熱帯の森には、アリを「ゾンビ」にしてしまうキノコの仲間がいます。感染したアリは巣を離れてさまよい、葉にかみついたまま死に、その体からキノコが伸びてきます。てっきり脳を乗っ取っているのだと思われがちですが、2017年に米ペンシルベニア州立大学のチームが調べたところ、菌は脳の中には入り込んでいませんでした。かわりに全身の筋肉を取り囲み、網の目のようにつながっていたのです。
今日の知ってた?
🍄 「ゾンビアリ菌」タイワンアリタケ(オフィオコルディセプス・ウニラテラリス)に操られたアリの体を電子顕微鏡で立体的に調べると、菌の細胞は頭・胸・腹・脚のいたるところにあったのに、脳の中には一つも無かった(2017年、米科学アカデミー紀要=PNAS)。菌は筋肉の繊維を取り囲み、細胞どうしが管でつながって、体じゅうに網を張っていた。
背景:「ゾンビアリ菌」とは
タイワンアリタケは、いわゆる冬虫夏草(とうちゅうかそう)の仲間です。サイエンスライターの大谷智通さんが文春オンラインで紹介しているところでは、冬虫夏草とは、生きた昆虫(クモやダニも含む)に寄生し、数日から長いときには数年かけて体を蝕んだあげくに殺し、虫の体の外にキノコをつくる菌類の総称です。昆虫からキノコを生やす菌は世界で約580種あり、温暖で湿った気候の日本では、そのうち約300種が見つかっているといいます。漢方や薬膳料理で珍重されてきた「冬虫夏草」は、チベット高原でコウモリガの幼虫に寄生する種で、同じ仲間でも別の種類です。
タイワンアリタケが狙うのは、熱帯雨林にすむオオアリの仲間(英語で「大工アリ」と呼ばれるアリ)です。ふだんは高い木の上の巣で暮らしていますが、ときどき地面近くまで降りてきます。そこに上から胞子が降り注いでいると、運の悪いアリの体に胞子が付きます。胞子は芽を出し、酵素で外骨格に穴を開けて体の中に入り、菌糸を増やしていきます。
ナショナル ジオグラフィックが2011年に伝えたタイでの研究によると、オオアリの一種カンポノトゥス・レオナルディが感染してから完全に「ゾンビ化」するまでは3〜9日ほど。それまでアリはふつうにふるまいますが、体の中では菌が少しずつ増え、筋肉がやせていきます。やがてアリは仲間の行列をはずれてふらふらと歩き回り、けいれんを起こして木の上から落ちてしまいます。
落ちた先は、木の上より涼しくて湿った下草の層です。アリはそこで、地面から25センチほどの高さの葉によじ登り、かみついて離れなくなります。研究者のあいだでは「デス・グリップ(死のかみつき)」と呼ばれる行動です。かみつく時刻はたいてい太陽が真上に来る正午ごろで、なぜその時刻なのかはまだ分かっていません。2009年の調査では、キノコを生やしたアリの多くは、湿度95%、気温20〜30度の場所で見つかりました。
アリが葉を放せなくなるのは、頭の中の菌が、あごを動かす筋肉の繊維をはがしてしまうからです。そのため、死んだあとも葉にぶら下がったままになります。数日すると、死んだアリの頭から、シカの角のような柄(え)が伸びてきます。そこから下の地面へ胞子がまかれ、通りかかった別のアリがまた感染します。感染から胞子をまくまでは、全部で2〜3週間ほどです。
もう少し詳しく
2017年の研究で分かったこと。ペンシルベニア州立大学のマリデル・フレデリクセン(当時は修士課程の学生)と、ゾンビアリの研究で知られる昆虫学者デービッド・ヒューズらは、米ノートルダム大学の情報工学の研究者と組んで、操られている最中のアリの体を細かく調べました。使ったのは、試料を薄く削っては撮影する作業を繰り返して、組織を立体的に組み立て直す電子顕微鏡の方法です。撮れた膨大な画像から、どこが菌でどこがアリの筋肉かを見分ける作業には、深層学習(ディープラーニング)の画像認識を使いました。調べたのは、葉にかみついた瞬間のオオアリ(カンポノトゥス・カスタネウス)8匹です。比較のため、昆虫を殺すけれど行動は操らない別のカビ(ボーベリア・バシアナ)に感染したアリも調べました。
脳の外側までは来ていた。論文によると、菌の細胞はアリの体じゅうで見つかったのに、脳の中には無く、脳のすぐ外側に集まっていました。筋肉に占める菌の割合は、中央値で約10%。8匹のうち5匹では、菌糸が筋肉の繊維の中にまで入り込んでいました。調べた菌の細胞1,014個のうち59%は、ほかの菌の細胞と管でつながっていて、一つの細胞から最大6本の管が出ていました。筋肉に直接触れていない細胞も、多くはこの網を通じてほかの細胞とつながっていました。行動を操らないボーベリアのほうには、こうした管や網はありませんでした。研究チームはここから、アリの体の動きは脳を経由せず、体の末端の側で操られている可能性が高い、と結論づけています。
「操り人形」はたとえ話。この研究は「キノコがアリを操り人形のように動かしている」という形で広く紹介されました。理科ニュースサイトのアースカイによると、ヒューズ自身も、人形遣いが糸で人形を動かすようなものだと説明し、操られたアリを「アリの服を着たキノコ」とまで表現しています。ただ、論文が示したのは、菌が筋肉を取り囲んで網を張っていたという「形」です。菌がその網を使って筋肉一本一本に指令を出している様子を直接とらえたわけではありません。論文自身も、かみつく行動は少なくとも一部は化学物質によって引き起こされているのではないかと述べ、菌の細胞の網が栄養を集めて運ぶ役目をしている可能性も挙げています。ヒューズも、脳がどんな役割を果たしているのか、菌が脳をどこまで支配しているのかは、さらに調べる必要があるとしていました。
脳は「残されている」が、無傷ではない。2019年、同じ研究室のラケル・ロレトとヒューズは、操られている最中のアリの脳に含まれる物質を調べた結果を、昆虫生理学の専門誌に発表しました。この時点でも菌は脳に入り込んでいません。それでも、操られたアリの脳は健康なアリの脳とはっきり違っていて、神経の働きを調整する物質が変化し、神経が傷み始めているしるしや、エネルギーの使い方の変化、ストレスを受けたときに出る抗酸化物質の増加が見られました。一方で、神経の細胞を守る働きが知られている、菌がつくる物質エルゴチオネインが大幅に増えていました。研究者はこれを、菌が脳を「保存」しているのかもしれない、と解釈しています。ヒューズは2017年の時点で、菌がわざと脳を残すのは、最後のかみつきの瞬間まで宿主を生かしておくためではないか、という仮説を述べていました。つまり今のところ、「脳には入らないが、脳と無関係でもない」というのが研究者の見方です。筋肉への働きかけと脳への化学的な働きかけが、どう組み合わさってあの行動になるのかは、まだ解き明かされていません。
ゲームの「冬虫夏草」。この菌が一般に広く知られるきっかけの一つが、2013年に発売されたゲーム『The Last of Us(ラスト・オブ・アス)』です。冬虫夏草の仲間が人間に感染するようになった世界を描いた作品で、2023年にはドラマにもなりました。もちろん作中の設定は創作で、実在のタイワンアリタケが寄生するのはアリです。コメント欄では、このゲームの感染者が「意識を残したまま体を動かされているのでは」という話で盛り上がっていました。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
え、脳に入らないの?…いや待って、それって脳に入られるよりむしろ最悪じゃない?
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
ゲームの『The Last of Us』でも、感染者のうめき声をよく聞くと、かすかに泣いてたり謝ってたりする声が混じってることがあるんだよな。
3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
PS5のリメイク版で、なりたての感染者が「やめて、いや、ごめん」って言いながら友達に襲いかかる場面があったはず。オリジナル版には無かった気がする。
4. 海外の名無しさん
元の論文を読むと、「脳のかわりに筋肉」というより「脳の外側からも筋肉からも」って話だよ。菌は脳には入らないけど脳のすぐ外にびっしり集まってて、著者も脳に化学物質で信号を送って行動を変えている可能性が高いって書いてる。
5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
神経生物学をやってる身として言うと、筋肉を一本ずつ操り人形みたいに動かすより、化学物質でちょっと背中を押すほうがずっと安上がりなんだよね。アリにはもともと、目的地まで歩いていける立派な脳がある。わざわざ作り直す必要がない。
6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
なるほど、道案内はアリ本来の「ナビ」に任せて、いい場所に着いたらあごの筋肉に非常ブレーキをかける、って考えるとすごく腑に落ちる。解説ありがとう。
7. 海外の名無しさん
つまりアリは意識がはっきりしたまま、自分の体が勝手に木に登っていくのを見てるってこと?想像しただけで背筋が寒くなる。
8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
一気に乗っ取られるならまだしも、じわじわ体の自由を失っていくんだろうから、なおさらきつい。抵抗しようとしても、もう体が言うことを聞かない。
9. 海外の名無しさん
要するに、アリが意識だけ残して体が動かせない状態にされてるわけだ。脚を勝手に動かされて木に登らされ、葉っぱにかみついたまま固められ、最後は頭からキノコが生えてくる。
10. 海外の名無しさん(>>9への返信)
アリ側の立場で読むと、本当に一個もいいことが無いな。せめて何も分からないうちに終わってくれ。
11. 海外の名無しさん
最近このあたりの論文をまとめて読んだけど、菌がやってることは大きく三つ。けいれんを起こさせて木から落とす。アリが自力で登り直したところで葉にかみつかせる。あごの筋肉を傷めて、二度と口を開けなくする。
12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
菌そのものが賢いというより、何百万年もの進化が「正しい順番でスイッチを押す」仕組みを作り上げた、ってことなんだろうね。知性に見えるのは進化のほうだ。
13. 海外の名無しさん
いやいや、歩くとかかみつくとかの複雑な動きには神経系が要るでしょ。神経の無い菌が筋肉を直接動かしてるとは思えない。化学物質で脳の働きを変えてるって考えるほうが自然だよ。
14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
「信じられない」って書き出しておいて、その後に書いてること、まんま論文の著者が言ってる内容なんだよなあ。だから脳との関係はこれから調べる必要がある、って結論なわけで。
15. 海外の名無しさん
それ、もう古い研究じゃない?その後の研究で、菌は脳の中では育たないけど、筋肉への働きかけと脳の化学的な変化の両方でアリを操ってるらしいって話になってたはず。
16. 海外の名無しさん
映画のゾンビよりマシなのかと思って読み始めたら、「あ、これ映画より悪いやつだ」ってなった。脳がそのままなのが一番こわい。
17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
ふらふら歩き回りながら「お願い、殺さないで、こんなことしたくない」って言ってくるゾンビの群れを想像してしまった。今夜は眠れそうにない。
18. 海外の名無しさん
デッドプールが出てくるマーベルのゾンビものに、まさにこれがあったな。ゾンビたちは全部分かってるのに体だけが勝手に動いて、泣きながら生存者に「逃げて」って叫ぶ。ギャグかと思って読み始めたら全然笑えなかった。
19. 海外の名無しさん
でも人間で考えると、ちょっと安心できる面もあるよ。アリの体は小さくて単純だけど、人間の筋肉は量も構造も桁違い。菌が丸ごと乗っ取るにはとんでもない量の資源が要る。たぶん殺されはしても、操られて家族を追いかけ回すことにはならない。
20. 海外の名無しさん(>>19への返信)
「ベッドで普通に死ねるから大丈夫」っていう慰めの仕方、斬新すぎて逆に怖いんだが。
21. 海外の名無しさん
人間の体温は菌にとって熱すぎるから大丈夫、って聞くよね。ただ気温がじわじわ上がって、菌のほうが暑さに慣れてきたら…って考え始めると、急にSFっぽさが薄れてくる。
22. 海外の名無しさん
冬虫夏草って、健康食品のサプリにもなってなかったっけ?そんな恐ろしいもの飲んで大丈夫なの?
23. 海外の名無しさん(>>22への返信)
冬虫夏草は虫に寄生するキノコの総称で、種類はものすごく多い。全部が人に害があるわけじゃないよ。猛毒のタマゴテングタケとピザに乗ってるマッシュルームが、同じ「キノコ」でくくられてるようなもん。
24. 海外の名無しさん
今まで知ってた話でも十分ひどかったのに、さらに上があったとは。宇宙さん、今のは「もっと見せて」って意味じゃないからね。もう十分です。
まとめ
ゾンビアリ菌は、アリの脳には入り込まず、全身の筋肉を取り囲んで網を張っていました。ただし、その後の研究では、脳の中の物質も変化していることが分かっていて、筋肉と脳の両方から働きかけている可能性があります。コメント欄は「脳が無事なほうがむしろ最悪」という声が圧倒的で、ゲーム『The Last of Us』の感染者の話題も多く集まりました。一方で、神経生物学者を名乗る人などから「操り人形というより、化学物質で後押ししているのでは」と冷静な指摘も出ていました。
参考資料
- 米科学アカデミー紀要(フレデリクセンら)「立体的な可視化と深層学習モデルが明らかにした、行動を操られたアリの体内の複雑な菌の網」(2017年・英語)
- 昆虫生理学誌(ロレト、ヒューズ)「ゾンビアリの脳の代謝の変化と、見かけ上の保存」(2019年・英語)
- ナショナル ジオグラフィック「『ゾンビ』アリは正午にかみつき、そして死ぬ」(2011年・英語)
- 文春オンライン(大谷智通)「『アリをゾンビに変えてしまう』寄生生物のあまりにもキモすぎる生態」(2021年・日本語)
元ソース: 今日知った話:「ゾンビアリ」を作る菌(オフィオコルディセプス)は、アリの脳に入り込んで操っているのではない。脳をそのまま残し、筋肉の繊維を直接取り囲んで乗っ取り、生きた操り人形のように動かしている


コメント
虫に脳は無いんやが