RSSヘッドライン

「火を通せば欲情を、生で食べれば怒りを増す」僧侶がニンニクとタマネギを断つ理由と、日本の寺の門前にある同じ戒め

「火を通せば欲情を、生で食べれば怒りを増す」僧侶がニンニクとタマネギを断つ理由と、日本の寺の門前にある同じ戒め 文化・社会

ニンニクとタマネギを一生食べない、と言われたら大半の人は困ると思う。ところが仏教の一部の伝統では、この二つを含む「においの強い野菜」がまとめて禁じられている。理由は栄養でも殺生でもなく、「望ましくない感情を高めてしまうから」。海外掲示板ではこの戒律に驚く声が並んだが、日本人にとっては実はまったくの他人事ではない。禅寺の門前に立つあの石碑に、同じことが彫られている。

※注:「五葷(ごくん)」は五辛(ごしん)とも書き、においの強いネギ属の野菜をまとめて指す仏教の用語。

今日の知ってた?

🧄 仏教の一部の宗派では、ニンニクやネギの仲間を「五葷」と呼んで口にしない。火を通して食べれば欲情を、生で食べれば怒りを刺激するとされ、修行の妨げになると考えられてきた。日本の禅寺の門前によく立っている「不許葷酒入山門(葷酒山門に入るを許さず)」の石碑は、まさにこの戒めを彫ったもの。海外の話に見えて、日本の寺の入口にずっと書いてあった話でもある。

背景:日本の寺の門前にある「葷酒山門に入るを許さず」

禅宗(曹洞宗・臨済宗)の寺を訪ねると、山門の手前に細長い石柱が立っていることがある。「不許葷酒入山門」。結界石、戒壇石などと呼ばれるもので、読み下すと「葷(くん)と酒が山門に入ることを許さない」。ここでいう葷が、ニンニクやネギの類のことである。酒と並べて名指しされているあたりに、これがどれくらい修行の敵とみなされていたかがよく出ている。

日本で五葷として挙げられる顔ぶれは、一般にニンニク、ネギ、ニラ、ラッキョウ、そしてノビル(アサツキとする説もある)の五種。ただし中身は経典によっても地域によっても揺れがあり、決まりきった五種類があるわけではない。中国の経典に出てくる一つは「興渠(こうご)」といって、インドで使われるアギ(アサフェティダ)という強烈な香りの樹脂を指すとされるのだが、東アジアには実物がなかったため、何を指しているのかで長く議論があったという。

面白いのは、伝統的な日本の五葷にタマネギが入っていないこと。タマネギが日本で本格的に栽培・普及したのは明治以降とされ、戒律ができたころの日本には存在しなかった。今では「タマネギもネギの仲間だから当然除く」と扱う寺がほとんどで、精進料理の現場では当たり前のように外されている。

そして精進料理そのものが、この延長線上にある。動物性の食材を使わないという点ばかりが知られているが、実際には五葷も使わない。だしは昆布と干し椎茸、香りづけは山椒やゴマ、味の芯は大豆製品でつくる。ニンニクとネギという、世界中の料理が味の土台にしている二つを封印したうえで、それでも食べ応えのある味を組み立てるための体系——と考えると、あの淡いようでいて奥のある味の理由が少し腑に落ちる。

もう少し詳しく

経典にはどう書かれているか。よく引かれるのが『楞厳経(りょうごんぎょう)』の一節で、五辛は「火を通して食べれば欲情を助け、生で食べれば怒りを増す」という趣旨で戒められているとされる。また『梵網経』の四十八軽戒にも、五辛を食べてはならないという条文が含まれる。加えて、においそのものが集団生活の妨げになる——大勢が同じ堂で座る場で口臭や体臭が他人の集中を乱す——という現実的な理由に触れた記述もあるという。精神論だけの戒律ではなかったらしい。

すべての仏教僧の話ではない。この戒めが根づいているのは主に東アジアの大乗仏教(中国・朝鮮半島・日本・ベトナム)で、「精進料理/素食」という文化圏とほぼ重なる。一方、タイやスリランカなどの上座部仏教では、托鉢でいただいたものを選り好みせずに食べるのが基本で、食材を細かく指定する発想自体が薄い。標高が高く野菜の乏しいチベット圏では肉食がごく普通である。海外掲示板でも「仏教徒として育ったがそんな話は聞いたことがない」というコメントが複数付いていて、宗派差の大きさがそのまま可視化されていた。

仏教だけの発想でもない。インドの伝統医学アーユルヴェーダには、食べ物を三つの性質(グナ)に分ける考え方がある。心を澄ませるサットヴァ、興奮や激情を煽るラジャス、鈍重さや停滞をもたらすタマス。ニンニクとタマネギはラジャスあるいはタマスに分類され、瞑想や祈りの前には避けるべきものとされる。スワーミーナーラーヤン派やハレ・クリシュナ運動(ISKCON)の食事に玉ねぎとニンニクが入らないのも同じ理屈で、インド料理店なのにこの二つを使わない店が存在するのはそのためだ。ジャイナ教はさらに徹底していて、ニンニクに限らず根菜や球根そのものを避ける。引き抜けば株ごと死ぬうえ、土の中の小さな命まで巻き込むから、という不殺生の考え方によるとされる。

そして現代医学との、たぶん偶然の一致。タマネギとニンニクはフルクタンを多く含む高FODMAP食品で、過敏性腸症候群の人が真っ先に避けるよう勧められる食材でもある。膨満感、ガス、腹部の不快感。「静かな堂に長時間座る」という条件下で、これらがどれほど致命的かは想像がつく。海外掲示板で最も盛り上がったのもここで、「戒律を作った人は絶対おなかが弱かった」という説が大量に投下されていた。もちろん、経典が消化器症状を意図して書かれた証拠があるわけではない。あくまで、後世から見ると妙にリストが一致している、という話である。

今の日本ではどうなのか。明治以降に肉食が一般化し、浄土真宗のようにもともと肉食妻帯を認めてきた宗派もあるため、現代の日本の僧侶が日常的にニンニクを断っているとは限らない。それでも、修行道場の食事や法事で出される精進料理には、五葷を外す作法が今も生きている。門前の石碑は、単なる古い飾りではなく、まだ現役の宣言なのだ。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
正確にはタマネギだけじゃないんだよ。ニンニク、タマネギ、ネギ、ニラ、ラッキョウ。まとめて「五つの辛い根菜」と呼ばれていて、ひとつでも入っていたらその料理は駄目という扱いになる

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
このリスト、過敏性腸症候群の人が避けろと言われる食材とほぼ完全に一致してるんだが。戒律を作った人、まず間違いなく逆流性食道炎かフルクタン不耐だったと思う。内臓が焼けてる状態ほど瞑想の邪魔になるものはない

3. 海外の名無しさん
ニンニクとタマネギのない人生は、正直あんまり生きたくないな。あの二つが無かったら自分の料理は全部ただのお湯になる

4. 海外の名無しさん(>>3への返信)
それがまさに要点なんじゃないかな。「食べたい」と強く思ってしまう自分の心を観察するのが修行なわけで、平気で手放せるものを禁じても意味がない

5. 海外の名無しさん(>>3への返信)
自分はレシピに書いてある量の倍のニンニクを入れる主義なので、悟りからは相当遠い場所にいる自覚がある。まあ、それでいい

6. 海外の名無しさん
これは東アジアの僧侶の伝統であって、すべての仏教僧の話じゃないよ。そもそも「精進料理」という概念自体が中国から東アジアにかけて育ったもので、ヒマラヤ圏や東南アジアの伝統には別の食の作法がある

7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
上座部だと托鉢でいただいたものを選り好みせずに食べるのが基本だから、そもそも食材を指定する発想があまりない。南アジアの仏教徒だけど、この話は今日初めて聞いた

8. 海外の名無しさん
日本人だけど、禅寺の門の前に「葷酒山門に入るを許さず」って彫った石が立ってるのを何度も見てきて、正直ずっと「酒はわかるけど葷って何だ」と思ってた。今日その葷がニンニクとネギだと知って三十年越しに解決した

9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
精進料理でだしを昆布と干し椎茸で取るのも同じ理由なんだよね。動物性を抜くだけの話だと思われがちだけど、ニンニクとネギも同時に封じたうえで味を作らないといけない。あれ実は超高難度の縛りプレイだと思う

10. 海外の名無しさん
これでイタリア人のあの感情表現の豊かさに説明がついてしまった気がする。あの人たち、ニンニクとタマネギを毎食摂取し続けている

11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
イタリア人だが、ふざけたことを言うなこの……いや待て。今まさに自分の中で怒りが立ち上がるのを観測してしまった。この説、一理あるかもしれない

12. 海外の名無しさん
中国にいた曽祖父母が仏教徒で、乳製品も卵もほとんど口にしない生活だった。自分がベジタリアンになると祖母に報告したら「じゃあタマネギとニンニクは食べられないね」と真顔で返されて、しばらく会話が噛み合わなかった

13. 海外の名無しさん(>>12への返信)
そこ、出発点がまったく違うんだよね。片方は修行と不殺生の話で、片方は動物の扱いへの抗議の話。結果として似た皿が出てくるだけで、避けている理由が全然違う

14. 海外の名無しさん
インドのスワーミーナーラーヤン派も、タマネギとニンニクは怒りと欲望に作用するという立場だったはず。宗教が違うのに同じ二つが名指しされてるのが面白い

15. 海外の名無しさん(>>14への返信)
その理屈、別に間違ってないと思う。ニンニクを食べるともっとニンニクが欲しくなるし、切らしていると機嫌が悪くなる。欲望と怒りの両方をきっちり満たしている

16. 海外の名無しさん
個人的な推理なんだけど、経典を書いた人は単に僧堂がニンニク臭いのに耐えられなかっただけでは。百人が同じ部屋で雑魚寝している状況を想像してほしい。そこに「ニンニクをポップコーンみたいに食べる先輩」が一人いたら、そりゃ何か理屈をつけて禁止したくもなる

17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
笑い事じゃなくて、実際いくつかの文献では「においが他人の集中を妨げる」という理由もちゃんと挙げられているらしいよ。一時間座っていると、床の木目が世界で一番おもしろいものになってきて、次に気になるのが「今のは誰だ」なので

18. 海外の名無しさん
ヒンドゥーの家系だけど、うちには断食の段階が四つある。まず肉を抜く。次にニンニクとタマネギを抜く。さらに塩を抜く。最後は水だけ。二段階目まではわりと日常的にやっていて、法要の前は家族全員がその状態になる

19. 海外の名無しさん
アーユルヴェーダのサットヴァ、ラジャス、タマスの分類だね。心を澄ませる食べ物、興奮させる食べ物、鈍らせる食べ物。ニンニクとタマネギは真ん中か下に置かれる。近所のインド料理店の店長にこの話を聞いたら一時間止まらなくなった

20. 海外の名無しさん
ジャイナ教になると根菜そのものを食べないよ。土から引き抜くと株ごと死んでしまうし、根の周りにいる小さな命まで巻き込むから、という理由だと聞いた。徹底のしかたが桁違いすぎる

21. 海外の名無しさん
ハレ・クリシュナ系のベジタリアンレストランもタマネギとニンニクを使わない。最初は「なんでこんなに味が上品なんだ」と思ってたけど、単に土台の二つが抜けていたわけだ。スパイスの使い方で成立させているのがすごい

22. 海外の名無しさん
ちなみにブッダ本人は托鉢でいただいたものは肉でも食べていたとされるし、動物性の食品を一律に禁じたわけでもないらしい。今の厳格な菜食は後の時代に整えられていったもの、という見方が一般的だと読んだ。この手の食の戒律、思っているより後付けが多いんだよね

23. 海外の名無しさん
タマネギとニンニクは一緒に摂ると相乗効果があるという研究もあるんだが。同じネギ属で、含硫化合物が心血管系と免疫にいいらしい。というわけで自分は今日も両方入れる。おいしいうえに健康だからだ

24. 海外の名無しさん
一度、数日だけ本気で両方抜いてみたことがある。三日目あたりから頭が妙に静かになった感覚があった。プラセボの可能性は否定しないけど、少なくとも昔の人が何を狙っていたのかは、ちょっとだけわかった気がする

まとめ

ニンニクとネギの仲間を避ける戒めは、すべての仏教僧の決まりではなく、主に東アジアの大乗仏教で育った作法。欲情と怒りを煽るという理由に加えて、集団生活でのにおいという現実的な事情も語られてきた。ヒンドゥーのアーユルヴェーダやジャイナ教にも似た発想があり、宗教を越えて同じ二つの野菜が名指しされているのが面白い。コメント欄は「作った人は絶対おなかが弱かった説」で大いに盛り上がりつつ、「自分は仏教徒だが聞いたことがない」という宗派差の指摘も次々に入った。そして日本人としては、遠い海外の戒律だと思って読んでいたら、寺の門前に立っていたあの石柱に着地するのがなんとも収まりがいい。

元ソース: 仏教の僧侶がタマネギとニンニクを口にしないのは、それらが「望ましくない感情を高める」と考えられているからだと知った

コメント

  1. Reddit名無しさん より:

    ニンニクやタマネギ食べただけで崩れる悟りは悟ったと言えるのか

  2. Reddit名無しさん より:

    1
    悟るためには感覚を全て尖らせないといけない
    崩れるのではなく、更に悟るためにやるんだよ

  3. Reddit名無しさん より:

    仏教の教えで食べ物の禁止だけは頭おかしいと思うわ

  4. Reddit名無しさん より:

    韓国人がいつも怒ってる理由が理解出来たわ

  5. Reddit名無しさん より:

    思いつくのは
    1.イスラムの豚と同じで衛生管理仕切らんから禁止説
    現代でも水仙の食中毒はニュースになる

    2.今でも虚弱改善、スタミナアップでニンニクは使われてるから当時の人なら興奮剤扱いで薬キメてる勢い説
    カカオやコーヒー豆が薬だった時代もある