1872年、アメリカ西部で「ダイヤモンドの鉱床が見つかった」という話に、サンフランシスコの大銀行家、北軍の元総司令官、宝石商ティファニーの創業者までが乗りました。ところがその「鉱床」は、ケンタッキー出身のいとこ同士の2人が、ロンドンで買い集めた安い原石を荒野にばらまいただけのものでした。からくりを見破ったのは、国の測量隊を率いていた30歳の地質学者です。
今日の知ってた?
💎 1872年、フィリップ・アーノルドとジョン・スラックといういとこ同士の2人が、ロンドンで2万ドル分の原石を買い込み、コロラド州北西部、ワイオミングとの州境近くの荒れ地にばらまいて、「ダイヤモンドの鉱床を見つけた」と投資家に信じ込ませた。
💍 原石の一部を鑑定したティファニーの創業者チャールズ・ルイス・ティファニーは、その値打ちを15万ドルと見積もった。
💰 サンフランシスコの銀行家ウィリアム・ラルストンらの投資家が2人に払った現金と株は、60万ドル超。アーノルド1人の取り分は、経費を引く前で55万ドル(2004年のスミソニアン誌の換算で今の約800万ドル)にのぼった。
🔍 見破ったのは、国の「40度線調査」を率いた地質学者クラレンス・キング。ダイヤが1個見つかるたびにルビーが12個出てくる不自然さと、掘り返した跡のある場所からしか宝石が出ないことに気づき、1872年11月に詐欺を暴いた。
背景:西部じゅうが「次の大当たり」を探していた
1848年にカリフォルニアで金が、1859年にネバダで銀が見つかってから、アメリカ西部には「山や川底には、まだ富が眠っている」という空気が満ちていました。川で砂金をすくう山師から、サンフランシスコやニューヨーク、ロンドンの銀行家や投機家まで、誰もが次の大当たりを探していた時代です。1870年4月にはアリゾナの新聞が、ニューメキシコで見つかった銀山を「この大陸で見つかった最大の宝だ」と書き立てましたが、結局、ベルトのバックル1個分の銀も出ませんでした。
同じころ、南アフリカでダイヤモンドラッシュが始まったという知らせが届きます。インドのゴルコンダ、18世紀にポルトガル人が見つけたブラジルに続く、世界で3つ目の大きなダイヤモンド産地でした。アリゾナやニューメキシコは地形が南アフリカに似ているといわれ、宝石を探しに出かける人まで現れます。「アメリカにもダイヤがあるかもしれない」と思う下地は、十分にできていたわけです。
主犯のフィリップ・アーノルドは、ケンタッキー州でリンカーンと同じ郡に生まれた男です。帽子職人の見習いをへて米墨戦争(1846〜48年のアメリカとメキシコの戦争)に従軍し、1849年のゴールドラッシュで西部へ渡ると、20年ほど鉱山の仕事を続けました。1870年には、先端にダイヤを付けた掘削用ドリルを作るサンフランシスコの「ダイヤモンド・ドリル社」で、帳簿係の補佐をしていました。40歳を過ぎた帳簿係にしては、ドリルに使う工業用ダイヤに妙に関心を持ち、専門書まで読み込んでいたそうです。
スミソニアン誌によると、アーノルドは1870年11月までに原石のダイヤを1袋手に入れていました。勤め先から持ち出したものとみられています。これに、アリゾナで先住民から買ったとみられるガーネットやルビー、サファイアを混ぜ、年上のいとこのジョン・スラックを相棒に引き入れました。スラックも米墨戦争に従軍し、1849年に金を求めて西部へ来た男です。よくしゃべって抜け目のないアーノルドと、口数の少ないスラックの2人組でした。
鉱山の世界では、価値のない土地に金や宝石をまいて、豊かな鉱床があるように見せかけることを「ソルティング(塩まき)」と呼びます。デンバー公共図書館の記事によれば、散弾銃に金の粉を詰めて坑道の壁に撃ち込み、天然の鉱脈のように見せる手口もありました。2人がやったのは、その宝石版です。
もう少し詳しく
「秘密にしてくれ」が最初の宣伝。2人が最初に話を持ち込んだのは、サンフランシスコの実業家ジョージ・D・ロバーツでした。日に焼けた2人が夜に事務所を訪ね、小さな革袋を抱えて「本当はバンク・オブ・カリフォルニアに預けたかったが、もう遅い時間だった」と言います。中身を話したがらないふりをしながら、アーノルドは「原石のダイヤ」とうっかり口を滑らせてみせました。見つけた場所については「先住民の土地のほう」とぼかしています。ロバーツは秘密を守ると約束しましたが、すぐに銀行の創業者ラルストンに話し、ロンドンにいた投機家アズベリー・ハーペンディングにも知らせました。口止めを頼めば、かえって広めてくれる。アーノルドはそこまで読んでいたようです。
前金5万ドルで、ロンドンの原石を2万ドル分。話に乗った投資家たちは、早く2人の取り分を買い取って手を引かせようとしました。スラックが求めたのは10万ドルで、半分の5万ドルを先に受け取ります。その金を手に、2人は1871年7月、偽名を使ってロンドンの宝石商レオポルド・ケラーから2万ドル分、数千個の原石を買い込みました。帰国した2人は現地へ向かうと言って出かけ、戻ってくると「いかだで川を渡るときに1袋なくした」と、残りの1袋を差し出しました。ハーペンディングが自宅のビリヤード台にあけると、宝石は「まばゆい色とりどりの光の滝のようだった」と、彼は回想録に書いています。
ティファニーの「疑いなく貴重な石」。投資家たちも、さすがに鵜呑みにはしませんでした。1871年10月、宝石の1割ほどをニューヨークへ運び、弁護士サミュエル・バーロウの家で鑑定を受けます。立ち会ったのはティファニーのほか、北軍の元総司令官ジョージ・マクレラン、下院議員のベンジャミン・バトラー、ニューヨーク・トリビューン紙の編集長ホレス・グリーリーという顔ぶれでした。ティファニーは「疑いなく、たいへん価値のある宝石です」と述べ、2日後に15万ドルという値を付けます。ところが、あとになって、ティファニーも店の職人もカット前の原石はほとんど扱ったことがなかったと分かりました。デンバー公共図書館の記事によれば、キングの報告書は、15万ドルと鑑定された宝石の実際の値打ちを、多く見積もっても2万ドルとしています。
わざと迷わせる4日間と、1エーカーの宝の山。1872年6月、投資家側が雇った鉱山技師ヘンリー・ジャニンが現地を調べに行きます。一行はユニオン・パシフィック鉄道でワイオミング州ローリンズまで行き、そこから馬で向かいました。実際の場所はワイオミング州のブラック・ビュート駅のほうが近かったのですが、アーノルドは場所を悟られないよう、道に迷ったふりをしながら4日間も一行を連れ回します。6月4日の午後4時ごろに着くと、1時間以上にわたって、ダイヤやルビー、エメラルド、サファイアが次々に見つかりました。すっかり乗り気になったジャニンは周囲の3,000エーカー(約12平方キロ)を申請しましたが、宝石がまかれていたのは1エーカー(約4,000平方メートル)ほどです。報酬2,500ドルのほかに、株1,000株を1株10ドルで買う権利をもらっていたジャニンは、その株を40ドルで売り抜け、報酬とは別に3万ドルの利益を得ました。スミソニアン誌は、詐欺師以外でこの件でもうけたのは彼だけだったとしています。アーノルドはこのあと、さらに15万ドルを受け取り、ハーペンディングに30万ドル分の株を売りました。家族は、すでにその年の春にケンタッキーへ帰していました。
列車の中の世間話から。崩れるきっかけは偶然でした。1872年10月6日、キングの部下の地質学者サミュエル・エモンズは、列車でジャニンにダイヤを見せてもらったと日記に書いています。話の端々から、場所はコロラド州の北西の端、エモンズ自身が調べていた辺りの近くだと見当がつきました。キングの隊は、大陸横断鉄道に沿って幅160キロ、長さ1,300キロほどの土地を調べ上げてきたところです。そこで他人がダイヤを見つけたとなれば、調査の信用が落ち、議会の予算も危うくなります。キングたちは凍える荒れ地を約240キロ進んで現地を見つけ、最初の日は夢中で宝石を拾いました。ところが翌日、キングは、ダイヤが1個見つかるたびにルビーが12個出てくることに気づきます。宝石は掘り返された跡のある場所からしか出ず、深さ3メートルほどの溝を掘っても、ダイヤは1個もありませんでした。デンバー公共図書館の記事によれば、キングの報告書は、ダイヤとルビーはできる条件がまったく違い、同じ場所で見つかることはまずないこと、明らかにカットされた石まで混じっていたことも指摘しています。
「1時間たりとも遅らせない」。キングは11月10日にサンフランシスコへ戻ると、一晩かけてジャニンを説得し、翌朝ラルストンの事務所で、鉱床は「まったく価値がない」、出資者たちは「前代未聞の詐欺」の被害者だ、とする手紙を読み上げました。発表を数日待てばキング自身ももうけられると持ちかけた重役に「バンク・オブ・カリフォルニアの金を全部積まれても、公表を1時間たりとも遅らせない」と答えたと、エモンズはのちに語っています。会社は1株100ドルで10万株を売り出す予定でしたが、それも取りやめになりました。11月26日、サンフランシスコ・クロニクル紙は「化けの皮がはがれた!」の見出しで詐欺を報じ、社説では「神とクラレンス・キングのおかげで、大きな経済的災難を免れた」と書いています。キングはこの件で一躍有名になり、1879年には新しくできた米国地質調査所の初代所長になりました。
その後の2人。アーノルドは故郷ケンタッキー州エリザベスタウンに2階建てのれんがの家を買い、約500エーカーの土地で馬や羊、豚を育てていました。サンフランシスコの大陪審は2人を詐欺で起訴しましたが、中身は公表されていません。アーノルドはケンタッキー州ルイビルの新聞に「弁護士ならもう雇った。腕のいいヘンリー銃(当時の連発ライフル)をな」とうそぶいたものの、投資家の1人ウィリアム・レントと15万ドルで示談しています。1873年には地元の銀行に出資して自ら銀行家になりましたが、1878年に別の銀行家と撃ち合いになって肩に散弾を受け、その半年後に肺炎で亡くなりました。49歳でした。スラックは行方知れずとされていましたが、1967年に出た本『Diamonds in the Salt』によれば、セントルイスで棺を作る仕事に就いたあと、ニューメキシコ州ホワイトオークスで葬儀屋になり、1896年に76歳で亡くなっています。ラルストンは評判を守るため、多くの出資者に自腹で返金したといわれます。宝石がまかれた場所は、今も「ダイヤモンド・ピーク」の名で呼ばれています。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
1800年代のこういう話を読むと、まず「昔の人はだまされやすかったんだな」と思う。でも、政治家が自由の女神に食べられて、ジョージ・ワシントンがモンスタートラックで走り回るAIの政治広告を見てると、100年後の人たちも俺たちについて同じことを言うんだろうなと思い直す。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
いやいや、ワシントンがモンスタートラックに乗るわけないだろ。あの人がハーレー派だってことは、みんな知ってるじゃないか。
3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
エイブラハム・リンカーンの有名な言葉を思い出すね。「インターネットに書いてあることを、全部信じてはいけない」
4. 海外の名無しさん(>>1への返信)
もう一つ見落としがちなのは、この手の話には「何人に持ちかけて断られたか」が残らないってこと。俺の趣味の世界にも人をだますので有名な男がいて、10年以上たっても商売を続けてる。知ってる人は近寄らないのに、いつも新しいカモを見つけてくるんだ。この2人も、20人に声をかけて1人が食いついただけかもしれない。
5. 海外の名無しさん
こういうのは「塩まき(ソルティング)」って呼ばれる手口。昔は散弾銃に金の粉を詰めて坑道の壁に撃ち込んで、金の鉱脈があるように見せかけたりしてた。
6. 海外の名無しさん(>>5への返信)
「散弾銃に金の粉を詰めて撃つ」って、何をするにしても、これ以上19世紀っぽいやり方はないだろ。
7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
最初にやったやつのことを考えちゃう。散弾銃と、それを満たせるだけの金の粉を手元に持ってて、「よし、これを銃に詰めてあの壁に撃とう」って決めたわけだろ。
8. 海外の名無しさん(>>5への返信)
いいこと聞いた。散弾銃いっぱいの金の粉さえあれば、うちの鉱山を売りに出さなくて済むな。
9. 海外の名無しさん(>>8への返信)
いや、最後に鉱山を高く売り払うためにやるんだって。自分の鉱山に金をまいて眺めてるだけなら、自分で自分をだましてるだけだぞ。
10. 海外の名無しさん(>>9への返信)
手順をまとめるとこうだな。
1. 散弾銃を用意する
2. 坑道の中でぶっ放す
3. え? 何だって? 耳がキーンとして何も聞こえない
11. 海外の名無しさん(>>5への返信)
最近でいちばん有名なのは、90年代のブリーX事件だと思う。カナダの鉱山会社が、インドネシアの金鉱から採った試料に金を混ぜて、株価をとんでもなく吊り上げた。ばれたのは1997年。
12. 海外の名無しさん
スレタイだとワイオミングになってるけど、宝石がまかれたのはコロラド州の北西の端で、今もダイヤモンド・ピークって名前が残ってるらしい。行きはワイオミングの駅から馬で入ってるから、話がごっちゃになったのかもね。
13. 海外の名無しさん
1872年の2万ドルって、とんでもない大金だよね。それを地面にまくためだけに使う度胸がすごい。
14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
自腹じゃないのがミソなんだよ。投資家から前金で受け取った5万ドルで、ロンドンの原石を2万ドル分買ってる。その一部をティファニーが15万ドルと鑑定して、アーノルドの取り分は最後には55万ドルまで膨らんだ。とんでもない利回りだ。
15. 海外の名無しさん
ティファニーの創業者に「疑いなく価値のある宝石です」なんて言われたら、そりゃ誰だって信じる。鑑定した人の名前が、いちばんの宣伝になってる。
16. 海外の名無しさん(>>15への返信)
ところが、ティファニー本人も店の職人も、カット前の原石はほとんど扱ったことがなかったらしい。ちなみに、この件で詐欺師以外にもうけたのは、現地を調べた鉱山技師のジャニンだけ。株をいい値で売り抜けて、報酬とは別に3万ドル手にしてる。
17. 海外の名無しさん
この話の主役は、間違いなく地質学者のほうだと思う。ダイヤが1個見つかるたびにルビーが12個出てくる、自然にしてはきれいすぎるって気づくところが痛快。
18. 海外の名無しさん(>>17への返信)
部下のエモンズの記録がまた面白いんだ。ルビーが出たアリ塚には、足跡と、アリの出入り口とは別の小さな穴があった。足跡も穴もないアリ塚からは、ルビーがひとつも出てこない。「誰かが棒の先でルビーを押し込んだんだろう」だって。
19. 海外の名無しさん
くそ、うまいこと考えたな。原石を買って地面にまくだけなら、自分にもできたはずなのに。なんで思いつかなかったんだろう。
20. 海外の名無しさん(>>19への返信)
今どきの金持ちは鉱山なんかに投資しないよ。はやりはバイオだ。会社を作って、宝石の代わりに血液検査の結果をまいておこう。
※ 指先からとった少量の血で多くの検査ができるとうたって巨額の投資を集め、創業者が2022年に詐欺罪で有罪になった米国のセラノス社を当てこすっている。
21. 海外の名無しさん
前に暗号資産の投資家向けのイベントに行ったことがある。目玉の投資先は「ブロックチェーン上で金を買う」こと。本物の金かって? カナダのある男が、自分の土地に金がたくさん埋まってると言ってるんだって。掘り出しもしないし、見せてもくれない。でもブロックチェーン上なら買える。これは詐欺だと思ってたのは、会場で俺ひとりだった。
22. 海外の名無しさん(>>21への返信)
暗号資産の投資イベントに行っておきながら、おかしいのは自分のほうかもって思わなかったの?
23. 海外の名無しさん(>>22への返信)
いや、お金持ち向けのパーティーで、人の代理で行ってただけ。食べ物も飲み物も出し放題だった。いちばん不思議だったのは、ここにいる人たちが詐欺師なのか、ただの間抜けなのか、すっかり信じ込んでるのか、最後まで見分けがつかなかったこと。
24. 海外の名無しさん
金持ちをだまして金を巻き上げるのは、犯罪にしなくていいんじゃないか。富の再分配ってやつだよ。
25. 海外の名無しさん(>>24への返信)
だまされた投資家は、その株を一般の人に売りつけるんだよ。結局、金持ちは少し損するだけで、普通の人が老後の蓄えを半分なくす。この事件でも、会社は1株100ドルで10万株を売り出す予定だった。キングが止めなかったら、損をかぶったのは株を買った人たちだったはず。
まとめ
1872年のダイヤモンド鉱床詐欺は、ロンドンで買った2万ドル分の原石を、コロラドの荒れ地にまいただけの仕掛けでした。それでもティファニーの鑑定と有名人の名前が信用を生み、投資家は60万ドルを超える金を払います。止めたのは、宝石の出方の不自然さに気づいた地質学者でした。
コメント欄では「昔の人はだまされやすかった」という声に、AIの政治広告や暗号資産、セラノスといった今の例が次々に重なり、手口は150年たってもたいして変わっていない、という話に落ち着いていきました。
参考資料
- スミソニアン・マガジン「1872年のダイヤモンド大詐欺」(ロバート・ウィルソン)(2004年・英語)
- アース誌・米国地球科学研究所「1872年11月26日:ダイヤモンド大詐欺が暴かれる」(2012年・英語)
- デンバー公共図書館 特別コレクション・アーカイブズ「昨日のニュース 第3回:ダイヤモンド大詐欺(と、ずっと小さなダイヤモンド詐欺)」(2019年・英語)
元ソース: 1872年、詐欺師2人がワイオミングに2万ドル分の宝石をばらまき、裕福な投資家たちに巨大なダイヤモンド鉱床を見つけたと信じ込ませた

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