ち位置なんだと思う。

25. 海外の名無しさん
文字を失った時代に口伝えだけで数百年語り継がれて、文字が戻ってきたときに詩人たちが自分の色を足して書き留めた——という成立の過程を思うと、木馬の場面が誰の発明かなんてもう特定できないよね。ウェルギリウスは最後にきれいに仕上げた人、という感じがする。

まとめ

誰もが知る木馬の名場面は、ホメロスの2作ではなく、約700年後のローマ詩人ウェルギリウスが『アエネイス』第2巻で書いたものだった。もともと木馬を担当していた『小イリアス』『イリオス落城』は散逸し、私たちは要約と壺の絵からその輪郭を推し量るしかない。海外の反応も「クライマックスだけ録画に失敗した連続ドラマ」という嘆きから、火山灰に埋もれた巻物への期待、地震の比喩説まで幅広く盛り上がった。最も有名な物語ほど、原典がどこにあるのか案外あやふやだという話でもある。

元ソース: トロイの木馬の話は『イリアス』には出てこず、『オデュッセイア』でも短く触れられるだけ。今日知られている陥落の描写は紀元前1世紀にローマの詩人ウェルギリウスが書いたものだった

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