「お前らのクソったれなメーリングリストから俺を外せ」——題名も、要旨も、本文も、図の中身まで、この一文だけを繰り返した10ページの「論文」があります。2014年、しつこい投稿勧誘メールにうんざりしたオーストラリアの研究者が、返事がわりにこれを学術誌へ送りつけたところ、返ってきた査読の評価は「優秀」。少し直せば掲載できる、という知らせでした。ただし、実際には掲載されていません。150ドルの掲載料を払わなかったからです。海外掲示板では、論文の「完成度」をたたえる声と、こんな雑誌が成り立ってしまう学術界の仕組みを嘆く声が並びました。
※注:元スレッドのタイトルは「ある科学者が論文を投稿し、受理された」という書き方ですが、この論文を書いたのは別の2人の計算機科学者で、2014年に雑誌へ送った研究者は、それを転送しただけです。また、受理の知らせは届いたものの、掲載はされていません。この記事では、確認できた経緯に沿って紹介します。
※注:ハゲタカ学術誌(英語では predatory journal。「ハゲタカジャーナル」「粗悪学術誌」とも)は、掲載料を得ることを目的に、専門家による審査(査読)を実質的に行わないまま論文を載せる雑誌を指す呼び名です。
今日の知ってた?
📄 題名から本文、図まで、「メーリングリストから外せ」という趣旨の一文だけでできた全10ページの論文がある。書いたのは計算機科学者のデイヴィッド・マジエールとエディー・コーラー。2005年、勧誘メールの多さで知られた国際会議への抗議として作った。
📧 2014年、オーストラリアの計算機科学者ピーター・ヴァンプルーが、投稿を誘う迷惑メールへの返事として、この論文をある学術誌に転送した。
✅ 雑誌から届いたのは受理の知らせ。査読の評価票は論文を「excellent(優秀)」と評価し、求められた修正はわずかだった。
💵 掲載には150ドルの掲載料が必要で、ヴァンプルーは払わなかった。論文は掲載されていない。
📚 この雑誌は、掲載料目当ての疑いがある出版社や雑誌を並べた「ビールのリスト」に載っていた。
背景:「ハゲタカ学術誌」とは
学術誌はふつう、送られてきた論文を同じ分野の研究者に読んでもらい、内容を審査したうえで、載せるかどうかを決めます。この審査が「査読」です。
インターネットが広まると、誰でも無料で読める「オープンアクセス」の学術誌が増えました。読者から購読料を取らないかわりに、著者の側が掲載料を払う方式が多く使われています。この仕組みにつけ込んで、掲載料さえ入れば、審査らしい審査をしないまま論文を載せてしまう雑誌が現れました。
米コロラド大学デンバー校の図書館員ジェフリー・ビール(Jeffrey Beall)は、こうした出版社を「predatory(獲物を食い物にする)」と呼びました。2008年に個人の取り組みとして、疑わしい出版社や雑誌の一覧を作りはじめ、自分のブログ「Scholarly Open Access」で公開していました。通称「ビールのリスト」です。一覧は2017年1月に公開が止まりましたが、2016年末の時点で900を超える出版社が載っていました。
日本では「ハゲタカジャーナル」「粗悪学術誌」と呼ばれています。日本学術会議は2023年9月、文部科学省の依頼に答えた文書の中で、研究者から掲載費用を得ることを目的とし、実質的に査読を行わない学術誌が存在している、と書きました。こうした出版のやり方には「捕食出版」という訳語をあてています。
なぜ、そんな雑誌に論文を出す人がいるのでしょうか。同じ文書は背景として、多くの分野で論文の発表が研究業績の重要な評価項目になっていること、論文の数に加えて、引用された回数などの数字による評価が広まり、その傾向に拍車がかかっていることを挙げています。
特徴としてよく挙げられるのが、研究者あてに大量に届く投稿勧誘のメールです。国立国会図書館の情報誌『カレントアウェアネス』に2019年に載った論考は、大量のメールで投稿を呼びかけること、審査の速さや短期間での掲載を売りにすることを特徴に挙げています。健全な雑誌で不採択が続いたときや、国際誌に載せる本数のノルマがあるときには、研究者が誘いに応じてしまうおそれがある、とも指摘しています。
日本にとっても、よその国の話ではありません。同じ論考によると、この問題は毎日新聞の2018年の一連の報道で広く知られるようになりました。同年9月には、過去15年弱の間に日本から5000本を超える論文がこうした雑誌に載っていた、という調査結果が報じられています。同年12月25日には、当時の柴山昌彦文部科学大臣が記者会見でこの問題に触れました。近畿大学が翌月に学内へ出した通知によれば、大臣は「大変深刻な事態となっている」との見解を示し、研究者が論文の投稿先を慎重に検討するよう、大学に注意喚起を求めています。2019年には、京都大学図書館機構や日本医学会も注意を呼びかけました。
もう少し詳しく
論文の中身。この論文のPDFは、米スタンフォード大学のサイトにあるマジエールのページで、いまも公開されています。開いてみると、見た目は本物の論文そのものです。題名の下に2人の名前と、所属としてニューヨーク大学とカリフォルニア大学ロサンゼルス校の名があり、要旨、序論、番号のついた章と節、まとめ、参考文献と続きます。2段組みで全10ページ。ただし、「要旨」「序論」「まとめ」といった決まりの見出しのほかは、題名も、章や節の見出しも、本文も、書いてあるのは「メーリングリストから外せ」という例の一文だけです。
図は2枚あります。図1は、一文を単語ごとに箱へ入れて矢印でつないだ流れ図。図2は、小さな点の集まりで同じ一文を描いた散布図で、縦軸と横軸の名前まで、一文を分けて付けてあります。図の説明文も、やはり同じ一文です。参考文献は2件で、どちらも電子メールの送り方や形式を定めた、2001年の実在の技術文書です。本文には引用番号の[1]と[2]が、一文の途中に割り込む形で入っています。
もとは2005年、ある会議への抗議だった。英語版ウィキペディアなどによると、2人がこれを書いたのは2005年です。送り先は「WMSCI 2005」という国際会議でした。参加や投稿を誘うメールを大量に送ることと、発表論文の審査が甘いことで知られていた会議で、2人は抗議のつもりでこの論文を送っています。同じ年のこの会議には、米マサチューセッツ工科大学の大学院生3人も、「SCIgen」というプログラムで自動生成した、意味の通らない論文を送りました。こちらは「査読なし」の枠で受理された、と3人が自分たちのサイトに書いています。
マジエールとコーラーの論文のほうが会議でどう扱われたのかは、確認できた資料には書かれていませんでした。
9年後、転送したら「優秀」と返ってきた。2014年、フェデレーション大学オーストラリアの准教授だったピーター・ヴァンプルー(Peter Vamplew)のもとに、『International Journal of Advanced Computer Technology』という雑誌から、投稿を誘うメールが届いていました。ヴァンプルーは返事として、マジエールたちの論文をそのまま転送します。当時の報道によれば、編集部がファイルを開いて中身を読み、自分を送信先の名簿から外してくれることを期待していたそうです。
ところが、届いたのは受理の知らせでした。米国の高等教育専門メディア「Inside Higher Ed」によると、査読の評価票は論文を「excellent(優秀)」と評価していて、編集者からは、印刷用の完成原稿と支払いの控えを送るよう求めるメールが届きました。掲載に進むには、150ドルを指定の口座へ送金する必要がありました。求められた修正は、新しめの参考文献を足すことと、体裁を少し整えることだった、と伝えられています。
ヴァンプルーは掲載料を払わず、論文は掲載されませんでした。この一件を2014年11月20日に最初に報じたのは、リストを作ったビール本人です。ビールは「査読がまったく行われていないのは明らかだ」と述べています。
雑誌はその後どうなったのか。雑誌などの定期刊行物には、「ISSN」という国際的な識別番号が割り振られます。その公式サイトで、この雑誌が名乗っていた番号を調べると、「抹消された番号」と表示されます。理由は「該当する刊行物が発行されたことがないか、継続して刊行されるものではないとみられるため」。記録の最終更新日は2014年12月3日で、ビールの報告の約2週間後にあたります。
それでも、雑誌がすぐに消えたわけではありません。ハゲタカ出版の事例を集めているサイト「predatory-publishing.com」は、2020年代に入ってからの記事で、この雑誌がまだ運営を続け、150ドルの掲載料で投稿を受け付けていることに驚いた、と書いています。一方、2026年10月の時点では、公式サイトとして使われていたアドレスを開いても、雑誌のページは表示されません。元スレッドのコメント欄にあった「もう存在しないようだ」という指摘は、少なくともサイトの現状とは合っています。正式に廃刊になったのかどうかは、確認できていません。
査読を試した実験は、ほかにもある。よく知られているのは、米科学誌『サイエンス』が2013年10月に載せた調査報道です。記者のジョン・ボハノン(John Bohannon)は、わざと明らかな欠陥を仕込んだ偽の論文を、304のオープンアクセス誌に送りました。記事の締め切りまでに157誌が受理し、不採用としたのは98誌でした。
念のために書いておくと、オープンアクセスの雑誌がすべてハゲタカというわけではありません。大学や図書館は、信頼できる雑誌の一覧やチェックリストを示して、投稿する前に雑誌の素性を確かめるよう呼びかけています。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
この雑誌、調べてみたけど、もう存在しないみたいだね。雑誌は消えたのに、そこで「いちばん厳しく査読された」論文だけがネットの語り草として生き残っている。ふさわしい結末だと思う。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
ウィキペディアによると、この論文は実際には掲載されていないんだよね。送った研究者が、150ドルの掲載料を払うのを断ったから。
3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
いや、そこは150ドル払ってでも載せてもらうべきだったでしょ。歴史に残る1本になったのに。
4. 海外の名無しさん(>>3への返信)
なんで? 黙らせたくて送りつけた相手に、わざわざお金を渡してどうするの。払わなくても、こうして10年以上たった今も話題になっているんだから十分だよ。
5. 海外の名無しさん(>>3への返信)
掲載誌の現物を額に入れて飾りたい、という気持ちなら分かる。でも記念品のために150ドルはちょっとね。家で印刷すれば済む話だし。
6. 海外の名無しさん
論文の実物が公開されているから見てきた。本文が全部あの一文なのは想像どおりだったけど、流れ図と散布図まで同じ一文でできているとは思わなかった。これはもう芸術作品だよ。個人的には図2がお気に入り。
7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
参考文献がちゃんと実在の文書なのがまたいい。電子メールの仕組みを定めた技術文書が2本。しかも本文の一文の途中に、引用番号が律儀に割り込んでくるんだ。
8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
その引用番号、本文に先に出てくるのが[2]で、[1]はそのあとなんだよ。順番が逆。雑誌が求めた「少しの修正」は、きっとそこだな。
9. 海外の名無しさん(>>6への返信)
自分なら、図2の軸には単位を書き添えるけどね。几帳面な性分なもので。
10. 海外の名無しさん
査読者になったつもりで講評を書いてみた。「文章は明快。冒頭の一文で主張を伝えきり、残りの全ページを使ってそれを掘り下げ、最後は読者への行動の呼びかけと主題の再提示で締めくくっている」。10点満点の10点。
11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
論文の書き方の基本どおりなんだよな。序論で「これから何を言うか」を言う。本論でそれを言う。考察で「何を言ったか」を言う。この原稿は全部守っている。
12. 海外の名無しさん
掲載の前に求められたという「少しの修正」が何だったのか、すごく気になる。
13. 海外の名無しさん(>>12への返信)
「外せ」を「入れてくれ」に書き換えること、に一票。メーリングリストの登録者が1人増えて、雑誌も大満足だ。
14. 海外の名無しさん(>>12への返信)
報道によると「もっと新しい参考文献を足して、体裁を少し整えること」だったらしいよ。この論文に足せる新しい文献って、いったい何なんだろう。
15. 海外の名無しさん
ハゲタカ学術誌は学術界の大きな問題なんだ。大学も、終身在職権の審査委員会も、論文の発表実績を見る。だから研究者は何としても論文を載せたい。連中はそこにつけ込んでいる。アメリカの公立大学は「研究機関」という位置づけで、教授は毎年、研究成果を発表するよう求められるんだよ。
※注:終身在職権(テニュア)は、米国などの大学で、審査に通った教員に与えられる、原則として解雇されない身分のことです。審査では研究業績が問われます。米国の大学事情についての説明は、コメント主によるものです。
16. 海外の名無しさん(>>15への返信)
しかも学術誌というのは、今度は大学の図書館に何千ドルもの購読料を払わせるんだよね。
17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
そこは少し違う。ハゲタカ学術誌は、ほぼ全部が誰でも無料で読めるオープンアクセスの雑誌なんだ。読者からではなく、著者から掲載料を取るのが手口だからね。念のため言っておくと、オープンアクセスの雑誌がみんなハゲタカというわけじゃない。図書館に高額の購読料を請求してくるのは、昔からある大手出版社の雑誌のほうだよ。
18. 海外の名無しさん
大学院生だけど、論文を1本出しただけで「高名な先生へ」で始まる投稿のお誘いが毎週届くようになった。届くたびに、例のPDFを返信したくなる気持ちはよく分かる。
19. 海外の名無しさん
責めるべきは個々の研究者じゃなくて、仕組みのほうだと思う。論文を出し続けないと研究者として生き残れない、という構造が根っこにある。もっとも、その仕組みはみんなが乗っかり続けるから続いているわけで、そこが難しい。
20. 海外の名無しさん
載っただけでは意味がないんだよ。ほかの研究者に引用されて、初めて価値が出る。
21. 海外の名無しさん(>>20への返信)
うちの分野は違うな。国が出版社の一覧と、そこに載せたら何点もらえるかを公表していて、載せれば点数が入る。内容の良し悪しや意義は問われない。
※注:コメント主がどの国の人かは書かれていませんでした。
22. 海外の名無しさん
この論文を書いた2人のうちの1人、エディー・コーラーは、自分が教わった中でも指折りの計算機科学の先生だった。ユーモアのセンスが抜群なんだ。
23. 海外の名無しさん
自分の知る限り、これを上回る学術的業績は「チキン」論文しかない。題名から本文、図表まで「チキン」という単語しか出てこないやつ。授業で教授が見せてくれたとき、教室じゅうの学生が笑い転げていた。
※注:ダグ・ゾンカー(Doug Zongker)が作ったパロディー論文で、ユーモア科学誌『Annals of Improbable Research』の2006年9・10月号に載りました。
24. 海外の名無しさん
90年代、まだ子どもだった頃に、「あなたの発明のアイデアを送ってください」という、今思えばうさんくさい商売があってね。10歳の自分は、シャワーヘッドとたわしを合体させた発明を、自分なりの回路図つきで送った。結果は不採用。「当社の基準を満たしていません」という通知が、ちゃんと届いたよ。
25. 海外の名無しさん(>>24への返信)
つまりその会社は、10歳の発明を審査で落とすくらいには中身を見ていたわけだ。この雑誌よりよほど審査が厳しい。
まとめ
「メーリングリストから外せ」という一文だけでできた論文は、2005年に2人の計算機科学者が勧誘メールへの抗議として作り、2014年に別の研究者が迷惑メールへの返事として学術誌に転送したものでした。雑誌は「優秀」と評価して受理を知らせましたが、150ドルの掲載料は支払われず、掲載はされていません。コメント欄では、図や参考文献まで作り込まれた論文を面白がる声が多く、論文の数で研究者を評価する仕組みのほうが問題だ、という指摘も目立ちました。日本でも文部科学大臣が大学に注意喚起を求めた問題で、笑い話だけでは終わらないところが、この話の後味です。
元ソース: ある科学者が、「メーリングリストから外せ」という一文だけでできた論文をハゲタカ学術誌に投稿したところ、「優秀」と評価され、わずかな修正で掲載できるとして受理された

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