「バッハの時代のトランペットには、ボタンが一つも付いていなかった」奏者は唇の締め具合と息だけで旋律を吹き分けていた

「バッハの時代のトランペットには、ボタンが一つも付いていなかった」奏者は唇の締め具合と息だけで旋律を吹き分けていた 音楽・エンタメ

トランペットの上には、ボタンが三つ並んでいる。あれを押す組み合わせで音の高さを変える楽器だ——と思っている人は多いはずだ。ところが、バッハがトランペットの華やかな曲を次々に書いていた十八世紀の前半、その三つのボタンはまだこの世に存在しなかった。奏者の手元にあったのは、長さの変えられない一本の管だけ。旋律は、唇の締め具合と息の速さだけで吹き分けていた。

※注:日本ではトランペットのボタンを「ピストン」と呼ぶのが普通だが、英語では valve(バルブ、=弁)という。この記事では「バルブ(ピストン)」と書く。

今日の知ってた?

🎺 バッハの時代のトランペットには、音の高さを変えるためのバルブ(ピストン)が付いていなかった。管は途中で長さを変えられない一本の筒で、そこから出せるのは、管の長さが決めた「決まった音の列」だけである。これを自然倍音列という。奏者は唇の締め具合と息の速さだけでその列を上り下りし、旋律をこしらえていた。金管楽器にバルブが載りはじめるのは1810年代で、実用に耐える形に落ち着いたのは19世紀の半ば。バッハが亡くなった1750年から、およそ100年後の話である。

背景:なぜ唇の締め具合だけで音の高さが変わるのか

まず、小学校のリコーダーを思い出してほしい。同じ指づかいのまま、息を強く鋭く入れると、音がぴょんと一段跳ね上がる。あれと同じことが、金管楽器ではもっと極端な形で起きる。管の長さを変えなくても、唇の振動を速くしていけば、音は次の段、その次の段へと勝手に飛び移っていくのだ。

問題は、その「段」が等間隔ではないことである。管が出せる音は、いちばん低い音を基準にして、その2倍・3倍・4倍……と、きれいな整数倍の振動数だけ。ところが音楽の耳で聞くと、この並びは下のほうがすかすかで、上に行くほど詰まっている。低音側から順に「ド・ド・ソ・ド・ミ・ソ」と並び、そこから上でようやく「ド・レ・ミ」と、音階らしい足場が現れる。下は段と段が大きく開いていて、上に行くほど段が細かくなる、変則的なはしごを想像するとわかりやすい。

だから、低い音域では旋律というものが成立しない。手が届くのは「ド・ソ・ド・ミ・ソ」といった、数えるほどの音だけ。どう頑張ってもファンファーレにしかならない。運動会や自衛隊で耳にする起床ラッパ・消灯ラッパが、どれも似たような「あの感じ」に聞こえるのは、演奏者の趣味の問題ではなく、バルブのないラッパにはそれしか音が無いからである。アメリカ軍の消灯ラッパ「タップス」にいたっては、全曲が四つの音だけで出来ている。

もう少し詳しく:高いところまで登らないと「ドレミ」が揃わない

では、バッハの曲でトランペットが軽やかに旋律を歌っているのは何なのか。答えは単純で、演奏者が「段の細かい上のほう」まで登っていたからだ。当時のトランペットは現代のものより管がずっと長く、二倍近くあった。管が長ければ基準の音は低くなり、そのぶん、人間の唇が無理なく出せる高さの帯に、細かい段のほうが降りてくる。目安として8番目の段あたりまで上がると、そこから先は「ド・レ・ミ」と隣り合う音を並べて歩けるようになる。この高音域を専門に受け持つ吹き方をクラリーノ奏法と呼び、これを担える奏者は都市が抱える花形の職人だった。

その結果として生まれたのが、バロック音楽のあの異様に高いトランペットである。なかでも有名なのが《ブランデンブルク協奏曲第2番》で、トランペット奏者のあいだでは今も屈指の難曲として知られている。曲の頭から終わりまで、ほぼずっと高音域に張りついたまま、リコーダーやオーボエと対等に細かい音符を吹き続けなければならない。バルブのある現代の楽器で吹いても、まったく楽にならない種類の難しさである。

もうひとつ、当時の作曲家が背負っていた制約が「調」だ。管の長さで出せる音が決まるということは、楽器そのものに調が固定されているということでもある。バッハがトランペットを高らかに鳴らす楽章の多くがニ長調で書かれているのは、当時のトランペットがニ調の管だったからだ。曲全体としてはロ短調で知られる《ミサ曲ロ短調》でも、トランペットが加わる場面はニ長調に寄せてある。作曲家が調を選んだというより、楽器の側が調を指定していたに近い。

そして、この曲を吹いていた人にも名前がある。ゴットフリート・ライヒェは、ライプツィヒの街つき音楽師の筆頭を務めた奏者で、バッハがトランペットにあれだけの無茶を書けたのは、目の前にこの人がいたからだと言われている。丸く巻いた楽器と、短い曲が書き込まれた楽譜を手にした肖像画が残っている。1734年、屋外での演奏の翌日に倒れて亡くなった。松明の煙と、前日の演奏の負担が重なったのだ——という当時の記録が伝えられている。

ほかの金管はどうしていたのか、そしてバルブが現れるまで

同じ制約を、楽器ごとに違うやり方で切り抜けていた。ホルンは、ベル(朝顔形に開いた出口)の中に右手を差し入れて開口部をふさぎ、音の高さを半音ほど動かす手を編み出した。18世紀の半ばごろに広まったとされる技法だが、手をふさぐと音色まで変わってしまうので、旋律の途中で音の表情がころころ入れ替わる。トロンボーンとその先祖にあたるサックバットは、そもそも管を伸び縮みさせるスライドを持っていたので、この時代からすべての音を吹けた。教会音楽で声楽といっしょによく使われたのは、そのためでもある。

曲ごとに管を差し替える、という力技も広く使われていた。「クルーク」と呼ばれる長さの違う替え管を何本も用意しておき、曲の調に合わせて楽器に挿し込んで組み替える。休符の数小節のあいだに大慌てで差し替える、という場面もあったらしい。ちなみにホルンは、管を全部伸ばすとチューバに匹敵する長さがあるのに、マウスピースが小さいぶん高い段まで登れる。段の細かいところを常用するので音は柔らかく美しいが、隣の音との距離が近く、初心者が狙いを外しやすい楽器としても知られている。

状況が変わるのは19世紀に入ってからだ。ドイツで管の途中に弁を仕込む仕組みが考案され、1818年には特許も取られている。弁を押すと迂回路が開いて、管の長さがその場で伸びる。長さが変われば倍音列ごと下にずれるので、これまで空いていた段のすきまが埋まる——これが現在のトランペットである。1番のバルブで半音2つぶん、2番で半音1つぶん、3番で半音3つぶん下がり、組み合わせで半音6つぶんまで下げられる。低い音域でも「ドレミ」が全部そろうようになったのは、この仕組みが行き渡ってからだ。

その移り変わりの途中を記録した曲もある。ハイドンの《トランペット協奏曲》は1796年、木管楽器のようなキーを管に取り付けた「有鍵トランペット」をみずから考案した奏者のために書かれた。冒頭から、それまでのトランペットでは出しようのなかった低い音域の音階が、これ見よがしに並ぶ。新しい楽器の自慢がそのまま楽譜になったような曲で、いま聴くとただ気持ちのいい旋律だが、当時の客席には「トランペットがこんなことを」という驚きがあったはずである。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
つまり当時のトランペットって、今でいう信号ラッパと同じものだったってこと? ボタンが無くて、唇だけで音を変えるとなると、あれ以外に思いつくものが無いのだけど。

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
仕組みは同じでも、寸法がまるで違う。バロックのトランペットは管の長さが倍ほどあって、基準の音がその分だけ低い。だから唇で出す高さがちょうど「段の細かい帯」に入って、音階として使える。信号ラッパは低い帯で吹くから、ド・ミ・ソ・ドを行き来するのが精一杯なんだ。

3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
なるほど。ということは、ド・ミ・ソ・ド以外の音は、一段上のオクターブまで登れば出せるという理解でいいのかな。低いところに無いだけで、どこかにはある、という話に聞こえるのだけど。

4. 海外の名無しさん(>>3への返信)
その通りで、上まで登れば出る。逆にいうと、下では本当に出ない。だから当時の作曲家は「出ない音は最初から書かない」という前提で楽譜を作っていた。演奏者が苦労して避けているのではなく、楽譜のほうがすでに楽器の形に合わせてある。

5. 海外の名無しさん(>>2への返信)
おおむね合っているけれど、細かいところを補足させてほしい。音階らしくなるのは8番目の段あたりから上で、そこまで登らないと隣の音に届かない。ブランデンブルク協奏曲の第2番があれほど恐れられているのはこれが理由で、現代の楽器で吹くと同じ音でも位置が少しずれるから、余計にたちが悪い。音楽の修士号をどこかで役立てたかっただけです、すみません。

6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
ブランデンブルクの第2番は謝らなくていいので、もっと語ってほしい。あれは客席で聴いていても、奏者の顔色が曲の後半で変わっていくのがわかる。終わったあとに拍手より先にため息が出る曲は、あれくらいしか知らない。

7. 海外の名無しさん
言っておくと、唇で音を変えるのは現代のトランペットでもまったく同じ。バルブは音を作る装置ではなくて、作れる音の数を増やすための装置なんだ。バルブが無いと、単純に出せない音があるというだけの話で、唇の仕事は昔から一ミリも減っていない。

8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
補足すると、1番のバルブを押すと半音2つぶん、2番で半音1つぶん、3番で半音3つぶん下がる。何も押さないままいちばん低いあたりで吹けるのは、ドとソとドだけ。要するにバルブというのは、はしごの段のすきまを埋めるための道具ということになる。

9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
素人質問で申し訳ないのだけど、3番は半音4つぶんにしたほうが良くなかったのだろうか。1・2・4という並びなら、押す組み合わせで1から順に全部の数を作れるので、設計としてきれいだと思うのだけど。

10. 海外の名無しさん(>>9への返信)
発想はわかるし、その考え方が効く場面は世の中に多い。ただ1オクターブは半音12個あるので、その数え方だと最初から足りない。おまけに管の長さと音の高さの関係は単純な足し算ではないので、二進法のようにきれいには組み上がってくれないんだ。

11. 海外の名無しさん(>>9への返信)
関連して聞きたいのだけど、1番と2番を同時に押したときと、3番だけを押したときは、同じ高さの音になるという理解で合っている? どちらも半音3つぶんという計算になるはずなので。

12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
そう思いたくなるのだけど、これが合わない。音の高さは管の長さの「比率」で決まるのに、バルブが足す管の長さは固定なんだ。だから足し算がどこかで必ずずれて、3番だけを押した音は1番+2番と同じにならない。3番を単独で使う奏者をほとんど見かけないのは、そういう事情がある。

13. 海外の名無しさん(>>12への返信)
トランペットの1番と3番に、指をひっかける輪っかと小さな抜き差し管が付いている理由がやっと分かった。あれは演奏中に長さを微調整して、ずれた分をその場で直しているのか。ずっと飾りか何かだと思っていた。

14. 海外の名無しさん
低い音域にドとソしか無い、というのは作曲する側から見るとかなり厳しい制約で、モーツァルトもハイドンもベートーヴェンも全員この縛りの中で書いている。金管がティンパニと一緒に主音と属音——つまりドとソ——だけを鳴らす、あの古典派らしい響きは、様式の選択というより、それしか出せなかった結果として生まれた側面がある。

15. 海外の名無しさん(>>14への返信)
そう考えると、あの時代の交響曲でトランペットが「ジャーン、ジャーン」としか鳴らないのは、作曲家が手を抜いていたわけではないのか。今まで少し気の毒に思いながら聴いていたので、認識をあらためたい。

16. 海外の名無しさん
ホルンには、ベルに右手を突っ込んで音の高さをずらすやり方がある。半音ぶんくらいは動かせるので、トランペットより少しだけ自由がきいた。ただし手でふさぐと音色まで変わるので、ごまかしきれずに音の表情が入れ替わってしまう。

17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
古楽器の録音でホルンの音がふっとくぐもる瞬間があって、録音の状態が悪いのかと思っていた。あれは奏者が手で音の高さを直しているところだったわけだ。欠陥ではなく仕様だと分かると、急に味わい深く聴こえてくるから不思議だ。

18. 海外の名無しさん
バッハがトランペットを使う曲にニ長調が多いのは、そもそも楽器がニ調の管だったからで、作曲家の好みではない。管の長さが調を決めていて、作曲家はその範囲で書いていた。逆にいうと、当時の楽譜の調から、どんな楽器が現場にあったかがある程度読めるということでもある。

19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
ついでに言っておくと、いま古楽の演奏会で「バロックトランペット」として使われている楽器は、たいてい管に小さな穴がいくつか開いている。音程の狂いやすい段を補正して吹きやすくするための工夫で、当時の楽器そのままではない。そこにこだわる人と、聴ければ十分だという人で意見が割れるところ。

20. 海外の名無しさん
バッハに子どもが二十人もいたのは、彼のオルガンにストップが付いていなかったからだそうだ。ちなみにオルガンの「ストップ」とは音色を選ぶための音栓のことで、名前のとおり、音を止めるための装置でもある。

21. 海外の名無しさん(>>20への返信)
バルブの話をしていたはずが、いつの間にか鍵盤に移動している。しかもこの手のだじゃれを言う人は、たいてい本当にオルガンが弾ける人なので、笑っていいのか感心すべきなのか毎回わからなくなる。

22. 海外の名無しさん
ハイドンのトランペット協奏曲は、キーを付けた新しいトランペットを自分で考案した奏者のために書かれた曲で、冒頭からわざわざ低い音域の音階が出てくる。楽器の宣伝がそのまま名曲になってしまった例で、こういう成り立ちの曲はなかなか無い。トランペットを習えば一度は通る有名曲なのに、生まれた事情はけっこう生々しい。

まとめ

バッハの時代のトランペットにはバルブ(ピストン)が無く、長さの変えられない一本の管から、唇の締め具合と息だけで音を選び出していた。管が出せるのは自然倍音列という決まった音の並びだけで、低い音域はすかすか、高いところまで登ってはじめて音階が歩けるようになる。バロックのトランペットの旋律が軒並み高いのも、《ブランデンブルク協奏曲第2番》が今も難曲であり続けるのも、そこに理由がある。コメント欄は、信号ラッパとの違いから始まって、バルブが半音いくつぶん下げるのか、3番のバルブがなぜ1番+2番と一致しないのか、といった細かい話へ気持ちよく脱線していった。楽器のかたちが音楽のかたちを決めていた時代の話である。次にバロックの曲でトランペットが高いところを走り回るのを聴いたら、あれは作曲家の趣味ではなく、そこにしか足場が無かったのだと思い出してほしい。

元ソース: バッハの時代のトランペットにはバルブが無く、奏者は唇と息だけで音を変えていた——楽器が持つ自然倍音列だけを頼りに演奏していた

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