RSSヘッドライン

「マリオ3、家庭用より7か月早くゲーセンで遊べた」北米だけにあった不思議な順番、知ってた…?

「マリオ3、家庭用より7か月早くゲーセンで遊べた」北米だけにあった不思議な順番、知ってた…? 自然・科学

家庭用ゲームの金字塔『スーパーマリオブラザーズ3』。日本では1988年にファミコンソフトとして発売されたのは有名ですが、実は北米では「最初に遊べた場所」がアーケード(ゲームセンター)だったのをご存じでしょうか。北米の家庭にNES版(海外版ファミコン)が届いたのは、その約7か月後のことでした。

※注:NES(Nintendo Entertainment System)は、ファミコンの北米版にあたる据置ゲーム機。北米では1985年に発売された。

今日の知ってた?

📏 『スーパーマリオブラザーズ3』は、北米では家庭用ゲーム機より先にアーケードで遊べた。それを実現したのが、任天堂の「PlayChoice-10(プレイチョイス10)」という、NES用ソフト10本から選んで遊べる業務用筐体だった。北米のNES版発売は1990年2月で、アーケード初登場のおよそ7か月後だったとされる。

背景:PlayChoice-10とは

PlayChoice-10は、1986年に任天堂が北米のゲームセンター向けに投入した業務用ゲーム筐体です。中身はNES(北米版ファミコン)とほぼ同じハードで、最大10本のソフトをカートリッジで内蔵し、プレイヤーがメニューから好きなタイトルを選んで遊べる仕組みになっていました。

料金はコインを入れると「制限時間」が買えるスタイル。1本クリアごとに課金、ではなく、買った時間内なら同じ画面で複数のゲームを渡り歩けるのが特徴でした。上下2画面の大型筐体で、上の画面に遊び方の説明やデモが流れるタイプもあり、当時のアメリカのゲーセンやレンタルビデオ店、トイザらスのような量販店の店頭でよく見かける存在だったといいます。

この「お試しで遊べる場所」に、まだ家庭用が出ていない『スーパーマリオブラザーズ3』が早めにラインナップされた——これが「アーケードのほうが先だった」というカラクリの正体です。完全新作のアーケード専用ゲームとして作り直されたわけではなく、NES用ソフトを業務用筐体で先行プレイできた、という形だった点がポイントです。

もう少し詳しく

なぜ家庭用より先にゲーセンに置いたのか。当時のアメリカは、1983年の「アタリショック」と呼ばれる家庭用ゲーム市場の大暴落から立ち直りきっていない時期でした。小売店も消費者もゲーム機に慎重で、任天堂としては「まず実機を触ってもらって面白さを体感させる」ことが何より重要だったのです。PlayChoice-10は、いわば歩く広告塔。店頭で行列ができれば、それがそのまま「NESは面白い」という宣伝になりました。

『VS.スーパーマリオブラザーズ』との混同に注意。任天堂のアーケード版マリオには、もう一つ『VS. スーパーマリオブラザーズ』という別系統の筐体も存在しました。こちらは初代『スーパーマリオブラザーズ』をベースに、家庭用より難しく作り替えたアーケード専用バージョン。今回のSMB3の話題は、この難化版とは別物で、あくまでPlayChoice-10での先行登場という整理になります。北米では多くの人が、家庭用機を手に入れる前にこうしたアーケード筐体でマリオに触れていたわけです。

SMB3そのものの中身は家庭用と同じ。PlayChoice-10で動いていたのはNES用ソフトなので、しっぽマリオもジュゲムの雲も土管ワープも、家庭で遊ぶものとほぼ同じ。違いは「コインを入れて制限時間内に遊ぶ」という遊び方だけ。だからこそ、北米のゲーマーの中には「ゲーセンで先に遊んだはずなのに、記憶があいまい」という人が今も少なくないようです。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
これを知らないってことは、映画『ウィザード』を観てない世代だな…。あの映画のクライマックスで、北米の子どもたちが初めて『マリオ3』を見せられて大興奮したんだよ。

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
正直その映画、面白いの?タイトルは知ってるけど通して観たことなくて、ずっと気になってる。

3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
完全に子ども向け映画だけど、あの時代に育った人なら確実に懐かしさで泣けるよ。要は90分のマリオ3の宣伝みたいな映画。でもその「宣伝」が当時はめちゃくちゃ効いた。

4. 海外の名無しさん
このゲーム、子ども時代の宿敵だった。セーブもパスワードもないから、ワープなしで全クリしようとすると6時間超えコース。一晩中つけっぱなしにしてNESの電源がイカれたのは今でも忘れない。

5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
わかる。大人になってエミュレーターでやり直したら、途中セーブできるありがたさに泣いた。これをセーブなしで一気にクリアしてた子どもの頃の自分、頭おかしい(褒めてる)。

6. 海外の名無しさん(>>4への返信)
日本版の説明書には「セーブ用の電池を入れられなくてごめんなさい、当時の部品事情で…」みたいな開発者の謝罪が載ってたらしいよ。その代わりがワープ笛だったとか。

7. 海外の名無しさん
正直に言うと、SMB3のアーケード筐体って一度も見た記憶がないんだよな。家庭用でやり込んだ思い出しかない。

8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
たぶんそれ、PlayChoice-10だったやつじゃない?10本入りのデカい筐体。あれなら見たことある人多いはず。

9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
ああ、上下に画面が2つあるやつか!店頭でデモが流れてて、コイン入れると制限時間が買えるタイプ。あれの記憶ならある。

10. 海外の名無しさん
言われてみれば、NES本体を持つ前に『VS.スーパーマリオブラザーズ』のほうを先にゲーセンで遊んでたわ。アメリカの大半の子どもはそっちが「初マリオ」だった気がする。

11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
あの筐体いいよね。確か家庭用より難しく調整されてて、後の『ロストレベルズ』に入る鬼畜ステージが混ざってた記憶がある。

12. 海外の名無しさん
アーケード版があったこと自体ぜんぜん知らなかった。家庭用とは中身が違ったの?それとも内容は同じ?

13. 海外の名無しさん(>>12への返信)
PlayChoice-10で動いてたのはNES用ソフトそのものだから、中身はほぼ同じだよ。違うのは「コインで時間を買う」遊び方の部分だけ。

14. 海外の名無しさん
子どもの頃、ゲームは映画みたいに「全部まずアーケードで公開→あとから家庭用で発売」されるものだと本気で思ってた。劇場公開からのソフト化、みたいな順番だと信じてた。

15. 海外の名無しさん(>>14への返信)
今回の話に限って言えば、その勘違いが珍しく正解だったわけだ(笑)。

16. 海外の名無しさん
アーケードでは数クォーター(コイン)しか使わなかったと思う。でも家庭用版には何か月も費やした。なのに結局、最後までクリアできた記憶がないんだよな…。

17. 海外の名無しさん
じいさん世代だけど一言。そう、これは本当の話で、当時は本当に最高だった。あの頃の興奮は今の子には伝わらないだろうな。

18. 海外の名無しさん
任天堂のことはかなり詳しいつもりだったのに、これは知らなかった。なかなか良い豆知識だ。

19. 海外の名無しさん
ワープ笛の存在、当時はみんな「休み時間の情報交換」か「任天堂の攻略雑誌」で知ったよね。攻略サイトなんてない時代、口コミがすべてだった。

20. 海外の名無しさん(>>19への返信)
うちのヒーローは、ゼルダを全クリしてたベビーシッターのお姉さんだった。親が出かけるたびに「生きた攻略本」が来るのが楽しみで仕方なかった。

21. 海外の名無しさん(>>20への返信)
それ最高の思い出だな。ネットがなかったぶん、攻略を知ってる人間が学校で英雄になれた時代。今思うと牧歌的でよかった。

22. 海外の名無しさん
6歳の自分には文句なしの神ゲーだった。大人になって冷静にやると正直そこそこだけど、当時の「うわっマリオ3だ!」っていう衝撃は一生もの。

23. 海外の名無しさん
弟と二人で別のアーケードゲームを何日もつけっぱなしにしてたのを思い出した。ループするタイプのゲームだったから、永遠に終わらなかったんだ(笑)。

24. 海外の名無しさん
日本では普通にファミコンソフトとして出てたわけだから、北米のこの「ゲーセンが先」って順番、こうして並べると地味にすごい話だな。マーケティングの妙だ。

まとめ

家庭用の超名作と思われている『スーパーマリオブラザーズ3』が、北米ではPlayChoice-10という10本入りアーケード筐体で家庭用より約7か月早く遊べた、というお話。背景には、アタリショック後の慎重な市場で「まず触らせて魅了する」必要があった任天堂の戦略がありました。コメント欄は『VS.スーパーマリオ』との思い出、映画『ウィザード』、セーブできない苦行、口コミだけで攻略していた時代の郷愁で大いに盛り上がり、当時を知る世代の「あったあった」が止まりませんでした。

元ソース: 豆知識:『スーパーマリオブラザーズ3』は北米ではまずアーケードゲームとして登場し、NES版が出たのは7か月後だった

コメント

  1. Reddit名無しさん より:

    家庭用よりもアーケードが先?
    専用ハードを作っていた時代は割と普通なんだが、汎用のアーケード機を作ったのね。
    家庭用ゲーム機の普及がアメリカの方が僅かに古いから、Atari2600 は大当りしたんだが、Atari 5200 以降失敗続き、ほかにエポック社のカセットビジョンとか。
    namco のポールポジションが Atari2600 用で大笑い。
    ファミコンに発売が1983年、アメリカ発売は1985年、そりゃ逆転するわな。

  2. Reddit名無しさん より:

    マリオシリーズがドンキーコングの派生品って知ってましたか?

  3. Reddit名無しさん より:

    良くいくゲーセンに、ワルキューレの冒険あったわ。1プレイ50円で遊べた。
    まんまファミコン版のそれだったから、多分中にファミコンそのものか互換の業務用基板とかあったんじゃね?