臓器移植の話は、たいてい「手術は成功しました」で終わる。ドラマでも、ニュースでも、そこが山場だからである。ところが移植を受けた本人にとって、そこはまだ入口でしかない。新しい心臓や腎臓が問題なく動きはじめて、10年たち、20年たっても、体のほうはその臓器を「よそから来たもの」と見なし続ける。だから薬を飲む。毎日、決まった時間に、一生。
※注:免疫抑制剤=免疫の働きをわざと弱める薬のこと。移植された臓器を体が攻撃しないようにするために使われる。「免疫を止める」のではなく「行きすぎを抑える」ための薬で、量の調整には血液検査による確認が必要とされる。
今日の知ってた?
💊 臓器移植を受けた人は、原則として生涯にわたって免疫抑制剤を飲み続ける必要がある。移植から何年、何十年たって経過が良好でも、免疫系はその臓器を「自分のものではない」と認識し続けるためである。うまくいっているから、という理由で薬をやめられるわけではない。ただし例外もある。角膜の移植では全身の免疫抑制剤を使わないのが一般的で、一卵性双生児どうしの移植でも必要ないとされる。
背景:体はなぜ、助けてくれた臓器を攻撃するのか
人間の細胞の表面には、いわば身分証のような目印がついている。ヒト白血球抗原、略してHLAと呼ばれるものである。免疫系はこの目印を手がかりに「自分の細胞かどうか」を絶えず確認していて、見覚えのない目印を見つけると、そこに侵入者がいると判断して攻撃を始める。この仕組みのおかげで、私たちは細菌やウイルスに一方的にやられずに済んでいる。
移植された臓器も、この検問の例外にはならない。他人の臓器である以上、目印は自分のものと違う。免疫系にしてみれば、体の中央に正体不明の巨大な異物が居座っているという状態である。放っておけば当然、排除にかかる。これが拒絶反応と呼ばれるものだ。
※注:拒絶反応=移植された臓器を、受け取った側の免疫系が異物として攻撃してしまうこと。手術直後の数週間から数か月に起きる急性のものと、何年もかけてじわじわ臓器の働きを落としていく慢性のものがあるとされる。自覚症状が出にくいこともあるため、定期的な検査で早めに見つけることが重視されている。
HLAが完全に一致するのは、一卵性双生児のあいだだけである。だからこそ、世界で最初に長期の成功をおさめた腎臓移植は双子のあいだで行われた。1954年、アメリカ・ボストンで、ジョセフ・マレーらのチームが一卵性双生児の兄弟間で腎移植を実施している。免疫抑制剤がまだ存在しない時代に、免疫の壁そのものを回避する形で扉をこじ開けた手術だった。マレーはのちにノーベル賞を受けている。
逆に言えば、双子でない大多数の人にとって、移植が現実の選択肢になったのは免疫抑制剤が使えるようになってからである。薬が臓器を守っているのではない。薬が、免疫から臓器をかばい続けている。
もう少し詳しく
ずっと続く、さじ加減。免疫抑制剤の量の決め方は、片側に寄せれば済むという類のものではない。抑えが足りなければ臓器が拒絶される。抑えすぎれば、今度はごく普通の感染症が命に関わるものになってしまう。この二つの崖のあいだにある狭い道を、何十年も歩き続けることになる。だから移植を受けた人は、定期的に血液検査を受けて薬の効き具合を確認しながら暮らしている。どのくらいの量をどう調整するかは一人ひとり違うので、これは主治医と一緒に決めていく領域の話である。
普段はおとなしい菌が、暴れ出す。免疫が下がった状態で問題になるのは、必ずしも外から新しくもらってくる病原体だけではない。むしろ厄介なのは、ずっと前から体の中にいて、健康な免疫に押さえ込まれていたものが動き出すケースだという。移植の何年も前に感染して、それきり黙っていたウイルスが、免疫が緩んだのを見計らったように活動を再開する。移植医療の現場では、こうした感染に備えて予防的に薬を飲んでもらう対応が取られることが多い。
※注:日和見感染=健康な人ならまず発症しない弱い病原体が、免疫の力が落ちたときにだけ症状を起こすこと。「相手の様子をうかがって、隙があれば出てくる」という意味合いで日和見と呼ばれる。移植後のほか、抗がん剤治療中の人などでも注意される。
皮膚科に定期的に通う理由。免疫系には、体内で生まれた異常な細胞を早い段階で片づけるという役目もある。免疫抑制剤を長く使っていると、この見回りも弱くなる。そのため移植を受けた人は、いくつかの種類のがん、とくに皮膚がんのリスクが高くなるとされている。移植医療の現場では、日焼け対策と定期的な皮膚のチェックが早い段階から勧められることが多い。怖がらせるための話ではなく、決まった時期に見てもらえば早く見つけられる、という前提での案内である。
※注:免疫監視=体の中で日々発生する異常な細胞を、免疫系が見つけて排除している働きのこと。移植後に皮膚がんが増えやすいとされる背景には、この見回りが弱くなることに加えて、紫外線を浴びた皮膚がもともと傷を受けやすい場所であることも関係していると考えられている。
臓器によって、事情がかなり違う。「一生飲み続ける」は原則であって、すべての移植に等しく当てはまるわけではない。角膜の移植では、目の中に血管が入り込んでいない部位の性質もあって、全身に効く免疫抑制剤を使わないのが一般的とされる。心臓の弁を取り替える手術では、ブタやウシに由来する加工済みの弁が使われることがあり、この場合も事情が変わる。骨の移植でも、あらかじめ細胞を取り除く処理をした素材を使えば、免疫抑制剤なしで済むことがある。要するに「他人の生きた細胞がそのまま入るかどうか」で話が分かれる。
肝臓だけ、なぜか話が別。移植のなかでも肝臓は特殊な立ち位置にある。ごく一部の人では、長い年月をかけて免疫抑制剤を減らしていき、最終的に飲まずに済むところまでたどり着くことがあるという。とくに子どものころに移植を受けた人でその報告が多いとされる。肝臓は自前の免疫細胞を多く抱えた臓器で、受け取った側の免疫系と時間をかけて混ざり合い、いつの間にか「身内」として扱われるようになる、という説明がされることがある。ただし誰がそこに到達できるのかを前もって見分ける方法は確立していない。だから原則は、やはり全員が飲み続ける形になる。
日本の土から出てきた薬。移植医療を支えてきた免疫抑制剤のなかには、日本で見つかったものがある。1980年代、国内の製薬企業の研究チームが土壌に住む微生物をひたすら集めて調べる作業のなかから、免疫の働きを抑える物質を発見した。採取地は茨城県の筑波山周辺だったと伝えられている。世界中の移植病棟で使われる薬の出発点が、山の土をすくって持ち帰る作業だったというのは、なかなか面白い話である。
日本の移植をめぐる状況。日本では脳死下での臓器提供が海外の多くの国に比べて少なく、移植を待ちながら過ごす期間が長くなりやすいと言われている。1997年に臓器移植法が施行され、2010年の改正で、本人の意思がはっきりしない場合でも家族の承諾があれば提供できるようになった。提供する・しないの意思は、運転免許証や健康保険証の記入欄、日本臓器移植ネットワークのウェブサイトなどで表示できる。どちらを選んでもよいし、書かないという選択もある。ただ、決めておくと家族が判断を迫られずに済む、という側面はある。
その先の研究。免疫抑制剤に頼らずに済む方法を探す研究は、複数の方向で進んでいる。免疫の暴走にブレーキをかける役目を持つ制御性T細胞と呼ばれる細胞を使って、臓器だけを守れないかという試み。ドナーの骨髄を一緒に移植して、免疫系そのものに「これは自分のもの」と覚え込ませようという方法。遺伝子を改変したブタの臓器を使う異種移植の研究や、細胞から臓器そのものを作る再生医療の研究もある。いずれも一足飛びに実用化されるものではないが、「一生飲み続ける」が当たり前ではなくなる日を目指している人たちがいる、というのは知っておいてよい話だと思う。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
何十年かたつと、肝臓移植を受けた人のごく一部は拒絶反応を抑える薬が要らなくなることがあるらしい。統計を見ると、そこに該当する人は子どものころに移植を受けたケースがほとんどなんだそうだ。なぜそうなるのかは、まだきれいに説明がついていないと聞いた。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
肝臓移植から18年目です。ようやく、ごく少ない量まで減らせるところまで来ました。いつか完全にやめられる日が来ないかな、とは思っていますが、そこは焦らず主治医と相談しながらやっています。18年前は、この量まで減らせるとは正直思っていませんでした。
3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
肝移植を専門にしている医師です。この分野は本当に興味深いですよ。困っているのは、誰が安全に薬をやめられて誰がやめられないのかを、事前に見分ける手段がまだ無いことです。だから原則としては全員に飲み続けてもらう形になります。一部の人でうまくいく理由は、受け取った側の免疫系が、時間をかけて肝臓側の免疫系と混ざり合っていくからだと考えられています。外国に移り住んだ人が、何年もかけて現地の言葉を覚えて、しまいには地元の人に見分けがつかなくなる、みたいな感じでしょうか。肝臓は自前の免疫系を持っている点が他の臓器と違うので、同じことは他ではなかなか起きません。子どものころに移植を受けた人については、この先の人生で薬を飲み続ける年数がとにかく長くなるので、減薬を試みる方向に積極的になる傾向があります。
4. 海外の名無しさん(>>3への返信)
肝臓って昔から変わり者なんだよな。体の中でまともに再生する数少ない臓器だし、他がやらないことを平然とやってのける。免疫の件でも一人だけルールが違うというのは、まあ肝臓らしいというか、今さら驚かないというか。
5. 海外の名無しさん
心臓移植から26年になります。まだ十代の前半で受けました。今はかなり少ない量まで下げていますが、これ以上は危ないというのが主治医の判断です。血液検査は数か月おき。薬の量に関しては、ここ15年ほどまったく動いていません。26年前に手術室に入ったとき、四半世紀先の話をしているとは誰も思っていなかったはずです。
6. 海外の名無しさん
だから臓器の提供を受ける前にワクチンを済ませておく必要があるんだよな。移植後は免疫の力が下げられたままになるので、そのあとで新しい病気をもらうと、健康な人ならなんでもない感染症が体をめちゃくちゃにしかねない。打てるうちに打っておく、というのは理屈としてはすごく分かる。
7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
私はとにかく麻疹が怖いです。移植を受けたあとは追加の接種ができないので、周りの人たちの免疫に守ってもらうしかない。自分で自分を守る手段が無い側に回ると、世の中の見え方がまるっきり変わります。外に出たくない日も正直あります。
8. 海外の名無しさん(>>7への返信)
薬剤師です。付け加えると、移植後の感染症で本当に手強いものの多くは、そもそもワクチンが存在しない相手なんです。だから予防的に抗生物質や抗ウイルス薬を飲んでもらうことになります。面白いのは、その病原体の大半が移植よりずっと前から体の中にいたものだという点で、免疫が下がったのをきっかけに活動を再開してくる。外から新しく来るというより、居候が急に態度を変える感じですね。
9. 海外の名無しさん
免疫システムが何十年も同じ場所に座り込んで「その腎臓、どう見てもこの家の子じゃないよな」ってずっと言い続けているところを想像してみてほしい。しかも一度も納得しない。それを毎日、薬でなだめてやり過ごしているわけだ。
10. 海外の名無しさん(>>9への返信)
その免疫の心の声、たぶんこんな感じ。「今日は疲れてるから見逃してやる。ただし明日起きたら覚えてろよ」。そして薬をうっかり飛ばした日に本当に起きてくるのが、笑えないところなんだよな。
11. 海外の名無しさん
うちの上司が、紙で指を切ったと言って見せてきたことがある。傷そのものは小さいのに、そこから手のひらのほうへ赤い線がすーっと伸びていた。たまたま職場に来ていた看護師がそれを見て、すぐに救急外来へ行くよう指示したんです。上司は何年も前に腎臓移植を受けていて、免疫抑制剤をずっと飲んでいた。赤い線は感染が広がっているサインでした。結局、点滴の抗生剤で2週間ほど入院することになりました。
12. 海外の名無しさん(>>11への返信)
補足しておくと、赤い線はリンパ管に炎症が起きているサインで、早めに医療機関にかかるべき状態を示しています。ただ「心臓まで届いたら死ぬ」というのは正確な説明ではないです。あの手の言い回しは、切迫感を伝えるために現場でよく使われるんですが、そこは誤解が広まりやすいところなので。
13. 海外の名無しさん(>>12への返信)
理屈としてはその通りなんだけど、免疫を抑えている人にとっては、その区別は思っているほど気休めにならないんですよ。健康な人なら数日様子を見て済む状態が、こちら側だと一気に進むことがある。結局のところ「見つけたらすぐ受診」という結論は変わらないので、看護師さんの判断は正しかったと思います。
14. 海外の名無しさん
移植の前に面談があって、この先ずっと薬を飲み続けられる人かどうかを見られるらしい。手術の腕前や適合の話ばかり注目されるけど、実際には「20年後の朝もちゃんと飲めるか」のほうが結果を左右するというのは、言われてみればそうだよなと思った。
15. 海外の名無しさん(>>14への返信)
自分は面談されなかったなあ。ただ、昔かなり酒を飲んでいた時期があったせいで、腎臓を回すかどうかで一度ためらわれていたらしい。それを知ったのは全部終わったあとです。先週、移植から13年目の記念日でした。毎年この日が来るたびに、あのとき誰かが背中を押してくれたんだなと思います。
16. 海外の名無しさん
それでも、透析を一生続けるか死ぬかの二択に比べたら、比較にならないくらいいい話だと思う。薬を飲み続けるのは確かに大変だけど、飲めば普通に働けて、旅行にも行けて、家族と飯を食える。天秤の反対側に何が載っているかを一度でも見たことがある人なら、迷わないはず。
17. 海外の名無しさん(>>16への返信)
自分はそう遠くないうちに三つの臓器を同時に移植する必要が出てくるかもしれない立場なんですが、正直、受けたいのかどうか自分でも分からないんです。かといって、少しずつ息ができなくなっていくのを待つのが魅力的なわけでもない。どちらも選びたくない選択肢なのが、この状況のいちばんしんどいところで。
18. 海外の名無しさん(>>17への返信)
どうして迷うんですか、と言いたくなります。私は両肺の移植から9年目です。あれが無ければ絶対に見られなかったものを、たくさん見ました。息子が難しい時期を乗り越えて、穏やかな中年に落ち着いていくのを見届けられた。今の妻と出会って結婚もした。問題がまったく無いとは言いません。でも、もう一度同じ場面に立たされたら、私は迷わず同じほうを選びます。
19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
たぶん体がもっとつらくなれば、気持ちは変わるんだと思います。肺高血圧症なので、息を吸えることのありがたみは、これから嫌というほど分かるはずで。ただ今の時点では、怖さと面倒くささのほうが先に来てしまう。半年以上も仕事を離れて、その後ちゃんと戻れるのか。生活が立ち行かなくなるんじゃないか。全部が同時に押し寄せてくる感じで、うまく整理できていません。
20. 海外の名無しさん
免疫抑制剤が要らない移植も一応あって、それが一卵性双生児のあいだの移植です。細胞についている目印が完全に同じなので、免疫系が異物だと気づかない。世界で最初に長く成功した腎臓移植が双子のあいだで行われたのも、当時まだ薬が無くて、それ以外に方法が無かったからなんですよね。
21. 海外の名無しさん
腎臓移植の準備をしていたとき、一生薬を飲まずに済む方法はないんですかと医師に聞いてみたんです。返ってきたのは、同じドナーから骨髄も一緒に移植すれば、免疫系が新しい腎臓を自分のものだと認識するようになる、という話でした。ただ、提供する側にも受け取る側にも負担の大きな手術になるうえ、命に関わる合併症の危険もあるので、実際に行われることはほとんどない、とも。
22. 海外の名無しさん
角膜の移植なら全身の免疫抑制剤は要らないですよ。しばらく目薬を使うくらいで済むのが普通です。あと自分は椎間板を6か所、提供された骨に入れ替えていますが、こちらも薬は不要でした。生きた細胞がそのまま入るかどうかで話がまるっきり変わるんですよね。心臓の弁も、ブタやウシ由来の加工済みのものが使われることがあります。
23. 海外の名無しさん
移植を受けている側からもう一つ。年に一度は皮膚科に行くように言われています。免疫を抑えていると皮膚がんが増えやすいと分かっているので、日焼け止めと帽子は完全に習慣になりました。脅されて始めたわけではなくて、早く見つかれば大したことにならないから、というだけの話です。移植の前は日焼けなんて気にしたことも無かったんですけどね。
24. 海外の名無しさん
研究のほうも止まっているわけじゃなくて、免疫抑制剤に頼らない方向の話がいくつも走っています。免疫にブレーキをかける役目の細胞を使う方法とか、実験室で臓器そのものを作る方向とか。どれも明日から使えるという段階ではないけれど、「一生飲み続けるのが当たり前」という前提を崩そうとしている人たちがちゃんといる。今日の話が10年後には古い常識になっている、というのがいちばん気持ちのいい終わり方だと思います。
まとめ
臓器移植は、免疫の壁を越える手術ではなく、免疫の壁とつきあい続ける生活の始まりだった。細胞についた目印が違う以上、体は何十年たっても新しい臓器を身内とは認めない。だから薬で説得し続ける。抑えが足りなければ臓器を失い、抑えすぎれば感染症やがんの危険が増す。その狭い道を、定期検査で位置を確かめながら歩く。ただし例外もある。角膜の移植、加工済みの骨や弁、そして一卵性双生児どうし。肝臓に限っては、長い時間をかけて薬を手放せる人がいることも分かってきている。
コメント欄で目立ったのは、驚きの声よりも当事者の声のほうだった。移植から18年、26年、13年。数字が並ぶたびに、その一日一日に薬を飲んだ朝があったことになる。三つの臓器の移植を前に迷っている人に、両肺の移植から9年たった人が「私はもう一度同じほうを選ぶ」と答え、迷っている人が「今はまだ怖い」と正直に返す。そのやり取りをどちらが正しいと裁く人は誰もいなかった。免疫抑制剤に頼らない方法を探す研究の話が最後のほうで何度か出てきていたのも印象的で、この記事が数年後に古びていることを、たぶん全員が願っている。なお当然のことながら、これは体験談と一般的な説明を集めたものであって医学的な助言ではない。実際の治療方針は必ず主治医と相談して決めてください。
元ソース: 「臓器移植を受けた人は生涯にわたって免疫抑制剤を必要とする。成功から何年、何十年たっても、免疫系は提供された臓器を異物と認識し拒絶しようとする」(元スレッド)

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