「鷲がサンダルをさらい、裁きの最中だった王の膝に落とした」キリスト教より古いシンデレラ、その最古の記録とは…?

「鷲がサンダルをさらい、裁きの最中だった王の膝に落とした」キリスト教より古いシンデレラ、その最古の記録とは…? 文化・社会

靴を片方落とした娘が、その靴のせいで見つけ出され、身分の違う相手と結ばれる。誰でも筋書きを言える話だが、この形が最初に文字になったのはいつか、となるとかなり古い。継母も舞踏会もかぼちゃの馬車もない骨組みだけの状態で、それは紀元前後に書かれた本の中にすでに残っている。

※注:ストラボンは古代ギリシアの地理学者・歴史家(紀元前64年頃〜紀元後24年頃)。当時知られていた世界をひとまわりして記述した全17巻の『地理誌』を残しており、そのエジプトを扱う巻に、この記事で扱う話が出てくる。

今日の知ってた?

👡 「落とした靴のおかげで娘が見つかり、王と結ばれる」という筋書きの、いま確認できるいちばん古い記録は、古代ギリシアの地理学者ストラボンが『地理誌』に書き留めたロドピスの話である。水浴びをしていた娘のサンダルを鷲がさらい、遠く離れた都で裁きを行っていた王の膝の上に落とす。王は靴の持ち主を国じゅうに探させ、見つかった娘を妃に迎えた——書かれたのは紀元前後で、キリスト教が広まるよりも前にあたる。ただしそこには、継母も意地悪な姉たちも舞踏会も出てこない。

背景:ロドピスは実在の人物だった

この話の主人公ロドピスは、完全な作り話の登場人物ではない。紀元前5世紀の歴史家ヘロドトスが『歴史』の中で触れている。それによれば、彼女はトラキアの生まれで、奴隷としてエジプトに連れてこられ、のちに身請けされてナウクラティスという街で遊女として暮らした。同じ主人のもとにいた奴隷仲間の一人が、イソップ寓話で知られるあのイソップだったとも書かれている。身請けした相手は詩人サッポーの兄弟にあたるカラクソスという男で、それも大金をはたいてのことだったという。生きていたのは紀元前6世紀ごろとされる。

ただし、ヘロドトスはサンダルの話を書いていない。彼が彼女に触れたのは、「ギザの三つ目のピラミッドはロドピスが建てたものだ」というギリシア人たちの言い伝えを、そんなはずはないと否定するためだった。鷲が靴をさらう挿話が出てくるのは、それより数百年あとのストラボンである。

ストラボンの書き方は、驚くほどそっけない。彼女が水浴びをしている間に鷲が侍女の手からサンダルを片方さらい、メンフィスまで運んで、屋外で裁きの席についていた王の膝に落とした。王はその靴の形の美しさと出来事の奇妙さに打たれ、持ち主を国じゅうに探させる。ナウクラティスで見つかった娘は王のもとに連れてこられ、妃になった——これで全部である。2世紀から3世紀にかけて活動したアイリアノスも同じ話を書き残しており、そちらでは王にプサンメティコスという名前がついている。

「紀元前7年」という数字は、少し扱いに注意がいる。元のスレッドのタイトルにはその年が入っているが、これは物語の年齢ではなく、ストラボンが『地理誌』の草稿に取りかかった時期の推定値の一つらしい。実際には彼が長い年月をかけて書き足し書き直しを続けたことがわかっており、最初の草稿を紀元前7年頃とする説もあれば、紀元後17〜18年頃とする説もある。確実に言えるのは、紀元後23年の出来事に触れている箇所があること、つまり全体の完成は彼の晩年だということだけである。いずれにせよ紀元前後、キリスト教が世界宗教になるより前という点は動かない。

もう少し詳しく

まず、「エジプトのシンデレラ」という呼び名には気をつけたほうがいい。ロドピスはトラキアの生まれで、舞台になったナウクラティスはエジプトにあったギリシア人の商業都市である。話を書き留めたのもギリシア語で書く著述家だった。エジプト人のあいだで語り継がれていた昔話だという証拠は見つかっていない、という指摘がある。それどころか、いま絵本や読み物で「古代エジプトのシンデレラ」として流通している版——継母がいて、姉たちにいじめられて、祭りの日に靴を落とす、あの筋書き——は、ストラボンのそっけない数行にペローの物語を編み込んで作られた20世紀の再話がもとだ、とする説明もある。古く見えるように整えられた、比較的新しい話ということになる。

では何をもって「シンデレラ」と呼ぶのか。昔話の研究には、世界中の物語をあらすじの型ごとに分類して番号を振る方法があり、シンデレラ型もその一つとして扱われている(研究者はこれを510A型と呼ぶ)。骨組みまで削るとこうなる。虐げられる主人公がいる。過酷な仕事や下働きを押しつけられる。人ならぬものの助けが入る。そして落とした品によって身元が証明される。この四つがそろって初めて「その型」と呼べる、という考え方である。

この物差しを当てると、ストラボンのロドピスに入っているのは最後の一つだけだ。継母もいなければ下働きもなく、助けてくれる存在もいない。鷲は彼女を助けたわけではなく、ただサンダルをさらっただけである。元のスレッドでも「これをシンデレラと呼ぶのは無理がある」という指摘に賛同が集まっていた。それでも、落とした靴で人を特定するという発想が2000年前に文字になっていたこと自体は、やはり十分に古い。

そして、四つの要素が全部そろう話でいちばん古いものは、ヨーロッパにはない。中国にある。葉限(イエシェン)という娘の話で、9世紀なかば、唐の時代に段成式がまとめた『酉陽雑俎』という書物に収められている。母を亡くした娘が継母とその実の娘にこき使われる。娘は池にいる大きな魚を可愛がるが、正体を見抜いた継母がそれを殺してしまう。残された骨が娘の願いを叶えるようになり、娘は祭りの場へ出かけ、帰りに金の靴を片方落とす。その靴が王のもとへ渡り、足の合う娘が探し出される。ペローより800年以上早い。書き手自身、この話を人から聞き取って書き留めたものとして記しており、記録された時点ですでに口伝として広まっていたことになる。

日本にも同じ形の話がある

継母にいじめられた娘が幸せをつかむ話は、日本では珍しくもない。平安時代なかばに書かれた『落窪物語』がその代表で、成立を985年から995年あたりとする説などがあるが、はっきりしたことはわかっていない。継母に疎まれた姫が、床の落ちくぼんだ粗末な部屋に押し込められ、裁縫仕事をさせられる。そこへ通ってきた貴公子に見出され、やがて立場が逆転する。この構図から「日本版のシンデレラ」と紹介されることがある。

口で語り継がれてきたほうには、糠福米福(ぬかふくこめふく)がある。秋田のあたりを中心に伝わった昔話で、継子の糠福と、継母の実の娘である米福が対に置かれ、無理な用事を言いつけられるのはいつも糠福のほうだ。そこへ山姥などの助けが入り、糠福は芝居見物に出かけ、最後には良縁を得る。地域によって「米福粟福」など呼び名も登場人物の名前も変わる。日本に伝わるシンデレラ譚のうちで最も古い部類だ、と紹介されることがある。

面白いのは、日本の話には靴が出てこないことだ。身元を確かめる決め手が別のものに置き換わるか、その場面自体がない。これについては、そもそも日本に靴を履く文化がなかったからだろう、という説明がされる。下駄や草履では「その人の足にしか合わない一足」という発想が成り立たない、というわけである。骨組みは同じでも、証明に使う品はその土地にあるものへ差し替わる。

ただし、ここには線を引いておきたい。これらの話がロドピスや葉限から直接伝わってきた、という意味ではない。伝わったのだと考える研究者もいれば、似た社会のもとでは似た話が独立に生まれると考える研究者もいて、諸説ある状態が続いている。確かなのは、同じ形の話が世界のあちこちで繰り返し現れている、ということだけだ。19世紀の終わりに、集められるかぎりの類話を並べて比べた研究があり、その時点で数え上げられたものだけで345例あった。いまはもっと多い。

ガラスの靴はいつ入ったのか

ガラスの靴は、意外と新しい。初めて出てくるのは1697年、シャルル・ペローがフランスで出した「サンドリヨン、または小さなガラスの靴」である。ここでかぼちゃの馬車も、妖精の名付け親も、十二時の門限も一緒に登場する。つまり日本でいちばん知られている道具立ては、ほぼこの一人の手で用意されたことになる。1812年のグリム兄弟版「灰かぶり」(アッシェンプッテル)にはそれらがない。助けてくれるのは母の墓に生えた木と鳥で、靴は金であり、姉たちは靴に足を入れるために片方はつま先を、もう片方はかかとを切り落とす。血で嘘がばれる。1950年のディズニー映画『シンデレラ』が受け継いだのは、ペローのほうの筋書きである。

名前そのものも「灰」から来ている。フランス語のサンドリヨン、ドイツ語のアッシェンプッテル、イタリア語のチェネレントラ、どれも灰を意味する語を含んでいて、英語のシンデレラも同じである。日本語の「灰かぶり」は、その意味をそのまま訳したものになる。かまどの灰にまみれて働かされていた娘、という状態が、そのまま名前として定着した。

ちなみに、よく語られる「ガラスの靴は毛皮の靴の誤訳だ」という説は、専門家の評判がよくない。フランス語で「ガラスの」を意味する verre と、リスの毛皮を指す古語 vair の音が同じなので、写し間違いか読み違いが起きたのだ——という筋書きで、19世紀にバルザックが言い出したとされる。ただし、ペロー自身が出した本文には最初からガラスと書かれていること、vair はペローの時代にはもう使われなくなった古い言葉だったことが指摘されており、いまの研究では否定的に扱われることが多い。話としてよくできているぶん、否定されたあとも生き延びてしまった説、という位置づけになる。

海外の反応

1. 海外の名無しさん
昔話はだいたいキリスト教より古い。ものによっては数千年単位で古い。文字に残っている時間より、人が焚き火のそばで話をしていた時間のほうがずっと長いのだから、当たり前といえば当たり前なんだけどね。

2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
そう考えると「何々より古い」という言い方自体が、あまり意味を持たなくなってくる。基準にしているものが2000年しか経っていないなら、たいていの話はそれより古い側に入る。

3. 海外の名無しさん
正直、これを「シンデレラの物語」と呼ぶのはかなり無理があると思う。入っているのは靴の部分だけで、シンデレラをシンデレラたらしめている要素がごっそり抜けている。継母もいない、姉たちもいない、舞踏会もない。

4. 海外の名無しさん(>>3への返信)
全部そろっている最古の話ということなら、中国の葉限のほうだと思う。9世紀に書き留められていて、いじめられる継子も、超自然的な助けも、落とした靴も、探し出す王も、必要なものが一つ残らず入っている。

5. 海外の名無しさん(>>4への返信)
葉限は初めて聞いた。いま調べたけど、可愛がっていた魚を継母に殺されて、その骨が願いを叶えてくれるようになるという流れなのか。ディズニー版のネズミたちと比べると、話の温度が何段階か違う。

6. 海外の名無しさん
我々が知っている形のシンデレラは、ガラスが発明されるより古いはずがないだろ。というわけで、この話は成立しない。以上、証明終わり。

7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
中国版の靴は金だし、靴の材質はたぶん本質的な要素じゃない。それにガラス作り自体、古代エジプトやメソポタミアの頃からある。人類は思っているよりずっと前からガラスをいじっている。

8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
雷が砂浜に落ちたところにガラス質のかたまりができる、というのを最初に見つけた誰かのことを考えると、たしかにガラスとの付き合いは相当に長いんだろうな。作る技術より先に、拾う経験のほうがあったわけだ。

9. 海外の名無しさん
つまり古代エジプトの話を古代ギリシア人が語り直したもので、そのエジプトの話もたぶん、さらに古いメソポタミアの伝説から来ている、ということでいいのかな。

10. 海外の名無しさん(>>9への返信)
そこは順番から違うらしい。そもそもエジプトの話ですらないという指摘がある。主人公はトラキア生まれだし、舞台のナウクラティスはエジプトの中にあるギリシア人の商業都市。エジプト人のあいだで語られていた形跡は確認できていない、と。

11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
「エジプトのシンデレラ」として売られている絵本の中身、つまり継母がいて姉たちにいじめられて祭りで靴を落とすというあの筋書きは、20世紀に入ってから足されたものだという話も読んだ。古い衣装を着せられた新しい話、ということになる。

12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
出典のない話が繰り返し引用されるうちに出典扱いになっていく現象、ネットが出てきてから加速した気がする。この件は絵本という強い形で子どもに刷り込まれるぶん、修正がきかなくなるのも早い。

13. 海外の名無しさん
たぶん何万年も前のどこかで、親が子どもに寝る前に語って聞かせた話がある。それが延々と語り継がれた末に、いまはディズニーが権利を持つ映画になっている。文字にすると相当おかしなことになっているな。

14. 海外の名無しさん
待ってくれ。つまりこの娘には……サンダルがあって……そのサンダルは彼女にしか合わなかった、と。

15. 海外の名無しさん(>>14への返信)
王が国じゅうを探し回った理由が「その足のサイズが珍しかったから」だと考えると、壮大な話が急にしぼんでいくのを感じる。とはいえ靴だけを手がかりに人を特定するという発想を、誰かが最初に思いついたのは事実なんだよな。

16. 海外の名無しさん
白状すると、シンデレラは1800年代くらいにできた話だと思っていた。王子と貧しい娘という組み合わせが、いかにも近代の身分意識から出てきたものに見えていたので。それが紀元前後まで遡ると聞いて素直に驚いている。今日はいい話を教わった。

17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
ペローが1697年でグリムが1812年だから、いま知られている形になったのが近代というのは半分合っている。ただ骨組みのほうはずっと古い。新しい服を何度も着替えている古い話、という二段構えで考えるとしっくりくると思う。

18. 海外の名無しさん
ガラスの靴は毛皮の靴の誤訳だ、という話を昔どこかで読んだ記憶がある。あれって結局どうなったんだろう。

19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
有名な割に、研究者のあいだでの評判はよくないやつだね。19世紀にバルザックが言い出したとされていて、ペロー自身の本文には最初からガラスと書いてあるし、毛皮を指すほうの単語は当時すでに使われなくなっていた古語だった、というのが主な反論。話としてよくできているから生き延びている、という扱いになっている。

20. 海外の名無しさん
ガラスの靴を足したのはペローで、彼はこの話を発明したわけではなく、すでにあった民話を作り直しただけ。グリム兄弟も同じことをしている。骨組みだけ取り出すと、虐げられる主人公、押しつけられる下働き、人ならぬものの助け、落とした品による身元の証明、この四つになる。

21. 海外の名無しさん(>>20への返信)
そこまで削ると、世界中に同じ形の話があるのも納得がいく。19世紀の終わりに集められるだけ集めて並べた研究があって、その時点で345例あったらしい。しかも当時集められた範囲での話だから、実際にはもっとあることになる。

22. 海外の名無しさん
日本にも同じ形の話がいくつかあると聞いた。平安時代の『落窪物語』は継母にいじめられる姫の話で、日本版シンデレラと呼ばれることがあるらしい。秋田のあたりには糠福米福という昔話もあって、こちらは口伝えで残ってきたもののようだ。

23. 海外の名無しさん(>>22への返信)
そのどちらにも靴が出てこないというのが面白い。理由として、そもそも日本には靴を履く文化がなかったからだろうと説明されている。言われてみれば下駄や草履で「彼女にしか合わない一足」は成立しない。同じ話でも、証明に使う小道具は土地にあるものへ差し替わるわけだ。

24. 海外の名無しさん
グリム版だと、姉たちは靴に足を入れるために片方はつま先を、もう片方はかかとを切り落とす。それで血が出て嘘がばれる。子ども向けに整えられる前の昔話はだいたいこの調子で、ガラスの靴のほうがよほど上品に見えてくる。

まとめ

落とした靴で娘が見つかり、王と結ばれる。この筋書きの現存する最古の記録は、古代ギリシアの地理学者ストラボンが『地理誌』に書き留めたロドピスの話で、書かれたのは紀元前後にあたる。ただしそこにあるのは靴の場面だけで、継母も下働きも舞踏会もない。四つの要素が全部そろう最古の話は、9世紀の中国で書き留められた葉限のほうになる。コメント欄では、まず「これをシンデレラと呼ぶのは無理がある」という指摘に票が集まり、そこから中国版の紹介、「そもそもエジプトの話ですらない」という訂正、ガラスの靴をめぐる誤訳説の検証へと話が流れていった。日本の『落窪物語』や糠福米福のように、靴を使わない形の同じ話が各地にあることも指摘されている。骨組みだけを残して衣装を着替えながら、この話は2000年以上、世界のあちこちで語り直され続けてきたらしい。

元ソース: シンデレラの物語はキリスト教より古い。現在知られている最古の版は、紀元前7年頃の古代ギリシアまで遡る

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