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「85回の停車を一度も飛ばさず、約2000人を運んだ」1993年、16歳の少年が地下鉄の運転士になりすました日

「85回の停車を一度も飛ばさず、約2000人を運んだ」1993年、16歳の少年が地下鉄の運転士になりすました日 人物・偉人

1993年のニューヨーク。マンハッタンからクイーンズへ向かうA系統の電車が、いつもどおりに走っていた。駅に着けば扉が開き、人が乗り降りし、また閉まる。車内のおよそ2000人は、誰ひとり違和感を覚えていない。運転席に座っていたのが交通局の職員ではなく、16歳の少年だったことを除けば、本当に何ひとつ普通の一日だった。

※注:ニューヨーク地下鉄の路線は、A・C・Eといった文字や1・2・3といった数字で呼ばれる。「A系統(Aトレイン)」はそのうちの一本で、日本でいう「◯◯線」にあたる。

今日の知ってた?

📏 1993年、16歳の少年がニューヨーク地下鉄の運転士になりすまし、A系統の電車を運転してクイーンズまで走り切った。停車は85回、一つも飛ばさず、運んだ乗客はおよそ2000人。発覚したきっかけは、走行中に非常ブレーキが不意に作動し、対応のために駆けつけた交通局の職員に運転席を見られたことだった。

背景:A系統は、ニューヨーク地下鉄でいちばん長い路線

日本の読者にとって「地下鉄のA系統」と言われても距離感がつかみにくいので、先にそこを押さえておきたい。A系統はニューヨーク地下鉄の全路線のなかで最も長い。マンハッタン島の北端インウッドを出発し、市の背骨を通るように南下してブルックリンを縦断し、さらに枝分かれしてクイーンズの海沿い、ファーロッカウェイまで達する。

端から端までの距離はおよそ51キロ、通しで乗ると片道1時間45分前後かかる。日本に置き換えると、山手線を一周しても約34.5キロだから、それをかなり上回る。東京駅から東海道線で藤沢のあたりまでが、ちょうど51キロほどである。その距離を、地下と高架を行き来しながら各駅で客扱いをしつつ走り抜ける路線だと思えばいい。

停車駅は60を超える。つまり「85回の停車」というのは、路線をちょっとかじってみた、という規模の話ではない。一人の運転士の勤務としてまるごと成立する長さを、少年は最初から最後まで走り切ったことになる。

もう少し詳しく

なりすましは、制服と度胸で成立していた。報じられているところによれば、少年は作業員の身なりで現れ、そのままA系統の担当を割り当てられている。つまり、途中で正体を見破られなかったという話ではなく、正規の割り当ての流れにそのまま乗ってしまったということだ。裏を返せばこの日、担当をもらえないまま所在なく立っていた本物の運転士が、どこかに一人いたことになる。海外のコメント欄でいちばん盛り上がったのも、実はこの一点だった。

運転そのものは、最後まで破綻しなかった。停車は85回。飛ばした駅も、行き過ぎた駅もない。地下鉄の運転士は乗客から顔が見えない仕事で、扉が時間どおりに開き、時間どおりに閉まってさえいれば、誰も先頭車両の小部屋のことなど考えない。2000人は、自分たちが誰の手で運ばれているかを知らないまま、それぞれの目的地で降りていった。

終わらせたのは、非常ブレーキだった。走行中に非常ブレーキが作動して電車が止まり、対応のために交通局の職員が現場へやって来る。そこで運転席の人物の身元が問われ、すべてが崩れた。85回の停車を無事にこなしておきながら、最後は自分の技量とは別のところで足元をすくわれた形になる。

「時刻表どおりすぎて怪しまれた」という語り草。この話には有名な尾ひれがついていて、「どの駅にも正確に定時で着くので、かえって不審がられた」という説が今も語られている。ニューヨークの地下鉄が遅れがちであることをからかう小話としてよくできているが、出所ははっきりしない。実際、コメント欄でも鉄道の現場を知る人から「あれは作り話だと思う」と冷静な指摘が入っていた。

鉄道が好きすぎる、という動機。少年が何を思って運転席に座ったのかは本人にしか分からない。ただ、コメント欄には似た話がいくつも並んだ。同じニューヨークには、職員になりすまして地下鉄やバスを何十回も動かし、そのたびに逮捕されてきた男性がいて、彼を追ったドキュメンタリー映画まである。1980年ごろのサンフランシスコには、バスの運転手になりたくて落とされ続けた末、車庫からバスを借り出して路線を一周し、書類も運賃も律儀に提出して帰った青年がいたという。日本にも、車両形式を諳んじ、ダイヤを暗記し、駅の発車メロディを聴き分ける人はいくらでもいる。好きが振り切れた先で、ごくまれに線を一本またいでしまう人が出る。その一本をまたがない限り、彼らはただの熱心なファンのままなのだ。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
一番すごいのは、85回の停車を一度も飛ばしていないところだと思う。素人が運転席に座ったら、まず停止位置にまともに止められない。ホームの決まった場所に合わせて止めて、扉を開けて、時間を見て閉める。それを85回。度胸だけでは絶対に届かない仕事だ。

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
電車は形式ごとに加速も減速も癖が違うし、駅によって停止位置も変わる。それを一度も大きくずらさずに85回というのは、路線図を眺めて憧れていただけの子には無理だよ。相当な時間をかけて、運転席の後ろから見ていたはずだ。

3. 海外の名無しさん
自分がいちばん引っかかっているのは、そもそもどうやって運転席に座れたのかという部分。作業員の格好で現れてA系統を割り当てられた、と書かれているけれど、乗務員の頭数はきちんと組まれているはずだ。ということは、この日どこかに、担当をもらえないまま突っ立っていた本物の運転士がいたことになる。

4. 海外の名無しさん(>>3への返信)
鉄道はだいたいそういう作りになっているよ。その日の乗務を組んだうえで、別に待機要員を確保しておく。誰かが病気で休んだり遅れたりしても電車を止めるわけにはいかないからね。だから一人分の穴が空いても、その場では大騒ぎにならなかったんだと思う。

5. 海外の名無しさん(>>3への返信)
「あれ、自分の担当が来てないんですけど……いや、なんでもないです、今日もいい天気ですね」と言いながら、給料をもらったまま一日休んだ人がいる可能性を考えている。

6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
実際にはそこそこの混乱だったと思うよ。「担当がないってどういうことだ、俺は時間どおりに来たぞ。じゃあ今この瞬間、俺の電車を動かしてるのは誰なんだ」って。

7. 海外の名無しさん
捕まった理由は「時刻表どおりすぎて怪しまれたから」だと聞いたことがある。ニューヨークの地下鉄で全駅きっちり定時に着いてしまったら、そりゃ異常事態として通報されるよな、という話。よくできすぎている気もするけど。

8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
自分が聞いたのも同じ版だ。どの駅にも一分の狂いもなく到着するので、周りの乗務員のあいだで「あの電車、何かおかしくないか」と話題になった、という流れだった。話としては完璧なんだよな。

9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
現場側の人間として言うと、それは作り話だと思う。記事が「非常ブレーキ」と呼んでいるのは、たぶん保安装置が働いて自動でブレーキがかかった状態だ。速度を出しすぎたか、停止信号を越えたか、あるいは一度止まったあと指令から進行の許可を取らなかったか。無線も呼出番号も持っていないんだから、指令とやり取りできるはずがない。そもそもこの世界は、車掌になるだけでも一年から一年半の座学が要るんだ。

10. 海外の名無しさん
ニューヨークには似た話がいくつもあって、職員になりすましては地下鉄やバスを動かし、何十回も逮捕されている自閉症の男性がいる。ドキュメンタリー映画にもなっているくらい有名な人だ。捕まっても捕まっても、また車庫に戻ってしまう。

11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
気持ちは分からなくもないけれど、そこまで好きなら普通に採用試験を受ければいいのに、と思ってしまう。そこだけがどうしても腑に落ちない。

12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
その人は何度も応募して、そのたびに落とされているらしいよ。しかも詳しい人によれば「鉄道の知識がありすぎて、かえって扱いにくいと見なされた」という見方もあるそうだ。応募しなかったわけじゃないんだ。

13. 海外の名無しさん(>>11への返信)
会社の車両を無断で動かした前歴がある人を採用するのは、現実問題としてかなり難しいと思う。皮肉なのは、運転の腕そのものには何の問題もないと全員が分かっている点なんだけどね。

14. 海外の名無しさん
仕事として見れば、決められた時刻に決められた場所へ電車を運ぶ役目は、たしかに向いている人がいると思う。ただ実際の職場には点呼も研修も人付き合いもあって、そこが越えられない壁になる人もいる。運転できることと雇われることが別問題なのが、この手の話のつらいところだ。

15. 海外の名無しさん
1980年ごろのサンフランシスコで似た話を聞いたことがある。バスの運転手になりたくて落とされ続けた青年が、手続きだけは全部覚えていて、ある日ふらっと車庫に入ってバスを借り出し、路線を一周し、勤務終了後に書類をきちんと書いて、集めた運賃も全額提出して帰ったそうだ。三回ほどやって、ようやくばれた。

16. 海外の名無しさん(>>15への返信)
運賃を持ち逃げしていないところが妙に切ないんだよな。金が欲しかったわけでも、目立ちたかったわけでもない。ただその仕事がしたかっただけ、という結論にしかならない。

17. 海外の名無しさん
乗っていた2000人が誰も気づかなかった、というのが個人的にはいちばん引っかかる。よく考えたら、地下鉄で運転士の顔を見る機会なんてほとんどない。扉が開いて、閉まって、走り出す。それが時間どおりなら、先頭の小部屋に誰が座っているかなんて一生考えないままだ。

18. 海外の名無しさん(>>17への返信)
ニューヨークの地下鉄なら、多少揺れても急に止まっても「今日はそういう日か」で流されるしね。乗客の側が異常に慣れきっているのも、この話が成立してしまった理由の一つだと思う。

19. 海外の名無しさん
痛快な話として消費されているけれど、冷静に見るとかなり危ない。現に非常ブレーキが作動しているわけで、あの場面でうまく減速できていなかったらどうなっていたか。2000人の安全が、たまたま準備の良い16歳だったという運の上に乗っていた。

20. 海外の名無しさん(>>19への返信)
そこは同意する。結果として無事だったから武勇伝になっているだけで、一つ間違えば大事故として語り継がれていた話だ。感心と背筋の寒さが同時に来るのが、この件の落ち着かないところ。

21. 海外の名無しさん
その後どうなったのか調べてみたら、運送会社を持つまでになっていた。そして37歳のとき、心臓の病気で亡くなっている。16歳であの一日をやり切った人の人生が、そこで終わっていると知ると、なんとも言えない気持ちになる。

22. 海外の名無しさん(>>21への返信)
突然どうこう、という話ではなくて、長く心臓を患っていたそうだ。それが分かったところで早すぎることに変わりはないけれど、少しだけ受け止め方が違ってくる。

23. 海外の名無しさん
鉄道が好きすぎる人が線を一本またいでしまった話、として読むのがいちばんしっくりくる。形式も編成もダイヤも全部頭に入っている人なんて、世界中どこにでもいるんだ。ただ、ほとんどの人はホームの端から眺めるだけで満足している。その一線を越えなかったからこそ、みんな今も楽しく趣味を続けていられるわけで。

まとめ

1993年、16歳の少年が運転士になりすまし、ニューヨーク地下鉄でいちばん長いA系統を、85回の停車を一つも飛ばさずに走り切った。運んだ乗客はおよそ2000人。終わらせたのは本人の失敗ではなく、不意に作動した非常ブレーキだった。コメント欄では「担当をもらえなかった本物の運転士はどこにいたのか」という現場からの疑問、「時刻表どおりすぎてばれた」という語り草への冷静な突っ込み、そして「痛快だが2000人を乗せた危ない話でもある」という指摘が並んだ。話は最後、鉄道が好きすぎる人たちの系譜へと流れていく。線をまたぐか、ホームの端から眺めて満足するか。分かれ目は、案外そこだけなのかもしれない。

元ソース: 1993年、16歳の少年がニューヨーク地下鉄の運転士になりすまし、A系統で85回すべての停車をこなしてクイーンズまで走り切った——乗客はおよそ2000人

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