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「3か月の航海でも180トン中100トンが氷のまま届いた」熱帯に冬を売ると笑われた”氷王”の話

「3か月の航海でも180トン中100トンが氷のまま届いた」熱帯に冬を売ると笑われた"氷王"の話 歴史

「熱帯地方に氷を売る」――そう言い出した若者を、当時の人々は鼻で笑いました。冷凍庫もエアコンもない19世紀、北国の氷を船で運んで売るなんて正気の沙汰ではない。ところがこの男は、笑った人々を全員見返してしまったのです。

今日の知ってた?

📏 アメリカ人実業家 フレデリック・テューダー(通称「氷王」)は、ニューイングランドの天然氷を熱帯地方やインドへ船で運ぶ「氷の貿易」を一から築き上げた。最も儲かったのはインド向けで、おがくずを断熱材に詰めれば3か月の航海でも180トン中100トンの氷が無事に届いたという。

背景:「氷の貿易」とは

19世紀初頭、人類はまだ「冷たさを作り出す」技術を持っていませんでした。火を起こして暖を取ることは大昔からできても、ものを冷やすには「より冷たい何か」をぶつけるしか方法がなかったのです。そこで目をつけられたのが、冬のあいだ湖や池に張る天然の氷でした。ニューイングランド(アメリカ北東部)では冬に厚く凍った湖の氷を切り出して貯蔵し、それを船で温暖な地域へ運んで売るという商売が生まれます。フレデリック・テューダーは、この「氷を商品として遠くへ運ぶ」というアイデアを事業として確立した中心人物でした。

もう少し詳しく

笑われた事業を、断熱材ひとつで成立させた。テューダーが最初に「熱帯に氷を売る」と言い出したとき、周囲は「冬を売る気か」と本気で取り合いませんでした。長い航海の途中で全部溶けてしまうと誰もが考えたからです。しかし彼は、製材所で出る木のおがくずが優れた断熱材になることを突き止めます。氷の塊どうしをおがくずでびっしり包んで積み込むと、外側がいくらか溶けても内側の氷はその冷気で守られ、3か月かけてインドへ運んでも180トンのうち100トンが氷のまま届いたのです。とりわけ植民地時代のインド・カルカッタ(現コルカタ)への輸出は大きな利益を生み、テューダーは「アイス・キング(氷王)」と呼ばれるようになりました。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
氷って実際、驚くほど溶けないんだよな。うちは冬に積み上げた雪が6月になっても残ってたりする。

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
そうそう。だから永久凍土は夏に30℃超えても何千年も解けずに残ってるわけで。塊が大きいほど冷たさを保てるんだよね。

3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
HVAC(建物の冷暖房)でも氷は蓄エネルギーに使われてるよ。電気が安い夜中に巨大な氷を作って、昼の冷房ピークでそれを溶かして冷やす。19世紀の発想がいまだに現役なの面白い。

4. 海外の名無しさん(>>3への返信)
シカゴのダウンタウンにまさにそういうビルがある。親父が「夜にでっかい氷の塊を作って、電気代の高い時間帯にその氷で建物を冷やすんだ」って教えてくれた。

5. 海外の名無しさん
19世紀のメルボルンでは、金持ちが新大陸の氷をわざわざ船でアメリカ→太平洋経由で取り寄せてたらしい。真夏に氷入りレモネードを出して客に見せびらかすためだけに。

6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
浪費といえば浪費だけど、オーストラリアの灼熱の中で飲むキンキンのレモネードは、人生で一番うまい一杯だっただろうな…。

7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
それを言われると反論できない。あの暑さの後の一杯なら、いくら払っても惜しくない気持ちはわかる。

8. 海外の名無しさん
「氷王」って聞くと、王冠かぶってお姫様でも追いかけてそうな響きだよな。実際はおがくずまみれの商人だったわけだけど。

9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
魔法が俺を生かしてくれる、でもそのせいで狂っていく…みたいなノリで氷を運んでたと思うと笑える。

10. 海外の名無しさん
ずっと不思議なんだけど、人類は40万年前から火で「好きなときに温める」ことができたのに、「冷やす」ほうは19世紀半ばまで、より冷たいものを持ってくる以外に手段がなかったんだよね。

11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
一応、水が蒸発する力を使えばある程度は冷やせたよ。空気がかなり乾いていれば、30℃のときに20℃くらいまでは下げられる。氷ほど冷たくはならないけどね。

12. 海外の名無しさん
うちの家族はミネソタで氷を切り出して氷室に入れてたけど、次の冬が来てもまだ氷が残ってることがほとんどだったよ。

13. 海外の名無しさん(>>12への返信)
テキサス育ちの自分からすると、その話だけでもう信じられないレベルなんだが。

14. 海外の名無しさん
インドはたしかに氷の市場として完璧だよな。生鮮食品の保存にも使えるし、これは良いアイデアで、しかも実際かなり長く成功したわけだ。

15. 海外の名無しさん(>>14への返信)
ただ当時のインドの庶民は屋根で天日干しの保存食を作ったり、塩で漬物にしたりしてたんだよね。インドは昔、世界最大の塩の輸出国だったし。米や小麦粉みたいな主食は水を加えるまで日持ちするから、毎食その都度焼いたり炊いたりしてた。

16. 海外の名無しさん(>>15への返信)
当時はイギリス統治下で、首都はカルカッタ。氷の主な届け先もそこだった。たぶん大半はイギリス人入植者向けで、肉や果物の保存、豪華なパーティー、バターやデザート用の氷なんかに使われたんだと思う。

17. 海外の名無しさん
ロジスティクスの豆知識として言うと、100トンって今でいうコンテナ約2.5個分なんだよな。当時はものすごい量に見えたはず。今の大型貨物船は2万4000個積めるけど。

18. 海外の名無しさん
100トンの氷が3か月もつカラクリを物理で言うと、氷の塊どうしが互いを冷やし合うからなんだよね。塊が大きくなるほど「氷に接している面」が「外気に触れる面」より圧倒的に多くなる。要するに体積は表面積より速く増えるってこと。100トンの氷は、実質「1トンの氷が99トンを凍ったまま守ってる」状態なんだ。

19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
なるほど、だからおがくずで隙間を埋めて塊を一体化させたのが効いたわけか。空気は水より熱をはるかに溜め込めないから、藁やおがくずで断熱するのが成功の鍵だったんだな。

20. 海外の名無しさん
東南アジア出身なんだけど、うちの言葉には「氷」や「雪」を表す固有の単語がそもそも無いんだ。当時、凍った水を初めて見た人たちの衝撃は本当に想像を絶するものだったと思う。

21. 海外の名無しさん
これ、パウル・セローの小説『モスキート・コースト』を思い出すな(映画でもドラマでもなく原作のほう)。ジャングルのど真ん中で氷を作ることこそ究極の力だと信じ込む男の話で、その説得力と「こいつ完全にイカれてる」感の同居が妙にゾクゾクするんだ。

22. 海外の名無しさん
「のちに銃殺隊の前に立つことになったアウレリャノ・ブエンディア大佐は、父親に連れられて初めて氷を見たあの遠い午後を思い出すのだった」――急にガルシア=マルケスの『百年の孤独』の冒頭を思い出した。

23. 海外の名無しさん
帆船時代だったのも地味に効いてると思う。19世紀初頭の船はまだ全部風頼みで、石炭や蒸気機関が普及する前。エンジンの熱で氷が溶ける心配がなかったのは結果的に追い風だったのかも。

24. 海外の名無しさん(>>23への返信)
しかも当時は整備された港もなく、流氷や氷棚で停泊そのものが危険だった。それを乗り越えて100トン届けたんだから、執念がすごい。

25. 海外の名無しさん
「冬を熱帯に売る」なんて、無理だと最初から知ってたら誰もやらなかったはず。知らなかったから出来た、の典型例だな。笑ってたやつら全員見返したのが痛快すぎる。

まとめ

氷王フレデリック・テューダーは、おがくずを断熱材に使い、3か月の航海で180トン中100トンの氷をインドへ届けて「氷の貿易」を成功させました。コメント欄は「冷やす技術が無かった時代の発想に驚いた」という声から、永久凍土・HVAC蓄熱・帆船時代の事情まで、知的な脱線が止まらない展開に。笑われた事業を執念で形にした男への称賛が目立ちました。

元ソース: 「氷王」フレデリック・テューダーは氷の貿易を無から作り上げた。熱帯に冬を売ると笑われたが、おがくずで断熱し3か月の航海でも180トン中100トンの氷を届けた

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