ニューヨークの感謝祭パレードといえば、ビルの谷間をゆっくり進む巨大なキャラクターバルーン。実は1920年代の終わりから数年間、あのバルーンはパレードが終わると、そのまま空へ放たれていました。拾って届ければ懸賞がもらえる仕組みです。ところが1932年、そのバルーンに自分から突っ込んでいった飛行機がありました。
※注:メイシーズはニューヨーク・マンハッタンに本店を構える老舗の百貨店。感謝祭(サンクスギビング)は現在、11月の第4木曜日に祝われるアメリカの祝日で、家族で七面鳥を囲むのが定番。メイシーズのパレードは毎年この日の朝に開かれ、全米にテレビ中継されている。
今日の知ってた?
🎈 1928年から1932年まで、メイシーズの感謝祭パレードでは、行進を終えたヘリウム入りの巨大バルーンを、そのまま空へ放っていた。
💰 バルーンには返送先が書かれていて、拾って届けた人には懸賞が出た。最初の1928年は1個100ドル。
✈️ 1932年の感謝祭、訓練飛行中の小型機がバルーンにわざと突っ込み、翼に巻きつかれてきりもみ状態に。教官が屋根すれすれで立て直し、2人とも無事だった。
🛑 バルーンを空へ放ったのはこの年が最後。いまのパレードでは、ゴール近くでガスを抜いて片付けている。
※注:元の投稿は「1933年まで」「しぼんだバルーンが飛行機を墜落させた」と書いているが、当時の報道をもとにした各種の記録では、この出来事は1932年11月24日(その年の感謝祭の日)で、飛行機は墜落寸前で持ち直している。1932年が最後の放出で、翌1933年からは放たれなくなった、という意味での「1933年まで」になる。
背景:社員の行進から始まった「空に浮かぶあやつり人形」
メイシーズのパレードが始まったのは、1924年11月27日のことです。当初の名前は「メイシーズ・クリスマス・パレード」。仮装した社員たちが行進し、セントラルパーク動物園の動物も加わって、最後にサンタクロースが登場する、という催しでした。
動物に代わって巨大なバルーンが現れたのは、1927年です。最初のキャラクターバルーンは、当時大人気だったアニメの猫フィリックス・ザ・キャット。手がけたのは人形劇作家のトニー・サーグで、このときのバルーンは空気でふくらませ、棒で下から支えるものでした。
翌1928年、バルーンはヘリウムで浮かぶようになり、ロープで下から操る形に変わりました。その姿は「逆さまのあやつり人形」とも呼ばれています。このときサーグたちが考えたのが、パレードが終わったらバルーンを空へ放す、という演出でした。バルーンはガスが少しずつ抜けるように作られていて、数日から1週間ほどで地上に降りてきます。バルーンには返送先が書かれ、拾って届けた人には懸賞が出ることになりました。1928年の懸賞は1個につき100ドル。店の宣伝も兼ねた、なかなか派手な仕掛けです。
もう少し詳しく
懸賞をめぐる騒ぎ。放たれたバルーンは、思いどおりの場所に降りてくるとは限りませんでした。1928年には、クイーンズの民家の屋根に落ちたトラのバルーンを、その家の息子たちと近所の人たちが引っ張り合い、ずたずたにしてしまいます。川や海に落ちたものもあり、1931年に放たれたカバのバルーンは、エンパイア・ステート・ビルのそばを流れていったきり、回収されないまま行方知れずになりました。
飛行機が「狩り」に来る。空を漂うバルーンは、飛行機乗りの目も引きました。1931年には、大西洋横断飛行で名を知られた飛行家クラレンス・チェンバリンが、空中でバルーンを捕まえて持ち帰り、25ドルの懸賞を受け取ったと伝えられています。危なさに気づいたメイシーズは、翌1932年、飛行機でバルーンを捕まえても懸賞は出さないと告知しました。
1932年11月24日、午後4時。バルーンが放たれて30分ほどたったころ、ブルックリンに住む22歳の飛行訓練生アネット・ギブソン(資料によってはギプソン)と、教官のヒュー・コープランドを乗せた小型機が、クイーンズの上空およそ1,500メートルを飛んでいました。そこへ現れたのが、黄色いしま模様の猫のバルーン「トム・キャット」。全長は約18メートルあります。ギブソンは「首のところを少しいただこうかしら」と言って、機体をバルーンへ向けたと伝えられています。
ぶつかったバルーンの布は左の翼に巻きつき、機体はきりもみ状態で落ちはじめました。火が出るのを恐れたギブソンはエンジンを切ります。教官が操縦を代わろうとした拍子にドアが開き、ギブソンは外へ投げ出されかけましたが、足に引っかかった安全ベルトのおかげで助かりました。コープランドはエンジンをかけ直し、家々の屋根まであと数十メートルというところで機体を立て直します。二人は無事に着陸しました。報道によると、ギブソン本人はけろりとしていて、今年の感謝祭は感謝することがひとつできた、と話したそうです。
そして空への放出は終わった。メイシーズがバルーンを空へ放ったのは、この1932年が最後になりました。いまのパレードでは、バルーンはゴールの近くでガスを抜かれ、たたんで片付けられています。
海外の反応
1. 海外の名無しさん
元のリンク先の記事によると、空に放ったバルーンは拾って届ければ懸賞がもらえたらしい。で、飛行機はそのバルーンを捕まえようとして、翼に絡まって落ちていったんだとか。操縦士がどうなったかまでは書いてなかった。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信)
操縦士がどうなったか、だいたい想像はつくけど……。1930年代の小型機できりもみなんて、考えたくもない。
3. 海外の名無しさん(>>2への返信)
気になって調べてみた。ちゃんと助かってるよ。操縦していたのは訓練中の女性で、教官も一緒に乗ってた。猫のバルーンが左の翼に巻きついてきりもみになったけど、教官が操縦を代わって屋根すれすれで立て直したそうだ。二人とも無事に着陸してる。
4. 海外の名無しさん(>>3への返信)
本当かどうか知らないけど、自信満々だし話の流れが気に入ったから、一切調べずに信じることにする。
5. 海外の名無しさん(>>3への返信)
無事で何よりだけど、着陸したあと二人とも替えのズボンが必要だったんじゃないかな。
6. 海外の名無しさん
ググってみたら、想像よりずっとアホな話だった。操縦してたのは訓練生で、「ちょっと切れ端がほしかった」って理由で、自分からバルーンに突っ込んでいったんだって。作り話でもこうはならない。
7. 海外の名無しさん(>>6への返信)
それなら話が全然違ってくる。バルーンが飛行機を事故に巻き込んだんじゃない。飛行機のほうから事故を迎えにいったんだ。
8. 海外の名無しさん(>>6への返信)
何事も経験だよな。飛行機が空中で何かにぶつかるのを嫌がるかどうかなんて、試してみなきゃ分からないし。
9. 海外の名無しさん
細かいけど、この事故は1932年の感謝祭の日の話で、飛行機は墜落寸前で持ち直してる。しかもメイシーズはその年、「飛行機でバルーンを捕まえても懸賞は出しません」ってわざわざ発表してたらしい。前の年に、空中でバルーンを捕まえて懸賞をもらった飛行家がいたからだとか。
※ 1931年、1927年に大西洋横断飛行を成功させた飛行家クラレンス・チェンバリンが、空中でバルーンを捕まえて持ち帰り、25ドルの懸賞を受け取ったと伝えられている。
10. 海外の名無しさん
この事故のことは何も知らないけど、絶対だれかが「ああ、なんという惨事だ!」って叫んだと思う。
11. 海外の名無しさん(>>10への返信)
もし本当に叫んでたら、ヒンデンブルク号の実況をしたハーバート・モリソンより5年も早かったことになるな。
※ 1937年、アメリカ・ニュージャージー州で、着陸しようとしていた飛行船ヒンデンブルク号が炎上した。現場から実況していたラジオ記者ハーバート・モリソンが叫んだ「Oh, the humanity!(ああ、なんという惨事だ)」は、いまも大げさに嘆くときの決まり文句として使われている。
12. 海外の名無しさん
アメリカは何でもデカいって言うけど、ポイ捨てのスケールまでデカかったとは。全長何十メートルもあるゴミを、毎年空にばらまいてたわけだろ。
13. 海外の名無しさん(>>12への返信)
そういえば昔、風船を何十万個も一斉に飛ばして世界記録、みたいなイベントもあったよな。あれ復活させようぜ!
14. 海外の名無しさん(>>13への返信)
やめとけ。1986年にクリーブランドで約150万個を一斉に飛ばした「バルーンフェスト」は、湖に落ちた風船が行方不明の釣り人の捜索を邪魔するわ、空港の滑走路が一時閉鎖されるわで大騒ぎになった。しかも経費がかさんで、募金のためのイベントなのに赤字だったらしい。
15. 海外の名無しさん
感謝祭の宣伝で空から何かを放つと聞くと、どうしても『WKRP in Cincinnati』の七面鳥落としを思い出す。個人的にはあっちのほうが好き。
※ 『WKRP in Cincinnati』は1978年に始まったアメリカのコメディドラマで、ラジオ局が舞台。1978年放送の回では、局長が感謝祭の宣伝のために、ヘリコプターから生きた七面鳥をショッピングセンターへ落とす作戦を立てる。七面鳥は感謝祭の定番料理。
16. 海外の名無しさん(>>15への返信)
「神に誓って言う。七面鳥は飛べると思っていたんだ」。あの最後のセリフは、何回見ても笑ってしまう。
17. 海外の名無しさん
風船を空に飛ばすのは本当にやめてほしい。いずれ割れて破片が散らばるし、動物がそれを飲み込んで喉に詰まらせることもあるんだ。
18. 海外の名無しさん(>>17への返信)
子どもの頃、風船をもらうたびに「ママのところに届けてね」って空に放してた。環境に悪いって知ったときは、本当に申し訳ない気持ちになったよ。
19. 海外の名無しさん(>>18への返信)
知らなかったんだから仕方ないよ。80年代の小学校なんて、自分の住所を書いた紙を付けて風船を飛ばして、文通相手を探すのを学校ぐるみでやってたくらいだし。
20. 海外の名無しさん(>>17への返信)
2010年に友だちの誕生日でやってしまって、いまだに後ろめたい。アメリカ政府の魚類野生生物局まで「風船を空に放さないで」と呼びかけてるくらいだからね。
21. 海外の名無しさん(>>17への返信)
義父が亡くなったとき、妻と義理の家族が風船を空に放したんだ。その場では黙っておくのがいちばんだと思った。意外だったのは、自称「環境派」の義理のきょうだいのパートナーも、何も言わなかったこと。
22. 海外の名無しさん(>>21への返信)
何か環境にやさしい代わりはないのかな。水に灯籠を浮かべるとか。似たような気持ちの送り方で、こんなに害のない方法がありそうなものだけど。
23. 海外の名無しさん(>>22への返信)
灯籠も流しっぱなしなら結局どこかに流れ着いてゴミになるし、空に飛ばすランタンは火事の心配まである。木を植えるとか、手元に残る形で送るほうがいいのかもね。
24. 海外の名無しさん
30年くらい前、銀行の小さな出張所が入ってるスーパーで働いてた。銀行は飾り用にヘリウム風船をふくらませて子どもに配ってたんだけど、余った日は警備員が閉店後に外へ持っていって空に放してた。「それ、ポイ捨てと同じですよ」って言ったらやめてくれたけど、本人はポイ捨てだなんて考えたこともなかったらしい。風船はただ「上に行く」だけだと思ってたんだって。……そう、「上に」。
25. 海外の名無しさん(>>24への返信)
地球はとにかく大きいから、資源は無限だと思われてたんだよな。バッファローがいなくなるほど狩れるなんて、誰も思ってなかった。乱獲、森林伐採、汚染。人間の数が自然に追いつくってことを理解するまで、ずいぶん時間がかかった。この星を大事にするのは、いまの人間の責任だと思う。
まとめ
1928年から1932年まで、メイシーズのパレードを終えた巨大バルーンは、懸賞付きで空へ放たれていました。終わりのきっかけになったのは、訓練生が自分からバルーンに突っ込んだ1932年の一件です。乗っていた二人は無事でしたが、空への放出はこの年が最後になりました。
コメント欄では「バルーンのせいじゃなく自分から突っ込んだだけ」というツッコミのあと、話は風船を空に放す習慣そのものへ移っていきました。亡くなった家族に向けて風船を放した思い出を明かす人と、野生動物への害を指摘する人が並び、昔は「ただ上に行くだけ」と思われていたものの行き先を考えさせられる流れになっています。
元ソース: 1933年まで(しぼんだバルーンが飛行機を墜落させるまで)、メイシーズ感謝祭パレードのバルーンはパレード後に空へ放たれ、最後は空で破裂していた

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