金を払えば、他人の不幸を「観光」できた時代がある。19世紀末のニューヨークでは、着飾った金持ちがガイドに料金を払い、夜のチャイナタウンや貧民街をぞろぞろと歩いて、貧しい人々の暮らしをただ眺めて回った。しかも人気が出すぎた結果、業者は役者まで雇い、ニセの阿片窟を用意して「期待どおりのみじめさ」を演出したという。
※注:金ぴか時代(Gilded Age)=作家マーク・トウェインが名付けた、19世紀末アメリカの好景気の時代。産業で巨万の富を築く者が現れる一方、移民や労働者は極貧にあえぎ、貧富の差が極端に開いた。阿片窟(あへんくつ)=アヘンを吸わせた違法な店のこと。
今日の知ってた?
📏 金ぴか時代のアメリカには、「スラミング(slumming=貧民街見物)」という観光ブームがあった。裕福な人々はガイドに金を払い、夜のニューヨーク・チャイナタウンなどを巡って貧困層の暮らしを見物した。需要が高まりすぎた結果、一部の業者は役者を雇ってニセの阿片窟を演出し、金持ちが期待する「みじめさ」をわざわざ提供したという。
背景:スラミングとは
「スラミング」は、もともと1880年代のロンドンで流行した遊びで、やがて大西洋を渡り、ニューヨークやシカゴといったアメリカの大都市へと広がった。上流階級の男女が、ガイド役の案内で、ふだんは足を踏み入れない貧困地区――チャイナタウン、バワリー、ファイブ・ポインツといった移民街――を夜に見て回る。目的は救済でも慈善でもなく、あくまで「珍しいものを見物する」こと。彼らにとって他人の貧困は、劇場やオペラと同じ、一晩の娯楽だった。
背景には金ぴか時代ならではの事情があった。鉄道や鉄鋼で莫大な富を得た一握りの富豪がいる一方、都市には世界中から流れ込んだ移民が密集し、劣悪な長屋にひしめいて暮らしていた。ひとつの街のなかに天国と地獄が同居していたからこそ、「向こう側」をわざわざ覗きに行くという歪んだ娯楽が成立したのである。
もう少し詳しく
需要が「本物のみじめさ」を演出させた。スラミングで特に人気だったのが、チャイナタウンの阿片窟めぐりだった。当時の中国系移民は好奇と偏見の目で見られており、「怪しげな東洋の巣窟」は絶好の見世物になった。ところが観光客が押し寄せると、話が逆転する。客は「退廃的で不気味な光景」を期待してやってくるのに、現実はそれほど劇的でないことも多い。そこで一部の業者は、役者を雇って中毒者を演じさせ、作り物の阿片窟をしつらえた。ガイドがもっともらしく解説し、客は「聞いていたとおりのおぞましさ」に満足して帰っていく――貧困が、脚本つきのアトラクションとして売られていたわけだ。
形を変えて現代にも残る。他人の困窮を娯楽として消費するこの構図は、決して過去のものではない。世界各地の貧民街をバスで巡る「スラムツーリズム」、災害の跡地を見物するツアー、路上の困窮者を撮影して再生数を稼ぐ動画――呼び名や道具が変わっただけで、根っこにある「安全な場所から他人の不幸を眺めたい」という欲望は、驚くほど変わっていない。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
すみません、「阿片をやっている役者」の求人にぜひ応募したいのですが。特技は気だるげに横たわることです。できれば給料は前払いでお願いします。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
マジでそれ。時給がいくらか知らないけど、履歴書を送るから求人票を出してくれ。演技経験はないが、だらけることにかけては誰にも負けない自信がある。
3. 海外の名無しさん(>>1への返信)
これこそ資本主義が我々労働者から奪い去った尊い仕事だよ。演技力ゼロでも受かりそうなところが最高じゃないか。ぜひとも復活を望む。
4. 海外の名無しさん
「私は金を払ったんだ、約束どおりのみじめさを見せろ!」と銀の握りの杖で石畳を叩く紳士と、その隣で香水を染み込ませたハンカチを上品に鼻へ当てる奥さんの姿が、完璧に頭に浮かんでくる。
5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
しかも雇われた役者が健康そうだと「これは話が違うぞ!あの子は栄養失調どころか元気そのものじゃないか、金を返せ」ってクレームを入れそうだよな。
6. 海外の名無しさん(>>4への返信)
せっかく悪臭対策に香水を染み込ませたハンカチを用意してきたのに、演出された阿片窟が清潔すぎて、鼻を覆う出番がまったく来ずにガッカリするまでがワンセット。
7. 海外の名無しさん
これ、名前を変えて今でも普通にあるよね。リオのファヴェーラ(貧民街)を見て回るツアーとか。人の暮らしを見世物にしている感じがして、正直かなり気分が悪い。
8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
調べてみたら「スラムツーリズム」と呼ばれて、いまも世界のあちこちで行われているらしい。関連の解説を読めば読むほど、じわじわと気が滅入ってくる。
9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
ただチェルノブイリのような場所は歴史的な意味があるから、少し話が別だと思う。人の生活そのものを覗きに行くのとは、動機のところが根本的に違う気がする。
10. 海外の名無しさん(>>7への返信)
うちの会社の役員が「息子を貧しい地区に連れて行って、現実を見せてやりたい」と言っていたけど、そこに暮らしている人間は動物園の展示じゃないんだよな。
11. 海外の名無しさん(>>7への返信)
留学で南アフリカに行ったとき、現地の家庭を「見学」する遠足があった。自分自身が貧しい家の出身だから、正直いたたまれなくて、ずっと居心地の悪さが消えなかった。
12. 海外の名無しさん
要するに、テレビが発明される前のリアリティ番組ってことか。他人の暮らしをネタに消費するという発想だけは、百年以上前からずっと一貫しているんだな。
13. 海外の名無しさん(>>12への返信)
今との違いは、覗かれている側がこちらの視線に気づかない分だけマシ、という程度でしかない。根っこにある構図は、当時とほとんど同じくらい馬鹿げているよ。
14. 海外の名無しさん
ニューヨーク在住だけど、俺は毎月大金を払って本物のみじめな暮らしをちゃんと手に入れているぞ。わざわざ役者を雇う必要なんて、これっぽっちもないね。
15. 海外の名無しさん(>>14への返信)
みじめさの本場という点では、オハイオの寂れた工業町だって決して負けていないからな。屋根なしの観光バスでも走らせたら、意外と流行るかもしれないぞ。
16. 海外の名無しさん
イギリスのバンド、パルプの「コモン・ピープル」って曲がまさにこれを歌ってる。裕福なお嬢さんが「庶民の暮らしを体験してみたい」と言い出す話で、皮肉が効いていて刺さる。
17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
俳優のウィリアム・シャトナーが、その歌詞を朗読劇みたいに大げさにカバーしたバージョンがあって、ふざけているのに妙に沁みるんだよな。一度聴くと頭から離れない。
18. 海外の名無しさん
バンクーバーには薬物中毒者が路上にあふれる一角があって、そこをアメリカ人の退職者を乗せた屋根なしの観光バスが、毎日ゆっくりと通り抜けていく。百年前と本質的に何も変わっていない。
19. 海外の名無しさん
1936年の映画「襤褸と宝石」でも、金持ちの女性が宝探しゲームの景品として、ホームレスの男を「収集」しに来る場面がある。貧しさを娯楽として集める発想は、昔から根強いんだな。
20. 海外の名無しさん
ロンドンの高級ホテルで隣に居合わせた富豪の老人が、旅の目的を「貧しい人やホームレスを見物しに来た」と言った。助けに来たのかと思ったら、助けを求められて突っぱねるのが快感なんだと。人の不幸を娯楽にする神経が、どうしても理解できなかった。
21. 海外の名無しさん(>>20への返信)
そういう手合いは残念ながら昔からいて、時代ごとに道具や言い訳を変えながら、同じことを延々と繰り返しているだけなんだろうな。人はそう簡単には変わらないものだ。
22. 海外の名無しさん
うちの近所の場末のバーにも、たまに金持ちの若者が「社会見学」気分で降りてくる。彼らは地元の安酒を面白がって飲み、こっちは彼らがカードで払おうとして戸惑うのを面白がって眺める。ある種の相互観察だよ。
23. 海外の名無しさん
正直、自分たちは今まさに「第二の金ぴか時代」に生きている気がする。格差が広がれば広がるほど、こういう覗き見的な娯楽が、名前と形を変えてまた戻ってくるんだ。
24. 海外の名無しさん
結局いちばん闇が深いのは、貧しさそのものより「貧しさを演じさせて金を取る」ところだよな。需要に応えて偽物の阿片窟まで用意したというのが、皮肉なほど人間らしくて、笑えないのに笑ってしまう。
まとめ
他人の貧困を一晩の娯楽として売り買いした、金ぴか時代のスラミング。需要に応えてニセの阿片窟まで用意されたという事実に、海外のコメント欄は「その役者、僕がやります」と冗談で受けつつ、リオのファヴェーラ見物や路上の困窮者を撮る動画など、名前を変えて残る現代版スラミングへと話を広げていった。安全な場所から他人の不幸を眺めていたい――その欲望は百年たっても驚くほど変わらない、と誰もが苦笑いしていた。
元ソース: 「スラミング」――金ぴか時代の富裕層が金を払って貧民街を見物した観光ブーム(r/todayilearned)

コメント
今のフィラデルフィアを見て回るようなものか
相変わらず白豚と朝鮮土人は悪趣味だなwwww
成金都民の様な下品さだなw