学校の化学室には必ず貼ってある周期表。あの表を生み出した男ドミトリ・メンデレーエフは、ノーベル賞に何度も名前が挙がりながら、ついに一度も受賞できなかった。理由が「過去に批判した相手の逆恨み」だったというから、人間くさい話である。
※注:メンデレーエフはロシアの化学者(1834〜1907)。まだ発見されていない元素の存在と性質を周期表の空欄から予言し、的中させたことで知られる。
今日の知ってた?
📏 周期表の生みの親メンデレーエフは、ノーベル化学賞に計9回ノミネートされながら一度も受賞できなかった。背景には、かつて彼が学説を批判したスヴァンテ・アレニウスがスウェーデン科学アカデミーで強い影響力を持ち、選考を裏で動かしていたとされる。
背景:メンデレーエフと周期表
1869年、メンデレーエフは当時知られていた元素を原子量の順に並べると、性質が周期的に繰り返されることに気づいた。これが周期表の誕生である。彼が本当にすごかったのは、表に「空欄」を残したこと。まだ見つかっていない元素がそこに入るはずだと予言し、その原子量や性質まで具体的に言い当てた。
実際、ガリウム・スカンジウム・ゲルマニウムといった元素が後から発見され、メンデレーエフの予言とほぼ一致していた。予言が次々に的中したことで、周期表は単なる整理術ではなく、自然界の法則を映す道具として一気に権威を得た。
ノーベル賞は1901年に始まったばかりで、メンデレーエフは晩年に何度も候補に挙がった。功績の大きさを考えれば受賞は当然と思われたが、現実はそうならなかった。
もう少し詳しく
邪魔をした人物、スヴァンテ・アレニウス。彼自身もノーベル賞を受賞した一流の化学者で、酸と塩基の理論を進め、pH(水素イオン指数)の考え方にもつながる業績を残している。地球温暖化を初めて数値で計算した人物の一人としても名高い。ところがメンデレーエフは、アレニウスが提唱した「電解質溶液の解離説」を強く批判していた。当時のメンデレーエフは原子は分割できないという伝統的な化学観に立っており、新説を受け入れがたかったのだ。
1906年、受賞は本当に目前だった。この年、ノーベル委員会はいったん4対1でメンデレーエフ受賞を支持する票決を出した。ところがスウェーデン科学アカデミーがこれを覆し、メンバーを追加して再投票を行わせた結果、票はメンデレーエフに不利に転じた。アレニウス自身は委員会の正式メンバーではなかったが、アカデミー内で十分な影響力を持っており、この逆転を演出したとされる。翌1907年、メンデレーエフは世を去った。あの再投票が、彼にとって事実上最後のチャンスだった。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
死後に授与してあげることはできないのかな。だいぶ時間は経ってるけど、これだけの功績なら例外があってもいいと思うんだけど。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
ノーベル賞は故人には授与できないルールなんだ。例外は、発表後・授賞式前に亡くなった場合だけ。あくまで「生きている研究者を励まし、研究資金を支援する」ための賞だから、生前限定なんだよ。
3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
そのルール、まさに「一人の逆恨みした人物」が真っ向から否定したわけだよな。本来なら励まされるべき大研究者を、励ますどころか潰しにかかったんだから。
4. 海外の名無しさん
委員会にいたその科学者、いまや自分の名前を化学者全員が使う何かにはなってないんだろうな。さて、本当に負けたのはどっちでしょうか、って話だよね。
5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
それがアレニウスなんだよ。アレニウスの酸・塩基、アレニウスの式、高校や大学初年度で化学をやれば必ず出てくる名前だ。pHの定義にも関わってるし、温室効果を最初に計算した一人でもある。めちゃくちゃ重要な化学者。ただ、どうやら相当に打たれ弱い人物だったらしい。
6. 海外の名無しさん
でもメンデレーエフには、化学者として最高の名誉があるよ。ノーベル化学賞は200回以上授与されてきたけど、周期表に自分の名前の元素を持つ化学者はたった18人しかいない。受賞者たちは永遠にあの表で彼の名前(メンデレビウム)を見続けることになる。
7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
それな。ノーベル賞は時が経てば人々の記憶から薄れるけど、周期表は世界中の教室に貼られ続ける。どっちが長く残るかは明白だよ。
8. 海外の名無しさん
ノーベル賞って、誰が受賞して誰が外れるか、昔から妙な政治がつきまとってるよな。研究の99.99999%を一人でやり遂げても、なぜか別の人に渡ったりする。
9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
この手の話で本当の定番はリーゼ・マイトナーだと思う。核分裂の理論的説明を主導したのに、賞は共同研究者のほうに行った。彼女こそ「外された人」の代名詞だよ。
10. 海外の名無しさん
たった一つの恨みだけで賞をひっくり返せるなら、ほかにも同じ目に遭った人がたくさんいそうだ。歴史に埋もれた「あと一歩」が無数にあるんだろうな。
11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
間違いなく大勢いるはず。文学賞の世界ではこういう私怨での落選はかなり有名な話だしね。科学だけの話じゃない。
12. 海外の名無しさん
本当の話は「毎回ブロックされた」よりもっと生々しいぞ。1906年、委員会は実際に4対1でメンデレーエフ支持を票決したのに、科学アカデミーがその結果を受け入れず、メンバーを4人追加して再投票を強行、今度は彼に不利な結果になった。翌年メンデレーエフは亡くなったから、あの仕組まれた再投票が事実上の最後のチャンスだったんだ。
13. 海外の名無しさん(>>12への返信)
それ、もうアニメに出てくる悪役科学者同士の因縁レベルじゃないか。投票やり直しのためにメンバー水増しって、現実でやるか普通。
14. 海外の名無しさん
なんで人類は、こんなに執念深くて意地の悪い人間を権力の座に居座らせておくんだろう。他人を左右する立場にいていい人種じゃない。もっと高い基準を設けるべきだよ。
15. 海外の名無しさん(>>14への返信)
科学者って、自分の説を反証されたり挑戦されたりするのにものすごく敏感な人が多いんだよ。本当は学びの瞬間として喜ぶべきなのにね。人間の狭量さをなくさない限り、この手の話は消えないと思う。
16. 海外の名無しさん
博士課程にいたことがある身として言わせてもらうと、研究者ってのは想像を絶するほど神経質で意地っ張りになれる生き物だよ。だから自分は「もう無理!」って言って出てきたんだけどね。
17. 海外の名無しさん
このアレニウスとメンデレーエフの関係、完全にファーンズワース教授とワーンストロム教授じゃないか。アニメで見たやつそのまんまだ。
18. 海外の名無しさん(>>17への返信)
ワーンストロォォム!って叫びたくなるよな。ライバルを目の敵にして表彰式でいがみ合うあの感じ、まさにこれ。
19. 海外の名無しさん
皮肉なのは、アレニウスを批判したメンデレーエフ自身も、当時は「原子は分割できない」という古い化学観に縛られていたこと。電解質が電気もかけずに勝手にイオンに分かれる、という発想が受け入れられなかったんだ。お互い時代の限界の中で戦ってたんだよな。
20. 海外の名無しさん
そういえばアレニウスって、1896年に二酸化炭素が増えると地球が温暖化するって計算した人でもあるよね。私怨はともかく、業績だけ見ればとんでもない先見の明があった科学者だ。
21. 海外の名無しさん(>>20への返信)
そうそう。だからこそ余計にもったいない。あれだけの頭脳が、個人的な感情で一人の偉人の最後のチャンスを潰す側に回ったわけで。才能と人格は別物なんだなって痛感する。
22. 海外の名無しさん
もし故人にも授与できるルールだったら、それこそニュートンやケプラーにまで遡って配らなきゃいけなくなる。線引きは難しいけど、メンデレーエフだけは特例で…と思ってしまうのが人情だよね。
23. 海外の名無しさん
ノーベル賞の精神からすると「今さら彼に贈っても、現役の研究者を励ますという目的には合わない」というのは正論だ。でも正論だからこそ、生前に逃したのが余計に惜しい。本来は間に合っていたはずなんだから。
24. 海外の名無しさん
結局、周期表という人類共通の道具を残せた時点で、メンデレーエフは賞を超えたところにいるんだと思う。受賞者リストを暗唱できる人は少ないけど、周期表を見たことがない人はほぼいない。
25. 海外の名無しさん
化学を勉強し直したくなる話だった。表のあちこちにある人名、一つ一つにこういうドラマが隠れてるんだろうな。次に周期表を見るときは、メンデレビウムの欄をちょっと長めに眺めてしまいそう。
まとめ
周期表で不朽の名を刻んだメンデレーエフが、ノーベル賞だけは生前ついぞ手にできなかった――その裏に一研究者の私怨があったという話。コメント欄では「故人に贈れないルールこそ皮肉」「才能と人格は別物」と嘆く声が多い一方、「周期表に名を残した時点で賞を超えている」と前向きに捉える人も目立った。受賞の有無より、彼が遺したものの大きさを改めて感じさせるスレッドだった。

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