クリスマスといえば12月25日。だが、その日がイエス・キリストの誕生日だと、聖書のどこにも書かれていない――と言ったら驚くだろうか。実はこの日付がいつ、誰によって、どんな理由で「降誕の日」に定められたのか、最も核心の部分は今も歴史の霧の中にある。冬至説、ローマの祭り説、受胎告知から逆算する説……諸説は花盛りだが、決め手はない。
※注:「ユリウス1世」は4世紀のローマ教皇(在位337〜352年ごろ)。「法王」とも訳されるが、本記事では現在一般的な「教皇」で表記する。
今日の知ってた?
📅 聖書にイエスの誕生日は記されていない。それでも12月25日が「降誕の日」として広まった経緯について、一説には西暦350年ごろ、ローマ教皇ユリウス1世が定めたとされる。だが、なぜ他でもないこの日が選ばれたのか――その本当の理由を記した一次史料は残っていない。しかも「ユリウス1世が決めた」という話自体、9世紀の文献にしか出てこない一通の手紙が根拠で、その手紙はどうやら偽作らしい。確実に言えるのは、現存最古の記録である354年の暦書に「12月25日、ユダヤのベツレヘムにてキリスト生まれる」と載っている、というたった一点だけだ。
背景:そもそも初期キリスト教に「誕生日を祝う」発想はなかった
新約聖書には、イエスが生まれた季節を匂わせる記述(羊飼いが野宿していた、など)はあっても、具体的な日付は一切出てこない。それもそのはずで、ごく初期のキリスト教徒たちには「誕生日を盛大に祝う」という習慣そのものがほとんどなかった。当時、誕生日の宴を開くのはローマ皇帝や異教の神々のためのもの、つまり「異教の風習」と見なされがちだったのである。3世紀の神学者オリゲネスにいたっては、「聖書の中で誕生日を祝うのはファラオやヘロデのような悪人ばかりだ」という趣旨のことまで書き残している。
では彼らが大切にしていたのは何かというと、誕生ではなく復活――すなわち復活祭(イースター)のほうだった。イエスの「死と復活」こそが信仰の中心であり、「いつ生まれたか」は長らく重要な問いではなかった。12月25日が降誕祭として明確に姿を現すのは、ようやく4世紀に入ってからのことなのだ。
もう少し詳しく
説その一・太陽の祭りを乗っ取った。もっとも有名なのが、ローマにあった冬の祭りに重ねたという見方だ。12月17〜23日には乱痴気騒ぎで知られる「サートゥルナリア祭」があり、さらに西暦274年からは「不敗の太陽神ソル・インウィクトゥス」の誕生祭が12月25日に祝われていた。ミトラ教の主神ミトラもこの日の生まれとされる。一年でいちばん昼が短い冬至の前後は、どの文化でも「ここから日が伸びる」希望の季節。すでに人々が浮かれているその日に降誕祭を重ねれば、改宗もぐっと進む――という実利的な狙いがあった、とする説である。
説その二・受胎告知から逆算する「計算説」。まったく毛色の違う説もある。古いユダヤの伝承では、預言者は「受胎した日と同じ日に世を去る」とされた。イエスの受難(十字架)は3月25日と考えられ、それを受胎の日とみなすと、9か月後はちょうど12月25日になる。しかもこの3月25日は、天使がマリアに受胎を告げた「受胎告知」の日でもある。神学者ヒッポリュトスは、ユリウス1世より1世紀以上も前にこの計算を書き残しており、太陽神とは無関係に日付が導かれた可能性を示している。
説その三・そもそも「本当の理由」は失われている。ややこしいことに、西暦350年ごろの実際の冬至は12月21日あたりで、25日とは少しずれていた(ユリウス暦のわずかな誤差が数百年で積み重なった結果だ)。結局のところ、歴史家のあいだでも「異教の祭りの置き換え」派と「計算説」派が今も並び立っており、決着はついていない。最初に挙げた「ユリウス1世が決めた」という筋書きすら確証がない。私たちは、世界で最も祝われる日の由来を、いまだに「たぶん」でしか語れないのである。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
「24日がクリスマスイブで、25日が本番」ってもう完全につじつまが合ってるんだから、ユリウスさんもさぞ計算上手だったんだろうな(順番が逆で、本番が決まったからイブができたわけだが)。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
コメ欄が「いや冬至だ」「いや太陽神だ」ってバチバチに論争してる中で、これ読んで一気に肩の力が抜けた。ありがとう、平和をくれて。
3. 海外の名無しさん
彼は「年末から正月にかけて、人々が一週間まるごと仕事を休みたがる」ことを見抜いていたんだ。とんでもない先見の明だよ。現代の社畜を救った聖人と言ってもいい。
4. 海外の名無しさん(>>3への返信)
笑い話に見えて、これ実は有力説のひとつにかなり近いんだよな。もともと人々が冬に浮かれて宴会してた時期だから、そこに公式行事を合わせれば布教もしやすい、っていう発想。冗談が正解をかすめてる。
5. 海外の名無しさん
歴史家が唱える「計算説」が個人的には好きだ。ユダヤの古い伝承では、聖なる人物は「受胎した日と同じ日に死ぬ」とされていて、イエスの受難(=受胎日)が3月25日。そこから9か月足すと、ちょうど12月25日になる、という理屈。妙に整いすぎてて逆に怪しい。
6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
それ、実は「論争中の新説」ってほどでもなくて、神学者ヒッポリュトスがユリウス1世より1世紀以上も前に同じ計算を書き残してるんだ。つまり日付の理屈だけなら、教皇が決めたとされる時期よりずっと昔から存在してた。
7. 海外の名無しさん
本文が「歴史的な定説は存在しない」ってわざわざ明記してるのに、コメ欄には「いや、本当の理由なら俺が知ってる」って人が何人も湧いてるの、込みで味わい深い。
8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
当時の人たちにもこの掲示板があれば、ユリウス1世本人が降臨して「理由は〇〇です」って一行書き込んで全部解決したのにな。千数百年ぶんの議論がスレ一本で終わってた。
9. 海外の名無しさん
キリスト教の祝日って、もともと現地にあった土着のお祭りの日にわざと重ねてあるものが多い。新しい宗教を一から押し付けるより、「その楽しい行事、これからはこっちの名前でやろうぜ」のほうが圧倒的に改宗させやすいからね。
10. 海外の名無しさん(>>9への返信)
そして一年でいちばん昼が短い日の前後に「光のお祭り」を持ってくるのは、どの文化でも理にかなってる。暗くて寒い底の時期に「ここから日が伸びるぞ」って希望を祝うわけで、人間の感覚に素直なんだよ。
11. 海外の名無しさん
自分はずっとサートゥルナリア(ローマの冬の乱痴気祭り)の置き換えだと思ってた。それに加えて「不敗の太陽神ソル・インウィクトゥス」の誕生祭が西暦274年から12月25日に祝われてたのも大きいはず。クリスマスより先輩なんだよな、この日付。
12. 海外の名無しさん
大学の「キリスト教史」の授業では、ミトラ教への対抗策だと習った。ミトラ神も12月25日生まれとされていて、「うちの神様だって同じことできますけど?」っていう、初期キリスト教にありがちな張り合いの一例だと説明されたよ。
13. 海外の名無しさん
ちょっと水を差すようだけど、西暦350年ごろの実際の冬至は12月21日のほうなんだよね。だから「冬至ぴったりだから25日にした」っていう説明は、厳密には少しずれてる。
14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
それは暦のズレが原因。ユリウス暦は実際の太陽の周期よりほんのわずかに長くて、何百年もかけて日付が前へとずれていったんだ。制度上の「伝統的な冬至」はずっと12月25日とされていて、観測上の冬至だけが21日に動いてた、っていうカラクリ。
15. 海外の名無しさん
初期のキリスト教徒が重視してたのは誕生日じゃなくて、むしろ復活祭(イースター)のほうだった。受胎告知が3月25日で、その9か月後が12月25日、という逆算は当時からあったけど、誕生日そのものはわりとどうでもよかったらしい。
16. 海外の名無しさん
元ネタをちゃんと読むと「350年ごろユリウス1世が定めた、という話は9世紀の文献にしか出てこない一通の手紙が根拠で、その手紙はおそらく偽物」って書いてある。今日の豆知識を鵜呑みにするな、という今日の豆知識だった。
17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
そうなんだよ、「誰が決めたか」の部分からして実はぐらぐら。確実に言えるのは、現存最古の暦(354年)に12月25日が載ってる、という事実だけ。あとは全部「〜かもしれない」の積み重ねでできてる祝日。
18. 海外の名無しさん
誕生日とクリスマスが同じ日の人って世の中にいて「一年で一度しか祝ってもらえない」とぼやくけど、考えてみたらイエスもまさにそれなんだよな。ケーキ一個で誕生日も降誕祭も済ませられる、ある意味いちばん経済的な聖人。
19. 海外の名無しさん
もしユリウスがハロウィンのほうに目をつけてたら、お菓子も仮装もプレゼントも全部入りの、二か月ぶっ通しの大型連休になってたかもしれない。そっちの世界線、ちょっとうらやましいぞ。
20. 海外の名無しさん
専門家ですら「正直よく分かってません」って白旗をあげてるのに、ネットだとみんな自分の推し説に100%の自信を持ってるの、毎回笑ってしまう。自信の総量だけは歴代最高。
21. 海外の名無しさん
冬至の前後、太陽は空のいちばん低いところで三日ほど「止まって」見えて、そこからまた昇り始める。その「再び昇る日」を祝う風習は、キリスト教よりはるか昔から各地にあった。25日という数字はそこから来てる、という見立てもあるんだよ。
22. 海外の名無しさん
カトリック系の高校で習ったのは、もともと異教徒が冬至を盛大に祝ってたから、教会がそこに乗っかったっていう説明だった。「その楽しそうなお祭り、こっちでもやろうよ。しかもプレゼント付きでさ」って勧誘したんだ、と先生が言ってた。
23. 海外の名無しさん
ユダヤの伝統には確かに「聖なる人物は生まれた日と死んだ日が同じ」という考え方があって、モーセは(ユダヤ暦の)アダルの月の7日、ダビデ王は七週の祭り(シャヴオット)に、という伝承が残ってる。だから計算説の発想自体は突飛じゃない。
24. 海外の名無しさん(>>23への返信)
ただ、その伝統で語られるのは「誕生と死」の一致であって、「受胎と死」の一致じゃないんだよね。タルムードでも完成や成就の象徴として論じられてるけど、受胎を結びつける典拠は自分は見たことがない。計算説のそこだけは、少し継ぎ足された匂いがする。
まとめ
クリスマスの日付をめぐっては、「冬至や太陽神の祭りを乗っ取った」とする説と、「受難の3月25日から9か月を逆算した」とする計算説が二大潮流で、歴史家でもいまだ決着していない。そもそもユリウス1世が決めたという筋書き自体あやしく、確実なのは354年の暦に12月25日が載っているという一点だけ。海外の反応は、軽口を叩き合いながらも諸説を持ち寄り、最後は「専門家にも分からないのが正解」へ気持ちよく着地する、知的で温かい温度感だった。


コメント
万年薄暗いヨーロッパでは、
これから日光が明るくなる冬至を祝う祭が
総じて一番盛大だったから、それを乗っ取っただけ
日本ではケンタッキーフライドチキンを食べてコカ・コーラ カラーの服のおじさんからプレゼントをもらう日だけどね
ローマもイスタンブールもイスラエルも万年薄暗いなんてことは絶対にないが